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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第六節 不穏な影
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1-6-5.見え隠れするやさしさ







 すると店員の女性が、目敏くミスティとティリルの姿を見つけた様子で。


「あ、ご注文のお客様ですねー。大丈夫、他にお待ちの方はいらっしゃらないので、すぐお受けできますよ」営業スマイルをくれた。


「え、なに、あんたたち、これだけぞろぞろ揃ってて、誰も注文してないの?」


「そうなんですよ。本当に迷惑してて」


「え、ちょ、ちょっとそりゃないだろ。美しい君のためにみんなでガルラードを買おうって話になって、今食べたい物を決めてるところなんだって」


「そういうのいらないんで、店の前だと邪魔なんでどいてもらえます? あ、お決まりの方いらしたらどうぞ、お伺いしまぁす」


 冷やかに、店員の女性はルース集団をあしらい、ミスティとティリルを案内してくれる。またぞろ女性応援団たちが益体のない雑言を撒き散らし始めるが、もはやミスティも店員も相手にしようとしない。せいぜい耳が煩雑で鬱陶しいな、くらいの様子だった。


 彼女たちを横目に、ミスティとティリルはそれぞれ決めていたメニューを注文する。出来上がるのを待つ間、ルースが様々話しかけてくる。曰く、「今度こそ遊びに行こうよ。ねえティリルちゃん。まだまだこの街に来て日が浅いんでしょ? 面白いとこいっぱい案内したげるよ?」等々、軽薄に。昨日も誘われ、断ったというのに、そのやり取りもまるでなかったことのよう。そして、「この子に手を出したら承知しないわよ」とミスティに叱られるところまでが予定調和。台本のある寸劇のようだった。


 懲りないなあ、と溜息をつくティリル。しかし、次の瞬間ふと、小さな違和感を覚えた。その正体が何なのかはわからない。ただ、何かがおかしいと一瞬感じて、それについて考えようとしたところで、


「はぁい、お待たせしました。腸詰の蜂蜜芥子がけソルソー・エルニーマッシュと、ハムレタスたまごのお客様!」


 頼んでいたランチが出来上がった。それを受け取った瞬間には、もうティリルは些細なことは忘れてしまっていた。


「ところでお客さん、ティリルさんと呼ばれてましたけど、ひょっとして今噂になっていらっしゃるあのティリルさんですか?」


 ぷっと小さく吹き出してしまう。ルース軍団がざわっと色めき立ち、一斉にティリルの方を見る。


 ミスティが睨みつけようとしてくれたのは感じたが、それより早くルースが声を上げた。


「さあさあ、早く決めちゃわねーと、もうすぐ昼休みになって他の学生たちが来ちまうからな。よし、先着五人までおごってやろう。さあ、さっさと決めちゃえよ」


 えー、ほんと! やったラッキー。途端に気色ばむ女性陣たち。そして次の瞬間、私決まった、私が先よと順番争いを始める。突如起こった騒乱に困惑しながら、「ちょっと私はおごらないわよ、あんたしっかり払いなさいよ」と注釈をつける店員。彼女の視線が、ルースを睨みつけた。


「わかってるよ、五人分てのは手持ちの上限。これ以上行列作ると本気で営業妨害だろ。さっさと買い物して帰るよ」


「……わ、わかってるならいいけど」


「だから、今日は大人しく帰るから、週末は時間作ってくれよ。闇曜、暇だろ」


「お断りします。例え私が一人身でも、あんたみたいな遊び人は選ばないわ」


「げ、嘘。彼氏いんのかよ」


「さあ、どうでしょうね」


 軽口を叩きつつ女性陣たちの列整理もそつなくこなすルース。「はいはい先着五人、ここまでね。あとの娘たちは、また今度おごってあげるから。そうだな、次いつどこに行くか、デートの予定を考えながらガルラードを待つってのはどうだい?」


 きゃいきゃいと、黄色い声が上がる。


 やがて少しずつ注文を始めた女の子たちの声を受け、店員の手元も忙しくなり始めた。

「今のうちに行こう」


「あ、は、はい」


 ミスティに言われ、静かに店を離れる。親切にしてくれた店員の女性に、返事をしないままここを去るのは気が引けたが、仕方がない。あの雰囲気の中での自己紹介は自傷行為に等しい。


 後ろ髪を引かれつつ、二〇メトリ程歩いたところで後ろを振り返ってみる。店の様子は変わらず、店員も忙しい様子のままだった。ただ、ルースが一人、こちらに手を振っているのが見えた。


「あ……」


 ひょっとして。思い至る。ルースは自分を守ってくれたのだろうか。そう言えば昨日もちょうど良いタイミングで現れてくれた。偶然だと思っていたけれど、もしかして違ったのだろうか。


「へ? あのバカが? ないないそんなの。考えすぎだって!」


 ガルラードを一口交換しながらミスティに言うと、軽く笑い飛ばされてしまった。


 本当にそうなのだろうか。送ってくれた目配せは、いろいろと何かを考えている上でのものだったような気がするけれど。


「大体、もしアイツにそのつもりがあったとしても、そもそもティリルが危なっかしい目に遭ったのはアイツのせいじゃない。性質の悪い女どもと屯してたのもアイツだし、べらべらしゃべって店員さんにティリルの名前を聞かせちゃったのもアイツ。ぜーんぶアイツが悪いんだから、感謝する必要なんてないわよ」


 そういえば、そうか。言われて気付いた。


 だが、とにもかくにもルースから、見た目から受けていたとっつきにくい印象が少しずつ薄れてきたことは、確かだった。そして、ミスティが言う程どうしようもない遊び人と言うわけでもないようにも、感じた。


「今度、彼ともゆっくり話してみたいなぁ」


 ぼんやりと独り言ちる。しかしさすがに聞こえたようで、途端にミスティが慌てふためきティリルの額に手を当てた。


「ちょっと、ティリルおかしくなっちゃった? あんなのと付き合わなくていいんだよ? 一緒に遊びに行くなんて、絶対やめてよ」


「え? あ、ええ、遊びには行かないですよ。もちろん」


 空いている左手の方をぶんぶんと振りながら、それは絶対にあり得ない、とミスティに身体で示した。





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