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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第六節 不穏な影
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1-6-4.売店ではルースと出会い







「変な子ねー」


 ようやく、ミスティが口を開く。


「悪い人じゃ、なさそうなんですけど」


 ひきつった笑顔で答える。


「まあそうかもね。でも、私はちょっと疲れたわ」


 苦笑するミスティに、もちろんそれは私も、と同意した。むしろ一番疲れたのは私だ、と言いたかったが、張り合っても仕方がないし、張り合う気力も失せていた。


「でも気をつけた方がいいかもよ」


 と、口を挟むのはゼル。


「あの子が興味があるのは『シアラ・バドヴィアの娘』であって、ティリルさんではないみたいだからね。そういう意味では、噂に乗っかって遠巻きに見てる人たちと変わらないとも言えるだろうし。下手に近付いてくる分傷つけられるかもしれない」


 そうか、そういう考え方もあるのか、と、ティリルはまた少し不安を抱く。真っ向切って敵意を向けてきた昨日の三人娘とは、比べるべくもなく好感の持てる相手だし、ひそひそと噂話を弄びながら話しかけてはくれない大抵の人よりも、ほっとする態度ではあったのだが。


 なんだか近付いてきてくれる人全てを疑わなければいけないような気がしてきて、暗澹たる想いに覆われる。そんな黒雲を、晴らしてくれるのはこのところいつもミスティだ。


「まあでも、そんなに気にすることもないんじゃない?」右手を上に向けてひらひらさせながら、軽く言ってくれる。「あの子が何かしてきたら、私がきつくお仕置きしてあげるから」


「うわ、怖ぁ」


 ゼルが肩を竦めて見せた。


 ティリルもまた。ミスティのにんまりとした笑顔は、暗澹たる心の黒雲は晴らしてくれたが、今度は別の雲が頭の中にもやもやとかかったような気がした。その、緑地にピンクの水玉とか、そんなテンションの雲が。




「お昼どうする? このままここで食べてっちゃう?」


 ミスティがコーヒーを飲み干しながら、首を傾げてきた。コーヒー一杯ずつでずいぶんゆっくりしてしまった。ゼルがいなくなった食堂。しかし先程より昼の刻限に近くなり、人の数はだいぶ増えてきている。


「どうしましょうか……、あ、でもやっぱり他のとこがいいかな」


 一瞬考える素振りを見せながら、とはいえほとんど即答。ティリルはかぶりを振る。人の数が多くなってきた食堂。人の視線も増えてきているのは、過剰反応かもしれないが、やはり感じられる。実際このところ、この食堂で昼休みにゆっくりと休息を取れたことはなかった。


「外で食べたいです、何か買って。ダメかな?」


「ううん、いいんじゃない? 売店なんて久しく使ってないや」


 声も軽やかに、ミスティが立ち上がる。気付いていて気付かない振りをしてくれているのか、本当に何もわかっていないのか。どちらでもよい。ミスティの軽快さが、とてもありがたかった。


 外に出て、中央通りに向かう。通り沿いに四店舗ほど並ぶ、軽食を売る簡易なテント。昨日のティリルの昼食も、この中の一店舗で買ったサンドイッチだった。


 正直、食欲はあまりない。何が食べたい?と聞いてくれるミスティだったが、ティリルはしれっと「ミスティの食べたいものでいいですよ」と選択を任せることにした。


「じゃあ、私は腸詰ソルソーそば粉生地の薄焼き(ガルラード)にしようかな。あれ好きなんだ」


「ああ、美味しそう。じゃあ私は、たまごのやつにしようかな」


 本当に、何でもよかった。食べないとミスティが心配するだろうから、なんとか腹の中に押し込もう。その程度の気持ちだった。


 ガルラード屋には行列ができていた。正確には、大勢の人がガルラード屋の前に集まっていた。他の店舗の前には人の姿はない。まだ昼休みにはもう数刻猶予がある時間。どの店もこれからの書き入れ時に備え、ゆっくりと準備をしていると言った様相。道行く学生たちの方もまた、ときたま興味がありそうに立ち止まって目線を向ける者はあったが、店の前まで足を進める者は二、三人数えられればよいほうであった。


「すごい人……。別のお店にします?」


 首を傾げる。


 ミスティも最初は怪訝そうな顔をしていたが、ふと何かに気付いたように息を吐き、「あのバカは……っ」呟いた。


 何のことだろう。ミスティの視線を追い、ティリルもガルラード屋の人混みを見る。そして、気付いた。ああ、知っている顔が人混みの中にいる。確かにあの大勢の人を引きつれてこちらに来てほしくはない。願わくばこちらに気付かないでほしいところだ。


 ――と、思うのと向こうがこちらに気付くのとが、残念ながらほぼ同時であった。


「あれ、ミスティとティリルちゃん! 奇遇だな、こんなとこで!」人混みの中心に、金色の尖り髪が揺れた。「ガルラード食べに来たの? 来なよ、好きなのおごってあげるから」


 ええー、ずるーい。私たちにもおごってよー。屯する女の子たちが声を上げる。


「はいはい、みんなの分もおごってもらおうね、素敵な店員さんに」


「誰が誰の分をおごるって? 全額あなたがお買い上げしてくれるんでしょ、ルース」


 若い女性の店員にじろりと睨まれ、だらしない顔を見せるルース。ええ、そんなこと言わないでサービスしてよぉ。猫撫で声で店員に右手のひらを立てる。


 今のうちに逃げてしまいたかったが、何人かの女性が訝しそうに、少しだけ敵意も覗かせながらこちらに目を向けていた。ミスティと顔を見合わせる。逃げ出せそうな雰囲気ではないみたいですよね。目で会話する。そして、同じタイミングで二人、深々と溜息をついた。


「ったくめんどくさい奴ねぇ。こんなとこで女の子侍らせて。買い物の邪魔でしょ?」


 ミスティが先に口を開いた。女の子たちの目線が、ぎゅんとミスティに集まる。まるで自分が悪く言われたかのような、強い敵愾心を含んで。


「なんでさ。俺はただ、みんなで仲良くガルラード食べようってしてただけだぜ? めんどくさいことなんか何にもねぇよ」


「どーせ店員さんが可愛らしいから、買い物を口実にしてナンパしようって魂胆でしょ? こんだけぞろぞろ取り巻き引き連れて、さらに他の子にも口出そうっていうんだから大した肝の据わり方よね」


 なによこの女。嫌な感じ。ルースのこと悪く言うなんてサイテー。早くどっか行っちゃいなさいよ。次々に女の子たちの口から飛び出してくるミスティへの罵言。歯牙にもかけない。まるで他の子たちのことなど目に入っていないかのように、ただルースだけを睨みつける。




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