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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第六節 不穏な影
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1-6-1.ミスティと歩く校内







「本当ねえ。みんなこそこそティリルのこと見てるねえ」


 ティリルの横を歩きながら、ミスティは呑気に、感心したような声を上げた。


「そんなのんびりと言わないでくださいよ。私本当に困ってるんですから」


 背を丸め、俯き。何かから身を守るように姿勢を屈めながら、ティリルは口を尖らせた。今日は午前中に何も授業がない光曜日。本当ならばこうして廊下を歩いている必要などないのに、わざわざ歩き回っては人の視線を受け止めているのだ。ミスティのようにのんびり受け止められては、拗ねたい気持ちも湧き上がってきてしまう。


 尤も、わがままだとも思っている。ミスティはミスティで今日だって予定があったろうに、ティリルのことを心配して、自分の勉学の時間を割いてこうして一緒に校内を回ってくれているのだ。「大丈夫。私いつも真面目に勉強してるんだから。先生に一言、今日は大事な用があるって言えば、たまの欠席ぐらいすぐ認めてもらえるの」けらけらと笑いながらそう言ってくれるルームメイトに、感謝こそすれ本気で怒る気など全くない。ただやはり、背中に突き刺さる数多の好奇の視線が、今は数多い悪意に感じ取られて、疲れてしまっているのだ。


「いや、ホント一気に有名人だねぇ。私もルームメイトとして鼻が高いわ」


「もう、バカなこと言ってばっかり。少しは私の身にもなってくださいよ」


 いつになく緊張感のない、緩慢な発言ばかりを繰り返すミスティ。ティリルを不安がらせないためかと最初は思ったが、それにしては度が過ぎる。一体どんなことを考えているのだろうと首を傾げたが、隣を歩く友人の横顔は、まるで人の賑わいばかりが評判の観光地でも歩くような涼しげなもの。他意の欠片も読み取れず、ティリルの困惑はいや増しに増した。


「ほんっと、最高学府なんて言っても馬鹿ばっかりなのよねぇ」


 溜息に意味がこもっているらしい様子は、ぽつりと呟いたその一言くらいのものだった。


「それで、取り立てたその馬鹿どもは、どこにいるかわかりそうかな?」


「取り立てた……? あ、ああ、その三人のこと?」


「そう、その厚顔無恥三人組」


 わかりません、と答えた。よく一緒の授業にいる、と彼女たちは言っていたが、ティリルからしたら見た覚えがない。


「昨日の実技で一緒だったらしいので、明日の召喚魔法の実技でも一緒だろうとは思いますけど」


「明日かぁ。いや、でも実技じゃ潜り込むのは難しいなぁ。ううん……」


 せめて名前くらいわかれば探しようもあるんだけどなぁ。ぶつぶつと考え事をしているミスティに、ティリルは何度目か首を傾げて視線を向けた。


「見つけて、どうするんです?」


「決まってんじゃん。二度とそんな口叩けないように教育的指導を施してやるのよ」


「え、きょ、きょ……?」 


「ったく。そんな恐喝紛いのことしてティリルの評判落とそうなんて、学生の風上にも置けない連中よ。ひん曲った性根をちょっとはまっすぐに叩き直してやるんだから、覚悟してなさい」


 静かに微笑むミスティの口許。ティリルですら背筋が寒くなるほどの冷たさだった。


 たまに、ミスティはこういう感情を垣間見せる。元々そういう性分なのだろう。だが、今はその「たまに見せる冷たい感情」が、全てティリルのために振るわれている。それが嬉しくもあった。


 先日、あの謎の男性に自分の出自を言い当てられた、神学概論の授業の教室。その校舎、第三教室棟の二階の廊下を、端から端までゆるりと歩いてみる。それだけで、ミスティも鼻先で勘付くほどの視線を集められたわけだが、さてではどうするかという実際の解決策を相談するのはこれから。案外ミスティなどは、良い案を出すつもりもあまりないのかもしれない。


「とりあえず、どっか座れるとこ行こうか。食堂でも?」


 ミスティが次の行く先を示した。ゆっくり話ができるところ、という意味だろう。素直にティリルも頷いた。


 名のない学生食堂の方に、ミスティと行くのは初めてだった。まだ午前十時すぎというこの時間。いつもの混雑はなく、ティリル達と同様お茶でも飲みながらざっかけない話をしているグループが二、三。その程度。


 壁際の、植木の脇にある目立たない、四人がけの席に二人で場所を取る。カウンターでコーヒーを二つ、ミスティが頼み持ってきてくれた。慌てて財布を出そうとすると、右手で軽く制される。よくあることで、申し訳なかった。


「ま、とりあえず周りからの視線はしばらく我慢することね。直接話しかけてこない連中は、一通りティリルのことを目で追いかけ終わったら、無関心になるわよ。あの感じなら大丈夫、気にすることないわ」


 ブラックのまま、薄めのコーヒーをひと啜り。口の中を冷ましているのか嘆息なのか、深い溜息をひとつついて、ティリルの顔を見た。


「やっぱり問題は、ちょっかい出してくる奴らよね。そのバカ女たちが、偉そうな口叩くだけならまだしも、手なんか出してくる可能性もあるわけだし」


「ええ……」


 湯気の立つコーヒーをじっと見つめながら、覇気のない相槌を打つ。


 昨日の彼女たちのことを考えると、胃が握りつぶされる思いがする。もう二度と会いたくない、と思うものの、同じ学校で同じ授業を取っているとなれば、それはきっと叶わぬ願い。遅くとも明日の実習では、目で彼女たちの存在を追いかけてしまうだろうし、向こうから声もかけられるだろう。


「あれ、何やってんだ?」


 そう、こんな風に。


 ……こんな風? 苦悩に没頭していたティリルは、かけられた声が現実のものだと気付くのに一瞬の間を要した。ミスティが返答をしている。その相手がどんな人物なのか、ゆっくりと視界をクリアに戻し、湯気のなくなったコーヒーから横に立っている人物の顔に、目線を上げた。




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