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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第五節 身の上が暴露されて
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1-5-5.理不尽な提案






 怖ず怖ずと、取り囲む三つの顔を見る。どれもが、不安を催す笑顔を張り付けていて。


「実は私、演習であなたのことは見ていたの。あなたは私たちのことには気付かなかったかしらね。いつも同じ演習室の、後ろの方の席に座ってるのよ。だから、あなたの実力も知ってるってわけ。ねぇ。嘘よねぇ。あんなみっともない醜態晒して、シアラ・バドヴィアの娘です、なんて」


 唇を噛む。自分でそう疑いたくなるような、人に言われただけの「事実」だが、赤の他人に嘘だと言われると、なぜこんなにも悔しくなるのだろう。


「わかってるわ。あなたは悪い人じゃないでしょう? 目立ちたいからって自分からそんな嘘をついて注目を浴びようなんて、きっとそんな人じゃないわよね? そもそも、あなた十分みんなから注目を集めてるんだもんねぇ。

 きっと誰かが勝手にそんな酷い噂を流したのよね。ティリルさんにとっては本当に迷惑でしょう? そんな実力なんてないのに、話ばっかり独り歩きしちゃって。

 だからね、私たちも協力するから、あなたに認めてほしいのよ。『シアラ・バドヴィアの娘なんて話は根も葉もない真っ赤な嘘です』って」


 にやにやと、黒髪の女性はそんなことを言ってきた。


 ティリルの思考が、急速にブレーキをかけた。頭の車輪がキキキと鋭い音を立てて、彼女の話を理解することを否定した。この人は何を言っているのだろう? 私に何を求めているのだろう? 私に好意を向けてくれているのだろうか? それとも悪意の塊なのだろうか? わかりきっていた事柄まで、一瞬分からなくなってしまったような気がした。


「心配することなんて何もないわ。私たちも一緒にいてあげるから。だから、全校の皆さんの前でちゃんと、謝りましょう。つまらない嘘で皆さんを騒がせてしまって申し訳ないって」


「…………え、……え? 全校、の?」


「当然でしょう。ティリルさんの噂は今や本科中に広まり、ともすれば予科の学生たちにまで届こうかという勢い。ちゃんと、本科予科の隔てなく、学生と教職者の区別なく、誤った情報に騒がされた全ての人たちに説明して謝罪すべきではない?」


 思考の立ち止まった頭でさえ、その言葉の裏が感じて取れた。強い侮蔑。明から様な嫌悪。隠すつもりもない、嘲笑。


 ここにいてはいけない。胸の中には指針が湧いたが、しかし目の前の女たちはそれを許してくれそうにはなかった。


「ゼーランドさん。本当に、よくないと思いますわ。あなたが望んでしたことではないにしても、周囲の人たちをつまらない虚言で舞い上がらせて耳目を集めるだなんて。とても健全な状態ではありません。早く皆様に謝罪して、誤解を解くべきだと思います」


 ベリーショートの女性が、細い、しかしまっすぐな瞳でティリルを見つめ、口を開いた。一歩身を乗り出して力説。その言葉には、黒髪の女性のような嫌悪や侮蔑は含まれていないようだったが、しかし説く中身は同じだった。


「嘘つき続けるのって大変だと思うなぁ。早く謝っちゃいなよ」


 にまにまと、軽薄な笑みを浮かべながら、背の低い女性。こちらは悪意を感じたが、真ん中の女性ほどの敵意ではなく、ついでに言うなら自分の悪意を包み隠すつもりもあまりないようだった。


「ね。私たちがしたかったのは、簡単なお話。あなたが自分で、『バドヴィアの娘なんかではない』と認めなさい。そしてそれを、全校の人たちに伝わるようにしなさい。それだけのことよ」


「私たちが明日までにみんなを集めとくからさー。早くしちゃお。ね?」


「…………」


 詰られる。その勢いに、ティリルは恐怖と憤慨とを同時に覚えた。


 確かに、傍目にはティリルの中にその証を見出せないかもしれない。嘘だと疑われても仕方がないし、それを訂正しようとも思わない。だが、証はなくとも端からそれを嘘だと決めつけ、あまつさえそれをティリル自身の口から、それも全校の人間に向けて認めさせようとするなど、暴力にも等しい。


 この人たちは一体何を言っているんだろう。理解できない言動が、恐怖と憤慨の根底となった。


「あ、わ、私……」


「あれ、ティリルちゃんじゃない」


 言い返す迫力も持てず、ただ口の端に困惑の音の欠片を浮かばせていた矢先。また名前を呼ばれた。


 すぐ脇にある階段。その上階から響いた声は、足音を伴って、


「やあ、久しぶり! こんなところで会うなんて奇遇だねえ」


 実に馴れ馴れしく、ティリルの頭に挨拶を投げつけてきた。


 ツンツンととんがった、金色の髪。だらしなく着崩した、しわしわのワイシャツ。甘ったるい声音は、緊迫したこの場の雰囲気をいっぺんにぶち壊してしまう。


 ルースが、そこにいた。ゆっくりと階段を下りてきていた。


「そんなとこで何してんの? あ、ひょっとしてお友達? きれいどころが揃ってんじゃん。ねえ俺にも紹介してよ」


 相変わらずの軽佻な口ぶり。普段だったら彼のその口調にまず圧倒されてしまいそうだが、今に限っては別。僅かなりとも『知っている』人物の存在が、だいぶ心強かった。


「ふふ、今日はこの辺にしておきましょうか。すぐ終わるお話だって言ったものね。けれど、ティリルさん。私たちはあなたのことを思って、この話をしたの。そのことだけは理解して、どうするかよく考えてもらわないといけない。次にお会いする時にはよい返事が聞けることを期待しているわ」


 と、同時に黒髪の女性は今が引き際と見たらしい。自分勝手にもそんなことを言ってのけたかと思うや、最後にぐっと、ティリルの鼻先にまで顔を近づけ、「私たちもいつまでもあなたの味方ではないからね」冷たい声で、微笑んだ。


「では、また」


 そして呆気なく踵を返し、研究の出口の方へと向かっていく。脇の二人もまるで懐いた仔犬か何かのように、従順にその後をついて行った。





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