1-2-6.改めまして自己紹介
「ね。ティリルのこと、色々聞いてもいいかな?」
レッザニエをフォークでつつきながら、ミスティがティリルの顔を覗き込んできた。
「私のこと、ですか?」
スプーンを口にくわえながら、首を傾げて返す。
「うん。ね、ティリルはどこの国から来たの? 髪の色とか肌の色とか、ちょっと見た感じだとウェンデの人かなって気がするんだけど」
「あ、いえ……。私はソルザランド人ですよ。北にある、ユリっていう小さな町の出身です」
「あ、そうなんだ。でもそれにしちゃ、髪の毛ちょっと濃い目の色だよね」
「そうですか? 自分じゃよくわからないんですけど……。その、髪の毛の色とかで、どこの国の人っていうのはわかるものなんですか?」
「や、まぁ色んな人がいるから。あくまで傾向程度なんだけどさ。南のエナ人に比べるとソルザランド人は髪の色が薄めだとか、北の国の人は黒髪が多いとか、なんとなくね。あ、ちなみに私もこんな黒髪してるけど、出身はバルテじゃなくてアリアネスなんだ」
「え、……あ、ミスティって外国の方だったんですか」
「え、うん。そりゃね。珍しくないよ、この学校で外国人なんて。何せこの大陸でいう、魔法学の最高学府だもん。いろんな国から魔法学を勉強したいっていう人が集まってきてるよ」
「へぇぇ、そうなんですか」
鶏肉のかけらを口に運びながら、ティリルはピントの合わない大仰な相槌を打った。異国のことなど、ティリルは読んで育った物語や小説の中でしか知らない。サリアに来てから、ティリルにとっては実感の湧かない話ばかりだ。
「それにしても、ユリかぁ。言っちゃ悪いけど、結構な田舎町じゃなかったっけ?」
口の中のものを咀嚼した合間、思い出すように視線を空に泳がせながら、次なる質問。随分思い切った聞き方をするんだなと少しばかりは驚きながらも、ティリルもその言葉を失礼だとは受け取らず、微笑みながら。
「そうですね。のどかで静かなところですけど、何もないところですから。サリアに来てからは驚くことばかりです」
「あそこって確か、シアラ・バドヴィアの出身地だよね。ああ、そっか。ひょっとしてティリルも、バドヴィアに憧れて魔法使を目指してるの?」
「え、いえ。そういうわけじゃないんですけど――」
「あ、違うんだ。前に会ったユリ出身の人はそうだって言ってたから、ひょっとしてって思っちゃった。ごめんね」
頭を軽く掻きながら、まずいことを言っちゃったかなと言いたげな様子で照れ笑い。別に気にしていませんよと、ティリルも笑顔でミスティに応えてあげた。
「それで、基礎学校はどこに行ってたの?」
「え――?」
ティリルにとっては唐突な、答えに詰まる質問。初めて聞く単語に、どう答えるべきなのか、一瞬の惑いが拭えない。
「やっぱりリリティア? それとも、ウェインまで行ってたの?」
「えっと、その、……私、学校って今まで一度も通ったことないんです。だから、今回初めて学校に来られることになって、すごく緊張しちゃってて」
「え? だって、この大学の本科に入るためには、ここの予科課程か他の町の基礎学校を修了していないといけないはずよ?」
「え、あ……」
やはり答えを間違えたか。ティリルは自分の言葉の選択を悔やんだ。
言うべきではない。知識の浅い自分にも、つけることの出来るはずだった分別。自分が特別な扱いを受けてこの学校に来たという、そんな話を聞いて誰がいい気分になるだろう。
「何? 言えない事情でもあるの?」
怒った風ではなく。むしろおどけた口調を取って、私を誤魔化そうとしたって無駄よと言いたげに目元を緩ませて、ミスティがティリルの顔を覗き込んでくる。
結局、ミスティに嘘をつきたくないという、その想いが勝った。学校で初めてできた友達を、ティリルは大切にしたかった。
「その、私、国王様に推薦されて、色々な条件を免除されてこの学院に入学させてもらったんです。だから、えっと、基礎学校って言うんですか? それも、きっと本当は行かなきゃいけないところなんだと思うんですけど、私は特に何も言われていなくて……」
「王様のスイセン? なんで? ティリルってそんなにすごい人なの?」
「その、シアラ・バドヴィアの娘だって、言われて……」
「げ……っ、バ、バドヴィアの、むす……っ?」
手にしたフォークを落としそうになりながら、大声を零してしまったミスティ。
そんなに驚くようなことだろうか。――やはり驚くだろう。ティリルからして、初めてその話を聞いたときには頭の中が真っ白になったではないか。
「う、うわ……。そりゃあ、すごいわ。王様の推薦も納得。
――それじゃ、魔法を使うことに関してはもう相当な実力者ってわけだ」
「それが……」
ティリルは表情を曇らせる。もう、ユリの家を訪ねてきた使者にも、王陛下にも何度と繰り返してきた同じ説明。自分が、魔法を殆ど使えないという事実。
やはり、『バドヴィアの娘』を前にすれば誰しもが同じことを思うのだろう。心を重く淀ませながら、ティリルはもう一度同じ話をした。
「ふぅん」
何とも気楽な姿勢で、持ち替えたスプーンでスープをすくいながら頷くミスティ。そして明るい口調で。
「でも、今までは魔法の使い方を学んでこなかったってだけのことでしょ?」
二桁の足し算でも解くように、簡単に言ってのけた。
「ここで魔法を勉強してけばすぐに実力がついて、卒業する頃には首席になってるかもしれないってことじゃん。素質は持ってるに決まってるんだし」
「え、でも、そんなこと」
「魔法、勉強するために学校に来たんでしょ? じゃあ今魔法が使えなくたって何の問題もなし。それよりバドヴィアの才能を受け継いでるってことのほうが、やっぱりすごいよ。
どんなにすごい魔法使だって、生まれたときから大魔法が使えたわけじゃないんだしさ」
顔にかかる長い黒髪を左手でさっと掻き分け、ミスティは笑った。
不思議と、ミスティに言われるとそれが本当のことのように信じられて、ティリルは胸の裡から安堵がふつふつと湧き上がるのを感じた。
――そう、でしょうか。ほんのりと微笑みながら机の上で静かに拳を握り締めると、ミスティは辺り、どころか食堂中に響き渡りそうな大声で。
「そうだよ! そんなにすごい血を持ってるなら、ティリルはきっと宮廷魔法使にだって、何にだってなれるよ!」
叫んで、最上級の笑顔をくれた。




