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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二節 そして魔法大学院へ
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1-2-4.ルームメイト






「さて。それじゃ、自己紹介から始めましょうか。私はミストニア・ルーティア。魔法論理学専攻の、本科三年生よ。よろしくね」


「あ、はい。えっと。私はティリル・ゼーランドっていいます。確か、えっと、魔法行使学専攻って言うんでしたっけ? 一年生です。よろしくお願いします」


「ティリル、か……。何かころころしたかわいい名前ね」


「あ、え、その……。あ、ありがとうございます」


 名前を褒めてもらえたのか。いまいち微妙なその感想に、ティリルは苦笑しながら礼を返す。そんな対応の何が嬉しかったのか、ミストニアはうんうんと二つ、大きく満足げに頷いて、小さく体を震わせた。それから少しだけ首を傾けて。


「あ、ちなみに私のことはミスティって呼んでね。長ったらしいでしょ、本名」


 伝えてきた。


「そ、そんなことないですよっ。ミストニアさんも綺麗な名前だと思います。でも、えっと、ミスティさんがそちらの方がいいのでしたら、そうしますね」


「ちがぁう」


 素直に応えたつもりだったのに。ミスティに首を振られて、ティリルは思わず肩をすくめた。何がいけなかったのか見当がつかず、ただミスティの機嫌を損ねてしまったかとびくびくと怯える。


 ミスティは左手を腰に当て、右手の人差し指を立てながら。


「『さん』なんていらないよ。ミスティって呼んでってば」


 と、むしろ口調はお願いの体で、暖かい表情でそう言った。


「それに、ルームメイトなんだから敬語もやめない? 疲れちゃうでしょ、お互い、さ」


「え、あ、……で、でも……」


 口ごもる。


 ティリルの敬語は、半ば癖だった。彼女が敬語を使わずに話が出来る人間は、今のところ世の中に二人しかいない。


 ミスティはいい人だけれども。優しい人だと信じているけれども。さっきの今で、自分にとってのその二人と同じくらいに心を許せる存在にまでは、さすがになっていなかった。


「私、敬語の方が話しやすいんです。ええと、その――」息を接ぐ。「――ミ、ミスティさんは、敬語で話されるの嫌ですか?」


 言葉に迷い、顔を曇らせながら訊ねると、対するミスティの表情もどこか難しげ。顎を手で押さえ、うぅんと声をひと捻り。何と答えるべきか、どうやら散々迷った挙句。


「嫌っていうか、ちょっと淋しいかな」


 眉の根元の他はしっかり笑顔を繕って、自分の答えを言葉にまとめた。


「え、淋しい、ですか?」


「せっかく出来たルームメイトなのに、何か距離を置かれているみたいでちょっと淋しいよ。せっかく同じ部屋で暮らすんだから、出来るだけ親しくなりたいって思うもん」


 屈託なく笑う。その言葉に、嘘も儀礼も感じられない真っ正直な好意に、ティリルは心から感謝した。


 さりとて、悔しいことに自分は狭量だ。そう言ってくれるミスティに対して、まだまだ不安と不信感を完全には拭いきれずにいる。人となりを疑うわけではない。馴れ馴れしい言葉遣いや態度をして、もしもどこかで彼女を怒らせてしまったら。そう考えると怖くてたまらなくて、まだまだ彼女の開けっぴろげな友愛の情を信じきることが出来ずにいる。


「え。えっと……、私……」


「まぁ、どうしてもダメなら無理にとは言わないんだけどさ」


 悩み込むティリルの様を伺って、ミスティが気を遣う。無理にとはいわないと言いながら、先ほどの言葉の通り表情は酷く淋しそう。


 応えなければいけない。胸を両の手の平で押さえながら、ティリルは返事を喉から押し出した。


「その、私っ、……えっと、努力します! 話し方は癖になっているからなかなか治らないと思います――、思う、けど。時間をかけて、敬語じゃなくても話せるようになりますから。――じゃない、なるから」


「ティリル……」


「あの、それじゃ、ダメですか? ――ごめんなさい。……それじゃ、ダメ、かな?」


 おずおずと、敬語の中に必死に常体を織り交ぜながら、言った。一言喋ってはボロを出し、言い直してもう一言先へ進むとまたひとつ丁寧語がこぼれる。混ぜ込むというより、つぎはぎしてと表現する方が正解。――ダメだなぁ、私。努力するなんて言っても、ちっとも説得力がないじゃない。


 適当なことを言って、と、ミスティは怒らないだろうか。あるいはさっき以上に淋しい顔をさせてしまわないだろうか。それが怖くて、ティリルは俯き、目線を怯ませながら上目遣いにミスティの顔を見ていた。


 当のミスティは、何やら両手をグーに握って胸の前に揃え、やっぱりやや俯き加減に首を前に傾げて体を震わせている。そして、突然、何かが爆発したように。


「あなたってかわいいっ!」


 瞳を輝かせて、ティリルの体に抱きついて、叫んだ。


「はゆっ?」


 抱きつかれた側の驚愕。多分、今までの人生の中で一度も上げたことのないような頓狂な悲鳴が、硬直した体の喉から漏れた。


 ミスティはすぐにティリルから体を離し、しかし両手ではティリルの両肩をがっしと掴んだまま、わかったわと優しく微笑んだ。


「じゃあ、今すぐどうとかって言うのは無し。少なくとも一年近くは一緒に生活するわけだし、少しずつ、ね。私もティリルに敬語なしで話してもらえるように努力するから」


「あ、はい!」


 ミスティの言葉に、ティリルは強く頷いた。


 やっぱりミスティはいい人だ。ティリルの気持ちをちゃんと理解して、ティリルのことを思って言葉をかけてくれる。突然抱きつかれるのにはビックリしたけれど。


 ミスティと知り合い、ルームメイトになり、そして――。そして恐らく友達になれることは、きっとこの学園に来て一番の幸運となることだろう。そんな予感が、早くもティリルの胸中に生まれた。


 ミストニアから、一言だけ条件が付け足される。ティリルの肩から手を離し、鼻歌交じりに香茶でも入れようかと準備を始めたミスティが、ふと振り返って。


「あ、でもさ」


「はい?」


「ごめんね。ワガママ言わせてもらうとさ。やっぱりさん付けだけはやめてくれないかな? 何かこう、お腹の辺りがむず痒くなっちゃうんだよね」


 歯を見せて笑うルームメイトに、ティリルはほっと息をついて。


「わかりました。……えっと、ミスティ」


 自分が出来る最高の笑顔を、ミスティに返した。


「うわぁ、もう……。やっぱしこの子はかわいいよぅ」


「はうゆっ? ミ、ミスティ、やめてくださ……」


 なぜかもう一度抱きつかれ、ティリルはまたしても新しい悲鳴を喉から生み出してしまった。





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