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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二節 そして魔法大学院へ
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1-2-3.部屋まで案内してもらったところ






「で、あなた。予科生なんだよね?」


「え?」


 ぼんやりとしていた隙を突くように訊ねられる。しかしそれはティリルの知らない単語で、緊張していない状態であっても、恐らく答えられはしなかっただろう。


「あれ? わかんない? 予科生か本科生かで寮が違うから、わかんないと困るんだけど」


「あ、それなら」


 もう片方の選択肢は先ほど聞いた。よかった、と安堵の息を漏らす。


「本科生だって言われました。えっと、何だっけ。魔法コウシガクセンコウ……、だったと思います」


「あれ? あ、本科生だったんだ。ごめん、私てっきり予科の子だと思ってた。

 え、でも若いよね。失礼かもしれないけど、年、聞いてもいい?」


「十六ですけど……、若いですか?」


「うわ、十六? 若いよぅ。大体本科に上がるには、予科か各地の基礎学校に十年以上就学してないといけないんだから。十六ってことは、六歳でどこかの学校に入ってストレートでこの大学院本科の入学資格を取ったんでしょ? なかなか優秀だよね」


 私なんか、地元の基礎学校で二年も留年してるんだよ? 明るく笑みこだれながら、話をしてくれる。そうなんですか、と追従するものの、ティリルは何の話なのかあまりよくわかっていない。わかるのは、この学校に入るには実は相当に厳しい条件が課せられているのだということ。そんな色々を、自分は国王の意向というだけで免除され、今ここにいるんだということだった。


 目の前の女性に、そのことを話すことに、躊躇いが生じる。自分が特別扱いされて入学したのだとわかったら、嫌な思いをさせてしまうかもしれない。嫌われてしまうかもしれない。


「さ、着いたよ」


 再びぼんやりと考え事に耽りかけた折。女性が足を止めた。


 目の前には四階建ての大きな木造の寮舎。あちこちがくすみ、壁一面に蔦が這う、年季を感じさせる建物があった。


「ここが本科生寮よ。ボロいけど、まぁ住み心地は、慣れちゃえばそう悪くないわ」


 すっかり案内人の体で、右手を広げて建物の中にティリルを誘い込む女性。苦笑交じりに頭を下げつつ、ティリルは再び心中に膨らんできた緊張にごくりと喉を鳴らした。


「それで? 部屋は何階?」


 続け様に聞かれる。


「あ、えっと、その、何階でしょう……」


「鍵はもらったでしょ? 見ればわかるはずよ」


「あ」


 指摘されて、慌てて袋の中を探る。なかなか手を動かしにくい体勢で、鍵を取り出すのに少しく時間をかけてしまったが。それでもようやく手に取った鍵の柄を見ると、確かに書いてあった。『325』と。


「え? 325号室?」


 読み上げると、黒髪の女性は驚いた様子でティリルの手許を覗き込んできた。その剣幕に微か怯えながら、持っていた鍵を彼女に見やすいように向ける。


 そんなに驚くことがあったのか。ひょっとして、おばけが出ることで有名な開かずの部屋、だったりするのだろうか。おばけは苦手じゃないけれども、気の弱い自分はおばけとの共同生活にも気を遣いそうで怖い。気のいいおばけだといいなぁ。気性の荒いおばけだったらどうしよう。


「ホント、何かの間違いじゃないのかしら……」


「やっぱりおばけですか?」


「は?」


 つい、考えていたことを口に出してしまい女性に怪訝な目で見られる。慌てて口を押さえて、恥ずかしさに顔を背けた。


 幸い女性は聞かなかった振りをしてくれたみたいで、あるいはそれよりもっと重要な話があったようで、ぐ、とティリルの手を掴んで顔を覗き込み。


「325号室って、私の部屋なのよ」


 眉を吊り上げて、そっと囁いた。


「……え、じゃ、じゃあ、この鍵は間違っていたものってことですか?」


「寮生は基本的に、一部屋に二人。でも私は何か学生の数が半端だったらしくって、前のルームメイトが卒業してから、今までずっと一人だったのよ」


「え……? ということは、つまり?」


「あなたは今日から私のルームメイトだってことだ!」


 にんまりと微笑んで、女性が歓声を上げた。あまりの大声に、横を歩く女学生がびくりと肩を奮わせ振り向いていく。当のティリルはまだ頭が事態を理解せず、ああ、これからこの女性と同じ部屋で暮らすんだ、と安堵と期待と不安と緊張が程よく混ざり合った感慨の溜息に辿り着くまででさえ、数十秒を要した。 


「でもおかしいわね。ルームメイトが来るなんて大事な話、いくらなんでも事前に知らされるはずなんだけどな」


 首を傾げる女性の疑問は、玄関を入ったところに備え付けてある全室のポスト、自室のそれの中を確認することで氷解することになる。


「……ったく、ここの事務員連中はっ! ルームメイトが来るっていう通知をその日の午後に受け取って、何の意味があるってのよ」


 ポストに届けられていた一通の手紙を前に、女性はひとつ怒声を上げた。




「さて。改めまして、ようこそルームメイトさん」


 女子本科生寮、三階。階段を登ってしばらく歩いた先の部屋。鍵を開け、一歩中に入って手を広げる。どこかおどけたその様子に微笑み返しながら、ティリルはゆっくりと部屋に入った。


 入ってすぐに姿を見せる、狭いリビング。右手には洗面所と浴場、脇に簡単な、流しと竈からなる台所。そして奥に、リビングとはカーテンで仕切られた小さな部屋が二つ。とはいえどちらもカーテンは空いていて、ベッドや本棚が置かれているのが見える。右手側は雑然と。左手側は閑寂と。きっと、一方が女性の寝室で、もう一方がこれからティリルの部屋になる場所なのだろう。


 外観のみならず部屋の中の床も壁も、建物自体歴史を感じさせる風体であったが、雰囲気としては決してくすんだ様子を顕にしてはいなかった。薄いピンクのカーペット。備え付けの古びた椅子、その上に置かれた白いレースのクッション。机を覆う緑のクロス。住む者のセンスのおかげだろう。机の上にはいつやらの食事の跡がそのまま。床の上にも本やら藁製紙やらペンやらがころころと転がっていたが、そんな散らかった様子さえその部屋の愛嬌として受け止められるような、そこは素敵な匂いを持っている部屋だった。


「なはは、ちょ、ちょっと散らかってるけど。気にしないでよっ! さ、上がって上がって」


 はい、と頷き遠慮なく。ティリルは靴を脱ぎ、玄関前に重なっていたスリッパに履き替えて足を踏み入れた。真っ先に案内される、奥左手の部屋。この学校の中で唯一の、自分ひとりの空間。ひとまず肩にかけてきた荷物をベッドの上に置き、自分の場所であるという印をつけた。





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