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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十五節 大会間際
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1-25-3.ゼルの作戦 -嫌精石-







 さてと話題を変えようとしたところで、挙手をする者があった。


「ちょっと、いいですか?」


「ん? 質問? どうぞ」


 手を上げ発言したのは、ヴァニラだった。


「ルースさんがアルセステと対戦して、それで終わり、じゃないですよね? ルースさんが勝つと仮定して、まさか、大会を敗退させて満足するつもりじゃあ――」


 上目遣いにゼルを睨むヴァニラ。彼女にしては珍しい、暗い感情を顕わにした目と言葉だ。その分、伝わってくる。アルセステに抱く、彼女の黒い想い。


「そこから先は、これから話す部分だ」


 すべてわかっているよと、ゼルはにんまりヴァニラに微笑み返す。あ、失礼しました。素直に手を下げるヴァニラの表情は、もういつも通りの明るい少女に戻っていた。


 背筋に、鳥肌が走った。


「一応再確認しておくけど、俺たちの最終目的はラヴェンナ・アルセステの破滅だ。最低限、この学院にいられなくすること。望むべくは、感情に任せて誰かを破滅させるような力を奪うこと。これについては妥協するつもりはない」


 大と小との差はあったが、この言葉には全員が頷いた。この場の七人は、アルセステのやったことを共有し理解している。怒りの大きさに差はあっても、許されないという思いそのものは一致していた。


「で、だ。具体的な作戦だけれど……。これを使おうと思うんだ」


 ゼルは、ズボンのポケットに右手を突っ込み、机の上にことりと、それを転がして見せた。


 石だった。何の変哲も見当たらない、親指の爪ほどの直径の丸い石。敢えて特徴を挙げるなら、白い色が目立つことか。


「嫌精石?」


 全員が視線を送る中、口を開いたのはミスティだった。


「そう。ルース君には勝敗は任せる。ぜひアルセステと真剣勝負をして、自分なりの成績を残してほしい。ただ、試合後にこの石を審判員に、そして観客全員に示してほしいんだ」


「示す? どうやって」


「例えば、そうだな。試合の前に握手でもして、近付くタイミングを作ってほしい。そして、その時にポケットに入れられていた、と主張してくれ。勝った場合には単純に、相手の告発として。負けた場合には『自分は気付いていたので負けた言い訳にはしないが、ここまでの試合でも同じ手口を使っていたかもしれないし、何より手口として許されることではない』とでも言ってくれればいい」


「はぁ! そんなこと企んだのか。お前ネクラだなぁ」


 ルースが悪態をつく。「お褒めのお言葉、ありがとう」なんて、受け取るゼルも相当な皮肉だ。


 だが話についていけていないティリルは、そんな男二人のやり取りにきょとんと首を捻るしかできなかった。


「あのぉ……、ケンセイセキ、ってなんですか?」


 同じ疑問を、リーラが口に出してくれた。あなたそんなことも知らないの?なんてミスティが呆れた溜息をつく。私も知りませんでした、となんとなく言い出し辛くなってしまった。唇を尖らせるリーラの横で、ティリルはそのまま黙り込んでしまう。


「予科の内容じゃあ扱わないし、行使学でも滅多に取り上げない。リーラが知らなくても仕方がないものではあるよ」苦笑しながら、改めてゼルは机の上の小石を、右手の指三本でつまみ上げてみせた。「嫌精石。精霊の反応を消し去り、近接する一定範囲から魔法の効果を消去する石だ。この大きさで、持っている人間一人分程度の効果範囲。これにはないけど、指向性を持たせることもできて、方向を定めるとこの石の一定側面の人物から魔法の能力を奪うことができる」


 はぁ。リーラが生返事を零す。


 いやいや待って。と、ティリルはゼルの手の平から目が離せなくなった。その、白い色の小さな石に、そんな衝撃的な効果が込められているというのか。――魔法の効果を消去する、魔法が使えなくなる、というような。


「理屈としては、名前の通りに『精霊を嫌う、周囲から排除する』効能があるらしい。精霊のどんな特性にこの石の何が反応しているのか、そもそもどうやって作られているのかも明確にはされていないけれどね。嫌精石鉱山、とかも聞いたことないし。 

 貴重品の扱いはどこに行ってもないから、恐らく人工的に作れるものだとは思うけれども……。まぁ、そんなことはどうでもいいや」


 横道にそれていることに気付いたらしい。空いた左手で額を二度ほど叩き、ゼルは話を本筋に戻す。

「とにかく、ルース君にはこれを持っていてもらいたい。そして、結果は構わないので、試合後にこれを使ってアルセステを糾弾してもらいたいんだ」


「ちょっと待ちなさいよ」異を唱えるのはミスティ。机に両手をつき、腰を上げてゼルを睨みつける。「そんなもの持ってたら、まずルースが魔法使えないじゃない。まともに戦えないでしょ」


「あはは。さすがにそこは考えてあるよ。ほら、ルース君」


 言いながら、ゼルはルースに石を投げた。右手でスマートに受け取るルース。かっこいいなと、ティリルは目を瞠った。


「それを持ちながら何か魔法を使ってみて。小さいもの」


「え、ああ」


 頷いて、ルースは左手の平を広げた。程なく、手の平の上に小さな炎が浮かび上がる。


「あれ、なんだよ使えるじゃん。これ本当に嫌精石なのか?」


「嫌精石だよ、もちろん」ゼルが勿体付けて頷く。「その石は、内側に効果を向けたもう一つの嫌精石で(くる)んである。その石が魔法封印の効力を発揮してるのは、内側の石と外側の石の間の薄い層だけさ」


「は? なんだよそれ。そんなもの、どうしろって言うんだよ」


「外側の石は混ぜ物をして脆くしてある。爪で力を入れれば簡単に砕けるようになってるよ。そのままの形で持っていって、使うときにはポケットの中で砕いて、中の石を取り出すんだ。一回り小さいその石の効果範囲は、君の半身と言ったところ。しっかり一試合戦って、勝っても負けても『魔法の反応がとても鈍くて苦戦した』って言えるはずだ」


「お前、ホントに性格悪いな……」


 表情を歪め、嘆息するルース。ミスティも、口先では呆れたと溜息をつきながら、しかし作戦自体には納得したらしい。椅子に腰を下ろし、背凭れに寄りかかって腕組み。眉間の皴は消さなかったが、とりあえず納得はした、と体勢で示した。




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