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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 魔法大学院 第一節 ソルザランド王城
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1-1-6.緊張の糸を断ち切る轟音






 温かい香茶を一杯、ゆっくりと味わってから、さてとティリルは立ち上がる。


 王宮の香茶は美味しいし、メイド嬢は優しく給仕してくれるし、このままもうしばらくやわらかいソファに座っていたいという誘惑もあったが、ティリルはまだ大学院への入学手続きも済ませていない。人を待たせているとも言われたし、あまり我儘に時間を使うことも出来ない。


 玄関までの案内をメイド嬢にお願いし、ようやくティリルも部屋を出ようと荷袋を手に持ったそのとき。ドダドダドダ……、とその場に似つかわしくない慌しい轟音が、どこからともなく響いた。


 何だろう。首を傾げながらメイドの顔を見る。彼女は少し困った顔をして、ティリルの手をそっと引き寄せた。


「すみません、危ないので扉から離れてください」


「え? ……え?」


 戸惑いながら、引かれるままに一歩後じさる。ドダドダドダドダ、音はどんどんと近付いてきて、そして遂に。


 バダン! 物凄い音を立て謁見の間の扉が開く。古代樫の扉がティリルの鼻先を掠めた。


 体を仰け反らせ、驚きと身の危険に心臓をばくばく言わせるティリル。その前に姿を現したのは、薄い栗色のセミロングヘア、白い簡素なデザインのドレスを纏った、ぜぇぜぇはぁはぁと息を切らした汗だくの少女だった。


挿絵(By みてみん)

     illustrations by イコ様


「はぁ、はぁ、……ちょ、ちょっと、ま、待った……。はぁ、はぁ」


 相当長い距離を走ってきたのか、なかなか息が整わない。結局ティリルは、少女が落ち着くまでの暫くの間、わけもわからずただ胸を押さえながら彼女を見守り続けた。


「はぁ、はぁ……。……ふぅ。

 えっと! 改めましてあなた! あなた噂のシアラ・バドヴィアの娘ってやつよねっ?」


 息が整うや少女は途端に元気になり、人差し指をティリルの鼻先に向けて迫力、訊ねてよこす。指を構えられ、答えるティリルはふためきながら、「えっ、え、ええ、その、はい」肯くだけ、頷いた。


「ああ、よかった。間に合ったんだ。いや、もっと早く来るつもりだったんだけどさぁ、授業が長引いちゃって。あの史学の教師、自分の手順が悪いくせに範囲が終わるまではテコでも解放してくれないんだわ。本当クビにしてやりたいわよ」


「あ、えっと、あの……」


「お父様から、今日シアラの娘ってのが来るって聞いてたんで楽しみにしてたのよ。軽薄な奴って思われるかもしれないけどさ、絶対知り合いになっておきたいじゃない、そんな人となら」


「え? えと、私……」


「って本人にしてみりゃわかんないよね、そんな感覚。でもシアラ・バドヴィアって言えば今や世界中知らない人のいない有名人でしょ。それに戦争を一人で治めちゃったなんていうすごい英雄だしね。その娘さんだって、きっとすごい人なんだろうって期待しちゃうじゃない」


「え、そ、そんなこと、言われても……」


「あ、ごめんごめん。無神経だったよね。私あんま頭よくないからさ、ついつい思ったことそのまま口にしちゃうのよ。シアラの娘だからって興味を持ったのは本当だから、どっちにしろ失礼かもしれないんだけどさ。

 でもそれだけじゃなくて、あなたが私と同じくらいの女の子だって聞いたから、是非お友達になりたいって思ったのよ」


 まるでバケツを引っくり返した勢いで、少女はまくし立てる。圧倒されてティリルは相槌もろくに打てず、それどころか何を言われているのかを理解するだけでさえ覚束なかった。勢いに気圧されさらに一歩、後ずさりそうになるティリルの肩を、メイド嬢が後ろから支えてくれ、小声でそっと耳打ちしてくれる。


「王女殿下です」


 え、とティリルが振り返ろうとした、それより一瞬先に彼女は少女の前に歩み出、両手を腰に当てて叱責する。


「殿下! そんなに一遍に捲し立てないで差し上げてくださいな。ゼーランド殿が困惑なさっておいでです」


「え? あ、あれ、ホントに?」


 メイドの声で我に返ったらしく、少女は口を止めてティリルの様子を覗き込んだ。敵意も好意もない、本当に様子を確かめることだけが目的の丸い青い目。ティリルはその視線を、やはりおどおどしながら大人しく浴びていた。


「また! そんなにじろじろ見られるのも失礼ですよ。それに先程の廊下の走りよう。いつも申し上げているではないですか。もう少し王女としての自覚を持って礼儀を見につけて頂かないと――」


「あぁもう、うっさいなぁ」


「お言葉遣いもなっていません。お父上に言いつけますよ」


 息を荒げるメイド嬢を他所に、少女はティリルの耳元にそっと歩み寄り、顔を顰めて愚痴を零す。


「彼女、お父様付きのメイドなのよ。メイドの癖に私の言うことなんか聞きゃしないし、二言目には『お父上に言いつけますよ』ってばっかり。きっと子供の頃〝言い付け草〟の実ばっかり食べて育ったのよ」


 その少女のあまりの子供っぽさに、ティリルは思わず吹き出してしまった。笑ってもらえたことで少女もようやく少し安心したか、にひひ、とやっぱり悪戯坊主めいた笑いを浮かべ、メイド嬢の顔をさらに顰めさせる。なんだか楽しそうな人なのは確かみたいだ。ティリルはいつの間にか、自然に口許に笑みを浮かべられるようになっていた。


「ま、でも確かに、挨拶もなしに色々話しすぎちゃったね。

 改めて自己紹介するわ。私はアリア。アリア=エルディス・ハーグよ。エルム六世王の一人娘で、一応ソルザランド王国王家の第一王女、なんてのをやってるわ。よろしくね」


「あ、はい」


 王女という肩書きにも気後れせずに笑顔を返せたのは、アリアの人柄の故だろうか。ティリルはもう一度緊張しないうちにぺこりと頭を下げて、


「私は、シアラ・バドヴィアの娘――として国王様に呼んで頂きました、ティリル・ゼーランドです。えと、その、はじめまして。アリアさん、ですね」


「あ、うん、まぁ、そうね……。……アリアさん、か……」


 ふと、ティリルの挨拶を受けて、アリアが複雑そうな顔をして目を逸らした。何か、気に障るようなことを言ったろうか。ティリルは不安になって、そうっとアリアの顔色を窺って、「あの……」と声をかけてみる。


 けれどアリアは、そんな複雑そうな表情を一瞬で払拭。ぐ、と腰を曲げてティリルの顔に顔を近づけ、にんまぁっと口許を笑わせた。


「まぁいいや。とにかくよろしくね、ティリル!」





いこ様から挿絵イラストを頂きました。

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