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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十二節 腐れ縁
168/220

1-22-3.盗み聞き







「でも、リーラさんは本当によかったんですか?」


 教室からの帰り道。ティリルは横を歩くリーラに質問した。


 ふんふんと鼻歌を交じえ、楽しそうに両手を大きく振りながら、ティリルの横を歩くリーラ。ティリルの質問を受け取り、ほえ?とこれまた愉快な疑問詞を口に浮かべた。


「何がです?」


「その、あの会に参加してもらっちゃって。リーラさんには関係のない話なのに」


「関係ないなんて言わないでくださいよ!」


 愉快な笑顔がふいと消えた。途端に憤りの表情を浮かべ、大好きだと豪語するティリルに噛みつかんばかり、ギリギリと噛み合わせた歯を露出しながら、こちらを睨んでくる。


「え、ええっと……?」


「私、先輩の悩み事は全部相談してほしいんです! 頼りにはならないかもしれませんけど、先輩が困っていたのを後から知るなんて絶対嫌なんです! だから、こういう集まりがあるなら、ぜひ私も参加させてほしいです。力にはなれないかもしれないけど……」


「そんなこと――」


 真剣な顔で主張するリーラに、むしろ圧倒されてしまった。


 なぜ自分のことなど、と相変わらず不思議にも思うが、そういえばと我が身に置き換え、思い当たる節も見つけられる。例えばミスティが失意の底にまで落ち込んでいて、そのことを後から聞かされたら、自分は大きな自己嫌悪に陥るのではないだろうか。何度も自分を救ってくれた、その親友が困っているときに、自分はそのことを知りもせずのんべんだらりと過ごしていた、と知ったら。死にたくさえなるのではないだろうか。


 そう考えれば、リーラの想いはとても暖かく微笑ましく、そしてありがたいもの。そのようにも感じられてくる。


「わかりました、ありがとうございます。その気持ちとっても嬉しいです。ぜひ、何か困ったことがあったら相談させてください」


 はい、ぜひ! 今度は頭を撫でられた飼い犬のように顔を崩すリーラ。ペットのようなと表現するとさすがに失礼ではあろうが、実はそちらの方がしっくり来てしまうのだ。


「もしよければ、教えてもらえませんか? その、先輩が今までどんなことをされてきたのか。皆さんが敵視しているその何とかって人は、どんな酷いことをしてくるのか」


 昨日あった悲しい出来事でも聞くような、ちょっとした日常会話に収まるような聞き方を、リーラは努めてしてくれているようだった。恐らく、今までも聞きたいとは思っていたのだろう。けれど、ティリルの感情の振れ幅が大きく、生中な好奇心で触れてよい出来事でもない、と相当気を使っていたに違いない。


「ええ。ぜひ聞いてください」


 答えるティリルに、またもリーラは破顔一笑。ぴょこぴょこと、それこそ小型犬かなにかのように辺りを飛び回り、ティリルに懐いて腕に抱き着く。かわいらしい。後輩としての意味か、見た目の犬っぽさのことかはとりあえず横に置き、ティリルはリーラを目を細めて見守った。


 さて、この後はどうするか。フォルスタの研究室へ行くか、このところの日課である実行委員会の準備室へ行くか。どちらでもやることはあるが、リーラが一緒ではどちらに行くのも難しいか。今日は一度このまま部屋に帰って夕飯の支度をしてしまう、というのもありだろうか。いろいろ考えていたところ。


「あ、あれ?」


 校舎から外に出たところで、リーラが指を伸ばした。


 目の前を、ミスティが歩いていく。大通りを外れ、校舎と校舎の隙間、細い通路に向かって。


「なんだか慌てて……、どこ行くんだろう」


 静かに首を捻る。きょろきょろと落ち着きなく、なんとなく周囲の視線を気にしているその様子は、いつも堂々と胸を張っている彼女らしくない。


「なんだかさっきの集まりでも、ミスティ先輩様子おかしかったですもんねぇ。当てはあるけど言いたくないだなんて」


 リーラが腹に一物抱えたような楽しそうな笑みを浮かべ、ティリルに同意を求めた。そうだったかな、と目を逸らす。ティリルの中には一つの期待があった。ミスティが誰のことを指していたのか、明然とはしない。ただ、あの人だったらいいなぁ、という期待が。


「ね。後をつけてみましょうよ!」


 リーラが悪戯っぽく笑う。


「えぇ? ダメですよそんな……!」


「でも、ひょっとして先輩、さっき言ってた第三種競技の出場者に話をしに行くのかもしれないですよ? だとしたら、ティリル先輩も確認しておく必要ありますよ」


 だって素性の知れない人を連れてこられたらまずいじゃないですか。悪戯っぽい笑いはぴたりとしまい込み、一転深刻な表情で忠告をくれる。本気で心配してくれているようなので、どうにも否定が難しい。


 ティリルとしては、目途がついているので、大きな不安はない。そもそもミスティが用意する人材に、懸念など含みようもない。誰を連れてこようとも、一も二もなく受け入れてしまうだろう。それくらいに、ミスティのことは信用していた。


 だが、そのままの形で「だから大丈夫」とリーラに伝えることは憚られた。彼女の場合、そんな話をすればミスティに対抗意識を燃やしてしまうに違いないからだ。「じゃあ、私のことはどうなんですか? 私が誰を連れてきても、先輩は信じてくれますかっ?」問われたら、心は否と答える。表情と口は、答えを探して困窮するしかないだろう。


「さぁ、行きますよ先輩!」


 結局、断る理由を見つけそびれてしまったティリルは、リーラに手を引っ張られ、こそこそとその後をつけて、校舎脇の狭い通路に足を踏み入れてしまうのだった。


 細い、薄暗い路を通り抜けると、その先は小さな中庭だった。四方を校舎が囲んでいて、光は少なく仄寒い。へばりつくような緑を残した地面は、誰かが世話をしているのか枯草の姿は見当たらなかったが、その真ん中にぽつんと立つ背の高い外灯の腕には、手が回らなかったのか蜘蛛の巣が張ってしまっていた。


「先輩! こっちです、こっち!」


 初めて見る場所に少々見惚れてしまっていたティリルは、リーラに声をかけられふと我に返る。


 二人が通ってきた校舎の間の細道。その出口の、対角線の先の辺り。向かいの校舎の壁に小さな木製の扉がついている。リーラは先に身を屈めて、その扉のすぐ横にへばりついていた。


「なに、してるんです?」


 溜息を混ぜながら、リーラに聞いた。


「しーっ。……聞こえちゃいますよ! ほら、中に入ったみたいなんです。先輩も早く!」


 ぱたぱたと、右手の手首から先でティリルを招くリーラ。はぁと、もはや憚らずに深い息を吐きながら、徐ろな足取りでティリルも扉に近寄る。悪いなと思いながら耳を(そばだ)てると、確かに聞こえる。ミスティと、もう一人。会話をする声。





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