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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 魔法大学院 第一節 ソルザランド王城
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1-1-4.そして国の意向は





「バドヴィアの力は、戦禍を治めるに当たりこれ以上ない役割を果たした。彼女こそが、数十年に及んだ、かのエネア大戦の最大の功労者であったことは間違いない。だが、彼女が失踪して振り返ってみれば、その力は戦争のためにのみ振るわれるには余りに惜しいものだとも痛感する。ソルザランドの魔法学の発展のため、そしてより多くの有能な魔法使育成のため、ひいては国民の生活を向上させるために、彼女の力を役立てられたらそれはどんなに素晴らしいことだったのではないかと、そう思えてならないのだ」


 国王の熱弁に、ティリルは次第次第にのめり込んでいった。


 シアラ・バドヴィアは紛うことなき稀代の魔法使だ。そして、しかしその名を歴史に刻むことが出来たのは確かに「戦争」という舞台があったからこそ。彼女の伝説を、戦争という悲劇の舞台でしか活躍できなかった影の人物と受け取る見方は、ティリルの中にはなかった。言われてみればその通りだ。自分がもしシアラのような偉大な魔法使になれたとして、しかし戦争に赴かなければならないとなれば、それは決して幸せな境遇とは受け取れないに違いない。


 なんだかティリルは、シアラの人物像に勝手なイメージを膨らませてしまっていたような気がして、罪悪感に襲われてしまった。


「結局、我々の捜索も虚しくバドヴィア女史は既に逝去なさっていた。そのお話が先日ようやく王宮にも届けられたわけなのですが……」受け継いで、ルクソールが続ける。「幸い女史は一人の娘君を遺しておいてくださいました。我々はその話を聞くや、すぐに王国議会を召集し、件の是非を審議致しました。就学費、研究費の全額国庫負担という異例の待遇には多少の反対意見も挙がりましたが、最終的には全会一致でゼーランド殿のサリア招聘、大学院入学支援が決定したのです」


 表情を歪めてルクソールが言う。どうやら笑っているらしかった。ティリルは懸命に、彼の顔が怖いとか気色悪いとかと思う失礼な自分の心を封じたが、さりとて彼に対して元から抱いている緊張感が解れるわけでもないらしい。薄っすらと返す自分の笑顔もまた、随分と強張っていて気味の良くないものになってしまっていただろう、そう自覚できた。


 幸いと呼べるとしたら、そんなどうでもいいことに気を取られるあまりルクソールの話の重要性に気付かずにすみ、今以上体を震わせることがなかったということくらいか。


「――そのことが、最初に貴殿に理解しておいて頂きたい事柄だ」


 今度は国王。先程よりもやや毅然と厳格に表情を引き締め、教え伝えるというよりは言い渡すといった様相でティリルを睨みつけた。その表情はルクソールも似たもので、唯一ネスティロイだけが依然と眠そうに明後日の方向を眺め続けていた。


「理解を頂けるかな。つまり誤解を恐れずに言えば、我々は貴殿の持つシアラ・バドヴィア女史の魔力を求めて貴殿を招聘したということ。貴殿の才能の開花には最大限の助力を与え、貴殿が望むように勉学の環境を整えるが、貴殿には我々のその期待に全力を以って応えてもらわねばならないということだ」


「は、はい!」裏返りそうになる声をどうにか操りながら。「そ、その、そういったお話は、あの、ユリに迎えに来てくださったあの使者の方――セオドさんからも伺っています。それに自分でも、国王様が私のことなんかを呼んでくださるなんてこと、それくらいの理由がなければ有り得ないことだってわかっているつもりです。えっと、私自身、自分がシアラ・バドヴィアの娘だと知らされずに育ったので、自分の実力に関してはまるで自信がないのですが……。けれど、王様にせっかくのチャンスを頂いたのですから、精一杯努力して魔法使にならなければいけない。そう考えてはいます」


 ペコと頭を深く下げ、自分の考えの本当を伝える。ようやく、ティリルも正面のエルム王にだけは少しずつ緊張を緩めることが出来始めて、強張らずに笑顔を作ることが出来るようになった。


 王もティリルの言葉に満足してくれたのか、うむと一つ大きく頷いて、薄っすらと微笑を浮かべてくれた。自分の心を受け取ってもらえたこと、自分の言葉に満足してもらえたことを理解し、ティリルは心臓を安堵させた。


 だが、続きはあった。その始まりは、突然のネスティロイ氏の哄笑だった。


「なに真面目ぶって答えてんだね、お嬢ちゃん。いや全く、今の話がまるっきり本音だって言うんなら、あんたは真性のバカか救いようのないお人好しか、どっちかだぜ」


「ネスティロイ殿っ!」


 叱責は宰相の役目。そして、そんな言葉を欠片も意に介さないのがネスティロイの常らしい。睨みつけるルクソールと戸惑うティリルを目にも入れず、魔法使は高笑いの意図を説明し始める。


「この王様はな、お嬢ちゃん。あんたはバドヴィアの代用品でしかないんだって言ってるんだよ? 本当は母親の方が欲しかったのに娘しか見つからなかったから、仕方なく自分たちで育てて使ってやるか、って言ってるんだぜ。その上でこいつらはお嬢ちゃんに向かって、しっかり面倒見てやるからさっさと世界最高峰の魔法使に育って、恩を何百倍にして返せ、国のために働けって要求してるんだ」


「……えっ、ええと……」


「要するに、就学費全部出してやる代わりにあんたの残りの人生全部よこせって言ってんだ、この王様たちはな。それがわかって、あんたはまだおんなじことが言えんのかい?」


「なっ、何という暴言を! ネスティロイ殿、お慎みなされ!」


 立ち上がり、机に両手を突いてルクソールが声を荒げる。対面するネスティロイは、しかしやはり一向に気にせず、悠々と足を組み替えながら大きく鼻を鳴らした。


 された話が理解しきれず宙ぶらりんになったままのティリルは、ただ目の前で展開される激しい剣幕を呆然と見守るばかりだ。


「大体、自ら国にお仕えする身でありながらそのような言い方は不敬ではありませんか! 国民たるもの、ソルザランドの国のために仕えることは何事にも代わらぬ栄誉。それを、まるで強制労働のように言いつけるとは!」


「かは、国に仕えるのが栄誉だってさ。また随分と埃臭いお考えをお持ちで」


「ほ、埃臭いとは暴言の極み! 貴殿は王家と王国の伝統を何とお考えに――」


「やめないか、二人とも!」


 国王の怒声が響いた。場が静まる。さながらルクソールは兄弟喧嘩を親に諌められた年少の弟のよう。しょぼんと肩を落とし、自らの失態を恥じて国王に頭を下げた。一方のネスティロイも同様、叱られた長兄のようにふてぶてしく顔を背けて目を閉じる。成程、この三人のやりとりはこういうバランスなのかとティリルはようやくその関係が整理でき、心の中で少しだけ可笑しさを覚えた。


「ゼーランド殿」


「あ、は、はい」エルム王の視線を受け、ティリルは居住まいを正す。


「言葉は悪いが、ネスティロイの話は本当だ。我々の本当の目的は、貴殿を魔法使として大成させることではない。大成させた上で、その力をこの国のために使い、魔法学の技術と知識との向上に役立たせること。それが最終的な願いだ」重く、エルムは語る。「我が王家が、そしてソルザランド政府が貴殿への援助を立案したのはそのためだ。そうでなければ、貴殿の成長の為のみであれば、議会は一学生の研究活動の全面支援など到底認めはしなかっただろう。ましてや、貴殿のことが世の明るみに出ればよからぬことを企む者も現れる。貴殿の力を、バドヴィアの魔力の如く武力として、あるいは純粋な暴力として受け止め、再び世界に戦乱の時代を齎す者、齎さんとする者も現れるかもしれない。万が一には、貴殿自身がそれを企む恐れもなくはない。そうなった際には、我が王国は全力を持って貴殿を抹殺しなければならなくなるだろう。

 それでも尚我々が、貴殿が魔法使として大成するための援助をするのは、将来的に貴殿の力――バドヴィアに並ぶ力が、必ずやこの国の文化レベル、国民の生活レベルを向上させるに役立つものであるからだと判断したからだ。逆に言えば、貴殿はその力を王家と国民のために用いなければいけない。この話を受け入れた時点で、貴殿には魔法使として大成すること、国のためにその力を惜しみなく費やすこと、この二つの義務が発生するのだ」


 こんな言葉を向けられて、さてティリルは一体どんな顔色をしていただろう。きっと絵の具でも塗ったように真っ青になっていたに違いない。自分の残りの一生涯を、王国に捧げろと言われたこと。道を誤ったなら、我が身を抹殺すると宣言されたこと。ひとつひとつの言葉が、ティリルの固めてきた覚悟を大きく上回っていた。強く、固く誓ったはずの「魔法使になる」という決意が、今にも霧散しそうに心の中で大きく揺すぶられた。




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