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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 魔法大学院 第一節 ソルザランド王城
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1-1-2.城内へ案内されて





「あ、あの……。ここってお城じゃないんですか? 私、学校に行くんだって思ってたんですけど」ティリルは腰を浮かせて、車の脇に立つセオドの顔を覗き込んだ。


「ええ。ですがその前に、国王陛下へのご挨拶をお願い致します。今回のお話を下さったのは陛下なのですから」


「あ、それはそうですね……」納得しかけて、浮かせた腰を一度席に沈める。そして、俄かに。


「…………え、……ええっ?」気付いた。


 確かに今回、ティリルを田舎町のユリからこの王都サリアへ、ソルザランド王国最高学府たるサリア魔法大学院へ招いてくれたのは、恐れ多くも国王陛下、エルム六世王だとセオドから聞かされていた。だが――。


「そ、それじゃ私、これからお、王様にご挨拶しないといけないんですかっ?」


 慌てて立ち上がり、馬車の手摺に手をかけてセオドに泣きすがる。


「それは当然ですよ」


 少し驚いたように目を開いて、彼は答える。話をしながらも彼は長旅を導いてくれた馬を労う手を止めず、その背中を撫でながら口だけ動かす。


「陛下から、王城に到着し次第ティリル様を謁見の間にお連れするようにと仰せつかっております。それに、ティリル様の大学院入学をご支援下さるのは陛下です。出過ぎたご助言かもしれませんが、お立場を考えてもご挨拶はなさるべきだと思いますよ」


 ユリを経つ前に、城への書簡も出している。「国王陛下もティリル様の到着をお待ちかねのはずです」それが使者セオドの言い分だった。


 セオドは車の脇に回り、ティリルが降りられるようにすっと手を差し出した。その手を素直に受け取って、ようやく馬車から降りたティリル。しかし、やはり心中の不安をまるで拭いきれない。おたおたと、目線も足取りも落ち着かせられぬまま、更に彼に泣き言を重ねる。


「で、でもっ、私そんな心の準備が全然出来なくて……。それに、私田舎者ですからろくに礼儀も身についていないんですよ」


「大丈夫ですよ」苦笑交じりに。「陛下は非常に穏やかで優しい方ですから、緊張なさる必要は全くありません。それに田舎者と仰いますけど、ティリル様は都の若者連中よりもよほど礼節をご存知ですよ」


 セオドはティリルの手を引いて、城の玄関口に誘った。


 やはり左右に立つ緑の上着の衛兵たちの横を通り過ぎると、自分は一体彼らにどんな風に思われているのか、こんなところで喚き立てる困った無作法者だと睨みつけられていないかと、恐ろしくなって肩を縮ませる。


 短い廊下を過ぎた先に広がる、正面はロビースペース。赤い絨毯に覆われる緩やかな長い階段が中二階に伸び、緑のカーテンに遮られた奥の部屋へと人を誘う。ユリの小さな商店であれば十軒近くは入ってしまいそうな広いホール。見るだけで気後れしてしまうこの絨毯の上を、更に先へと進んでいかなければいけないなんて。ティリルは早くも、サリアへ来たことを後悔し始めていた。




 セオドに連れられ、しばらく並んで広い廊下を進む。中は広くて、どこがどこやらまるでわからない。基本的には、冷たい色をした石のブロックが組み上げられた壁が続いている。床には引き続き柔らかい絨毯が伸び、天井にはシャンデリアーー装飾華美な燭台が等間隔に下がっている。廊下の隅には、歩く妨げにならない程度に、うるさくならない程合いに絵画やら彫刻やらが並べられている。廊下の突き当たり、階段に差し掛かると少し雰囲気が暗くなるが、三階、四階に上がればまた同様の風景が続く。そろそろティリルは見るもの、歩く廊下の全てに目が眩み始め、思考力が麻痺し始めてきていた。


 そんな頃、ようやくひとつの部屋に辿り着いた。樫の木製の、二枚合わせの豪奢な扉。使者殿が重々しく扉を開いて、ティリルを中に招き入れてくれる。そこがどうやら『謁見の間』らしかった。


「大切なお客様をお迎えする為の間です。広さは然程ないですが、どうぞお寛ぎください」


 部屋の中央に置かれた大きなソファにティリルを座らせながら、セオドは小さく頭を下げた。自分の家の敷地より広そうな室内をきょろきょろと眺めながら、それは一体どんな皮肉なのだろうと、しばし真剣に彼の言葉を吟味する。


「それでは、陛下は間もなくお出でになるはずですので、しばしお待ちください」


 言って、セオドは部屋を出て行こうとする。


「えっ?」思いがけないことに、ティリルは慌てて立ち上がり彼に縋った。「そ、そんなっ。一緒にいてくださるんじゃないんですかっ?」


「私は、陛下とティリル様のお顔合わせの場には邪魔なだけですから。他にやらなければならないこともありますし」


「で、でもっ、私一人で王様とお話しするなんて……っ」


 抗議の声を上げようとするが、それを最後まで聞いてもくれず、セオドは笑顔だけ残してさっさと扉を閉めてしまう。残されたティリルは、胸の前辺りに両の拳を握り締め、恨めしく「……ひ、酷いですよぉ」と喉を震わせた。


 彼と入れ替わりに、部屋には若いメイドが一人、トレーを携えてやってくる。立ち尽くすティリルの前に、「失礼します」と楚々と一礼して香茶と焼き菓子を置いた。自分の泣き声が聞かれてしまったかと恥ずかしくも思いながら、ティリルは慌てて礼を返し、ありがとうございますと一言。それから諦めて、大人しくソファに座っていることにした。


 メイドはすぐに退室した。広い部屋に、ティリル一人が残された。


 緊張で頭を真っ白に染めながら、どうにか心を落ち着かせようと、胸に手を当て深呼吸。改めて広い部屋の中を一巡眺める。中央にテーブル。四辺にそれぞれ大きなソファが並べられた謁見の間。大きく取られた窓からは東の通りが一望でき、感嘆の息が催される。正面と背後には、小さな彫刻や宝石類で作られた美術品の並ぶショーケース。立派な背表紙の並ぶ、ガラス戸のついた本棚。少なくとも人を待つ間に退屈はしないよう配慮されているようだった。


 実際ティリルも、本棚の中身は気になった。だがやはり勝手に立ち上がり覗き込むほどの度胸はない。大人しく座り、体をやや強張らせ、お茶やお菓子にさえ手を伸ばせずただじっと待つことにした。


 静かな室内。自分の高鳴る鼓動まで大きく響いて聞こえてしまう。ごく、と唾を飲み込むと、喉の鳴る音がやはり響く。同時に思いの他喉が渇いていたようで、つい噎せ返ってしまった。自分に呆れる。それでも尚手をつける勇気が出ず、お茶はやはりそのまま。強く拳で胸を叩いて、我慢してしまうのだった。


 やがて廊下から、甲高い足音が聞こえてくる。静かなので、扉越しにも音が響く。


 カヵカ、カカヵ、カヵヵ……。一人のものではない。二人、いや三人。しっかりとティリルのいる謁見の間の前で止まり――。


 ゆっくりと扉が開いて、三人の男が姿を現した。




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