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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 魔法大学院 第一節 ソルザランド王城
12/220

1-1-1.首都サリア「白の城」

挿絵(By みてみん)

     illustration by 紗倉様





 ガタガテゴトゲテ。


 荒れ道を、馬車が進む。不規則な振動が続く。


 田舎町のユリは、元々他の町との交流があまり盛んではない。険しい山間に存在していること、人の数も一万を超えるか超えないかという小さい町であることに鑑みれば、当然のことかもしれない。その中で、馬車の向かう王都サリアは、比較的ユリとの流通が盛んで人の往来も多い大都市だ。そのため近年この、二頭立ての馬車がどうにか進める程度の広い街道が拓かれた。


 広い街道とはいっても、勾配のある深い森を切り拓いた、ろくに舗装もされていない山道であることには変わりない。まるでおとぎ話にでも出てきそうな王子様の催すパーティにでも連れて行ってくれそうな、立派な屋根とふかふかの皮張り椅子のついた、緑と金の装飾の瀟洒な馬車。乗せてもらっているだけの立場でそんなことを言ってはいけないのだろうが、さしあたり、ティリルはこの長旅にそろそろ疲れの色を隠せなくなりつつあった。


「大丈夫ですか?」


 御者台から、馬車の中を気遣うセオドの声が聞こえる。オレンジに近いキツネ色の短い髪を逆立てて整え、爽やかな細面を強調した、まだ若い青年。都の王城からの使者、にしては安そうなマントと仕立ての悪そうな紺色のシャツを身にまとい、まるで金のない旅人のような風体をしている。


 ここまでの長い旅路、セオドの細やかな気遣いに、幾度となく助けられ安心させられた。彼との距離感も随分縮まったように感じる。慣れない乗り物の旅に少しの酔いとかなりの疲労を感じ始めていたティリルだったが、今もこうして心配してくれる彼に、元気な様子を見せなければ、と一度小さく自分の頬を叩いてから、前方の小窓に笑顔を向けた。


「は、はい。だいじょうぶです……!」


「もう少しで着きますので、あと少しだけ頑張ってくださいね」


 わかりました、と頬の端を微かに引き攣らせながら、そっと左手の窓を見た。まだあちこちに雪をかぶった淡い緑が、嫌になるほど蜿蜒と続いている。山育ちのティリルには見飽きた風景。町を離れてすぐの頃にはそれでもこの窓から見える風景に胸も躍ったが、車酔いにも耐えながらひたすら同じ風景を見続けていればげんなりもする。せめて気丈な振りをして、唯一の話相手である御者台のセオドには笑顔で言葉を返し、時には自分から話題を振ったりと慣れない気を遣っていた。


「もうすぐです。もう大分山を下ってきていますし、山道を抜ければサリアは目の前です」


 使者の青年の言葉が、どんどんとティリルを宥めるものに変わっていく。大丈夫ですから、気にしないでください、とティリルは慌てて両手を振るが、説得力のない自分の言葉も重々承知。せめて笑顔が曇らないよう、窓を開けて涼しい風を中に入れ、酔いを覚まそうと頑張った。冷えた風が、頬を撫でて心地よい。今さらだが、雪の残る山道を走っているというのに、馬車の中はとても暖かい。セオドの魔法によるものなのだろうか。


 風の匂いが、甘ったるくなってきた。王都サリアは、目の前だった。




 ガロガロガロガロ。


 土の道を、馬車が転がる。穏やかな振動が届く。


 山道を抜けると、しばし広やかな原野が続く。山育ちのティリルには、傾斜の少ない平らな平原がどこまでも続く景色が、そこに点在する民家や畑が、牛馬の放牧が、目に見える何もかもが目新しく、山道から一転子供のようにはしゃぎ回ってあれこれに目を注いだ。


 中でも一番目を引いたのが、行く手に広がる白い街並み。そしてその頂に聳える、突端に緑の旗の翻る二つの尖塔。それが王都サリアなのだと、ティリルにもすぐに判別がついて、思わず馬車から身を乗り出して息を零してしまった。


「あの塔は、王城フォーランティア城のものですよ」


 御者台から教えてくれたセオドの声も、心なしか嬉しそうであった。彼にとっても王都は安堵すべき故郷。加えて、帯びた使命を一つ無事に果たせそうであることも、またその声音の要因の一つなのだろう。彼の笑顔を馬車の揺れに垣間見て、ティリルは心の中にもう一つ小さな喜びを加えた。


 カロカロカロカロ。


 いつか、道は石畳で覆われて、また馬車の転がる音が変わる。振動がまたひとつ静かになる。車が街に入ったのが、いつの間にやら気付かれた。


 つれて、道に並ぶ民家や商店の数が増え、往来する人や馬の数が圧倒的に増えて、通りが雑然としていく。道沿いに並ぶのは、肉屋、魚屋。夕食の支度に女性たちが集まる、大きなマーケット。ユリのものの三倍はあるだろう、三階建ての大きな郵便局。店先に、ティリルの見たことのない草花ばかりを並べた生花店。図書店もティリルの通いつめた馴染みの店よりもずっと大きくて綺麗な店構え。すぐ隣に印刷屋も並んでいる。オープンカフェは石畳の車道にはみ出るほどにテーブルを並べ、女性を中心とした若者たちに紅茶やケーキを提供している。一方で、やはり同じく道端にテーブルを広げては、まだ日が高い今から男たちに酒や腸詰を振舞う酒飲場もある。


 全てが、ティリルにとっては知らない世界の景色。半ば目を回しながらも、右に左にと顔を向け、目に映るいちいちに嘆息した。


「サリアは、中央に王城と大学院とを置き、東西南北四方に大通りを伸ばした形をしています。その四つの通りに沿って発展を遂げているんです」


 珍しく振り返ってティリルの顔を見ながら、セオドが説明をくれる。


「一つの通り沿いに、大体小さな村や町が一つ賄えるくらいの店舗が並んでいます。もちろんそれぞれの通りでしか手に入らないものも多いですけれど。ここは北の大通りですが、このあたりのマーケットでは山菜や山の獣の肉などが多く扱われています。旅人のための安宿も多いですね」


 ユリや、北の村落に続く山道が延びていますからね。――セオドは舌を滑らかに動かしていたが、昂ぶったティリルの耳はそんな話をおぼろにしか聞いていなかった。


 しばらく進んで、ようやく馬車は町の中央サークル、王城の足下に着く。


 それは、一言で言えば荘厳だった。ティリルの背の倍ほどの、白い塀に囲まれた純白の王城。遠目に見た二本の尖塔の先は、足下から首を上げて見ると美しさより先に恐ろしさが抱かれる。それを支える建物の城壁も、屋根も、一面に白く、輝くように白い。


 溜息交じりに、ティリルは記憶の片隅にあった、以前読んだ本のことを思い出した。百年前、ソルザランド王国初代国王エルム一世王が、それまで建っていたサリア城の改築を果たし、『白の城』と呼ばれるフォーランティア城を完成させたという。それがこの城だと言われれば、なるほど確かに恐ろしいまでの峻厳さを備えた『白』だと納得し、唾を飲んでしまう。


 王城の周りをゆっくりと移動し東側の正門が見えてきた頃合、馬車は少しずつ速度を落とした。大きく口を開けた門の前には衛兵が二人、濃い緑色の軍服を着て手に剣を携えて立っている。セオドはさらに馬車の速度を緩め、門番に手で合図を送りながら中に入っていく。あれ、とティリルは横を過ぎる門番に会釈をするのも忘れ、彼の背中に首を傾げた。


「さぁ、着きましたよ」


 広い庭園の一番奥、城の玄関の前でセオドはようやく馬車を止め、振り返ってティリルに笑いかけた。そして御者台を降り、手綱を手放す。






紗倉様にイラストを頂きました。

紗倉様、ありがとうございます!

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