1-13-11.アリアとは翌週の約束を
そうして、気が付くと空が紅く染まり始めていた。
宴席はまだまだ、月明かりが夏の夜風を冷やし終わる頃合いまで続くようだが、学生たちは門限がある。三人はそこそこで暇乞いをし、店から離れることにした。
「それじゃあ、アリアさん。せっかく久しぶりにお会いしたのに、全然お話できませんでしたけど」
近付いて、挨拶をする。
「んあ? 何よてぃりう、もうかえっひゃうの?」
ソルザランド王国の王位継承第一位たる王女殿下は、ものの見事に酔っ払っていた。
「あ、……アリアさん……?」
「なによー。ゆっくりお話ししたかったろに。あたしのころ嫌いなのぉ?」
「や、そんなことないですって! だってもう帰らないと、学院の門閉められちゃいますし」
「だっひゃらお城に泊ればいいよぉ。部屋なんて、いくひゅも余ってるんらから」
あからさまに泥酔しているアリア。傍から見ていて心配になる程だが、周囲の人間はそれ程気にかけていない様子。どころか誰がどこから持ってきたのか、次の酒をアリアの元に置いて寄越す始末だ。
「姫さんのことなら心配しなくても大丈夫。こうなってからさらに調子が上がるんだ。いつものことだよ」
「え、や、でも……」
「大丈夫大丈夫。ね、姫さん」
「あちしの心配してくれてんろぉ? やさしいねえてぃりうは。らいじょーぶらいじょーぶ、あちしはまだまだ飲めるから」
これ以上飲んだら、身体的にも立場的にもまずいのではないか。そういった心配をしているのだが、本人も周囲の人たちも、まるで気にかけていないようだ。それではこれ以上何も言うことはできない。できるとしたらせいぜい、引き続き心配しながら目線を送るくらいだ。
「わーかったわかったよ。そんなに見られちゃ仕方らい。今日はあたしももうそろそろ帰りゅよ」
責めているつもりはなかったのだが、アリアは居心地の悪さを感じたのだろうか。少しだけ居ずまいを正して、そう声を上げた。
「ええっ、姫さん、もう帰っちまうのかよ」
「仕方らいよね。こんなかわいい子があたしの心配してくれてりゅんらもん。あー、ティリル、今日はこんな酔っぱりゃっちゃったけど、今度またゆっくり話したいな。近々お城に来りゃれない?」
「え、あ、はい」答える。「私、基本的に闇曜日に予定はないですよ。じゃあ、来週でもいいですか?」
「もちろん。闇曜日以外らとダメらん?」
「……学生ですから。学院外に出られませんよ」
「あー、しょっかあ」
まるで本当に気付かなかった、というように、眠そうな目で二度三度、頷くアリア。そして、誰かペン持ってない?と唐突に周囲の人に声をかける。
店主の女性が、店の奥から一本のペンを持って来ると、受け取ったアリアは机の上にあった木製のコースターを取り上げ、裏返してそこに何やらを書き始めた。
「てぃりうなららいじょうぶらと思うけどね。いちおう、わらしのサイン持ってれば、中まで通してもらえるようにしとくから。じゃあ来週、待ってるねえ」
「ああ、は、はい。ありがとう、ござい、ます……」
お店のコースター、勝手に使っちゃって大丈夫かなと心配しながら受け取る。見れば店主の女性が、仕方ないねえと腰に手を当てながら溜息をついている。後で謝っておかないと。
「じゃ、じゃあ、これで。皆さんもありがとうございました。今日はとても楽しかったです」
ぺこと頭を下げる。ダインとリーラも、それぞれに挨拶をしていたようだ。最後に二人も、アリアに頭を下げて、喧騒から離れていった。
ティリルも踵を返した。その背中に、アリアが店主にペンを返している声が届く。
「これ、あいがとね。あとお酒もう一杯追加で」
「は? もう帰るんじゃなかったのかい?」
「うん。らから、これが最後で」
ったくしょうがないねえ。と店主。
さすが姫さんだ。と周囲の連中。
苦笑だけ置いて、ティリルは振り返らずに店を離れた。
影が伸びる夕日の中、三人で学院へ帰る。
「試合だけのつもりだったのに、こんな時間までかかっちゃったね、ごめんね二人とも。どう、楽しんでもらえた?」
ダインが、後ろからティリルとリーラに声をかける。右手に、後生大事にチームの旗を抱えたまま。少し嬉しそうににやついているのは、お酒が入っているせいもあるのだろう。
「すっごく楽しかったです。最初は気乗りしてなかったんですけど、誘ってもらえてよかったです。ありがとうございました」
「私も! 何より、ティリル先輩と一日遊べて楽しかったです!」
「え、わたし……?」
それは本分と違うのではないだろうか、疑問を抱きながら苦笑する。言葉を受け取ったダインは、気にしていないようだった。
「そっか。ならよかった。よければ、また付き合ってよ」
「はい。毎試合は無理だと思いますけど、時々なら、ぜひ」
「私も、トランサード戦以外ならいいですよ!」
「うーん、リーラちゃんはヨソモノなんだったら次回以降は無理に誘わないんだけど」
「ええっ、そんなひどい。二番目にXRを応援しますからってことで!」
「ほんとにそれでいいのぉ?」
二人のやり取りにくすくすと笑みを零すティリル。
久しぶりに、楽しい休日だった。そして来週の楽しい予定も決まった。有意義な闇曜日だったと、口許が緩むのを止めるのに苦労した。




