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第一話:果てなき逃亡

ふと目が覚めると、そこは鬱蒼とした森林のど真ん中だった。


鬱蒼としていると言っても、少なくとも日本でザラにみかけるレベルの尋常な鬱蒼度(?)ではない。

周囲に所狭しと伸び放題な樹木は、現代においてよく見られる人工的な植樹によって維持されている森林のように行儀よく等間隔に並んでいるわけではなく規則性もクソもない生え放題伸び放題。

舗装された道路はおろかわかりやすい獣道のようなものも一切見えないことから、この森林はほとんど人間の手にかかっていない文字通りの原生林であることが伺えた。


「参ったなぁ…」

次にするべきことが全く思い浮かばず、途方に暮れその場に胡座をかいて座り込む。水分を含んだ腐葉土がふとももに触る冷たい感覚が、この目の前の状況が決して夢ではないことを証明してくれた。


ただボーッとしていても仕方がないので、ひとまず所持品を確認することにする。

スカートのポケットにはスマートフォンとのど飴が数個、バッグの中には筆記用具と財布と水筒が入っていた。

飲み物が確保できたのはともかく、食糧が飴玉だけというのはこの一寸先もまるで見えない状況ではあまりにも心細い。思わず冷や汗が額を伝った。


一先ず水筒に入ったお茶を少しだけ飲み、飴玉を口に放り込む。普段は割りと飴はすぐに噛み砕いて食べるタイプなのだが、何しろ一体どれだけの時間彷徨うか現時点では皆目見当もつかないのだ。それこそケチ臭いくらいにしつこく、味が抜けきるまで口の中で転がしてやらねば。


徐々に溶けて小さくなっていく飴玉の甘みを噛み締めながら、ダメ元でスマホのマップアプリを起動してみる。案の定、電波は全く届いておらずGPSも圏外のようだった。

「…そもそもどこの国なんだろ、ここ…」

結局スマホから有益な情報を得ることは諦めるしかなかった。何しろ電波が無く、やるべきことも見えない現状では超高機能端末もただの板だ。その内ライトや電卓が必要になる時が来るだろう。そんなことを考え手に持っていたスマホをの電源を切り、ポケットへしまい直そうとしたその時、


「グォォォァォォォォォォォン!!」


唐突に、疲労を帯びた背筋に冷水を浴びせるように鋭く響いた咆哮。

それは、都会において猛獣や禽獣と言った類の生物とはほとんど無縁に過ごしてきた碧にとっては耳にするだけで全身が痺れ、足腰が強張って満足に動けなくなるほどの衝撃だった。


近い。声の主…恐らく猛獣…はまず間違いなくこの近辺にいる。

反射的に怯んでロクに動けない身体とは対象的に、思考は現実を冷静に受け止め既に対処を模索し始めていた。


まずは音を立てないことだ。自身の存在を猛獣に気取られないよう、足元に気をつけながらゆっくりと摺足で移動すれば気づかれる可能性は低いだろう。

そう考え、恐怖から小刻みに震える足を少しずつ前に動かしていく。大事なのは前に向かって進み続けることだ、少しずつでも進み続けていればきっと状況は変わるはずだと折れそうな心を必死で奮いたたせながら。


と、その時。


「パキッ」


何かが踏みしめられ、折れたような音が足元で鳴った。反射的に足元へ視線を移すと、一本の小枝が中程でへし折れた状態で転がっていた。

瞬間的に碧の全身を第六感的な悪寒が包む。今、自分は何かとんでもない失敗、取り返しのつかないミスをしでかしてしまったのではないかという直感。


次の瞬間、碧は自分でも訳が分からぬまま全速力でその場から駆け出していた。

そしてその数秒後、まるでそれがあたかも予知を前提とした行動であったかのように、先刻まで碧が居た空間へ飛びかかるかのごとく猛獣…先程の咆哮の主が躍り出てきた。

後数秒判断が遅れていれば間違いなく、対抗の余地など無いままにあの狼に似た猛獣に問答無用で食い殺されていたのだ。


気づかれてしまった以上、もはや音を立てる立てないなど考える間もなくただひたすら全力で木々の合間を駆け抜けていく。

しかし、この鬱蒼とした森林の中を縦横無尽に走り回るとなれば、碧のような平均的な人間の女性より四足歩行の獣に軍配があがることは言うまでもない。

実際、猛獣は獲物を取り逃したことを瞬時に理解し、既に碧が脱兎の如く逃げ出した方向へ向かってまっしぐらに追跡を始めていた。


言うまでもなく運動能力の差は歴然。数秒間早く行動をできたというアドバンテージなど全く関係なく、猛獣はグングンとこちらとの差を詰めてくる。

まともに競えば勝ち目はない。そう判断した碧は手近な木陰に隠れると、ポケットに手を伸ばし有事のために切っていたスマホの電源を入れた。

「グォォォ…」

猛獣は一瞬獲物の位置を見失ったかのようにその場に立ち竦み辺りをキョロキョロと見回していたが、やがて碧が隠れている木陰の方向へ視線を向けると、少しづつ、確実に獲物を捉えるような足取りで再び近づいてくる。


「グオァァァァァ!」

射程範囲、獲物を逃さず喰らえる距離へ踏み込んだことを確信した猛獣が無慈悲に牙を剝き、勢い良く飛びかかる。その刹那、碧は猛獣の顔をめがけてスマホのライトを翳した。

「ガァァァァァ!」

デリケートな目に直接強烈な光を浴びた猛獣は思わず怯み、顔を背けてその場から後ずさる。

ようやく生まれた隙を逃さず、碧は一気に猛獣の歯牙の射程外へと駆けた。

そして、安全な距離を確保してから足元に転がっていた手頃な大きさの石を手に取る。いくら逃げてもいたちごっこになるならば、猛獣に少しでも傷を負わせこれ以上の追跡をやめさせようと考えたのだ。

猛獣の頭をめがけ、相手を穿ち貫くイメージで手に持った石を投げつける。するとその瞬間、手の中にあったゴツゴツとした礫のような石が、不思議な事に先の尖った細長い弾丸のような形状へと一瞬で変化を遂げた。

「グォッ!?グゥゥゥ…」

弾丸と化した石礫が頭に突き刺さり、猛獣は苦悶の声をあげながらその場に昏倒する。

碧は、何が起こったのかを理解しようとするより先に猛獣の追跡を逃れるべくただ無心にその場から全速力で走り去った。


「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」

既に体力は尽き、息は切れ切れとなり、カラカラの喉がまるで焼け付いたように傷んでいる。

猛獣がこちらを追跡してくる気配が一先ず消え、獣の気配がない開かれた明るい草原へと出たため、満身創痍の碧は草むらを背に大の字になって寝転がって息を整えた。

震える手でバッグを開き、残っていた水筒のお茶を一気に飲み干す。

呼吸の荒い状態で一気に喉に入ったため、少し噎せて咳き込んだ。


一体、自分はどうしてこんな世界に訳もわからないまま放り出されてしまったのか。あの狼のような猛獣は何なのか。どうして石礫が弾丸状に変化したのか。

あまりにも理解を超えた事項が多過ぎ、脳が容量オーバーでパンクを起こしそうになる。一先ず命の危険は去ったが、どうすれば日本へ帰ることが出来るのかということはおろか、今後のことについては文字通りまだ何一つわからないのだ。


どうして、どうして、どうして。

そんな呪詛にも似た呻きだけが口から漏れ、疲れという魔力が思考能力を奪い去っていく。

徐々に遠のいていく意識の中、碧はただゆっくりと流れる雲をぼんやりと見つめることしかできなかった。

※ハーメルンさんとの同時投稿です

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