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侍の産声

 龍吾の作戦を聞いた雛月は、正気を疑うように唖然とした。彼女がどんなに頭を回したところで、決して思いつくことのない荒唐無稽な作戦だったからだ。

 その内容は、いたって捻りのない単純な作戦。

 雛月と龍吾の声を入れ替えて龍吾が囮となり、鉄花が飛び出してきたところをオダマキの一撃を叩き込む、というものだ。

 治療、補助、工作といった術式を保持する能力の雛月ならば不可能なことではない。

 しかしリスクがあまりにも大き過ぎることを雛月は懸念していた。

 万が一失敗すれば二人の死は確定する。自爆の術式を発動することも出来ず、鉄花を野放しにしてしまう恐れだってある。

 しかも、雛月の魔力状態からいってリスク以上のリターンがくる保証はないし、リターンが全く無いことだって考えられる。リターンが返ってこなければその時点でも作戦は失敗し、二人の運命はそこで終わる。

 そんなあまりにリスキーで非現実的な作戦を聞いても、雛月は一蹴しなかった。

 それは龍吾が鉄花と同じ空間にいたからこそ分かる鉄花の性分が、荒唐無稽な作戦の中に理屈の筋を通していたからだ。

 暗黒の地中で標的の音を今か今かと待ち続ける鉄花にとってはこれ以上ないストレスであり、鉄花を欺くには十分な要素が揃っている。


 (ですが失敗したら、今度こそ、本当に死んでしまいますよ? 私だってこんな状態です。もう龍吾様を助けることは出来ないでしょう。それでもやるというのですか?)


 (それを踏まえた上で言ったんだ。これ以外で奴を騙す手段が他にあるか?)


 雛月は言葉が出ず、うつむいて黙った。

 龍吾の作戦は危険である。

 しかし今の現状を覆せる可能性は、十分にあると雛月には理解できた。

 ハイリスク・ハイリターンの作戦だが、絶望的な状況下に「もしかしたら」という一縷の希望が雛月の心中を照らす。


 (……今一度言いますが、失敗したら私たちは、もうおしまいですよ。それでもやりますか?)


 (やるさ)


 (機会は一度しかありません。それに成功しても決定打となるとも断言出来ませんよ)


 (分かっている)


 (輝夜様が加勢する頃には、私たちが━━)


 (くどい! 俺はさっき一度殺されたんだ。お互いに次が最後なら、怖いもクソもあるか!)


 龍吾の決意に満ちた目を向けられて、雛月は覚悟を決めた。

 道理を考えて二の足を踏んでいては、状況は変えられない。

 龍吾の喉に手をあてると、雛月がうなずいて、龍吾の口が開かれた。


 ※


 一方、鉄花は歯ぎしりをしながら地上を見ていた。

 一向に変化のない状況下。野次馬の声やセミの鳴き声が鉄花のストレスを加速させていく。


 (向こうが動かないなら、こちらから動かしてやるか。あの耳障りな人間どもを吹き飛ばせば、奴らとて無視できまい)


 野次馬たちの声がする波紋の群れに目を向けると、外殻がゆっくりと回りはじめたそのときだった。


「な、なにを言っているんですか! そ、そんな考え通じるわけない、ですよ!」


 弾かれたように、声の方へ目が向けられる。

 声のした方向からは勢いがなくなりつつある波紋が出ているが、その直後にハッキリと波紋が表れた。


「それでもやるんです……だよ! 無理でもお、俺はやります……やるからな!」


 会話のぎこちなさは鉄花の頭に入っていない。代わりに殻の頭頂部が待ちわびたように回転を始める。


「あなたは無謀すぎます! これだから人間はバカなんですよ!」


「そんな言いぐさはないで……だろ! わ……お、俺の考えくらい聞け、よ!」


「聞きません! もういい! わ、私の力で()()はここから帰れ!」


 龍吾の大声が聞こえたのを最後に、足を引きずる音が地中で波紋となって表れる。

 全容を地下で黙って聞いていた鉄花は、確信に満ちた笑みを浮かべた。


 (どうやら作戦が失敗したようだな。従者も諦めてヤケを起こしたか? しょせん人間の考えなぞ、そんなものだ。期待しただけバカを見たな。この星で無残に散れ、従者!)


 外殻の回転が高周波の音を出すほどの回転へと変わり、おぼつかない足取りの波紋目がけて爆進した。

 外殻の周りに歪みができて、本体の大きさよりも広く削られている。

 地上までわずかとなり、鉄花は勝ち誇ったように声を上げて地上へと飛び出した。


「勝った! 死ね、従者!」


 外殻の先端が、今まさに地面を突き破った瞬間、地上にいたオダマキが彼を投げた。

 開けた視界の先に鉄花が見たのは、ハンマーを大きく振りかぶるオダマキの姿だった。

 呆然としているところを、雛月の声になった龍吾が中指を立ててあざ笑う。


「バーカ、俺だよ」


 愕然としながら鉄花が視線を戻すと、オダマキの渾身の一撃が振り下ろされる。

 回る頭頂部が砕かれ、黒金の塊が地面に落下すると、オダマキはハンマーを振り下ろした勢いを使って一回転し、続けて鉄花が乗っているところへ勢いよく叩きつけた。

 中にいた鉄花は、声を上げる間もなく超重の殻とハンマーの二つに潰されてそのまま垂れるように倒れた。

 沈黙した鉄花を前に、オダマキは少し満足げに一息つくとその場から霧散した。


「やった……やったぞ」


 龍吾が安堵の息を吐くと、雛月の元に寄って座り込んだ。

 本当に成功したことが信じられず、しばらく雛月は驚きのあまり言葉を失っていた。


「信じられません。まさか……本当に倒してしまうなんて」


「アイツの、短気な性格を俺に見せなければ、こうはならなかっただろうな」


 雛月の感心をよそに、龍吾はさもありなんという風に答える。

 殻の中で、鉄花は思い通りにならないとすぐ激情するところを、龍吾は目の当たりにしていた。

 声や音がすれば迷いなく直進し、手段がなければ人質である龍吾を使う向こう見ずなやり方を。

 人質である龍吾を『たかが人間』とタカを括った油断が、鉄花の敗北を招く結果となったのだ。


「これなら輝夜だって納得するだろう。じゃあ戻るか。それと、あの野次馬たちは━━」


 龍吾が言い切るよりも前に、雛月は血相を変えて龍吾を抱き寄せた。

 龍吾の顔全体を柔らかな感触が包み込んだ直後、頭上スレスレのところを重々しい音が過ぎる。

 龍吾が振り返ると、沈黙していたはずの鉄花が復活していた。

 中にいる鉄花が見えるほどにボロボロの殻で、あちこちを軋ませながら残った脚でなぎ倒そうとしている。


「殺してやる。お前らだけは絶対に殺してやる!」


 ガラガラな声に血塗れの顔。息も絶え絶えに根気だけで動いているような瀕死の状態。天月人の頑丈さが完全に裏目に出てしまい、死ぬほどの苦痛に襲われながらも使命を遂げようとしている。

 龍吾は雛月を背にしながら大の字で庇う。それは瀕死の鉄花でも容易に片付けられる、無意味な行為だということは龍吾自身が痛感していた。

 しかし彼はそれでもその場から逃げない。逃げられないのもあるかもしれないが、彼は雛月の勧告も無視して鉄花の前に立ち塞がる。

 水色の眼光を激しく灯しながら目を大きく見開いて、龍吾と雛月へ脚を振り下ろそうとした。

 しかし龍吾と雛月を潰すはずの脚は、直前でピタリと止まった。

 恐る恐る龍吾が目を開くと、振り下ろそうとした脚は黒い触手のようなものが至るところを抑えていた。

 その触手に龍吾は見覚えがある。

 鉄花の背後に目を見やると、そこには黒いドレスから触手を伸ばしている輝夜が(たたず)んでいた。

 輝夜に気づいた鉄花は、触手を振り払って翻るように狙いを輝夜に変えると狂ったように輝夜へと向かう。

 首をもぎ取ろうとする脚が輝夜へと伸びる。

 脚が輝夜の目と鼻の先に迫ったとき、振り払われた触手が輝夜の前へと戻ると、幾何学模様を描いて脚を止めた。

 それでもなお砕かれた頭頂部を無理やり回して鉄花は突っ込んでくる。

 すると、輝夜の紫色の目が光り、おもむろに鉄花を指差した。

 そのときだった。黒金の殻が淡い紫色の粒となって霧散し、中にいた鉄花がこぼれるように地面に落ちたのだ。


「なんだ? なんで殻が消えたんだ? 輝夜が消し飛ばしたのか? 指を指しただけで?」


 驚きのあまりに龍吾は雛月へ立て続けに問いかけるが、その雛月は体の傷さえ忘れているように驚愕している。


 (あれは間違いなく輝夜様の能力だ。それならあの外套(がいとう)は一体? あれは能力の類いじゃないの?)


 雛月の驚愕と同じくらいに驚いている鉄花は、目の前に立つ輝夜へ顔を上げる。


「お前……私の能力を━━」


 言い切る前に輝夜の剛拳が鉄花の顔に食刺さり、重力が存在しないかのように一直線に吹っ飛んだ。

 百メートルほど離れた園内の公衆トイレの壁を盛大に突き破ってようやく鉄花は止まり、汚れた床の上でガレキに塗れながら息絶えた。

 完全なる決着に、興奮冷めやらぬ野次馬たちから歓声が上がる。先ほど二人が見たときより人数は増えている。


「雛月、あそこのヤジをどうにかしなさい。戻るわよ」


 言われると雛月は手のひらから黄色い光の球を作ると、それを宙に放って弾けさせた。

 光が弾けると同時に三人はその場から龍吾の家へとワープして、その場にいた野次馬たちは今しがた起きた激戦の記憶だけを完全に忘れていた。

 しかし、雛月は一つだけ大きな誤算をしていることに気づいていない。

 人の記憶は消せても、機械の記録だけは消せていないことに。


 ※


 光が晴れると、龍吾の家の居間に戻っていた。

 雛月がなんの造作もなく人をワープさせたものだから、龍吾は呆然としている。

 雛月がその場に腰かけると、龍吾は


「お気遣いありがとうございます。ですが私なら大丈夫ですよ」


「そんなこと言ってる場合か、無理するな」


「そうよ龍吾。雛月の言う通り彼女に手出しは無用よ。……手間を取らせてくれたわね。従者として無様だとは思わないの」


 自分の体を治すことに集中している雛月に輝夜が見下しながら冷たく言う。


「奴と手を組んでないことは分かったけれど、こんなザマじゃあお世辞でも私の従者とは言えないわ。月に帰りなさい」


 温情のかけらもない言葉に、雛月は俯いたまま言い返そうともしない。

 しかし、そこで思わぬ横槍が入った。


「おい、ちょっと待てよ。雛月は自爆をしようとしてまで奴を倒そうとしたんだぞ。そんな言い方はないだろう」


 庇うように割って入った龍吾に雛月は胸を突かれたように言葉を失い、龍吾の後ろ姿をボウッと見ている。


「俺はな、さっき一度死にかけたんだ。いや、あれは死んだも同然だった。だけど雛月は助けてくれたんだよ。ズタボロな自分のことよりも、俺の方を優先してな。

 ここまで誠意をもって頑張った彼女を無様だの、従者じゃないだのって、いくらなんでも酷すぎるだろ」


 雛月もそうだが、輝夜もまた面食らったように言葉を失った。まさか龍吾が庇うなんて予想もしなかったからだ。

 正論を言われてしまった輝夜は「ごめんなさい」とたどたどしく返した。


「それなら今回は、雛月は誠意をもって使命を全うした、ってことでこの話は終わりだ。

 それで……さっきの続きだが、輝夜。脱獄ってのは結局のところ何があったんだ」


「り、龍吾様。そのお話は」


「輝夜が俺の元にいるというなら、少なくともそんなキーワード引っ下げている理由くらいは明かしてくれよ」


 真剣な表情の龍吾に、輝夜はバツの悪そうな顔を向けている。

 雛月はまるで火のついた爆弾を見るように恐々としていたが、輝夜は観念して静かに息を吐くと「分かったわ」と穏やかに返した。


「確かに、いつかは言わなければならないことだし、ここに居座らせて貰ってる手前、家長の言うことに逆らうのは無礼も甚だしいわね」


「か、輝夜様。よろしいのですか?」


 傷の治療をしつつ雛月が強張った声で尋ねると、輝夜は軽くうなずいて静かに龍吾の前に正座した。


「先に、どうして私が投獄されたのかを話すわ。

 私はね、龍吾。かつて月界で、()()()()()()()()()()()()()()

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