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避坑落井

 国内某所。

 寝殿とさえ見紛うほどに広い日本屋敷内で、一人の少年が全速力で走っていた。

 四季皇護隊、夏の角主に仕える『京真(けいま)』だ。

 時刻はすでに丑三つ時を回ったというのに京真は、ノックもせずに襖を開けて雪崩れ込んできた。

 

「蛍、速報だ! 雪下 龍吾たちが、赤城山から逃げ出したって!」

 

 夏の角主『桐藤(きりふじ) (ほたる)』は一報を聞くや否や、庭園から弾かれたように振り向く。

 

「全員生きているわよね? 誰も死んでいないわよね?」

 

「ああ、蛍の願い通りだ。ただ、異世界人と雪下 龍吾が乗った車が赤城山の(ふもと)で発見されたんだけど、中には誰もいないと」

 

「逃げたんでしょう。彼はもうスマホを持っていないから、探偵業よろしく地道な捜索となるわね。で、春子と秋子は?」

 

「生きてはいるけど重症だって。今分かる限りでも、全治に半年以上はかかるって担当医の方は断言してる」

 

「そう。ならば早急に彼らを探しましょう。今に春と秋の角も動き出すから、その前に私たちが、先に、彼らを捕まえるのよ」

 

 仲間が負傷したというのに、まるで気にする素振りもなく蛍は龍吾たちの捜索を命じる。

 しかし蛍からすれば、輝夜をダシに天月人と同盟を組もうと目論んでいる。

 故に仲間が負傷しようが、国が傾くほどの損失を被ろうが、未来を視野に入れて算盤(そろばん)を弾いている蛍には必要経費程度にしか思っていない。

 

「あ、それと今回の作戦で、少なくとも来年の頭にでも増税を実行しないといけないほどの損失が出たって。今、在日米軍と補填分についての裏交渉が行われているよ」

  

「そう。けれども、私たちでも異世界人を追い詰めることが出来る、という点は大収穫と言えるわ。元より我が国にある大半の軍備はお世辞にも最新とは言えないし、買い替えの良い口実になるでしょう

 いい? 外国が何をどう言おうと徹底して無視しなさい。親日国でも関係ないわ。もし奴らが踏み込もうとするなら、その時は迷いなく仕留めなさい」

 

 粛々と、しかし言葉の節々で圧を込めた言い方に、京真は寒気を感じながら返事をした。

 蛍の伝令を本部に伝えるために部屋を後にした京真を見送ると、蛍は物憂げな表情に切り替わって再び庭園の方を向いた。

 

 (ただ……今の私たちでは異世界人を確保するのは厳しい。角主不在といえど、春と秋の両角はいまだに攘夷態勢のまま。迂闊に動けば反逆と捉えられかねない……。

 こんなとき、冬の連中を引き入れられれば……)

 

 皇護隊同士の衝突を避けつつ、しかし意見の異なる角の目をやり過ごして天月人を確保したいという至難の願い。それを蛍は何としても叶えたかった。

 しかしあまりにも非現実的な内容と壁の多さに、京真の前とは裏腹に彼女の心境は半ば諦めの域にいた。

 妙案も光明も見出せないやきもきした感情に苛まれていると、突然彼女は傍に置いてあった脇差を掴んで振り向いた。

 京真が棒立ちで立っていた。

 だが何かがおかしい。

 目は虚ろで焦点が合っておらず口は半開きになっており、まるで気絶した人間がそのまま起き上がったかのようだ。

 

「……京真? どうしたの?」

 

 蛍が声をかけると京真は膝から力なく崩れ落ち、身体の中から全身を黒いマントで包んだ金髪の女性『クロユリ』が出て来た。

 蛍は有無を言わずに手にした脇差を持って滑るように突っ込み、クロユリの心臓に刺した。

 しかし感触は無い。刺そうが斬ろうが空気を前にしているような手応えに、蛍は素早く後退する。

 

生憎(あいにく)だけど、そんな物じゃ私は殺せないわよ。ああ、ついでに言っておくと、助けを呼んでも無駄だから。今この瞬間だけ、ここいら一帯は私が支配しているからね」

 

「京真に何をした」

 

 ドスの効いた低い声に、敵意と殺意を()き出しにした鋭い目がクロユリに向けられる。

 しかしクロユリは特段動じもせず「何もしてないわ」と涼しい顔をして返す。

  

「少し身体を拝借しただけよ。それよりも貴女。雪下 龍吾と一緒にいる天月人を狙っているのでしょう?」

 

「……あまつき、びと……」

 

 蛍の剣幕から険しさが消える。

 京真の身体から出てきたこともそうだが、今まで異世界人と呼称していた存在の正式な名称を平然と言い切ったことで、目の前にいる婦人は同族であると悟ったのだ。

 クロユリは絶対に成功するという確信を抱いているように、不敵に口角を釣り上げる。

  

「加えて貴女、天月人と同盟を結びたいらしいわね。この子の記憶も少しだけ覗いたから分かるのよ。

 結論から言うと『合意』するわ。ただし、幾つか手伝って欲しいことがあるけれど」

 

 蛍の目が大きく見開かれる。

 願ったり叶ったりの大チャンスを前に剥き出しの敵意は消滅し、脇差を鞘に収めると蛍は静かにクロユリの前で正座した。

 

「……何を手伝えば良いのかしら」

 

「あらあら、さっきの態度とは違うわね。まあ、私たちも色々困っているから、さっきの無礼は水に流しましょう。

 で、手伝って欲しいのは、まずこの後、厄介な天月人が地球(こっち)に来るわ。多分()()()()()()()()()()()()()()()()から、今後の調整と後始末について協力してもらうわよ」

 

 サラリと言った内容に含まれた驚天動地の未来。当然蛍は「国が消える?」と驚きを露わにしながら身を乗り出した。

 

「ええ、消えるでしょうね。だからこそ、貴女たちのような地球側で力のある立場の補助が必要なのよ。なあに、向こう千年もの利益を鑑みれば安いものでしょう。安心なさい。月界側(わたしたち)の不手際なのだから、全ての責任は私たちが負うわ」

 

 これから起き得る未曾有の事態。しかし蛍の脳内では、犠牲と未来が天秤にかけられ、未来の方が大きく傾いている。

 加えて責任を取らなくて良いというのも魅力だった。

 損失を極力抑え、大量の利益を得る。これ以上ない好都合に蛍は心中でほくそ笑む。犠牲なぞ安いものだ、と。

 

「それで、他は何をするの」

 

「貴女たちが狙っている天月人。名を輝夜と言うのだけど、彼女を守りなさい。彼女が死ねば全てが水の泡となるわ」

 

「……それはこちらとしても考えてはいたわ。……だけど……私たちの角だけでは……」

 

「そう言うと思って、すでに味方を用意しているわ。貴女がよく知っている味方をね」

 

 クロユリが妖しく微笑む。

 何か重大なことを隠しているかのような底の見えない笑みに蛍の背中が冷や汗に濡れていると、突然空が光りだした。

 

「……なに。あの光は……」

 

 夜明けの光ではなく、花火でもサーチライトでもない光が、秋夜の雲上で不気味に輝く。クロユリは横目で見ながらため息混じりに心中で呆れた。

 

(それが貴女の答えなのね、神無(かんな)。ならば私たちはもう知らないわよ)

 

 ※

 

 大沼(おの)から逃げ出した龍吾たちは赤城山の麓まで下って車を捨てると、別の車を借りて大胡(おおご)から中央前橋まで向かった。

 わざわざ七つも先の駅まで車を走らせたのも、大胡一帯に皇護隊が敷いた検問や機動隊が警備に回っているからに他ならない。

 宿でかけた変装術を使い、夜更けでも開いているファミリーレストランで腹ごしらえ兼魔力補充している間、輝夜は「あのクソ(アマ)ども」と変装が無意味になるほどの恨み節を吐いていた。

 

「私が魔力不足をいいことに調子に乗りやがって! 次に会ったら奴ら皆殺しにしてやるわ!」

 

 声も抑えず怒り散らす輝夜に、龍吾は相槌を打ってなだめ、その都度全力を以って戦い、守ってくれたことに感謝した。

 その間龍吾は、天月人にとって魔力切れの負荷がどれほどのものかを実感する。もし、輝夜も雛月も万全の状態だったなら、春子と秋子の二人は事もなく一蹴出来ただろう。

 また、彼女がここまで悔しがっているのには、天月人でありながら人間相手に実力で負けたというのもある。

 それは輝夜だけでなく雛月も同じで、輝夜ほど荒れてはいないものの、黙々と食事をしながらピリピリとした雰囲気を放っている。

 輝夜とは異なり魔力は十二分にあったにも関わらず、終始劣勢に立たされ、終符も破られ、挙句防御に特化したサザンカ諸共精靈を全員打ち破られ、殺される直前まで追い詰められた事実は、雛月にとってはこの上ない屈辱だったであろう。

 殺伐とした空気が漂う中、龍吾が何とかして場を和ませようと試行錯誤していると、隣の席に一人の客が音を立てて座った。

 生体反応で龍吾の目が隣に目を配ると、龍吾は息を飲みながら体を跳ねさせた。

 あり得ない。なのに目の前に確かにいる。これは幻覚ではない。その証左に、龍吾と一心同体のスミレは敵意を露骨なまでに()()()向けており、輝夜たちは龍吾の異変に気づいてすぐに彼女へ目を見やっている。

 青いポニーテールに、フチの薄い眼鏡。長袖のオフショルダーに青いワイドパンツと、最期に見た姿と全く変わらない姿の婦人『竜咲(りゅうざき) 霧奈(きりな)』は、人差し指を口に添えて不敵に笑っていた。


「スゴイわね、本当に別人じゃない。ま、私も、教えてもらわなきゃ分からなかったんだけど。あ、ウチらしかいないとはいえ、マナーくらいは守らなきゃね?」

 

「……お前は死んだはずだ。俺はお前が死ぬ瞬間を二度、確かに見た」

 

「そう。でもこうしてアンタたちの前にいる。腐れ縁もここまで来ると運命感じない?」

 

 おちゃらける霧奈に輝夜は箸を静かに置くと、周りの小物が小刻みに震えるほどの圧を放って威嚇する。

 

「奴らの仲間か。ならば丁度いい。私は今、とても気が立っていてね。楽に死ねると思うな」

 

「ちょ、ちょっと! 私はアンタらとドンパチしに来た訳じゃないっての! それに私、()()()()()()()()()()()()物理的に倒すのは不可能だからね!」

 

 受肉、という言葉を聞いて反応したのは雛月だった。雛月は霧奈の頭頂部からつま先まで流れるように見ると「靈化したのですか」と、亡霊を前にしたかのように驚きを隠せずに聞いた。

 

「そうよ。何なら証拠でも見せよっか? 龍吾とスミレ(このガキども)にぶった斬られた首、まだ痛むのよね〜」

 

「誰に靈化させられたのですか。貴女は人間。私たちとは異なる種、異なる(ことわり)にいるのに、靈化の術を適応させるなぞ並大抵の術師には出来ません」

 

 すると霧奈は不敵な笑みを止め、明後日の方角をしばらく見ていると「秘密」と一言返した。

 

「悪いけど言えないわ。これ破ったら今度こそ私死んじゃうから。せっかく拾った命なんだもの。無駄にはしたくないもんね」

 

 霧奈は両手を頭の上に乗せると、ウサギの耳のような真似事をした。

 からかっているとしか思えない動作だったが、輝夜はその動作と見た目に既視感があった。

 地球に来て間もない頃、視認するまでいることすら気づけず、何を考えているのか全く分からない貼り付けたような笑みを浮かべていたウサギの耳飾りが特徴の女性『神楽(かぐら)』のことだ。

 

「……そんなことより私がここに来たのは、雇い主からお遣いを任されたからよ。これクリアしないとマジで殺されるから、私も必死よ。

 安心しなさい。ぶっちゃけアンタたちよりも魅力的なネタが手に入ったから、私はもう狙う必要がもうないのよね」

 

「そう言っといて俺らが油断しきった頃に不意打ちを突くって作戦だろう。雇い主だって誰なのかも言わない奴を、どうやって信じろってんだ」

 

「意固地になるのは賢明とは言えないわよ? 雪下 龍吾。それに言ったでしょう? お遣いをクリアしないと、私はいつまでも亡霊の身。首輪も嵌められているから私のやる事は全て筒抜け。そんな中でせっかく与えられたチャンスをわざわざ捨てるようなマネをしたいと思う?」

 

「では貴女に与えられたお遣いとやらは、一体どういうものなのですか?」

 

 霧奈はウェイターを追い返すと、崩れた座り方を正して龍吾たちと向かい合う。

 不敵な笑みを崩さない霧奈に、一同は不快感と同時に春子と秋子に似た言い知れぬ不気味さを覚えている。


「二つあるわ。一つは私の……友達を止めさせること。まだ向こうはアンタらを狙っているだろうから、それを私が説得して止めさせるわ」

 

「あの狂犬どものことか? 話し合いで何とかなる相手じゃねえだろ」

 

「いいえ、何とかなるわ。だってアイツらでも耳を傾けるに値する土産話があるのだからね」

 

「それで、もう一つは何かしら」

 

「これはアンタたちへのお願いなんだけど、近い内に地球へ天……月、人? だったかしら。ソイツが来るらしいから追い返すなりぶっ倒すなりして、何とかして欲しいのよね。

 ホラ、輝夜(アンタ)、この国で静かに暮らすのが目的で来たらしいじゃない? だけど、ソイツを野放しにしていたら静かに暮らすも何もないでしょうよ?」

 

「ならば一体誰が来るの。貴女は知っているのでしょう?」

 

「神無って名前のやつよ」

 

 霧奈の返答に輝夜と雛月が大きく動いた。当然だが龍吾は神無のことを知らないので、また誰かが来るのかと言いたげなほど反応が薄い。

 

「神無が? どうして」

 

「詳しいことは知らないわ。まあ、大方向こうでヘマこいたんじゃないの? それと……奴が、れーこうせん? ってモンを狙ってるとか何とか?」

 

「アイツが靈光泉(れいこうせん)を? ついに狂ったのかし━━」

 

 言い終えるよりも前に輝夜は窓の外へと目を移す。光が、夜更けの空一面を突如として煌々と照らしたからだ。

 不気味に光る雲上からは一筋の管とも、筒とも見える巨大で細い筋が音もなく地上へと伸びてくる。

 その光景に雛月は目を見開いて唖然とし、輝夜は何も言わないものの事の重大さを示すように険しい面持ちになっていた。

 

泉取針(せんしゅしん)……! まさか、本当に地球の靈光泉を!?」

 

「……せんしゅしん? 何だそりゃあ」

 

「靈光泉を収集する月界の装置よ。龍吾、貴方は献血をしたことある?」

 

「……一回だけなら」

 

「それの靈光泉版よ。あれで、地球に眠っている靈光泉を吸い上げるの。靈光泉っていうのは、簡単に言えば月界で使う資源のことよ」

 

「それを取られるとどうなるんだ」

 

「大量に取れば地球の環境が激変するわ。靈光泉は星の血と同じ。失くした分の血液を補うために、星そのものが大きく活動をするの。……そうね。少なくとも地図の書き換えは覚悟して、今いる生命も二、三割近くは絶滅するんじゃないかしら」

 

 サラリと言われた衝撃の事態に、龍吾も霧奈も驚きを隠せずにいる。

 特に霧奈は、持っていたスマートフォンの画面を見て非常に緊張した表情となっている。

 

「どうやったら壊せるんだ?」

 

「地球の技術では壊すのは不可能よ。でも私がいる。あの一本くらいならすぐに━━」

 

「━━一本じゃないわ。世界中に似たもんがあるって騒ぎになってるし、それに……中国の半分が……消えたって……」

 

 (にわか)には信じ難いことが霧奈の口から漏れる。

 だが霧奈のスマートフォンには、彼女の言う通り中国の半分が綺麗に消えた衛星からの画像に、アメリカ、南アメリカ、ロシア、ヨーロッパ、アフリカなどの空から泉取針が伸びているニュースがひっきりなしに更新されている。

 その目まぐるしく変わる画面を見て、輝夜は手で頭を押さえながら大きくため息を吐いた。

 

「ほんッッと、何考えてるのあの女……!」

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