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鬼面鬼心

 輝夜たちの戦いを見守る龍吾は、その場を一歩も動けずにいた。加勢しようとすれば逆に邪魔となるのが目に見えているというのが大きいが、なによりも戦いの次元が違うからだ。

 先ほど龍吾は秋子の抜刀を見てしまった。

 柄に手をかけた次には、あたかもリモコンで次のチャプターへ飛ばしたかのように秋子は切り終えていた。

 オダマキも雛月も、そして龍吾も捉えられなかった神速の一撃を前に、雛月は早くも負傷。加えて二人は、まるで見えているかのように互いの隙を潰しにかかる。

 どんな行動にも必ず生じる隙ができると、それを潰すようにどちらかが仕込んだ拳銃で牽制する。

 しかもその軌道は全て輝夜か雛月にのみ向けられ、春子と秋子には絶対に被弾しない。

 これまでの四季皇護隊の隊員とはケタ違いに強く、本当に人間なのかと疑うほどの相手を前に、蚊帳の外で己の無力さを嘆く。

 

 (俺は、昨日あれだけ勇ましく意気込んでいたのに、今は一歩もその場を動けない。行けば邪魔になるのもあるけど、一番大きいのは、あの二人に挑むことを恐れてることだ。

 ……でもこのままだと、輝夜たちが負けてしまいそうな予感がする。俺は……一体どうすれば?)

 

 手の甲に筋ができるほど拳を握っていると、短く乾いた咆哮が三度鳴った。

 龍吾が目線を上げると、ゼロ距離で発砲した春子の銃撃を輝夜のドレスが間一髪で防いでいた。

 輝夜も豪腕と豪脚を繰り出して応戦するが、春子はそれを目視で避けて反撃する。

 片や魔力が満タンの雛月は、秋子の抜刀術の前に思わぬ苦戦を強いられていた。

 迂闊(うかつ)に動いたり攻めたりすれば、目視不可の抜刀による回避困難なカウンターが待っているからだ。かといって距離を離せば今度は銃撃によって詰め寄られ、間合いに入られればまたしても抜刀の餌食になる。

 ようやく反撃の兆しを見つけても、先述の通り春子と秋子のどちらかが輝夜と雛月の攻め込む絶好のチャンスへ割り込むように銃撃を挟んでくる。

 対峙している相手を見つつ、相方の相手にも横槍を入れる戦い方には、真っ向から対峙する輝夜たちにはやり辛いことこの上ない。

 それに乗じて春子はどんどん攻めの手を強めていく。

 ()ぎ、唐竹(からたけ)、十字、袈裟(けさ)、逆風。豪快ながらも軸のブレない筋のある攻撃は、天月人である輝夜に反撃を許さない。

 そして輝夜が、人間でありながら春子を脅威と認める技が『刺突』だった。

 短くも拳の効いた掛け声の後、間髪入れずに繰り出される刺突は、腰を据えて踏ん張る輝夜を一メートル後退させるほどの威力だ。

 天月人といえど食らえば致命傷間違いなしの一撃を前に、輝夜は知らずのうちに冷や汗を流していた。

 

「どうした異世界人。私に能力を出さないのか。下らん意地を張るとバカを見るぞ」

 

 小さくも、の太い音を立てて薙ぎ払われた刀を輝夜は目前で避ける。

 小癪な、と心中で舌打ちする今の輝夜は魔力切れ。人間でいうなら極度の空腹と栄養失調状態にある。本来なら避けることはおろか動くことすら負担になっている身に鞭打ち、輝夜は活路を見出そうとしていた。

 

(コイツらは人間。故に私の初符は全く意味を成さない。だが、いかに鍛え上げていようと私の一撃を食らわせれば、間違いなく再起不能になるはず)

 

 輝夜は拳に力を入れて前のめりになるように踏み込んで殴りつける。

 空を突き破って放たれた剛拳を、春子は怯みもせず顔を動かして避ける。

 虚空へと伸びた拳は奥で燃える木を衝撃波だけで消した。

 外したことを意に介さず輝夜は前に出した脚を軸にし、起伏の艶麗な長脚で弧を描く。

 短い怒鳴り声にも似た音を立てて迫る剛脚を、春子は刀を鞘に収めつつ溶け落ちるように身を屈ませて避けた。

 隙だらけの状態を張る子は見逃さない。

 ひるがえる黒の帳を見据え、柄を握る手に力が込められる。

 

「華と散れ」

 

 研ぎ澄まされた刃が疾風(かぜ)となって輝夜を切った。

 束の間の静寂の中で輝夜の体から血潮が吹き出し、苦悶に顔が歪む。

 懸命に支えていた脚が笑い出し、今にも崩れ落ちそうになったところで、輝夜はドレスから大小問わず二層の牙を生やした触手を開放した。

 新鮮な肉を(ほふ)り喰らおうとする獰猛な触手を前に、春子は「ほう」と感嘆するだけ。

 向かってくる触手は刀で弾き、斬り捨て、時には踏み潰し、銃で撃ち落としていく。

 その狙いは触手だけではなく、今まさに絶好の好機に向かおうとする雛月にも向けられている。

 

「貴女、あちこち見ていないで私の方だけを見なさい」

 

 焦燥からくる苛立ちに声を低くさせて叫ぶ輝夜を、春子は軽くあざ笑う。

 

「何を言っている。これは死戦、戦だぞ。正々堂々なんて綺麗事がまかり通ると思っているのか?」

 

 言語道断と言わんばかりに斬りかかる春子。

 痺れを切らした輝夜は斬撃をかわすと、ドレスを触手の群とトゲに変化させて春子へ向かわせた。

 

「そう。なら私も、好きにやらせてもらうわ」

 

 喰らい向かう健啖(けんたん)の凶獣たち。地上を這うは黒いトゲ。殺意に満ちた黒い嵐が春子へ向かう。

 銃弾でも、刃でも、炎でも、電撃でもない超常的な技を前に春子は縦横無尽に駆け回って突撃する。

 和服がズタズタになっても春子は意に介さず、向かってくる触手や棘を正確に斬り落とす。

 嵐の中に舞う春子は怯むどころか彼女は━━笑っていた。

 口角が釣り上がり、目元を愉快そうに歪ませる彼女は、しかし開けっ広げに表さないように必死に堪えている。

 場違いな笑顔に馬鹿にされているという苛立ちと、得体の知れない恐れを抱きながら、輝夜はドレスを幾何学模様を描かせて伸ばす。

 春子の周りを包囲した漆黒のドレスから、人一人を容易く飲み込める巨大な触手が飛び出した。

 三層も鋭利な牙を生やした触手は、先に突撃していった触手ごと春子を飲み込むと、飢えを満たすかのように何度も咀嚼(そしゃく)する。

 すると食事に勤しむ触手が突如動きを止めたかと思うと、彼の体は真っ二つに別れた。

 ドレスの中へ溶け落ちる触手を踏みつけながら、血塗れの春子が先ほどよりも明確な笑みを浮かべて輝夜を見る。

 

「……その気色悪い笑み、いい加減止めなさい」

 

 恐れを振り払うように一喝すると再び輝夜はドレスを伸ばそうとする。

 しかしそれを秋子が許さない。

 死角からの銃撃は輝夜に届くことはなかったが、攻撃の機会を完全に逃してしまった。

 春子も春子で秋子と息を合わせ、真正面で正々堂々と戦っていた雛月の不意を撃つ。

 春子の隠し持っていた巨銃(デザートイーグル)が吼えて火の花を咲かせると、音速で外界に放たれた鉛玉は脇目も振らず煉獄の世界を駆け抜け、雛月の背中に被弾した。

 大口径の銃弾に被弾をしても普通に戦闘を続けられる天月人を前に、秋子は微かに口角を上げる。

 

「痩せ我慢をしているなら、無理をすることはないですよ。介錯なら一思いにしてあげますので」

 

「ご冗談を。貴女方に願をかけるほど私たちは脆くないのですよ」

 

 雛月の手の平に被弾した弾が浮かぶと、弾丸は秋子目がけて爆進した。

 しかし秋子は何食わぬ顔で弾を目視で斬り落とす。

 高速の斬撃をしながら、秋子は袖に仕込んでいた黒い砂粒を撒き散らす。

 紅蓮の世界で漂う黒い砂は外界の熱を感知した途端、けたたましい音を立てて爆発した。

 予期せぬ目眩しに雛月は怯み、追撃を止めてしまう。

 そこへ秋子は燃えている木を伝って飛び移るとそこから更に跳躍し、回りながら二回も斬りつけた。

 直前でサザンカが守りに入るが、秋子は止まらない。

 彼女はすぐに刀を鞘に収めると、目にも止まらぬ速さで十字に斬りつけ、間髪入れずに一突きし、目にも止まらぬ速さで斬りつけた。

 大盾の内側では野太い斬音が掃射のように絶え間なく続いて、反撃を許さない。

 すると秋子は攻撃をしながらサザンカの盾に飛び乗った。

 乗られたことを察知したサザンカが盾を勢いよく振り回すが、直前に秋子は盾から再び飛び上がると、ひるがえりながら雛月を斬りつけた。

 痛覚が騒ぎ出し、目と耳が強制的に意識を取り戻して秋子の残心に攻め入ろうとも、やはりどこで見ていたのか春子からの援護によって潰されてしまう。

 

「こ、この……人間如きが……!」

 

 普段なら決して言わない悪態をついた雛月が見たのは、口元を緩ませている秋子だった。

 秋子は、春子よりも楽しんでいた。

 氷のように冷たく、夜空のように暗かった瞳に生気(ひかり)を宿し、死闘を楽しんでいる秋子に雛月は恐怖と焦りを抱いていた。

 

「な、何を笑っている、人間! 笑っている場合ですか!」

 

 二人は、答えない。

 答える時間すら、今の二人には惜しいからだ。

 それほどまでに、二人は心の底から、この一時に充足感を得ていた。

 もとより彼女ら四季皇護隊の角主が直接手を下すことはいつも稀だった。

 例え手を下すこととなっても、彼女らがこれまで合間見えてきたのは例外なく人間。斬れば死に、撃てば死に、殴れば死に、打つければ死に、落とせば死ぬ。

 国籍も、人種も、肌の色も、年齢も、性別も関係ない。

 ちょっと触っただけで死ぬような相手ばかりの日々に、彼女らはひどく退屈していた。

 もう一度立ち上がって欲しい。

 もう一度でいいから、起きて戦って欲しい。

 少しだけでいいから動いてくれればいい。

 起きろ。起きろ。おきろ。

 起きて。起きて。おきて。

 叶わぬ望みをいつも心中に宿して、いつも叶わなかった。

 だけど今目の前にいる相手は、これまでついぞ叶わなかった願いを全て満たす絶好の強敵。

 油断をすれば死ぬが、攻めれば殺せる。

 秋子がかつて対峙した弓張のように、どう足掻いても勝てない相手ではなく、明確な勝機を見出せる相手だ。

 心が満ち、血肉が沸き、乾いた声が潤っていく。

 古に滅びたはずの武士(もののふ)の魂が目を覚まして、眼前の敵を討てと鬨の声を上げる。

 終わるな。終わってくれるな。

 夢にまで見た理想を待ち侘び続けて幾星霜。この日この一瞬をもっと味わいたいと強く願う。

 そうして二人はとうとう我慢出来ずに━━

 

 ━━笑ってしまうのだ。

挿絵(By みてみん)

 

 角のように逆立つ前髪、狂気に見開かれる目、隠すことのない笑みを浮かべる鬼二人に輝夜たちは戦慄する。

 

「……その笑み、今すぐ止めなさい!」

 

 輝夜が恐れを振り払うように怒鳴ると、春子は笑顔のまま輝夜へ迫る。

 形を押さえながらも、感情が込められた荒々しい動き。気が触れた剣幕も合わさって、対峙する輝夜を蝕む怖気に拍車がかかる。

 押しつけるように、叩きつけるように、こじ開けるように繰り出される攻撃の前に、輝夜のドレスはあろうことか徐々にほつれていくほどだ。

 ドレスの限界が近いというのは春子も感じ取っていた。

 春子は獲物(デザートイーグル)を連射しながら刀を鞘に納めると、猿叫さながらの大声を上げた。

 輝夜は、あろうことかその声に怯むだけでなく、戦意すら挫かされてしまった。

 そこへ繰り出される必殺の一撃。

 深く踏み込んで振り下ろされた一刀は、守りに変形していたドレスを真っ二つに斬り裂き、籠っていた輝夜をも斬り伏せた。

 

「……そ、そんな……輝夜!」

 

 人間相手に負傷した輝夜に、外で見守っていた龍吾が思わず声を出す。

 しかし苦境にあるのは輝夜だけではない。秋子と対する雛月も同じだった。

 春子以上に楽しみ、感情を前に出して迫る秋子は、神速の抜刀術を惜しみなく繰り出す。

 精靈という強力な味方を四人も持ち、超常的な術式を数多く持ちながら、それでも対応が追いつかないほどに雛月は追い込まれていく。

 

(……どうする? どうすればいい? ボタンを顕現させれば勝利は間違いない。でも、そうすれば今度は私までもが魔力切れになる。輝夜様の現状を鑑みるに、今ここで私が魔力切れになってしまえば、それこそ奴らの思う壺。なら……私が打つ手は……!)

 

 雛月が瞬時に導いた答えは、輝夜に比べて魔力の消費量が少ない『終符(ついふ)』の発動だった。

 

(非常に遺憾だけども、龍吾様もいる以上ここはもう逃げる他にない。時間を稼ぐ。一秒でも多く!)

 

 雛月の目が紫色に変色して光り淡い水色の光が漏れ出すと、秋子は躊躇なく距離を詰めようとした。

 

「遅い。終符、夢幻泡影(むげんほうよう)

 

 しかし雛月の終符の方が先に発動する。

 能力に抵抗する術を持たない秋子と春子は、自覚することもなく能力に呑み込まれた。

 妄想の世界で猟奇的に斬りつけ、殴り、踏みにじる二人は、現実の世界では明後日の方向をボーッと見て立ち尽くすカカシの状態。

 夢見心地の二人をよそに、雛月は龍吾へと叫ぶ。

 

「龍吾様! 今のうちにここから撤退です!」

 

 有無を言わずに龍吾は怯えきった輝夜の手を握ってその場から逃げようとした。

 しかし次の瞬間、秋子の顔が龍吾たちの方へ向くと、一切の迷いなく龍吾へ向かって斬りかかった。

 空ごと斬り裂きながら迫る白銀の刃を、中にいたスミレが寸前で防ぐ。

 声に出して笑う秋子を前に、龍吾とスミレは凍てつくような寒気を覚える。

 だがそれ以上に、雛月は今目の前で起きていることに激しく動揺していた。

 

「そ、そんな……あり得ません! 確かに二人は私の終符にかかったのに!」


 しかし雛月の動揺は更に加速する。

 なんと春子までもが、龍吾たちの方へ顔を向かせて駆け寄って来たのだ。

左の傷だらけの人物が春子 右側が秋子です。

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