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楓桜爛漫

 静謐を破るローター音と掃射のノイズを聞きながら、龍吾たちは赤城山に水をたたえる大沼(おの)のある方角へと誘われていった。

 龍吾は空を埋め尽くす戦闘機の群れを見ながら、頭に浮かぶ『何故』に向き合う。

 どうして四季皇護隊(かれら)に見つかったのか。

 これほどの大規模な人員と武力を展開しているのに、どうして三日間の空白があったのかと。

 それはあたかも、一度逃してしまった獲物を、再び見つけたかのような食いつきぶりを龍吾は対峙する皇護隊から感じ取っていた。

 そうなると必然的に湧き上がるのは『一体どうやって獲物を再び見つけたのか?』という疑問。

 龍吾は必死になって過程を省みる。何がきっかけで皇護隊は一度龍吾たちを逃し、何がきっかけで再び見つけたのかを。

 そのとき、真冬の寒さが彼の体を震わせた。

 反射的に身を丸めさせた龍吾を察し、輝夜はドレスを変形させて風から防ぐ。

 

「寒いだろうけど我慢してね。奴ら、部屋に毒煙を撒いてきたから着の身着のままで飛び出して来たのよ。部屋に服とか携帯とか置いてあったと思うけど、諦めて頂戴」

 

 噛み砕いた説明を終えると龍吾の脳裏に一条の閃光が走り、思わず龍吾は「あっ」と叫んだ。

 そして彼は悲嘆に顔を陰らせる。彼はようやく理解したのだ。今まで持っていた携帯が、皇護隊に位置を教えていたのだと。

 三日間の空白は、バッテリーが切れていたが故に足取りを掴めなかったからだったのだと。

 

「龍吾、貴重な品だというのは分かっているけど、命あっての物種よ。お金が必要ならその時は私たちが━━」

 

「━━違う、そんなことじゃない。……俺だったんだ。俺のせいで、アイツらに居場所を教えていたんだ」

 

「……どういう意味?」

 

「今の携帯は自分の位置を送る機能、位置情報サービスってのがある。奴らは俺らの位置をそれで正確に知ることが出来たんだ。俺がスマホを持っていたばっかりに俺たちは━━」

 

 龍吾の目が次第に潤みを帯びていく最中、木々の合間から音もなく吶喊してきた鉛玉を、スミレが一刀両断した。

 弾は龍吾に当たらなかったが、それを合図に遠距離から鉛玉の雨あられが龍吾一人に狙い撃たれる。

 スミレ一人では捌き切れないことを瞬時に悟った輝夜はドレスを変形させ、雛月はサザンカとシラユリを顕現()して三百六十度隙間のない防壁を展開した。

 矢継ぎ早で絶え間ないながらもマニュアルでもあるかなように整った銃撃の中、輝夜は龍吾を真っ直ぐに見据える。

 怒鳴られても仕方のないことだと覚悟した龍吾は「本当にすまなかった」と詫びた。

 しかし輝夜は、怒鳴りもしなければ眉間にシワを寄せることもせず、龍吾の両肩に手を置くと「貴方は悪くないわ」と開口一番に言い切った。

 

「貴方の携帯はお店で買って、お店で直接受け取ったのでしょう? そんなものに奴らの手が加わっているなんて分かるわけがないし、なにより貴方は知らなかったのでしょう?

 ならば貴方が謝る必要はないの。むしろ謝って欲しいのは、小癪な真似をする奴らの方よ」

 

「輝夜様の(おっしゃ)る通りです。龍吾様が気に病む必要は毛頭とありません。それに好都合です。私たちを導いていた携帯は宿に置いたままです。ここを凌げば、少なくとも私たちを追いかけて来る割合は大きく減ることでしょう」

 

 輝夜たちの励ましは自責に苛まれていた龍吾を暖かく包み、陰りがかっていた希望を煌々と照らす。

 しかし彼の心境に反して、周囲の現状は好転しない。

 天地問わず絶え間のない正確な銃撃は、龍吾たちをその場から一歩も動かせない。

 ならばと輝夜は雛月に託すように声を上げる。

 

「雛月、空間転移の術式を使って龍吾の家へ帰るわよ。多少敵がいても私が蹴散らすから用意なさい」

 

 雛月は即座に術式を発動しようとした。

 場所は用賀。現在地から百キロ以上離れたかつての我が家。

 待ち伏せにあたる兵がいることを覚悟しつつ、雛月は座標を絞ろうとした。

 しかし突然彼女の目が大きく見開かれる。

 

「雛月? まだ時間がかかるの?」

 

「輝夜様……」

 

「なに? 勿体ぶらず結論を言いなさい」

 

「移転できません! 私たちがいた用賀一帯が、ここと大差ないほどの武装兵と戦闘機で占拠されています!」

 

 雛月の言葉に輝夜と龍吾は言葉を失った。あまりに非現実的な理由と、そこまでするかという徹底したやり口に愕然としたからだ。

 きっと日本中には、憲法保守派や右翼・左翼両方を黙らさせ、国民も承諾せざるを得ないもっともらしい理由(シナリオ)が用意されているのだろう。マスコミさえ手中に収めている四季皇護隊なら、無茶苦茶過ぎることですら可能にさせてしまうだけの力がある。

 ならば他の場所へはと思っても、雛月がこれまで移転するための座標識を設定したのは龍吾宅だけなので、全く知らない場所への移動が出来ないのだ。

 一同が八方手詰まりの状況に歯噛みしていると、戦闘機が真上を通過した。

 銃声の協奏曲を掻き消すほどの爆音に聴覚が仕事を放棄した一瞬、龍吾たちの周りに幾つもの金属球が撒かれた。

 無造作にばら撒かれた球が龍吾たちの周りに着地すると、空気の抜けるような音と共に白色の煙が噴出した。

 外界から鼻腔に煙が侵入すると、輝夜は同じく撒かれた煙に気づいた雛月とほぼ同時に龍吾を連れて空へと飛び上がった。

 輝夜と雛月は、天月人という頑丈な性質からか目立った害はないものの、人間である龍吾は違う。

 少量しか吸っていないのに、顔は熟したトマトのように赤く、か細く拙い呼吸となって痙攣し、もがき苦しんでいる。

 

「雛月! 解毒術を、早く!」

 

「今しています!」

 

 解毒にあたる雛月をよそに、好機と見た皇護隊は追撃の手を更に苛烈にしていく。

 空中はアパッチなどの戦闘機が龍吾を狙い撃ち、地上からは木々の影や遠方から放たれた多目的誘導弾や狙撃弾が乱れ飛ぶ。

 さらに厄介なことに、先ほどから雛月の代わりに迎撃にあたっているスミレとオダマキ、シラユリが撃墜した機体は、どこに隠れていたのか補充されるように新たに増えている。

 

「……もはや、やむ無し」

 

 輝夜が一つ深く息を吸うと紫色の眼が黄色く変色し、満月の如く発光すると輝夜の手に黒い雷が迸る。

 静かで整った呼吸とは裏腹に、雷は荒々しさと禍々しさを強めていく。

 

「か、輝夜様。終符(ついふ)をなさるつもりですか」

 

「そうよ。もう人間相手とタカを括っていてはこちらが潰される。それに、貴女はさっき言ったわよね。ここを凌げば、奴らが私たちを追いかけてくる割合は大きく減ると。ならばこの終符で、まとめて葬ってやるわ」

 

 輝夜の背後に黒い雷によって型作られた歪な月輪が浮かぶ。

 おもむろに片手を上げて宙に浮く様は、さながら魔王の如し。

 渦巻き、飛び散り、吹き荒れる雷が鶴の一声を待ち侘びる。

 

「私を本気にさせた、お前たちが悪い。終符、焔月(ほむらづき)

 

 輝夜の手が振り下ろされ、黒い雷が外界へ放たれる。

 本来、彼女の終符は敵と見定めた者へ黒い雷を集中的に浴びせて仕留める技ではあるが、今はその敵がどこにもいない。

 すると彼女の終符は、無差別爆撃さながらに辺りへ無秩序に降り注ぐのだ。

 空から降り注ぐ死の雷。

 ある者は落雷の爆発に巻き込まれて重度の大火傷を負い、ある者は雷に飲み込まれて跡形もなく消滅した。

 直撃していなくともその超高圧の雷の前では電子機器は直ちに逝去し、空を支配していた鋼鉄の鳥たちはなす術もなく浮力を無くして落ちていく。

 そこへ容赦なく黒い雷は牙を剥く。

 胴体を半分消された機体、メインローターだけ遺して消滅した機体、歪なオブジェに姿を変えて爆発四散した機体と、いずれも無惨な最期を遂げて逝く。

 時が経つにつれて苛烈になっていく轟雷は赤城山一帯に満遍なく降り注がれると、大気が重く震えるほどの低音を響かせて大爆発を起こした。

 夜更けの空が燦然と輝き、燃え盛る炎と分たれた火の粉に混じって紅葉が舞い上がる。

 直接的と比喩的の二つの意味で燃える山を龍吾は呆然としながら見ていると、氷が砕かれたような音が高らかに響いた。

 魔力が尽きかけていることを示す黒いヒビが輝夜の顔に足を伸ばし、抑えていたものを解き放つように大きく息を吐いた。

 

「か、輝夜。大丈夫か?」

 

「……今すぐ食事がしたいわ」

 

「ああ。後でたらふく食おう。雛月、この山火事を消せないか?」

 

「お任せ下さい。この程度ならシラユリ一人で十分です」

 

 そういって雛月はシラユリを顕現()そうとしたときだった。

 風に乗って運ばれた紅葉が、轟々と燃え上がる炎の奥に鎮座する闇の中へ吸い込まれていく。

 龍吾たちは何気なく紅葉の行く先を目で追っていた。

 燃え盛る炎に照らされた紅葉の隙間で口を開ける闇の奥から、明確な殺意と敵意を込めた()()の視線が龍吾たちに向けられた。

 龍吾だけでなく雛月と輝夜をも震わせた視線の主は、炎の光によってその姿を現す。

 春の朝焼けを描いた着物に身を包ませているのは、四季皇護隊は春の角主『桜雪寺(おうせつじ) 春子(はるこ)

 紅葉に染まった月下の山間を描いた着物に身を包ませているのは、秋の角主『竜胆寺(りんどうじ) 秋子(あきこ)

 二人は歩幅を乱すことなく龍吾たちの元へ歩いて来るが、一歩近づく度に息苦しささえ覚えるほどにプレッシャーが強くなる。

 何よりも二人の眼。

 戦いの場数に疎い龍吾でさえ異常だと判り、天月人である雛月と輝夜は二人の視線に畏怖するほどだ。

 

(この二人は人間だ。それは間違いない。だけどこの圧は何? 天月人とまるで変わらないわ。一体その目を得るのに、どれだけの血を流させたのかしら)

 

 二人の足が止まる。

 距離にしておよそ五メートル。

 重く、張り詰めた空気が世界を支配し、煉獄と化した赤城山に戦の火蓋が切られようとしている。

 

「また会いましたね。雪下 龍吾。そして、初めまして。異世界からの侵略者たち」

 

 根本から毛先まで真っ白の長髪をなびかせる秋子は、表情を変えることなく淡々と挨拶を済ます。

 侵略者という単語を聞いて真っ先に口出ししようとしたのは、雛月でも輝夜でもなく龍吾だった。

  

「侵略者じゃない! この二人は━━」

 

 声を荒げて反論しようとしたところを、輝夜が片手をかざして止める。

 

「言っても無駄よ。それよりも龍吾、離れていなさい。コイツら……只者じゃないわ。

 そこの貴女たち。どこの誰かは知らないけど、そんな服を着てここに来るなんて随分と余裕じゃない」

 

「ええ。貴方たちに対する敬意を示さないと、と思いましてね。過程はどうあれ、貴方たちは私たちが思った以上に手を焼き、想定外の損失を被らせた」

 

(はなは)だ遺憾で、納得のいかないことではあっても、私たちをここまで私たちを手こずらせたお前に敬意を込めて、改めて聞こう」

 

 秋子の後に続いて話した春子はおもむろに龍吾を指差し、口を開いた。

 

「雪下 龍吾、その二人を私たちに差し出せ。そうすれば、お前の奮闘を讃えてお前の命()助けよう」

 

 春子の口から出た交渉に、龍吾は心底軽蔑した。この期に及んでまだ言うのか、と。

 

「誰が出すか。この痕を見ろ。お前らのイかれた仲間のせいで、俺はこの二人でさえ治せない後遺症を持っちまったんだぞ。それでなくたって、散々俺たちの命を狙ってきた奴らの言うことなんか、誰が聞くってんだ」

 

 龍吾の言い分にはウソがあった。

 それは投薬によって出来た後遺症は治せたことだ。

 雛月の有する術式なら、ものの数秒で跡形もなく治すことなぞ造作もないことだった。

 しかし龍吾はそれを拒んだ。彼は予想してたのだ。

 四季皇護隊は交渉の場を性懲りも無く、もう一度設けてくるはずだと。

 皇護隊は天月人を目の敵にしているとはいえ他の惑星から来た人間というのは、喉から手が出るほど欲する魅力の塊。願わくば世界に先駆け、日本へ取り入れたいと考えるのは自明の理だ。

 幸か不幸か龍吾は交渉の最先端に就いており、可否を決められる重要な位置にいる。

 そんな龍吾に、天月人ですら治せない傷跡を皇護隊が作ってしまったとなれば、そもそも交渉につくことすら拒否できる名分となる。龍吾はそれを踏まえて、敢えて痕を残していたのだ。

 すると秋子の口角が僅かに釣り上がる。

 春子は再度懇願することもせず「そうか」と一言言うと、秋子と共に鞘に収めていた刀を抜いた。

 春子の刀は、夜空に浮かぶ赤い月を思わせる紅い刀。

 秋子の刀は、夜空を駆ける彗星のように曇りなき白銀の刀。

 全く同じ速さ、全く同じタイミングで刀を抜き終えた二人は、内に籠めていたであろう殺気を惜しむことなく全て輝夜たちへ向ける。

 

「なら、ここで死ね。日の本を(けが)兇徒(きょうと)、滅すべし」

 

 春子がやや前のめりになったかと思った矢先、和服を着ているにもかかわらず滑るように高速で輝夜たちとの間合いを詰めた。

「御免」と言って輝夜が龍吾を突き飛ばした次には、春子は鋭利な刀を勢いよく振り上げた。

 変形したドレスが刀を阻むが、その威力たるや、斬られた部分が明確な跡を作るほどの力だ。

 春子はそのまま振り上げた勢いを利用して体を捻り、刀を振り下ろそうとする。

 

「上等だ、人間」

 

 輝夜が防御を解き、晴子を蹴り飛ばそうとしたそのとき、奥から秋子が手にした拳銃(ファイブセブン)が吼えて輝夜の動きを阻む。

 その間に春子は流れるように切り落とした。

 重心の位置、腰の落とし方、踏み込みの強さ。全てが文句なしの一撃は、あろうことか輝夜のドレスを切り落とすほどの剛の太刀筋。

 残心の最中にある春子へ輝夜は、ドレスを再度守りの形へ変形しつつ反撃をしようとした。

 しかし奥にいる秋子が発砲して妨害する。

 雛月がオダマキを秋子の背後へ顕現()させ、不意打ちを突こうとした。

 空を抉り、唸り声にも似た音を立てて迫る、身の丈を遥かに超える巨大なハンマー。

 食らえば致命傷を通り越して即死に値する威力を持つ黒金の大山が、秋子の体を薙ぎ倒そうと振われる。

 しかし秋子は顔色一つ変えることなく、体を低く屈ませながら流れるようにオダマキの攻撃を避けると、握っていた拳銃を袖口にしまい刀の柄を握った。

 

「一刀に、伏す━━」

 

 秋子の意識が完全に集中したその瞬間、攻撃を外したオダマキが秋子を見ると、もう()()()()()()()()()()()

 抜刀し、斬る瞬間を、オダマキは見ていない。

 違和感しかない光景にオダマキが反撃を入れようとしたとき、オダマキの体が縦一文字に斬られた。

 精靈と一体である雛月の体も一文字に斬られ、赤い鮮血が紅蓮の世界に撒かれる。

 顔を歪ませながらオダマキは、ハンマーを全力で振り回すが、秋子は動じずに避ける。

 反撃と言わんばかりに忍ばせていた拳銃を取り出して撃つが、一部の弾は春子と対峙している輝夜へと向けられ、今まさに動こうとした輝夜の動きを的確に止めるのだ。

 事前に打ち合わせたような動き。まるでかつて戦った鴉と単と同じかそれ以上の連携のよさに、龍吾たちは春子と秋子の強さを無意識に悟る。

 

(この二人……強い……)

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