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錦秋の昼

 野を越え、町を越え、川を越え、山を越えて。休む間もなく追い続けてくる四季皇護隊の魔の手から、龍吾たちは逃げ続けていた。

 逃げるといっても、ときには衝突が避けられない事態が幾度もあった。しかし輝夜に雛月、そしてスミレという強力すぎる味方の前では、いかに屈強な隊員たちでも歯が立たない。

 加えて彼らが逃げる先には、四季皇護隊を知らない一般人がいる地域もあった。そうした所では必然的に行動は制限され、あと一歩のところで逃してしまうケースも多々あった。

 そうして早くも二週間が過ぎようとしていた。

 四季皇護隊が設けた期間が差し迫り、かつ現状のまま行けば期間越えになるのは確実。皇護隊が被った損失は現在進行形で増えていき、なんの成果もないまま時間は過ぎていく。

 特に冬の角主であった霧奈が敗北し、死亡したという事実が皇護隊の中に形容し難い不穏と焦りを濃くさせていった。

 とある都内の高層ビルの屋上。その一室で四季皇護隊は夏の角主である『桐藤(きりふじ) 蛍』の付き人『京真(けいま)』が暗いトーンで通信をしている。

 浮かない顔のまま通信を終えた京真が、広間にいる春子と秋子、そして蛍に結果を告げた。

 

「ターゲットは依然として逃走中。この間、我が隊は二つの小隊が壊滅し、ヘリが新たに三機、輸送車一台が大破。戦闘機二機が中破したとのことです」

 

 開口一番に「それみたことか」と、苛立ちをあらわにして言ったのは、四季皇護隊、春の角主『桜雪寺(おうせつじ) 春子(はるこ)』だった。

 

「交渉という無意味な過程を経て三日も無駄にし、こんな無様を晒すくらいなら最初からあの龍吾を始末すればよかったのよ。

 あんな愚鈍な作戦を立案した人の顔が見たいと思わない? 蛍」

 

 嫌味たらしく吐き捨てる春子に、日本人形のような見た目の蛍は全く動じない。むしろその様子を見ている京真の方が、言われたわけでもないのに不愉快そうに顔をしかめている。

 

「私はそう思いません。私たちは法に縛られない存在であるが故に、やり方には一層の慎重さが必要なのです。

 それに私は、むしろ最初に彼を始末しなくてよかったと改めて思いました。

 考えてもみて下さい。我が国の総力を上げて彼らを追っているのに、彼の取り巻きはそのことごとくを撃破している。ですが、それはあくまで私たちが追っているからであって、追わなければ彼らが手を出すことはない証明でもあります。丁度、私たちが動き出す前。雪下 龍吾を監視していたときのように」

 

 透き通った中に一本の揺るぎない芯を含んだような凛とした声で反論する蛍に、春子は鋭く睨み返す。

 そんな春子に臆することなく、蛍は堂々とした態度でブレることなく反論する。

 

「それに……一人でも私たちの想定をはるかに上回る実力を持っているということは、秋子、貴女自身が身をもって味わったはず。そんな相手が二人ときた。

 アメリカどころか世界中の軍すら目じゃない武力を持った相手の逆鱗に触れるようなマネをして、遭わなくてもいい損失を被ることほど無様なことはないと思いますが」

 

 秋の角主『竜胆寺(りんどうじ) 秋子(あきこ)』は、睨みもせず静かに黙っている。

 この数日の間、秋子はかねてから目処を立てていたもう一人の天月人『弓張』の暗殺をしようとした。

 部下を引き連れ、入念な計画による人員配置と、対人相手にはやりすぎとも言える装備を展開して向かった。

 しかし最初の捕獲用麻酔弾での狙撃は、彼女に素手で捉えられ失敗。更に変装をして彼女のいる施設に潜入しようとしたが、彼女の洞察力の前に呆気なく看破。

 秋子との直接対決では深傷を負わせることが出来たと思った矢先、彼女の能力の前にあっさりと形勢が逆転。魂の(ずい)まで思い知らされるほどに力の差を見せつけられた。

 ダメ押しとばかりに秋子の目の前で多方面かつ遠距離からの同時狙撃も難なく捉えられてしまい、彼女との対決は完全敗北を喫してしまう。

 一番最初に天月人と接触した角主の身として、蛍の言葉は最早付け入る隙も、重箱の隅さえ付けないようなまでに正論だった。

 

「だが、蛍。結果として生まれた損害は無視出来ないし、猶予(ゆうよ)もないことには変わりがない。この日本の脅威を早期に討滅するため、以降は私と秋子を出させてもらう」

 

「猶予がないのは事実だけれど、少し焦りすぎじゃないかしら。それに、そこまで事を急ぐからには、勝算の見込みがあってのことでしょうね」

 

 春子は「あるとも」と断言し、付き人である『木之原(きのはら) 一輝(かずき)』を呼ぶと、五十インチはゆうに越える巨大なスクリーンに一枚の画像を映し出した。

 

「これは以前、筑波上空で我が軍が異世界人と交戦した際の一枚よ。……人が宙に浮いている時点で現実味がないけど、今は関係ない。彼女の顔をよく見てほしい」

 

 すれ違う際に撮られた画像を高解像度に解析して拡大された部分には、雛月の顔に魔力が枯渇しているサインである黒いヒビが伸びているところが映し出されていた。

 

「我が隊が激突したときから、この異世界人は動きが鈍かった。……それでも戦闘機を五機も失う事態になったけどね。しかしこの後、この異世界人は地上からの多目的誘導弾に被弾した。今も雪下 龍吾と逃走を続けているが、この黒いヒビが異世界人に出ているときなら我々の軍事力でも倒せるということだ」

 

「ちょっと。論が飛躍し過ぎていると思うわ。もしかしたらこの異世界人は、あえてこのような弱ったフリをしていたとも考えられるわ」

 

「いいや、この異世界人は間違いなく我が軍と衝突していたとき、衰弱していた。何故か? それは彼女が、雪下 龍吾を生き返らせたかもしれないからだ。

 先に霧奈が雪下 龍吾を捕えた際、霧奈は交渉に応じなかった処置として、彼に致死量の劇薬を投薬した。そして彼はたしかに死亡した。しかし今もこうして逃げ延びているということは、もしかしなくても異世界人の誰かが助けたということになる。

 とはいえ失った命を救うには、異世界人といえど容易なことではない。必ず反動がある。その反動を被ったのが、この、異世界人だったのではないか?」

 

「でも、その異世界人は生きていて、今も彼と共に逃亡している。もう一度彼女を、この画像と同じような状態にすると言いたいの? それまで私たちはバケツリレーよろしく、軍備を耐えず投入し続けようって言いたいの?」

 

「そんな無駄なことをせずとも、少し目線を変えれば容易に出来るわ。しかも、二人とも」

 

 春子は見抜いていた。天月人の魔力が枯渇するものであるということを。超常的な存在に唯一付け込める瞬間というものが、確かに存在するということを。

 春子はリモコンで龍吾、雛月、輝夜、スミレが映った映像に切り替え、確信めいた表情で続けた。

 

「秋子。貴女は確かに聞いたのでしょう? 彼はこの異世界人たちのことを、血の繋がらない家族なのだということを」

 

「ええ。確かに言ったわ。……相変わらず悪辣(あくらつ)なことだけは思いつくのが早いわね」

 

 春子の思惑を察した秋子はため息混じりに返す。

 しかし秋子自身も内心ほくそ笑んでいた。

 彼女は弓張に完膚なきまでに敗北を喫した。しかしそれは事前に得ていた情報が不足していたからであって、今度の戦いは有利な情報がある。

 春子の作戦が功を成せば勝率は格段に上がり、人智を超えた相手をその手で倒せるやもしれないのだ。それは秋子と春子の心中で渦巻く野望を轟々と(たぎ)らせ、邪欲はうねりを帯びて禍々しさを増していく。

 ただならぬ気配と春子の思惑を遅れて察した蛍が、正気を疑うかのように問い詰める。

 

「標的を……彼だけに絞るというのね」

 

「その通り。異世界人の守りがなければ、彼はただの人間。彼が異世界人を家族と豪語するくらいだ。異世界人とて彼が死ぬことを許すような間柄ではないだろう。しかし自分の身も守らなければならない以上、必然的に異世界人の動きは制限される。なんと好都合なことか」


「……待ちなさい。先の会合では、春子と秋子の二人が交渉することで作戦を開始したはず。一度目の交渉には応じなくとも、二回目の交渉をすることを違える訳はないでしょうね」

 

「今更交渉に彼が応じるはずがないと思うけど……一応するわよ? それまで彼が生きていればね。もとより彼はこの国を危機に陥れる脅威の根源。交渉なんか最初からあるのがおかしいのだけれど、こんな特殊すぎる事例もあって特別に設けるのだということを、蛍、貴女も忘れないように」

 

 言い切った春子は、釘を刺すように蛍へ断言する。

 

「もはや彼はこの国の人間じゃない。かつての時の政権にのさばっていた能無しどもと同じ怨敵そのもの。汚物どもを掃除してようやく綺麗になったこの国を守るために、私たちは今一度腰を上げなければならないのよ」

 

 春子は一樹を呼ぶと広間を後にし、秋子も飲みかけのお茶を丁寧に飲み終わると広間を後にした。

 京真と蛍の二人だけでは広すぎる大広間で、蛍は秋子たちが完全に広間から離れたことを察すると一つ大きく息を吐いた。

 

「まいったわね……あの二人が本気で動くとなれば、冗談抜きで戦争が始まるわ」

 

「……ん? 二人? 春子さんは分かるけど、秋子さんはそんな戦闘狂じみた人じゃ……」

 

「いいえ、秋子はかなりの戦闘狂よ。この際だから教えておくけど、秋子と春子は腹違いの姉妹なのよ。こう言えば何となく察せるでしょう。彼女、普段こそ大人しいけど、一度動き出したら止まらないから、間違っても彼女を刺激なんかしないことね」

 

 京真はにわかには信じられないといったように、どこか空を掴むような手応えのない返事をした。

 しかし無理もない。関わらなければ終始無口で無表情。自分から他人に積極的に関わろうとする性格でもない。氷のように冷たくも儚い雰囲気と、プライベートの姿は誰も知らないというミステリアスな実態。喧騒とは無縁としか思えない秋子が戦闘狂などと言われたところで、信じる者は皆無だろう。

 しかし蛍は真剣な面持ちのまま、点けっぱなしの映像を見ながら不穏な言葉を口にする。

  

「近いうちにあの二人はこの異世界人たちと戦うことになるだろうけど、そこで嫌でも分かるわ」

 

 温くなったお茶をすすり、蛍は窓の外に広がる秋晴れに照らされた都会の姿を眺めた。物憂げな横顔のまま浮かない息を吐く蛍に、京真は若干のためらいを含みつつ聞き始める。

 

「蛍、話が変わるけどさ、俺の勘違いだったら謝るけど、さっき春子さんたちと話してたとき、蛍、雪下さんを仕留めることに躊躇(ためら)っていなかったか?」

 

 蛍は無言で京真を見る。揺らぐことのない真っ直ぐな視線に京真は耐えられず、答えを聞く前に謝罪をしたが、蛍は「半分正解よ」と返す。

 

「正確には、彼だけではなくこの四名を出来るなら始末したくないのが本音よ」

 

 そう言うと蛍はおもむろにメモ用紙を取って流れるように書き、京真へと見せた。

 同じ四季皇護隊の仲間とはいえ、聞かれてはまずいと判断したが故のアナログな手段は、しかし当人と見た本人しか知る者がいない上に、データにも残らないからこそ非常に効率的なやり方だった。

 しかして京真が目を向けた達筆なメモには、二人が聞いたら間違いなく一波乱が起こるであろう内容が書かれていた。

 

『私は異世界人の命を保証する対価に、技術や情報などを聞き出して日本に取り入れたいと思っているの。

 そしてあわよくば、異世界人の住む世界と同盟を築きたいと考えているわ。

 あの異世界人の技術力は、地球のどの国も及ばない究極的なもの。それを独占出来得るなら、これは日本にとってまたとないチャンスでもあるからよ』

 

 蛍が「分かった?」と聞いて京真がうなずくと、彼女はポケットからライターを取り出してメモに火をつけた。

 四季皇護隊を象徴する横に長いひし形の中に旭日が掘られた紋章が刻まれたライターを手早くしまうと、火のついたメモをガラスの灰皿に捨てた。

 

「さて、どうなることやら。弱点(ネタ)を知った二人は本当に強いわよ。……そういえば京真、霧奈の遺体って見つかった?」

 

 蛍の問いに京真は首を横に振った。

 返事に蛍は眉をしかめる。この二週間近くの間、院の内外を問わず細心の捜索をしているにも関わらず霧奈の遺体が全く見つからないからだ。

 それどころか切り落とされた霧奈の首すらないことに、皇護隊の中では本当に化けて出たのではというオカルトチックな推測まで飛び交っている。

 筑波一帯は四季皇護隊の領域(テリトリー)だ。なのに遺体回収の報せがどこからも来ていないのに、遺体がどこにもない。この大きな矛盾が、皇護隊によからぬ不安を焚き付けていた。

 

「……あまり考えたくないけど……私たちが把握していない別の異世界人が介入している、ということも考えなければならないわね」

 

「だけど霧奈さんの遺体を奪って何を?」

 

「見当もつかない。だからこそ、早期の発見と回収を急ぐのよ。だけど京真、忘れないで。貴方は異世界人と遭遇しても、報告だけして真っ先に逃げなさい。あれは、常人の手に余る」

 

 遠回しに二人が常人ではないと言いつつ、再び蛍は窓の外を眺めた。

 外は秋晴れ。澄んだ空気によって地平線の彼方には悠然と腰を下ろす丹沢山地と、頂きを白く染めた富士山が堂々とそびえ立っている。

 

(でも……遺体のことより、異世界の人と、雪下 龍吾が生き残ってくれなきゃあ、正直そっちの方が困るのよね。貴方たちは枯れない金のなる木。是が非でも絶対に手にしたいのだから、簡単に死なないでよ)

 

 春子たちとは異なった野心を燃やす蛍は、すっかり冷めたお茶を飲み干すと広間を後した。

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