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決戦 筑波、機動セリ

「━━輝夜、どうして貴女はお母さんにあんな酷いことを言っておいて謝ることが出来ないの。お父さんはおろか私をも愚弄しているのか、輝夜」

 

 輝夜の母、月魄(げっぱく)は淡々とした口調で輝夜に歩み寄る。

 見えるはずの月魄の顔が影に隠れて見えない。それどころか、輝夜の身長が子どものように低い。それが対峙する相手の威圧感や、底知れぬ力の差を如実に上げる。ましてや相手が実の母なら、それは段違いの恐怖となろう。

 

「……貴女は幻よ。私の中から消えなさい。お前はお母さんじゃあない!」

 

 目の前に立ち塞がる母を象った幻に輝夜は立ち向かう。

 すると月魄は、鬼のような形相を向けて輝夜へ怒鳴りつけた。

 

「まだ言うか小娘! お前なんか、産まれなければよかった!」

 

 ※

 

 幻の母に怒鳴られ、大きく肩を震わせて怯えたのと目が覚めたのはほぼ同時だった。

 目の前には無機質な黒い天井に、左右二本ずつ伸びたアームが輝夜を囲んでいる。

 怪訝な表情でいると、どこからともなく「おはようございます」と男の声が響いた。次いで英語、中国語、ロシア語にベトナム語と多言語での挨拶が一方通行で向けられた。

 和語しか知らない輝夜からすれば最初の挨拶以外はまるで意味が分からず、痺れを切らした輝夜は「何を言っているの」と苛立たしそうに言った。

 流暢で訛りのない日本語を話す輝夜に男性は言葉を失った。報告こそ受けていれど、本当に日本語を話すとは夢にも思っていなかったからだ。

 

『……驚きましたね。本当に日本語を話すんですか』

 

「勝手に驚いていなさい。それよりもこれは何? 私は今急いでいるの。採血や身体検査はまた今度にしてくれる?」

 

『そうはいきません。貴女自身が分かっているでしょう。貴女はこの国の、延いてはこの星の人間ではない。貴女の母国で私たち人間が迷い込んだとして、みすみす逃すと思いますか?』

 

「……逃すはずがないわね。もっとも、月界(むこう)ではこんな風に確保なんかせずに即射殺するけれど」

 

「そちらのやり方は知りませんが、ご理解頂けるならこのまま━━」

 

 男が話している途中で、輝夜は自らを縛る特殊な拘束具を難なく壊して立ち上がった。

 言葉を再び失う男をよそに、輝夜は体に付いた破片や粉を払い落として言った。

 

「でも私には関係ないわ」

 

 室内にけたたましく鳴り響く警報を無視して、輝夜は出入り口用の扉の前まで来ると下から振り上げるようにして殴りつけた。

 日常の生活では決して聞くことのない異常な音を立てて扉は壁にめり込み、何食わぬ顔で出てきた輝夜へ常在の警備兵たちが無告知に発砲する。

 寸分の隙間さえない弾幕は、しかし輝夜の身に(まと)っているドレスによって阻まれ、ただの一発として輝夜に届くことはない。

 弾丸の中を割って進む輝夜に、徐々に後退を余儀なくされる隊員たち。次第に弾が尽き、迫る黒い焔に畏れをなして逃げ出す隊員もいれば、果敢にも接近戦でねじ伏せようとする隊員もいた。

 しかしそんな勇猛果敢な隊員の意思も虚しく、初手を輝夜が捉えると、隊員の頭を掴んで壁が凹むほどの勢いで打ちつけた。

 続く隊員には虫を払うように手で薙いだ。

 輝夜本人からすれば多少力を入れた程度でも、地球人からすれば直撃した箇所の骨が木っ端微塵になるほどの威力。

 訓練された隊員が次々と輝夜の一撃で倒れ伏していく。鍛え上げられた体は意味を成さず、悲鳴を上げる体と共に激痛に泣き叫ぶばかり。

 あっという間に最後の一人となった隊員の前に立ち塞がると、震える隊員の胸ぐらを掴みあげた。

 

「私の連れはどこにいる? 言いなさい」

 

「……だ……誰が言うか!」

 

 敵わぬと知っていながらなおも抵抗する隊員に呆れていると、輝夜は背後から集まってくる隊員を見返りながら「あっそ」と淡白に返した。

 すると掴んだ隊員を、さながらボールを投げるかのように集まってくる増援へ勢いよく投げつけた。

 総重量八十キロを超える弾丸を投げつけられた増援は思わぬ不意打ちに避けることも防ぐことも叶わず、まともに受け止めて体制を崩してしまう。

 

「なら、適当にやらせてもらうわよ」

 

 輝夜は手当たり次第に壁を殴る蹴ると乱暴に壊していく。

 防爆仕様の壁が、輝夜の手にかかるとおがくずのように粉々に粉砕されていく。

 銃弾は防がれ、立ち向かう隊員はことごとく一撃で返り討ちにされ、施設の壊滅はもはや秒読みとなっていた。

 やたらめったらと壁を破壊していくと屈みながら鳥のように目を見開き、呆然としている雛月がいた。

 それだけなら別段気にすることはなかったが、雛月の顔には魔力切れを示す黒いヒビがいくつも足を伸ばしていれば、そんな状態の雛月を気にかけない訳がなかった。

 

「どうしたの貴女……。まさか連中に乱暴された、とか?」

 

「それは違います。ただ……少し急を要する事態が起きたので……」

 

「……龍吾に何かあったの?」

 

 妙に感の鋭い輝夜に、雛月は嘘と本当のことを入り混ぜて説明した。全てを正直に明かせば、今度は輝夜がパニックに陥いると踏んでいたからだ。

 雛月はすでにこのとき、龍吾が霧奈によって死にかけていることを知った直後だった。

 一刻を争う事態に、雛月はありったけの魔力とシラユリによる治癒の術式を込めた霊薬を速攻で作り出してスミレに渡したはいいが、代償として自身の魔力は枯渇間近となってしまい、今に至る。

 説明を終えると、これだけで輝夜は不安の影に顔を隠していた。全て話せばどうなっていたかは火を見るよりも明らかだ。

 

「もう一刻の猶予(ゆうよ)もないわね。雛月、貴女その状態で飛べる?」

 

「……本音を言えば、少し時間が欲しいです」

 

 魔力が底をつくほどの消耗をしてしまった以上必然的な言い分は、しかし龍吾の身を案じる輝夜と雛月自身にとっても歯がゆいことだった。

 すると輝夜は「動かないで」と唐突に言うと、天井に向かってドレスから触手を伸ばした。

 空が見えるまで天井を穿ち砕くと雛月をドレスが包み込み、さながらコバンザメのようにぶら下げて飛翔した。

 空はすでに濃い茜色で染まっており、地平線の果ては夜が(にじ)み出ている。

 

「もうこんな時間。コソコソ行く余裕はないわね。雛月、龍吾はどこにいるの」

 

 雛月はすぐさま居場所を割り当てると、一条の青い光を伸ばす。

 

「見つけました。この光の先……筑波という地にいます」

 

「光を辿って行けばいいのね。それなら行くわよ。口は閉じてなさい。舌噛むわよ」

 

 有無を言わさずに急発進する輝夜。

 地上と違って渋滞とは無縁の空を、輝夜は戦闘機さながらに突っ切っていく。

 サザンカの遮断術式が使えない今、気付かれる可能性は格段に上がっているが、もはや気にしている状況ではない。

 ネオン輝くコンクリートとガラスの熱帯雨林から、夕闇に染まった田畑に林が多くなってきた頃、のどかな田園風景の彼方で幾つもの機影が飛んできていた。

 戦闘機にアパッチとで前後に陣を敷き、加えてあろうことか機影の中には警戒機すら混じっている。

 

「……この国の政治家は、きっと日常でも金遣いが荒いのでしょうね」

 

 たった二人の人間を討つために国内の総力をもって迎え撃つ豪勢さには、国内の軍事、政治事情を知らない輝夜ですら皮肉を漏らしてしまう。

 夕闇の空が瞬きだし、音速の速さで鋼鉄の雨が吹き荒ぶ。

 戦闘機以上の機動力を持つ輝夜の前には弾丸はかすりもしないが、その分進行は止まってしまう。

 筑波までは距離にして後二駅ほどまで近づいたのに、黒鉄の鳥たちが行手を阻むことに輝夜は苛立っていく。

 

「邪魔をするなら……こっちも容赦はしないわよ」

 

 輝夜の手に黒い雷がほとばしる。

 人間相手には輝夜の終符(ついふ)『焔月』は過剰すぎる威力であるが、状況が逼迫している今、悠長に一機ずつ相手にする余裕はない。

 輝夜の手に纏った雷が機影の群れに向けられようとしたそのとき、下にぶら下げていた雛月が「輝夜様、下です!」と叫んだ。

 充電を中断して素早く(ひるがえ)ると、地上からミサイルの弾幕が直上した。

 地上からの多目的誘導弾。空からの弾丸。逃げても逃げても寸分の隙を埋めるように放たれる火薬と鋼の雨。ここは本当に日本なのかと疑ってしまうような武力。

 さらに厄介なのは輝夜が焔月を放とうとする直前、狙ったかのように地上から追加の誘導弾が飛んでくるのである。

 

「人を苛立たせることに関しては天才的ね、この国の軍は!」

 

 すると雛月がドレスの中から「私を出して下さい」と言った。

 弾が届かない高さまで上昇してから雛月を出すと、雛月はサザンカを輝夜に託した。

 

「何を考えているの」

 

「見ての通りです。サザンカを託しますので、龍吾様を助けに行って下さい。私が囮となって時間を稼ぎます」

 

 今までだったら即決できるはずの進言を、輝夜はすぐに答えを言わなかった。彼女の脳裏に瞬間の迷いが生まれたからだ。

 輝夜の瞼が眠りを堪えるようにしきりに開閉すると縦に割れた瞳孔が消え入りそうなほどに薄くなり「だめ!」と、普段の大人びた輝夜とは思えない返事をした。

 

「え……え? だ、だめって」

 

「そんなのだめ! だって、せいれいさんいないと、ひなが━━」

 

 明らかに普段の輝夜ではない口調で語る何者かに呆気に取られていると、機関砲の掃射をドレスが防ぎ、その衝撃で輝夜の目に再び明確な瞳孔が現れた。

 

「……鳩が豆鉄砲を食ったような顔になってるわよ。どうしたの?」

 

 窮地から一転して輝夜の不可解な言動に呆然としている雛月は、説明の間もなく飛来した戦闘機を避けると強引に話を終わらせた。

 

「とにかく、ここは私が抑えておきますので、一刻も早く龍吾様を」

 

 二の句は言わせぬと言わんばかりに一方的に話を終わらせる雛月。並ならぬ圧を感じた輝夜は、サザンカを連れて行くと再び筑波へと向かって行った。

 

「さぁ、相手になってあげますよ。人間」

 

 機影の群れを前に雛月は啖呵を切る。あの不可思議な輝夜の言動は、龍吾が助け終わった後で聞けばいい。

 雛月の目が水色に灯り、鋼鉄の鳥たちに向かって吶喊(とっかん)した。

 その一方で輝夜は筑波の街へ到着した。

 輝夜は先ほど雛月に言った不可解な言動を覚えていない。険しい面持ちをしていた雛月が、いつの間にか面食らったような表情になっていた。との認識しかない。

 スッポリと抜けた記憶の違和感は確かだが、今は龍吾の救助が先と輝夜は気持ちを切り替える。

 サザンカの能力もあって、まだ輝夜の存在に気付いている気配はない。

 それでも眼下には大勢の軍人に、防空用の装備を携えた車両の数々が来たる時に備えて街のあちこちに配備されていた。

 物々しい空気の中、輝夜が上空から龍吾を探していると青紫色の薄い光が明後日の方へ向かうのを輝夜の目が捉えた。

 直感でスミレだと気づいた輝夜はすぐさま合流。龍吾が隠れている場所まで来たものの、廃墟の周りには有象無象の影が点々としている。

 隠密に救出することは不可能と断定した輝夜は、スミレと挟み撃ちをかけることを立案し、あの大胆すぎる方法で龍吾を助け出したのだった。

 

 ※

 

「……日本の軍……自衛隊のことか? そんなバカな。戦闘機一機飛ばすだけで大騒ぎするこの国で、そんな数の戦闘機を? 住人からすりゃあ、そっちの方が大問題だろ」

 

「あるいは……この辺りには一般人がいない、とかも考えられるわね」

 

「一般人がいない?」

 

「ええ。戦闘機は陣を組みながら飛んで当たり前のように発砲してきたし、地上からは誘導弾と思しきものが飛んできた。東京とまではいかなくても、住宅地の多いこの地でこれだけの衝突を国民が気づかない訳がない。なのに全く音沙汰がないということは、つまりこの一帯は、既に龍吾を狙った者たち()()()構成されている。なんてことも十二分に考えられるわ」

 

 輝夜の読みは寸分違わずその通りだった。

 筑波の街は日本国民の知らないうちに四季皇護隊の構成員たちで型作られた、武装都市へと変貌していた。

 平時こそ他の街と変わらぬ営みが紡がれているものの、一度本部から声がかかれば徹底した情報遮断による武力攻撃が実施される。

 現実離れした現状に否定の言葉が出てこない龍吾が言葉を失っていると、花火の音じみた爆発音を耳にした。

 当然ながら秋の色が深まってきているこの時期に、花火大会なぞ行われていない。

 それならばもしやと龍吾の脳裏に不安が影を落としたところで、現実は容赦なくその姿を現した。

 夜空に染まった筑波の空に誘導弾が縦横無尽に飛び交い、爆ぜた炎が束の間に空を照らして轟いている。あちこちで黒煙が上り、燃え盛る機体が力なく地上へ落ちていく様はまるで戦時中そのものだ。

 

「なんだこりゃあ……。まるで戦争じゃねえか。一体何がどうなってやがる」

 

「……まずいわね。龍吾、少し飛ばすわよ。サザンカ、能力を発動しなさい」

 

 輝夜のドレスが龍吾を包むと、輝夜は一気にスピードを上げた。

 目指す先には誘導弾や戦闘機を翻弄する雛月だが、魔力が切れかけ、疲労困憊の彼女は今にも落下しそうなほどにやつれている。

 それでも健気に自衛隊を相手にしていたが、近づいてくる魔力に一瞬だけ気を奪われたのが災いした。

 雛月の背後。燻る煙をかき分けて直進してきた誘導弾を見落とし、雛月は直に爆発を食らってしまった。

 

「ひ、雛月!」

 

 龍吾がドレス越しに叫ぶ。

 濛々と立ちこめる黒煙から力なく落ちていく雛月を、輝夜は滑り込むようにして捕まえると、そのまま地上へなだらかに下降した。

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