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拝啓 異世界の人へ

 無人の廃墟になだれ込む皇護隊の隊員たち。

 龍吾のスマートフォンから発せられるGPSによって龍吾の場所は筒抜けであり、トイレの中で短刀を構える龍吾はそれを知らない。

 扉の前から漂う物々しい無数の人気。悲しくなるほどの武力差。今この瞬間に扉越しの隊員たちによって蜂の巣ないし、トイレもろとも吹き飛ばされないことだけが奇跡に値することだ。

 しかしそんな時も終わりがやってきた。

 にわかに扉の外が雑然としだし、くぐもった声で意味不明の会話が聞こえだす。

 

「おい、()は?」

 

「今は無いです。()()()()は?」

 

「じゃあ、それいこう」

 

 龍吾の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。だが間違いなく穏便なことではないことだけは彼でも容易に察せられる。

 そしてその推察は間違ってはいなかった。

 扉の外で密集する隊員たちが取り出したのは、サプレッサー付きのサブマシンガンだった。キツツキとはその隠語であり、実行されなかった紫とは劇薬のことだ。

 二名の隊員がトイレに狙いを定め、残りの数人は離れたところで獲物を構えて睨む。

 不気味で重々しい沈黙が妙に長い。

 龍吾の両手が細かく震え、涙にも似た冷や汗が額から滴り落ちる。

 扉の外ではトリガーに指をかけた隊員が、深く押し込もうとした、そのとき。

 圧のかかった静寂を轟音が打ち破った。

 トイレにいた龍吾は、口から心臓が飛び出してしまいそうなほどに驚き、外にいた隊員たちは前触れもなく壁を突き破ってきた黒い触手になす術もなく屠られた。

 

「なんだおま━━」

 

 幸運にも触手の凶牙から逃れた隊員が、主たる黒影に向かって怒号を発しながら獲物を構えた。が、背後から音もなく現れたスミレに隊員の体は三等分に斬り捨てられ、隊員は断末魔の叫びすら上げることなくこの世を後にした。

 たった五秒にも満たない時間で部屋にいた全ての隊員が全滅した。

 トイレの中で縮こまっている龍吾は、勢いよく開けられたドアに肩を震わせたが、直後に届いた声で体の緊張が解ける。

 

「龍吾!」

 

 輝夜だった。紫色の目を暗闇に輝かせながら詰め物が取れたように安堵の息を吐く輝夜は、すっかり腰を抜かしてしまった龍吾を優しく引き起こす。

 

「随分と遅かったな。道に迷ったのか?」

 

「道が混んでいたのよ……え……り、龍吾、なにその顔は!? 痛まない? 苦しくない? ……え……っと……ど、どうすればいいかしら。と、とりあえず私の知ってる術でも……」

 

 軽口で返そうとした輝夜は、龍吾の顔に出来た薬品の後遺症になりふり構わず慌てふためく。

 今回に限った話ではないが、輝夜は不測の事態になると普段の不敵さが一転して、途端にパニックになることが多い。

 それはあたかも、まだ自分でものを考える術を身に付けていない子供のようである。

 龍吾も当然その考えに至ったが、龍吾は何も言わずになだめるように輝夜の両肩を抑えた。

 

「大丈夫、大丈夫だ。さっきスミレが持って来てくれた薬のおかげで今は何ともない。こうやって話も出来るし、体も動く。だから落ち着いてくれ」

 

 龍吾に諭され徐々に落ち着きを取り戻した輝夜は取り乱したことを詫びると、奥から大勢の足音が三人の耳に入った。

 

「龍吾、ちょっと失礼するわよ」

 

 言うと輝夜は龍吾の体を軽々と抱え、ガラ空きとなった窓から飛び出すと、すっかり夜となった筑波の空へと飛んだ。

 眼下には光が点々と真っ黒の大地にまぶしてあり、東京とは異なった人の営みをたしかに感じさせる。

 地上よりも透き通って冷たい秋の空気を浴びながら、龍吾はそういえば、と輝夜に何気なく話しかける。

 

「輝夜、雛月がいないけどどこにいるんだ?」

 

 すると輝夜は少しばつの悪そうな面持ちになりながら「私の代わりに戦っているわ」と言った。

 龍吾は思わず間の抜けた声を出して何があったのかを聞くと、輝夜が龍吾を助け出すまでの間、一人で日本の軍を相手取っているのだと言う。

 軍とはもちろん自衛隊のことである。ならばどうして自衛隊が出動するに至ったのかと言われれば、ことは龍吾が通学に出かけた後にさかのぼる。

 

 ※

 

 龍吾が意図的な事故に巻き込まれた後、龍吾の身を案じたスミレは脇目も振らず龍吾の自宅へと戻った。

 何も知らない輝夜と雛月は、丁度輝夜が雛月に見守られながら初めての料理に悪戦苦闘している真っ最中だった。

 突然一人で戻ってきたスミレにすぐさま非常事態と察した二人は、まず雛月がスミレとの記憶を同期させてことの顛末を把握し、それを輝夜へ伝えて全員が把握する流れとなった。

 

「━━そうと分かればもたもたしていられないわ。雛月、龍吾の場所は分かるでしょう。すぐに迎えに行くわよ」

 

「ええ、もちろんです。しかしなんて野蛮なやり方なのでしょう。私たちならまだしも、人間である龍吾様にこんな……!」

 

 激憤する雛月。しかし事は矢継ぎ早に押し寄せてくる。

 彼女が憤っていると、突然輝夜が勢いよく雛月を自分の元へと引き寄せた。

 目を丸くして呆然としている雛月だが、背後の蛇口を見ると薄い黄色の煙が音もなく出ている。

 

「毒煙よ。龍吾の言っていた連中、この家にいる人たち諸共葬る気ね」

 

 手段を選ばぬ非道な方法。しかし一度動き出した四季皇護隊は徹底していた。ダメ押しといわんばかりに、浴室の方からも毒ガスが流れ出てきているのだ。

 二人はドアを開けて外に出たが、待っていたのは大勢の報道陣だった。

 一斉に向けられるカメラ。焚かれるフラッシュ。騒ぎ出すメディアの人々に野次馬たち。何も知らずに人前に姿を現した異世界人に、人々は興奮を隠しきれない。

 一体いつこんなにも大勢の群衆が集まったのかと問われれば、答えはいたって簡単なものだ。

 ここに集まった全ての人も、四季皇護隊の隊員たちなのだ。

 マスコミが担ぐカメラは全て皇護隊本部に送られる特注のカメラで、野次馬が向けるスマートフォンのカメラも同じだ。

 一般人に扮しているとも気づかず呆気に取られる二人だが、背後からは充満してきた毒ガスが忍び寄って来ている。

 

「やむを得ないわね。雛月、行くわよ」

 

 輝夜は雛月を連れて通路から飛び降り、家の裏へと走り出した。しかし動くということは必然的に皇護隊ではない本当の一般人の目にも触れることとなる。

 人目を気にしながら龍吾を助けにいくようなせせこましいマネを嫌う輝夜は、雛月に進言する。

 

「雛月、このまま龍吾のところへ行こうとすれば目立つわ。気配と姿を消せる術式はないの?」

 

「あるにはありますが、少々厳しいです」

 

「何故」

 

「存在遮断の術式は本来個人専用です。他の人も含めてしまうと、遮断が中途半端になってしまうのです。

 それにこの先、龍吾様を襲った連中との防衛と応戦に、私たちの存在遮断をまとめて一人で行うのは限界があります」

 

「精靈には出来ないの?」

 

「遮断の術を持つ精靈がいないのです」

 

 すると輝夜は「なら生み出せばいいのよ」と呆気なく返す。

 

「全て一人でやろうとするから無理が出る。ならば防衛と遮断を専門にした、ある程度の自衛力のある精靈を生み出せばいいじゃない。

 回復や探査が得意なシラユリって精靈を生み出せて、それは出来ないなんて訳ないでしょう?」

 

 雛月は少しだけポカンとしていた。「簡単に言われても」というのが最初に浮かんだ率直な感想だったからだ。しかしすぐに輝夜の言っていることは道理であると考えを改める。

 何故ならば、応戦しつつ防衛や気配抹消などの術でサポートも行う逃避行が、今後しばらくは避けて通れないと判断したからである。

 加えてこれまでの雛月の防御は、ほとんどが間一髪なものが多く満足に攻撃を防げたことは少ない。

 これまでのことと今後のことを踏まえ、全てが合理的と判断した雛月は黄色と桃色の光を両手に纏わせて「少々お時間を下さい」と言って精靈の創生を始めた。

 しかし二人の事情を汲み取るほど皇護隊も現実も優しくない。

 

「時間ってどのくらい必要なのかしら。まさか小一時間とか悠長なこと言わないわよね?」

 

「さすがにそこまでは言いません。あと少し……」

 

 駅に近づくに連れて増えていく人の影形。車の往来も必然的に多くなっていく中で、後方からはすでに一人のマスコミに扮した隊員が走って来ている。

 すると雛月が「出来た!」と声に明るみを帯びさせて言った。

 生まれた精靈は金の装飾を肩周りにあしらえたレザースーツに全身を包み、つばの広い帽子を被った淡いピンク色のセミロングが特徴的な少女の精靈だ。

 

「『サザンカ』私たちの存在を遮断させて」

 

 サザンカの片手に、全身を隠せるほどの下に長い菱形の盾が実体化すると、盾の隅々が少し展開し、盾を起点として光が爆ぜた。

 途端、追いかけて来ていた隊員の足が止まり、ほぼ目と鼻の先にいる二人が見えていないかのように辺りを見回していた。

 

「さぁ行きましょう輝夜様」

 

 必死になって探し回る隊員たちを尻目に、輝夜たちは東京の空に飛び立って龍吾を助けに向かった。

 しかし隊員たちも無意味な捜索に時間をかけるほど無能ではない。隊員の一人がスマートフォンを取り出し、雲の多い秋の空を睨みながら本部へと連絡しだした。

 雲に満ちる空を塗り潰すほどの黒い策略が練られているとは知らず、二人は空を駆ける。

 渋滞や緊急停止とは無縁な移動に、龍吾の救助は早々に解決すると思われた。

 しかし事態は二人の予想を容赦なく裏切っていく。

 空から龍吾を乗せた救急車の位置を割り当て、龍吾を奪還しようとしたそのとき、二人の後方から二つの影が迫る。

 当然二人も同時に気づいて振り向くと、二機の戦闘機が空を切って迫って来る。

 日本の軍備に疎い二人でも、こちらに向かって来るのが戦闘機の類いであることは分かる。

 二人は特に意に介さず地上を走る龍吾を乗せた車目掛けて降下したが、直後、戦闘機は輝夜たちの方へと軌道を変えた。

 機体が垂直に傾くのを見た二人は、最初は偶然だと思っていた。

 しかし輝夜たちの後を逸れることなく追い続ける機体を見れば、疑いは確信に変わらざるを得ない。

 

「ちょっと雛月、私たちの気配と存在は遮断されたんじゃなかったの?」

 

「い、いいえ、確かにサザンカの能力は発動しています!」

 

「でも彼らは追って来てる。……見なさい。私たちと同じように向きを変えたわよ? 本当に能力は発動してるの?」

 

 雛月は飛びながら混乱におちいった。

 サザンカの能力は確かに発動している。常人の五感では感知できないはずなのに、追手の隊員たちは正確に追いかけて来ている。

 上がろうが曲がろうが下がろうが急旋回しようが、何をやっても正確に追いかけてくる戦闘機に対して最初に答えを導いたのは輝夜だった。

 

「雛月、地上に降りるわよ。サザンカとやらの能力はそのまま発動してなさい」

 

「え? ち、地上にですか?」

 

 有無を言わさずに地上へ急降下する二人。

 戦闘機も後を追って降下するも、地上が迫るに連れて機体は降下をやめて明後日の方向へと飛んでいき、その後二人の元に来ることはなかった。

 雑踏のど真ん中にいるにも関わらず、二人のことを見る人は誰一人いない。

 

「……やっぱりね」

 

「か、輝夜様……一体何を?」

 

「彼らが私たちを追いかけることが出来た理由が、何となく分かったわ」

 

「理由? 一体それは?」

 

「私たちの体温じゃないかしら。まだ断定は出来ないけれどね。操縦士の目には見えていなくても、機械の目には私たちという熱源をしっかりと捉えていた。だから彼らは私たちを追うことが出来たのよ」

 

 輝夜の推測は当たっていた。

 不可視の輝夜たちを追いかけることが出来たのは、赤外線を用いたレーダーによるものだった。地上に降りた途端追うのを止めたのは墜落や一般人に見られるのを防ぐためだけではなく、地上では輝夜たち以外の人間(ねつげん)が多すぎて割り出せないからだ。

 生まれて初めての出動で不芳の結果となったが、しかし急拵えで産み出したが故に見落としていた雛月のミスでもある。

 とはいえ、雑踏に紛れてしまえばサザンカの能力は十二分に効果を発揮する。

 雛月は「改善に努めます」と言ってホログラムを映し出した。龍吾を乗せた車を示す赤い光と、輝夜たちを示す青い光はどんどん距離を離されていく。

 輝夜は周りを見渡すと、ビルの屋上を伝いながら救出に向かうことを思いつき、即座に実行に移した。

 寸分の隙間さえ無くそうと軒を連ねる都会のオフィス街とあって、さながらパルクールのように軽々と移動して着々と距離を詰めていけていた。

 だが、あるビルに着地しようとしたときに思わぬ事態が起きた。

 屋上の四隅から突然ネットが広がったのである。

 不意をつかれた二人はネットに引っかかってしまう。輝夜の腕力なら目を引きちぎることなど雑作もないが、それをさせまいとことは矢継ぎ早に起こる。

 輝夜が網の目に手をかけてちぎろうとした瞬間、目の前が真っ白に塗りつぶされ、耳鳴りのような甲高い音で世界が満たされた。

 音響閃光弾。五感が鋭い天月人には非常に効果的であり、輝夜も咄嗟の反応で網にかけた手の動きを止めてしまった。

 それでもなんとか手を動かそうとしたが、今度は自分の意識とは関係なく手の先から力が抜けていく。

 まぶたが鉛のように重くなり、抗うことすら苦痛なほど意識が静かに遠のいていく。

 

(こ、この感覚……眠気! り……龍吾……)

 

 糸が切れたように眠りに落ちる輝夜と雛月。

 催眠ガスが充満する屋上にガスマスクを付けた隊員たちが集まり、輸送ヘリが引っさげた冷たく頑強な鉄の檻へと収監された。

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