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伽藍の胴

 近未来のテクノロジーを搭載した、人間の見た目をした機械の体を持つ殺人マシン。もちろんそんなものは現実に存在しない。ハリウッドの作り出した幻想(フィクション)だ。

 龍吾は電流の流れる霧奈が、あたかもその殺人マシンなのかと錯覚した。

 ━━ある意味では、正解である。

 首のない幽鬼の正体。

 それは、彼女の体に埋め込まれた特殊なペースメーカーから発せられている電流によるものだった。行動の際に生じている異常な痙攣も、挙動不審な動きも、全て感電している状態だからこそ起きていることだ。

 無論、生きているかのように動かすには、ただ電流を流せばいいという訳ではない。だが彼女は、龍吾と戦う前にあるものを保険として使っていた。

 懐から取り出して打ち込んだ注射だ。

 霧奈と、彼女の組織が秘密裏に作り出した特殊薬品によって体への電導率を上げ、死んでもなお動く幽鬼を彼女は最期に生み出したのだ。

 ただし、どんな薬にも副作用があるように、彼女の体に起きていることは彼女自身も知覚出来ていない。

 しかしそれでも残る疑問が一つある。

 体を動かすカラクリは判明しても、何故龍吾だけを狙うことが出来るのか、ということだ。

 しかしその正体も龍吾本人が気づいていないだけで、仕掛けそのものは至って単純だ。

 彼がポケットにしまっているスマートフォン。その内部に仕込まれたGPSを探知して追いかけて来ている、という非常に単純な内容だ。

 あれだけ生前に執着していたスミレに一切反応しなくなったのは、単に彼女がGPSの類を持っていないからであり、今の霧奈に見えるのは龍吾ただ一人だけである。

 仕掛けこそ分かってしまえば単純で捻りのないものではあるが、全貌を把握しきれていない龍吾にはますます混乱が加速していく。

 今の彼に分かっているのは、霧奈の体に電流が流れていることだけ。

 まさか自分のスマートフォンが霧奈を招き寄せていると、この非常事態で誰が想像つくだろうか。

 龍吾はひたすら院内を逃げ回り、必死に機会と霧奈について頭を回しているが、逃げれば逃げるほど取り止めのない考えが雑然と浮かぶ悪循環に陥っていた。

 そうして逃げて行くうちに、龍吾の鼻腔に忘れたくても忘れられない悪臭の残滓が入り込み、龍吾の足を強制的に止めさせた。

 彼は知らずのうちに最初に霧奈と相見えた場所。あの激薬を撒かれたかつての場所に戻って来てしまったのだ。

 付近には今もなお激臭が漂い、そのまま息を止めて無鉄砲に突っ込んでも今の彼ではたちまち餌食となるのは想像に難くない。

 前方の激薬に、後方の幽鬼(きりな)

 どちらかを取らざるを得ない中で、龍吾は手にした短刀(かいこう)を握りしめ、迫りくる霧奈へ振り向いた。

 霧奈は不規則で大きな痙攣を二、三起こすと、軽く二階のフロアまで届きそうなほどの高さにまで跳躍し、龍吾へ飛びかかってきた。

 迫る霧奈に対し、龍吾は恐れではなく闘志の火を燃やした。

 死んでたまるか。何としてでも生きてやる、と。

 心身を蝕む鈍重なだるさは無理でも、絡みつく恐怖を払うことは出来る。

 手にした短刀で突き刺し、もがく霧奈を薙ぎ払うように振り落とす。

 床に転げ落ちた霧奈は、陸に上げられた魚のように跳ね回ると、不規則で大きな痙攣を起こしながら起き上がった。

 元より相手は死体。効果がないことくらいは龍吾だって百も承知。しかし逃げてばかりでは何の解決にもならないし、悠長に輝夜たちを待っていれば殺されるだけ。

 

(怖い……怖いけど、やるんだ。怖いからって逃げてばかりじゃ、恐怖は永遠に無くならない。戦うんだ。恐れを踏み倒せ。やられっぱなしで好き放題になんか、させるものか!)

 

 覚悟と闘志が龍吾の暗澹としていた心中を激しく照らす。

 すると━━龍吾は再び迫る霧奈に集中して気づいていないが━━龍吾の手にしていた『邂逅』がほのかに光だした。

 刀身を光が包むとペティーナイフ程度の長さだった刀身が、牛刀のような刃渡りは三十センチほどはあろうかという逸品へと変貌した。

 雛月から渡された武器『邂逅』については、かつて雛月は確かに龍吾に伝えていた。

 

『これは貴方が、戦うという意思に反応して変異する武器の一つ。名を『邂逅』と言います。これを護身用に肌身離さず持っていて下さい』

 

 発端は黒月たちとの戦い。

 アーク森ビルにて窮地に追い込まれた龍吾は、月界製の麻酔を雷花から投与されたことと、自暴自棄の極地を利用してスミレと共に天月人相手に大暴れをした。その時点で既に邂逅は変異の兆しを芽吹かせていた。

 そしてここに来て、霧奈という天月人と同等かそれ以上の脅威を前に戦うことを覚悟した意思に呼応し、遂にその身を変化させるに至ったのである。

 とはいえ、変化したのは武器の方であって、龍吾本人にも劇的な変化があった訳ではない。現に彼の体調は今もなお悪いままだ。

 幸いにも彼にはスミレという強力な味方がいる。だが、仮に龍吾が力尽きてしまえばスミレも存在出来なくなる。だからこそ龍吾は短期での決着に持ち込もうと必死だ。

 スミレとの、文字通り一心同体の状態での連撃に、狂ったようにひたすら殴りつけて割り込んでくる霧奈。

 殴られ、叩かれる度に重さと鋭さを帯びた電撃が彼の体を走り抜け、健気に奮闘する武士(もののふ)の戦意を奪おうとする。

 しかし龍吾は違った。

 殴られる度に、感電する度に彼の内に秘めた反抗心とストレスに火がついていき、攻めを緩めるどころかどんどん激しさを増していく。

 霧奈の体は切り傷まみれになっていく。意思を持たぬ体故に切れかけの左腕を乱暴に振り回すものだから、龍吾が斬らずとも自分の力でどんどん千切れていく。

 斬り、刺し、時たま蹴りつける。不死身の幽鬼を否定するかのような怒涛の攻めが功を成したのか、霧奈の動きが徐々に鈍っていく。

 それでもなおペースメーカーから流れる電流によって動き続ける霧奈だが、形のない戦法で攻め続けた龍吾に思わぬ事態が起きた。

 霧奈の体に邂逅を突き刺し、抉り出すように切り上げた瞬間、誤って体に刺さっていた彼女の愛刀も一緒に切り上げ体から離してしまったのだ。

 更に不運は重なり、龍吾を殴りつけて振り上げた右腕に刀は吸い寄せられるように落ちていき、再び霧奈は()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 咄嗟に短刀を前に出して斬撃を防いだものの、事態の悪化に龍吾は思わず悪態を吐いた。

 

「……ふざけんなマジかよ!」

 

 スミレが刀を持つ腕を切り落とそうとするも、感電した体から繰り出される予測不可能の動きと、先ほどから比べて()()()()()()()()()()思うように斬れない。

 しかしもう逃げることはできない。

 龍吾は全神経を集中させて霧奈の攻撃と向かい合う。

 予測困難な刀の軌道を瞬時に把握し、一つ食らえば致命傷は免れない剣撃を弾き、躱す。

 目の前を過ぎる死の一閃を弾く度に短刀を伝う重々しい衝撃は、病み上がりの身を奮い立たせて挑んでいる今の龍吾には脅威以外にない。

 それでも龍吾は己を鼓舞させ、力任せに体当たりをして劇薬から距離を取りつつ霧奈の腕に短刀を刺し込んだ。

 刺されてもなお斬ろうとする霧奈。

 龍吾は雄叫びを上げながら刺した短刀を捻って斬り上げた。

 刀を持った腕が宙に舞い、床に落ちると陸に上がった魚のように跳ね回っている。

 しかし霧奈は止まらない。

 残った片腕で叩き割ろうと左腕を振り上げるも、スミレが龍吾の隙を潰すように左腕も切断した。

 電流の迸る音を鳴らしながら両腕を失った霧奈にスミレは追い討ちをかける。

 剣を胴体に突き刺すと、感電しないように宙に浮いた状態となりながら床へ霧奈を固定させるように押し倒した。

 剣で体ごと床に固定された霧奈は、足をバタつかせてなおも向かって来ようとしている。

 

「てめえ……いい加減くたばれ! しつこいんだよ!」

 

 声の限りに罵声を上げる龍吾。

 その声に反応してなのか、二人の距離が空いたからかは定かではないが、霧奈は先に行ったように身を捩りながら再び拘束を解いてきた。

 縦に身を捩り、心臓にあたる部分から縦に体を裂きながら再び立ち上がった霧奈は龍吾目掛けて駆け出した。

 両腕を失い、体のいたるところから血を噴き出しながらも迫る霧奈に、龍吾は彼女が不死身の存在なのではと思い出す。

 しかしその死闘は、呆気ない幕切れを迎えることとなった。

 突然霧奈が何もないところで前のめりに倒れると、蝋で固めたように動かなくなったのだ。

 軽い痙攣こそ起きているものの、先ほどまでのように起き上がって動き回る気配は全くない。

 迸る電流の音が亡き本人に変わって口惜しそうに鳴り続け、やがて霧奈の体は二度と動かなくなった。

 龍吾もスミレも突然の事態に困惑し、奇襲をかけてこないかと警戒していたが、今度こそ霧奈は完全に沈黙したことが分かると、なんとも()に落ちないような感じに病院を後にした。

 一体彼女の身に何が起きたのか?

 それは先述の彼女が投薬した薬の副作用によるものだ。

 電導率を高める作用を持つ代わりに、通常よりも早く死後硬直が起き、電流をいくら流しても動けない状態となってしまったのだ。

 ペースメーカーこそ動いてはいるものの、肝心の体が動かなくてはもはや意味がない。

 死してなお執念深く追い続けてきた幽鬼との死闘は、皮肉にも自分が投与した薬による副作用で己の足を止めさせたという形で幕を下ろした。

 夜の帷が院内に満ちると、霧奈の体で鳴っていたペースメーカーは誰にも知られることもなくフェードアウトし、院内はしじまの海に沈んだ。

 

 ※

 

 死の病院を抜けて外にようやく出て来れた龍吾だが、安堵する余裕は微塵もなかった。

 何故なら霧奈の仲間がどこから襲って来るのかが全く分からない上に、霧奈という大きな脅威を相手にしたせいで体の中に残っていた病状がジワジワと目を覚まして彼の体を蝕んできたからだ。

 雛月から託された薬品によって一命こそ取り留めたものの、それはあくまで命に影響のあるものだけを取り除いただけのこと。

 命に影響こそないものの、体に残る微弱な病魔の残滓は龍吾の身を中から侵している。

 どこへ行くというアテもなく彷徨う龍吾の顔色は時間が経つに連れて悪くなり、やがて緑が生い茂る小さな囲いに吐き出してしまった。

 自分のことよりも倍以上に龍吾の身を案じているスミレに、龍吾は一通り吐き終えるとほのかな笑みを浮かべてスミレを安心させようとした。無理をして笑っているところが痛々しく、堪らなくなったスミレは龍吾の肩を持ちながら歩き始めた。

 すると、筑波の通りがにわかに騒がしくなり始める。

 パトカーのサイレンがひっきりなしに鳴り続け、龍吾とスミレを見つけるために通りという通りを駆け回っている。

 二人は緑の中を縫うように移動していた。

 夜の闇に紛れ、次第に警察や明らかに一般人ではないような体躯の男性たちの目を潜り抜けていく。

 一瞬の油断さえ出来ない極限の環境下で、龍吾の心身はどんどんやつれていく。

 これ以上はもう龍吾が保たないと判断したスミレは付近を見回し、最後の手段として廃墟と化した公務員宿舎の一角へと入っていった。

 高度経済成長時代、大学や研究機関などを集めて科学技術の発展を促そうとした国策が打ち立てられた際に作られた住宅地だ。

 栄華と進展によるバラ色の未来を型作る未来を担った人材を養うために生み出された団地は、最終的にその後の時の政府によって立案された計画に基づき三割の団地を残して廃止された。

 最初から最後まで政府の意に振り回された過去の象徴は、今も二度と帰らぬ住人を待ち続けて自然に身を委ねながらそびえ立っている。

 そんな見捨てられた廃墟同然の建物に、何十年ぶりの来客が訪れた。

 龍吾の肩を担ぎながら適当な部屋を選んだスミレは、一度霊体となって施錠されたドアをすり抜けて鍵を外し、龍吾を中へと入れた。

 中は暗黒に包まれている。窓は打ち付けられた板で塞がれており、僅かな隙間から外の街灯が微かに室内を照らす以外に光源は一切ない。

 加えて、室内は換気が全くされていないので空気が非常に悪い。かといって窓は開けれないし、開ければ見つかる危険が増してしまう。

 よかれと思って思いついた案が、龍吾の身をさらに蝕む結果となったことにスミレの顔から余裕が消える。必死に代案を浮かばせようと模索しているようだ。

 

「大丈夫だぞスミレ、ここでいい。ここで輝夜たちを待とう」

 

 真隣にいるのに目を凝らさないと見えないほどに暗い室内で、龍吾が作る笑みは一層痛々しさをまとっている。

 もう猶予はないと判断したスミレは、龍吾に待っていて欲しいと伝心させると、こちらに向かってきているであろう輝夜たちの元へと消えた。

 一人残された龍吾は、暗闇の中で自らの体調を回復させようと息を整えている。

 すると程なくしてドアがけたたましい音を立てて回された。だが明らかに輝夜たちではないことを龍吾は瞬時に察した。

 その証左に耳をそばだてると、数人の男の声がドアの外から聞こえてくる。

 

 (どうしてバレたんだ!? もしかして後をつけてきたのか? でもそうしたらスミレが気づくはず……!)

 

 自分が霧奈に追い詰められた理屈と同じ方法で追い詰められているとは露にも思わない龍吾は、短刀(かいこう)を握りしめてせめてもの迎撃を試みようとしている。

 しかし今度は封鎖された窓が、外から丸鋸によって音を立てて切り裂かれていく。

 スミレもいない孤立無援の状況下、龍吾は手探りに部屋を伝ってトイレへと逃げ込んだ。

 瞬間、ドアと窓が破られ、黒ずくめの隊員たちがなだれ込んできた。

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