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黄昏幽鬼

 獲物を追い詰めたように、霧奈は龍吾ににじり寄っていく。

 事実、龍吾は追い詰められている。スミレに運ばれた病室は二階で、普段の龍吾ならいざ知らず、今の状態では外に飛び降りて逃げれる状態ではない。

 

「あの異世界人はどこかしら? いないってところを見ると、闇討ちでも狙ってるとか?」

 

 余裕綽々に言う霧奈は、龍吾の考えた策はあっさりと看破した。彼女の勘がいい訳ではない。霧奈のメガネに仕込まれた特殊装置によって、スミレと龍吾がこの部屋にいたことや、やり取りの始終を彼女はとうに把握している。

 しかし知らないこともある。研究中の装置故、映像は見れても音声は聞けないのだ。

 しかし霧奈からすればそんなことは些事に過ぎない。スミレがいないならいないで目の前にいる標的(りゅうご)は倒すだけだからだ。

 

「ん、図星だった? まあアンタのような奴が考える策なんて、手に取るように分かるものよ。それよりもさ……私アンタに関しては蘇ったこと以外興味ないんだわ。で、さっきまでの様子を観察してて、大方アンタに関することは分かってきたから、ぶっちゃけもう用無しなのよね。だからさっさとあの異世界人を出してくれない? そうしてくれれば優しく楽にしてあげるからさ」

 

「嫌だね。ウソでも俺の家族を差し出すようなことは言うもんかよ」

 

「カッコいいー! 私が彼女だったら即落ち間違いなしよ、今の言葉!」

 

 鼻で笑い茶化す霧奈は、表情を変えることなく手にしていたメスを唐突に投げつけた。

 メスは正確に龍吾の肩へ深々と刺さり、圧のある痛みで龍吾の顔が苦悶に歪む。

 

「早く言え、どこにいる。言わなきゃ次はその頭に突き刺すぞ」

 

 付け入る隙さえない冷徹な面持ち。脅しではないことがはっきりと分かる低い声。二重人格とも思える豹変ぶりに、龍吾は呻きながら反抗する。

  

「……これが……この国を裏で支配するヤツのやることか。まるで北の連中みてえだ」

 

 霧奈の血相が瞬時に変わる。三白眼さながらに目を見開き、小刻みながらも震えながら龍吾を見据えている。

 

「どうした? 痛いところ突いちまったか? そうだよな、お前らからすりゃあ「あんな奴らと一緒にするな」って思うよな。だけどな、まるでそっくりなんだよ。本当の敵が誰なのかを考えず、頭ごなしに目に見える敵しか糾弾(きゅうだん)しないお前ら。俺から見ればお前も将軍も同じだよ。頭でっかちの単細胞で、暴力でしかものを解決できない大バカ者だ!

 何がこの国の医学薬学が発展する、だ。お前らがもたらしてんのは衰退だよ。もっと頭使いな白痴野郎」

 

 見え透いた挑発。しかしその挑発は霧奈には致命的なまでに効果的だった。

 日本を常に騒がし続け、世界から忌み嫌われている時代遅れな独裁者に、日本を裏で守る皇護隊の角首が面と向かって似てると言われれば、これ以上の屈辱に勝るものはない。

 あまつさえ、自分よりも圧倒的に学力の劣る相手からこれでもかと言わんばかりに罵倒されれば、霧奈の怒りはあっという間に頂点に達するのは容易い。

 霧奈は瞬きさえ忘れて龍吾を見ている。

 感情らしい感情は見ただけでは分からないが、瞳に宿した殺意は刻一刻と濃さを増し、冬の夜空よりも暗く冷たい。一文字に塞がれた口の中では歯が自重で砕けそうなほどに食いしばられ、脳内の細かい血管は怒りではち切れている。

 霧奈の手が腰に下げた刀へ伸び、(はばき)の光沢が外界に煌めいた、まさにその瞬間━━。

 霧奈の隣に置かれていたベッドが起き上がり、霧奈を押し潰そうとかかる。

 そこに合わせて龍吾は手にした短刀(かいこう)を握りしめ、霧奈へと駆け出した。

 しかし霧奈は目だけを動かして倒れてくるベッドを一瞥し、ベッド裏から何も来ないことを確かめると、こともなさげに後退してかわしながら刀を抜いた。

 濃紺の刃紋が闇の中でほのかに浮かび、地の黒は暗い室内でなお際立つ黒の(すじ)

 見ただけで切れてしまいそうな刃の鋭い白は僅かな光でさえ反射してその身を煌めかせ、あたかも獲物を睨むもう一つの目のようだ。

 残酷なまでに美しい一振りの名刀に濃厚な殺意を込め、霧奈は刀を上げながら龍吾と距離を詰める。

 手にした短刀を前に龍吾も前に向かい、両者の刃が野太い音を立ててぶつかった。

 隙あらば相手を噛み砕かんと鳴る刃。

 せめぎ合う両者の力。

 大気さえ射抜かんとぶつかり合う互いの目線。

 力量では力仕事を経験してきた龍吾に軍配が上がるかと思いきや、細身な女性の身である霧奈と龍吾の力は全くの互角だった。

 龍吾は咄嗟に霧奈の足を踏んでバランスを崩そうとする。

 しかしそれを読んでいた霧奈は、上げた足を組ませるようにして阻み、強引に足を下させた。

 

「ざーんねん」

 

「お前がな」

 

 ほんの一言のやり取り。

 しかし龍吾の返しに違和感を抱いたときには、霧奈の読みが一手遅れたことに気づく。

 龍吾一人に意識が完全に向けられているところを見計らい、霊体となって潜んでいたスミレが霧奈の背後に現れる。

 穴を開けそうなほどの隠すことのない殺意に気付くと、霧奈の思考が乱れ龍吾に向けられていた力が一瞬だけ弱まった。すかさず龍吾は雪崩れ込むように、自重を込めて前へと押しかかる。

 体勢を崩した霧奈へ龍吾の手に握られた短刀が空を切って突き進み、瑠璃色の刃が霧奈の喉を突き刺した。

「がぶっ」と、吐き出したような断末魔の叫びを上げる霧奈。

 しかし霧奈は、血走った目で龍吾を見据えると、唐突に左手を龍吾の眼前に向けた。

 手にした黒の凝縮が何なのかを確かめるより前に、龍吾は本能で顔を逸らした。

 瞬間、目の前で黒の凝縮(シグザウエル)が吼え爆ぜた。

 内包していた鉛玉が音速の速さで龍吾の顔の真横を通り過ぎる。

 龍吾は刺し込んだ短刀を乱暴に動かしながら、奥にいるスミレの元へ押し込む。

 しかし霧奈はなおも引き金を引き続ける。

 あらぬ方向へ飛んでいく銃弾に怯えつつ、龍吾は(さば)き切るように喉を切ると、スミレの刃が霧奈の首元へ向かう。

 断首される直前でさえ、霧奈は覚束ない視線で龍吾を捉えながら引き金を引こうとした。

 が、人差し指がトリガーを引くより前に、スミレの一刀が霧奈の首を跳ね飛ばした。

 断頭台(ギロチン)さながらに無駄なく切られた頭部は、鮮血を撒き散らしながら弧を描き、鈍い音を立てて力なく床へ転がった。

 司令塔を無くした体も、本来なら頭部へ巡らせるはずだった鮮血を噴水のように迸らせながら、糸が切れた人形のように前のめりに倒れ込んだ。

 突然の生命活動を停止したためか霧奈の体は痙攣しており、体が跳ね上がる度に体内の鮮血が大量に噴き出している。

 しかし手に握られていた刀だけは、死んでもなお決して手放さなかった。

 

「……先にやったのはお前だからな。悪く思うなよ」

 

 短刀に付いた血を払うと、殺気を解いて安堵の面持ちになったスミレと合流した。

 痙攣未だ止まぬ霧奈の遺体を横目に、龍吾は部屋を後にした。

 無人となって静まり返った病室に、どこからともなく電子音が鳴り出し始める。

 不規則だった音はやがて一定のリズムを刻み始めると、刀を握っている手が強張った。

 

 ※

 

 部屋を後にした龍吾は、夕焼けも夜空に塗り潰されようとして一層闇が濃さを増している院内を彷徨っていた。

 正面玄関は封鎖され、壁と一体化した窓は全て重厚なシャッターが降りてビクともしないからだ。

 もう間も無くすれば事態に気づいた霧奈の仲間が駆け付けてくるだろう、というのは龍吾にも想像がついている。

 

「あまり破壊的にやりたくないがやむを得ない。スミレ、ここを切ってくれるか?」

 

 傍にいるスミレが快くうなずくと、静寂が揺蕩う院内の奥でけたたましい物音が響いた。

 聞いただけで乱暴だと思える鳴り方に、龍吾は早くも霧奈の増援が来たのだと身構える。

 ふと、闇の奥で揺らめく影が一つ、ヒョコッと角から現れた。

 しかし、何かがおかしい。

 酩酊(めいてい)しているかのような千鳥足(ちどりあし)に、遠目から見ても分かるほどの異常な痙攣。不規則にユラユラと動く姿を見れば、誰だって様子がおかしいことに気づく。

 そうしてその正体は、天井付近の窓から射し込む消えかけの夕陽に照らされ、姿を見せた。

 

 ()()()()()()()()()

 

 あ然。そして一気に湧き上がる恐怖。

 あまりの度を越した非現実さに、龍吾はおろかスミレでさえ我を忘れて目を点にし、棒立ちしてしまっている。

 頭部の無い霧奈は手にした刀を地面に(こす)り付け、蛇行しながらも確かに龍吾の元へと向かってくる。

 距離がどんどん縮まって刀の切っ先が虚空に振り上がると、恐怖にかられた龍吾は青ざめながら走り出した。

 どこへ行く、というあてはない。背後より迫る幽鬼からとにかく距離を離そうという一心で龍吾は駆ける。

 本来ならシャッターごと窓を切って外に出て、輝夜たちと合流するのが最善の行動ではあった。しかし理解の範疇(はんちゅう)から逸脱した恐怖を前に、冷静な思考を練るほどの余裕はどこにもない。

 エレベーターに乗り込み、高層階のボタンを押してドアを閉めようとする。

 が、扉が閉まろうとする直前、震える霧奈の体は唐突にバネの如く跳ね飛び、閉まろうとするドアに挟まるように体をねじ込ませた。

 半身だけ入った霧奈は、体の痙攣に合わせるように獲物の刀をメチャクチャに振り回して龍吾を追い詰める。

 (かた)も規則性もない攻撃をスミレは慄然しながらも捌いていく。

 反撃を与えるも、いくら斬ろうが刺そうが死体の霧奈に効果的な影響は見られず、一方的な攻めを続けている。

 安全装置が作動して扉が開くと、挟まった霧奈の体はボトリと床に落ち、そのまま龍吾の方へピンと立ち上がって乱暴に叩き斬ろうとした。

 龍吾はわずかな隙を見逃さず、すり抜けるように霧奈の脇を駆け出した。

 すると霧奈は体を弾かれたように振り返り、フラフラと壁や待合いのイスにぶつかりながらも追いかけて来る。

 スミレがすかさず霧奈の前へと躍り出て双剣による剣撃を浴びせるが、霧奈はスミレを全く相手にしない。攻撃の反動でよろめくことはあっても、すぐに体勢を立て直して追跡を再開する。

 まるで━━首が無いので当たり前ではあるが━━スミレが見えていないかのように、普通に通り過ぎて龍吾を追う。

 一方で恐怖にかられた龍吾の脳が幾ばくかの落ち着きを取り戻すと、最初に考えたのは霧奈があの状態でどうして動けるのか、ということだった。

 当然のことではあるが、彼女は地球人である。天月人のような地球の常識を根底から無視するような、人知を超えた能力は持っているはずがない。

 ともなれば、彼女が動く理由には程度こそ差はあれど、何かしらの理屈が伴っているはずだと龍吾は推測する。

 

(でも死体が動くって、どういうことだよ! ……落ち着け、こういうときこそ落ち着くんだ。何で動くのか分からなければ、別のところを見て、考えるんだ)

 

 龍吾が顔だけ振り返って見ると、霧奈の体はビクビクと震えながら宙に舞っていた。

 振り上げた刀が音もなく振り下ろされ、龍吾の目の前に迫る。

 直前、スミレが前に出て二つの剣を交差させて防いだ。

 刃が鳴り合う中、霧奈の体が床に着地すると、さながら飛び魚のように跳ねながら執拗に刀を叩きつけてくる。

 攻撃を捌きつつスミレが鍔迫(つばぜ)り合いに持っていきながら反撃する。

 剣筋を誘導するように力を調整し、鍔迫り合いの最中にある刀を一回転させると、霧奈の持っている刀を宙へ弾き飛ばした。

 ガラ空きとなった胴へスミレの乱暴な蹴りが当たると、押し出されるようによろめいた霧奈の体に飛ばされた刀が突き刺さった。

 右鎖骨の辺りに刀が突き刺さっているにも関わらず、霧奈は依然として龍吾との距離が開くと龍吾を追い始める。

 存在しない刀を一心不乱に振り回して追う様は亡霊の如し。

 しかしその一方で龍吾を徹底的に追いかける様は、どこか機械的でもある。

 生前はあれほどスミレに執着していたのに、首無しの姿になってからは龍吾だけを狙うようになったのもおかしな話だ。

 龍吾の脳内を染め尽くしていた恐怖が次第に疑問で上書きされていく中、後方の霧奈が身を低く屈めた。

 正確には、何かに躓いたように前のめりになったのだが、霧奈はその姿勢で獲物に飛びかかる獣のように跳ね飛んだ。

 龍吾を押し倒すには十分な距離まで迫ったとき、後方から滑るように飛んできたスミレが翻りながら剣を霧奈の体に突き刺した。

 強制的に床へ叩きつけられた霧奈をスミレが押さえつけようとしたそのとき、彼女の体を鈍くも鋭い無数の衝撃が伝う。

 不意の衝撃にスミレは思わず弾け飛び、霧奈はあろうことか体を蛇のように揺らして、体に刺さった剣から()()()()()()無理やり拘束を解いて追い始めた。

 無理やり拘束を解いた霧奈よりも、視界の隅で突然弾き飛ばされたスミレのことで龍吾は足を止めてしまう。

 

(スミレ……まさか意識の連結を経っているのか? なんてことを!)

 

 駆け寄る霧奈に立ち塞がる龍吾。

 股下から血を滴らせ、相も変わらず存在しない刀を振り回す霧奈。

 振りかざした手を龍吾が止めた瞬間、スミレがそうだったように、龍吾にも体が中から分かれてしまいそうな衝撃が体に流れた。

 反射的に受け止めた手を離したが、霧奈はなおも存在しない刀を持った手で執拗に殴りつけてくる。そしてその度に殴る以外の鈍い衝撃が龍吾に流れる。

 そうして、彼女の体から流れる衝撃の正体を龍吾は掴んだ。

 

(この痺れ……電気!? 体が機械で出来ているのか? ……ターミネーターかよコイツ!)

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