彩り
西洋の宮殿じみた内装のオフィスビルの地下は、打って変わってモノクロな色彩での内装だった。
ハチの巣のような枠で満たされた壁面。コンクリートとも鉄とも見れる灰色の柱がマス目を型作り、白と黒のライトが格子状に天井から照らしている。
室内は端から端まで見渡せば、四人が豆粒に見えるほど巨大だ。
黒月が車のキーを押すと、天井から細い光線が伸びている、スポットライトが照らされた。細い光線は、金満と黒月が乗ってきた車を瞬時に構成していき実体化した。
金満が車に近づこうとした時、黒月がふと顔を動かし、無人の前方を凝視した。黒月があらぬ方向を見ているので彩と舞浜が気づいて見ると、正面出入り口と両壁の扉から装甲を身につけた大勢の兵士が道を塞ぐように出てきて、銃口を四人へ向けた。
無数のレーザーポイントが四人に向かれ、銃を構えている兵士達の間からバンカラにも似た黒い外套を身にまとった少年『朔』が出てきた。
「国議を無断欠席してまで何をしているのかと思えば……。神逆器の探索命令に、税金の用途改ざん。そして財閥からの献金受領。及びその改ざん……。貴方はそれでも、国政を担う者としての意識があるのですか!? これは裁判不要の大罪もいいところです!」
朔はバツの悪そうな表情の金満を見据えながら、相手の抗弁を許さないくらいの響きを持つ声で言った。
対し、面白くない。と言わんばかりの金満は金の扇子を広げると、徐々に扇子の影で粘つくような笑みを浮かべた。
「僕は、まがりなりにも警備軍総隊長です。今回の貴方の行いは、見逃せる事ではありません!」
「……君の言う通り、法を犯すのは大罪。罰せられるものだ……。しかしだね」
金満が片手で合図を送ると、金満を守るように黒月と舞浜が前に出た。
銃を構える兵士の指がトリガーにかけられ、いつでも発砲できる状態になった。だが金満はにんまりとずる賢い目となって、朔と兵士を見やる。
「戦争……とは状況が異なるが、法だとか正義は、勝った者が全てなのだよ。故に……君のようなちっぽけな体と、その内にある正義心などは、それこそ微小微弱というものなのだよ。分かるかね?」
金満が懐から、中心で青い光を放つ円筒を取り出し、筒の真ん中を指で縦になぞった。
途端、兵士達が次々と困惑の声が上がりはじめ、異変に気付いた朔が兵士達に「どうしました、何が起きたのですか」と困惑の中に、兵士の混乱を平常にさせるように堂々と言った。
「朔隊長! 銃が撃てません! 金満一味に発砲不可!」
「隊長! 発砲許可対象が……朔隊長に変わっています! 金満は対象外です!」
「法罰対象、発砲許可対象、最重要危険因子対象、全て朔隊長に変わっています! 金満には反応がありません!」
兵士達が困惑するのは、当人の装備している武器はもとより、その装備からの反応であった。
彼らが金満を包囲した当初は、装甲越しに映された映像に金満達が確かに一同が『法罰対象』『発砲許可対象』として赤く染まり、ロックされていた。
しかし金満が円筒を取り出した途端、ロックされて赤く染まっていた金満達が、突然元の色に戻り、代わりに朔が、対象へとロックされていたのだ。
持っている銃も、金満に向けて撃とうとしても、トリガーが固定されていて撃てない。
しかし、朔の方にはトリガーが緩やかにロックが解かれていくので、兵士達は混乱に陥ったのである。
「皆さん落ち着いて! 銃がダメなら、近接の武器に切り替えて!」
兵士達は、朔の言葉で慌てていた心を落ち着かせることができたのか、銃を背中にかけて、各々の近接武器に切り替えて、突撃の準備に入った。
だが、なおも金満は余裕の。と言うよりは愉悦に浸った醜悪な笑みを浮かべ、一行をあざ笑う。「何がおかしい」と朔が聞くと笑いをこらえるのに必死という感じに、金満が持っている円筒を見せつけて朔をあざ笑う。
「分からんかね? 私は今、『政軍指揮権』を持っているのだよ。兵士諸君の絡繰りも全てはコレが原因だ。では何故こんな事をべらべらと喋る余裕があると思う? 優秀な兵士諸君なら分からない訳は無かろうに」
金満の小馬鹿にした口調で、朔は苛立ちを堪えていた。その間も金満は調子に乗って「ほれ、誰か言わんのか?」やら「言ってやりたまえよ! そこな若隊長に!」と完全に兵士と朔を見下した言葉を投げかける。
兵士含む朔も、何故迂闊に攻めにいけないのか。そんな事は重々理解していた。朔は高らかに笑う金満に怒りを堪えながら、「全軍、武器を下ろして下さい」と命じ、兵士達は持っていた武器を装甲に納めた。
━━青い光を放つ円筒。『政軍指揮権』をもつ者は、いわば軍の最高にして絶対権力を持つ者としての象徴である。
その命に逆らい指揮権を持つ者へ進撃すれば、政府への反乱者としての烙印を押され、有無を言わせず、その日の内に死罪にかけられる。
その理由に大きく歯噛みをしているのは、他でもない朔であった。
兵士一人といえど犠牲にしたくないというのも彼の理由でもあるが、もしここで兵士の一人を特攻させようものなら、警備軍総隊長たる朔が反乱の意思を持っているとして、死罪となる。
そうなれば、金満よりもその背後にいる神無こそが、待っていたと言わんばかりに動き出す。そうなれば月詠も、月界も全てが神無の思う通りになって、いよいよ暗黒の世界へとなるだろう。
朔は黒い外套の下で、持っている剣を潰さんばかりに強く握る。
かたや金満の傍で立っている三人は微動だにせず、眼前に展開している。今やそこでただいるだけの兵士達に緊張のかけらも無い目を向ける。
朔は、爆発しそうな怒りを必死に堪えながら、「それで良いと思っているのですか」と問いかけた。
「あぁ、良いとも。これで、良いのだよ」
「お前じゃない! そこにいる貴方達三人だ! 法を破り、目の前の悪事には目をつぶり! 何をたぶらかされたのか知らないが、己の願いのためなら、誇りも! 自尊心もかなぐり捨てる! 貴方達はそれで良いと思っているのですか!」
朔は改心の見込みのない金満を外して、金満の両脇を固める三人に説得をした。
すると滑らかな動きで、朔の首元に黒い鎌がピタリと置かれる。
鎌は舞浜の袂から伸びていて、冷たくも妖しい瞳が朔へと向けられている。
「口の多い方は女子から好かれませんよ? 君は世を知らないからそんな美談を語れるのです。綺麗事を言ってまかり通るなら、世の中はとっくに平和になっていますよ」
静かに笑う舞浜に、金満はいやらしい横目を向けている。黒月は先ほどから一切表情を変えず、警備軍全員を見続けていた。
対し彩は装甲の下で当惑の眉をひそめていた。
それは目の前に幼くも、いかなる逆境にも毅然として立ち向かう少年に心打たれたからか。はたまた自分自身の意思にも、彼の言葉が届いて反響しているためか。
※
━━彩は月界では数少ない山々に囲まれた、いわば田舎の世界で生まれ育った。
農業や林業といった仕事は機械が代行しているので、彼の住む界球には仕事らしい仕事が無かった。
なので必然的に成人になったら自立をして別の界球におもむき、そこで仕事と生活を手に入れ、毎日を過ごす事となった。
収入は決して高くは無いものの、職場の環境、対人関係にも恵まれた彼は、ある日一人の女性と巡り合い、三年の月日を経て結婚。一人の娘を授かった。
家庭と仕事の両立は、不器用な彼には困難を極めたが、次第に慣れていった。
政府からの育児における多様な支援。会社や近隣の方たちの手助けもあって、汗水が絶えず流れる日々でも幸せな日々を過ごしていた。
━━転機が訪れたのは、彩の娘が十歳を迎えた時だった。
当時の月界は、政府に対する過激派の左派集団と政府警備軍が対立している時代で、電子化された新聞では現在までに入ってきている情報が表示されている中で、最新の情報が絶えず入って切り替わる時代だった。
娘はいつも通り学校での勉強と、部活を終えて友達とともに帰宅の途についていた時だった。
過激派の集団が根城としていた建物が、何の前触れもなく大爆発を起こした。
爆心地となった建物は原型をとどめておらず、そこにいたと思われる集団はその後の精密調査で、ガレキの中でわずかに残った毛髪や肉片の発見で、ようやく存在が確認されたと同時に死亡も確認された。
付近にいた人々は漏れなく負傷ないし即死。叫び声と泣き声。混乱に陥った人々、負傷した、あるいは身体の一部が無くなった人が助けを求める現場は、まさしく阿鼻叫喚の巷そのものだった。
その現場に彩の娘がいたという情報を耳にしたのは、爆発からさほど時間の経っていない時だった。
血相を変えた彩が、負傷者が運び込まれている病院に駆けつけた時、彼を待っていたのは半身に重度の火傷を負って、未だ意識が戻らぬ娘を妻が涙ながらに見守る光景で、彩と妻は突如として訪れた悲劇に、ただ泣くことしか出来なかった。
最低限の処置によってその場での一命こそ取り止めたものの、ここで彩の前に大きな障害が立ちふさがった。
それは『費用』だった。
他の負傷者への治療は着々と進み、後日には完治して退院する者が続々と出る中、彩一家は一向に大きな進展がなかった。
何故ならば完治するために必要な治療費が、政府からの『軍災負傷者助成金』込みでも足りなかったからだ。
昼夜交代で夫婦が仕事に出向き、生活を犠牲にしてまで費用を稼いでも、目標たる金額には全くたどり着かなかった。
そしてこの時、政府軍と左派集団の激突が頂点に達し、負傷者が次々と担ぎ込まれる事態となり、娘への対応は更に後手に回された。
その間にも必要な処置が施されない娘の容態は着実に悪化していき、もはや万事休すと夫婦揃って覚悟を決めていた時だった。
彩が帰路についていた時、彼の前にいかにも成金者と言わんばかりの煌びやかな和装に身を包んだ『金満』が現れた。
彼は「お前の能力を使い、左派の集団を退治せよ」と率直な依頼を出してきた。更に彼は「脅威を一つ減らす度に報酬を増額させる」と、娘を救うためなら藁にもすがる思いの彩に甘い手を差し伸ばした。
彼に断る理由は無かった。あっても無くした。
妻に仕事と偽って秘密裏に左派集団の殲滅にあたった。そして彼の能力が、この時本領を発揮したのは、今にして思うならば皮肉としか言いようがない。
一つ。また一つと集団と拠点を殲滅していく。そうして金満から約束の報酬を貰い、彩の娘はようやく本格的な治療によって意識を取り戻し、死の淵から脱出した。
歓喜に震えるのも束の間。妻は彩を背後を見透かしているように「もうこれ以上危険な事をするのはやめて」と、涙ながらに訴えてきた。
娘が死の淵から脱し、残るは完治までの入院だけとなった今。最早金満に従う理由も消えて、金満との契約を切ろうとした。
だが金満がそれを許さなかった。
左派集団の殲滅に関わった者として、彩の情報は金満の手に渡っていた。そうして彼は「お前が私の期待に応えなければ、二人を生かすも殺すも私次第だ」と脅してきた。
一度、彩は「政治家の脅しは許されるべきではない」と払って、その日の内に政府側への通告をした。
後日。彼の耳を疑うようなことが起きた。
妻と入院中の娘がいる病院に、左派の集団が『恐慌政治を行う因子の排除』という、取ってつけたような名目で襲撃を行った。
死者こそ出なかったものの、負傷者は入院中の患者、襲撃に携わった左派集団含め百人を超え、その中には、彩の妻と娘もいた。
そして彩は、ここでようやく金満という男の正体を知った。
━━金満は、表向きは左派集団に対し、八方の手を尽くして解決に尽力する数少ない政治家。として知れ渡っていたが、しかしてその実態は左派の集団と手を組み、ほどよい塩梅で世界に混乱をもたらしていた黒幕の一人だった。
加えて、当時この騒動で金満の息がかかった軍事産業関連の財閥は、潤いに満ちていた。
両者と裏で手を組んでいた彼は、左派の集団を使って政府軍との争いを生ませ、軍需産業を飛躍的に上昇させての収益に伴い莫大な利益を得ていた。
とどのつまり、左派の集団が起こしている問題は、全て金満という男の手で動かされていた茶番そのものであった。
逆らう。抵抗する。密告する。金満にとって不都合となるものは、自分が従える左派の集団によって脅迫や拉致。果ては始末といった手段でもみ消す。それは同じ政治家であれ、一般市民であれ、左派の人間であれ例外は無かった。
彩の妻と娘はもはや金満の手中にあり、彩は金満という男に従う以外の選択肢が無かった。
━━以来、彩は金満の側近の一人として、平時はそつなく仕事をこなし。声が掛かれば彼は専ら、拉致・脅迫の裏稼業をする事となった。
逃げる事のできない環境で、稼ぎは主従する前のおおよそ五倍ほどに増えたが、代償に自由を失った。
妻も娘も事情を察してか追求することも無くなり、上辺だけは幸せな日々を過ごしていた。
そんな娘が度々彩に対して、妻以上に口うるさく言っていた言葉があった。
『お父様がやっている事は、本当に正しいの?』
彩は娘のまっすぐな目を見るたびに、はぐらかす事のない率直な意見に、彩はいつも目を逸らしていた。
娘のまっすぐ過ぎる眼差しは、裏稼業に手を染めてしまった彩には眩しすぎたからで、率直な意見は一つの答え以外出ないからであった。
そうして打倒輝夜を画策する金満から声がかかる一ヶ月前。今度は妻が過労で倒れてしまった事を聞いた。
いわゆる精神的なストレスが溜まりに溜まってのもので、医者が曰く「ここまでよく保ったものだ」と感心と驚愕を含んだ言い方で言ったのは、彩の記憶には新しい。
計画的なものか。はたまた偶然に偶然が重なったのか、倒れた妻を治療する費用がここでも壁となって立ちふさがった。
まともな稼ぎが出来ない身となった彼は自ずと金満の声がかかるまで待ち、その日を迎えたのである。
彼の要求は一つ。妻の病が完治するまでの費用を出す事。それを聞いた金満は、最上階で傲慢な態度で言った通り、結果を出さなければ動かないと言った。
従えば、『鬼姫』の異名を持つ輝夜との死闘は絶対不可避。
従わなければ彩も、妻と娘もただでは済まない。こと金満においては彩がいなくなったら二人をどうするかは、彩自身いやという程想像できた。
━━出発前夜。白藍の柔らかな色が灯る寝台に眠る妻と、その傍で眠る娘を眼に焼き付けると、彩は病室を去ろうとした。
その時、不意に娘が彩を呼び止めた。振り返ると娘が寝台から寝ぼけ気味に見ていて、「どうした」と小さく応えた。
「お父様、私……。……私、なんだかとても嫌な予感がするの。お父様、お母様の医療費は私も頑張って稼ぎます。……だから、お父様は元のお仕事に勤めて欲しいのです」
娘の言葉は彩の心中を、冷たく抉るような感覚だった。
輝夜との戦いもそうだが、今回の件は彩自身も不安を拭いきれない、何か大きな。得体の知れない漠然とした不安が道の先に待っているようで、装甲の下では娘の言葉にすがりたいほどの恐怖に表情を曇らせていた。
「大丈夫。今日もいつも通りだ」と娘と自分自身を励ますように言うと、娘はあの言葉を言った。
「お父様がそこまでしてやる事は、本当に正しいの?」
娘の言葉がとうとう彩には耐えられず、震えた手を娘の両肩に乗せると「自分を許してくれ」と言ってその場から逃げるように去って行った。
※
装甲の下で過去を振り返る彩は、今一度目の前に対峙する朔へと向けた。
不利な状況下。勇気を振り絞って立ち向かうその姿に彩の心が揺れる。
だが、今自分が置かれている立場を認識した時、彼の中にあった迷いが消えるように表情は一転。漆黒の意思をその目に宿して朔へと歩み寄った。
「小僧。お前ほどの年で総隊長を務めるとは大したものだ。その腕、その器量、そしてその勇気。称賛に値する」
すると彩の身体から白色の煙が立ち上って彼の姿を隠すと、次に現れたのは本来の身の丈の十倍以上の黒い人型のロボットだった。
重厚な足音を鳴らして、腕を砲身に変形させ、弾丸が装填された音を鳴らすと、エネルギーをチャージする音を立てながら一同に狙いを定めた。
「故に。お前のような才能を持つ者をここで失うのはあまりに惜しい。そこを退け小僧」
先ほど対峙していた彩の声ではない、初老の男に似た低い声色が朔達に向けられた。
銃は無力化され、目の前にいる巨大な機械の兵士には、近接の武器で挑むのは自殺行為である。
ましてや相手は鋼鉄の巨体に加え、一同に向けられている砲身からは燃え盛る炎が渦巻いている。
一体どんなものが放たれるか、分かったものではない。分かったものではないが、放たれたら凄惨な結果が出るのは明確ではある。
朔は悔しさを必死に堪えながら、兵士達に道を開けるように命じた。
黒い壁がぞろぞろと出入り口までの道を開かせ、一足先に車に乗った金満と黒月は、袂から伸びる鎌を戻しながら朔達を見据える舞浜を後部座席に乗せた。
朔の隣でいったん停車させると、「ご苦労だったな。隊長殿」とこれ以上ない嫌味を口にした。それに対して朔は、
「一つだけ忠告しておきます。今後、貴方の身に何か起きたとき。僕は助けはしませんからね」
と忠告を金満に言い放つと、金満は鼻で笑いながらその場を後にした。
黒い人型のロボットに変身していた彩は、強風が吹き荒れる音を立てながら、機械の体でできたタコ型のマシンに変身し、金満の後を追うように飛んで去って行った。
残された兵士達は、悔しさに歯噛みしつつ朔からの全軍撤収の命を受け、帰還の途についた。
そして朔は、今は誰もいなくなった出入り口を、ただずっと見続けていた。




