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御主人の火種

タイトルの「御主人」の読み方は『みうし』です。

 歯車にも似た巨大な建物は、歯の間に生える人口の緑に混じって大勢の人が絶えず行き交いしていた。

 こと、建物の中では子連れの一般人から、社員と思わしき者が並走するスクリーンと歩きながらの議論を交わしていたり、はたまた通るだけで周りの社員が道を開けて、水の間を割って伸びる道を重役達小声で話しながら通って行く、忙しない状況だった。

 月界は昼時とあって、宙を浮く車や昼食に向かう人がこれまた絶えず行き来していた。

 そんな中で、丸みとシャープさを兼ね備えた銀色の車が一台。歯車の形をした建物の裏口に止まった。

 裏口と言えど警備は厳重で、背中から伸びるカートリッジが両手に構えられた大型の無骨なマシンガンと繋がり、いつでも発砲できる武装された兵士が十名近く。山の字型の黒い中型無人機が、建物の上空で規律よく円を描いて飛んでいる。

 警備の一人が車に近づくと、周囲の数名が発砲の態勢に入る。

 車の窓が開くと、運転手が無言で警備員を横目で見ていた。

 挑発でも、恐怖でも、困惑でもない、全くの無表情で目線を外すことなく、横目でジッと見据えていた。

「身分証を」と警備が言うと、運転手は目を逸らすことなく、黒い金属の棒が横に二つ重なった物を片手で取り出した。

 警備が手に取り、下の部分を押すと金属部分が離れ、その間から点と線とが合わさっては離れるホログラムが流れて、その身分証の主を提示した。


「……全体! 直れ直れ! 大変失礼致しました! 政法殿からのご来院、ご苦労様で」


「あぁ、よいよい。皆まで言うな」


 警備達の銃口が下げられ、後部座席に乗っていた金満(かねみつ)が眩いばかりの金箔で作られた着物を見せつけるように、窓を開けて警備員を見据えた。


「そちらこそ警備ご苦労。引き続き警備を頼むよ」


 警備員が「御意」と答えると、金満(かねみつ)は「ああ、そうだ」と付け加え。


「私が来たことは内密にしろよ? お前だけでない。ここにいる全員だ。違えたらタダでは済まぬと肝に命じておけ」


 言い終わると金満が乗った車は、後部座席と運転席の窓を閉めながら発車し、警備員達は車庫へと向かう車を見やると、再び警備を再開した。


 ※


 歯車型の建物、名を『民事総絡院(みんじそうらくいん)』。

 地球で言う大型の役所のような場所で金満は一人の部下を引き連れ、大理石で出来た床の廊下を歩いていた。

 窓の外では、相変わらず社員達や役員でごった返し、重役達の会議場へ行く大型のガラスで出来た綱の無いエレベーターは、しきりに上下左右に動いて重役達を運んでいる。


黒月(くろつき)。あ奴らを見て、お前は何を思う?」


 黒月(くろつき)と呼ばれた女性は、機械で出来ていると言われても何ら違和感のないくらいに、全く変わらぬ表情でいた。

 黒のおかっぱ頭。冬の夜空に浮く月のような冷たい白色の虹彩に、月を縦に裂く黒い瞳孔が無表情の中で際立っている。

 身体は体格がハッキリと浮かぶ、無駄な飾りや装置を付けていない、人口的な筋肉を模した黒い装甲が身を覆う。

 金満からの問いに微動だにせず、黒月は顔だけ窓の外へと向けた。

 外の忙しない光景に対して、金満と黒月がいる場所ははっきりと対比している。が、黒月は口を開く気配は一切ない。

 だが金満は黒月の反応を知っているのか、含み笑いをしながら黒月に代わって答えた。


「あれは苦労の果てに、明るい未来があると信じてやまない、徒労を喜ぶ集いだ」


 金満の答えを聞いても、黒月は動じない。眉間が動くこともなければ、目尻が釣り上がることも、表情の一切が微動だにしない。


「この時勢に労働が恵まれる日なぞあるものか。あ奴らが汗水流して働いても、血反吐を吐くほどの努力をしても。この世はもう既に不変であることを知らぬ愚か者よ。黒月、よく見ておけ? お前はあの眼に映る者達とは、一線を画した立場にいるということを、じっくり味わうが良い」


 金満の高らかな笑い声が廊下に響く中で、空気が抜かれる音と共に全面ガラスで出来た扉から、これまで重役や上司達へ、盛大に媚を売りながら生きてきたであろう、猫背気味の男が金満に寄って来た。

 傍には漆とも思える黒いケースを、青い電子が外側を包むように守って浮いている。


「金満様。お久しゅうございます」


「前置きは結構。件の物はそれか?」


 男は「はい」と答えると、青い電子に人差し指を少し当てた。

 男の証明が確認されて、青く光る電子の塊の内部で淡い光の爆発が起こると、ケースを守っていた電子の塊が、片方から霧散して消えた。

 残った漆細工のケースに、男は胸ポケットに付けていた身分を示すバッジを取って、所定の位置に置くと電子音が鳴った。

 冷気をまとった濃い白煙が漏れる中、その存在を明確に主張する黒い物体が鎮座していた。

 金満が手に取り、広げて確かめるそれは、無限に広がる闇を閉じ込めたようなドレス。外套であった。

 それを確認すると、金満は抑えきれんと言わんばかりに笑い声を上げながらドレスを掲げた。


「これか! これが! かの神逆器(じんがっき)黒揚羽(くろあげは)』! なるほど確かに! 確かに本物だ!」


「お気に召したでしょうか」


 男は手を揉みながら金満の機嫌を伺うが、金満は男など眼中になく、目の前に燦然(さんぜん)として黒闇闇(こくあんあん)なるドレスに狂喜していた。


「ああ、これで手筈は整った。……それで、ちゃんと始末はしているのであろうな」


「もちろんです。一重、二重、三重。果ては四重にも張り巡らせた駒達を使っての探索。逮捕者も出ましたが、金満様のご所望通り、自発的なものと言うようにさせました」


「これまでの探索費、並びに探索にあたった駒達は?」


「もちろん全て、神無様の下で秘密裏に行われたものと改ざんしました。資料も、計画書も政法殿に、間者を向かわせて忍ばせました。探索費などの諸費も全て政法殿からの支出に変えてあります。この一報が世に出れば、間違いなく神無様の足場は崩れるでしょう。駒に至っては、出所時の保証を約束すると言ったら二つ返事で了承しました。……もう彼らはいるかも分かりませんが」


「良い。良くやった。では褒美だ。受け取れ」


 金満が黒揚羽を黒月に渡すと懐から瑠璃色の薄縁で四方を包まれた、銀色の瞳孔とも見える銀が内包されている金色の玉石を渡した。

 嬉々として喜んでいた男は、懐から手渡されたものを見て次第に喜びの表情が薄れていった。


「……か、金満様。……これは……私の見識が間違ってなければ……これは、神瞳(かみ)ではなく、月眼(きさきめ)では……ないでしょうか……?」


 神瞳とは月界における希少な玉石のことで、一個だけでも小規模の国なら丸々一つ買えれるほどの価値を持っている。そのワンランク下の玉石が男の持っている月眼で、価値はあれど精々金塊一個分ほどの価値しかない。

 男の言葉を聞いた金満は、黒揚羽を別のケースにしまいながら笑いを徐々に止め、男へとゲスな声で返す。


「言い忘れておったな。此度の命は私の足を引っ張るような事態は、毛頭あってはならない事なのだよ。たかが逮捕者一人。されど逮捕者一人。仮に口を割ろう者があれば、私の計画だけじゃない。私の全てが終わるのだよ? ……そのツケを、貴様一人で償えるのか!?」


 立腹した金満は醜悪な面に磨きがかかった面構えで男に迫る。男は怖気付きながら謝り続けるが、一度火がついた金満は止まらない。


「そも、逮捕者も出ました。とはなんだ! 逮捕者が出るのを前提で『黒揚羽』を探しに行ったのか! そんな魂胆で行ったら私がどういう思いになるか、一端の役員でありながら、そんな事も分からんのか! こんな体たらくの数々を出して、褒美が一つ出るだけありがたいと思え!」


 男は言いたい事も言えず、金満の醜悪な血相と、癇癪と奇声が混ざった罵り騒ぐ声の前に、縮まってひたすらに謝り続けていた。

 すると金満は、男の手から月眼(きさきめ)を奪い取った。男が驚き困惑しながら、月眼(きさきめ)を取り返そうとすると。


「もういい! 貴様のような小言をほざく小物に、褒美など不要! 己の小心さ、強欲さを恥じるがいい!」


 金満は癇癪を起こしたまま、その場を去ろうとしたが、背後から「逮捕された者はどうするのですか」と悲痛な声で訴える男に、金満は「自分でなんとかしろ」と一言返してその場を後にした。

 二人が去った廊下では、泣き崩れる男の嗚咽だけが響いていた。


 ※


 場は変わって、ペン立てにリングが付いたような形の超高層ビルに、金満と黒月は立ち寄った。警備は先ほど立ち寄った総絡院よりも更に厳重な警備が敷かれている中、金満の乗った車は難なく車庫へと向かった。

 建物はいわゆる大企業が集う大型のオフィスビルのような物で、磨かれた白色の大理石の床を大勢の人が行き来する。

 ただ、内装はオフィスビルと言うより、洋風な宮殿の内装に近く、一面に広がる青みがかった大理石の壁から流れる水は、柔らかな音を立てて水路に落ち、建物を巡っていく。

 最上階まで吹き抜けている大広間には、透き通った床の下で水路が広間の真ん中に集結し、そこに設置されている左右対称の三日月に挟まれた球体から、薄い青の光が輝いて伸びている。

 最上階にたどり着いた二人の部屋は、三百六十度壁一面に等間隔で正円の窓で満たされている部屋で、天井もまた同じ。日当たりに関しては文句のつけようのない内装だった。

 室内は床一面水で満たされ、中央には湖に浮かぶ小島のように壁も、床も、縦長の机も、イスも全て青いガラスで作られた会議場が作られていた。

 二人は青色のガラスのイスに座って待ち続けていると、部屋に二人の人物が入って来た。

 入室の音がなるや否や、黒月は扉の方へ視線を向けながら音がなる勢いで立ち上がった。金満が二人を見ると、黒月に「下がれ」と言って笑みを浮かべながら金満が二人に歩み寄った。


「いやいや! はるばる来てくれて感謝するぞ二人とも。舞浜(まいはま)また会えて嬉しいぞ」


 舞浜(まいはま)という名の者は、下品な笑みで見つめる金満を、慣れたような反応で返した。


「こちらこそお会いできて光栄です、金満様。……して、お約束の物は?」


「うむうむ、もちろん持ってきたとも。ささ、是非とも着てみておくれ。お前ならきっと似合うだろう」


 金満がケースを開けて黒揚羽を出し、火のように赤い外套を身にまとっている舞浜が確認すると、「間違いありません。それでは」と言って外套をスルリと脱ぎ落とした。

 外套の下には、膝のやや上ほどしか伸びていない袴と、薄地でやや露出がある巫女服が顔を出した。それは巫女の格好をした花魁と言った方が適当か。

 銀色の長髪が煌びやかに光りなびき、桐の花のように典雅で美しく、それでいて()()()()。武家の姫君然とした、凛々しくも気の強さを眉や目つきから出している。

 華奢ながらも無駄のない身体。足は黒のタイツでその足の色を覆い隠し、加えて輪郭も明確にするので、見る者の心をくすぐり惑わす。

 一方、隣にいる者は舞浜の見た目とは正反対で、全身を装甲で覆っていた。

 男の名は『(さい)』。黒月の装甲と似て身体の形にぴたりと装着しているが、彼は黒と白の色調がどちらも前に出すぎないように着色された物だ。

 大胸筋の間には桔梗(ききょう)色に輝く光が点いており、そこを起点として胴から足。両手、背中へと光の線を巡らせている。

 頭部は天月人の特徴であるエルフ耳の部分が装甲には付いてなく、素顔も全く見えない。代わりに青白い小さな鉤括弧(かぎかっこ)が、おおよそ両眉毛の辺りに二つ。頬のやや下辺りに二つ。その中心には青白い丸が映されていた。

 彩は舞浜が着替えている隣から割り込むように話しかける。


「金満殿。あと半刻たらずで我々は地球へと出向きますが、自分の約束は」


「まぁ待て。そう急くな。どうかね、舞浜」


 彩には話を最後まで聞かず、ゆったりと着替えをする舞浜の方ばかりに関心を寄せている。

(下卑な野郎め)と心中で悪態をついているのを堪えているように、静かに鼻を鳴らしながら下がった。

 そうして着替え終わった舞浜は、上半身は巫女服を見せさせ、大きな袂と足が見えるように大きなスリットがある和服じみた服に変形した黒闇に染まる黒揚羽を身にまとった。

 清らかでいて禍々しい矛盾の美が、舞浜という人物の容姿に加わって、金満は大興奮していた。


「おぉ……おおおお! なんと、なんと美しい! 世の女子なぞ霞んで見えるわ! いやはや、いかんいかん! しかしこうも()()()()()()()()()()()ほどの美を醸し出されては…………フフフ! お前と夜を共にしたいくらいだ!」


 羞恥心のかけらも無い下品な発言を、堂々と室内に響かんばかりに言う金満に、舞浜は満足気に微笑み、もう一方の彩は表情こそ見えないが、金満の笑い声の中でため息を吐いた。

 下品な笑い声をあげる中、彩は咳払いをしながら金満に話しかけた。


「金満殿。彼の約束は果たされましたでしょうが、自分の約束はどうなのでしょうか。お答えをお聞かせください」


 金満は彩へ目を向けると、途端に興ざめた表情に変わって「あぁ」と返して素っ気なく返す。


「もちろんお前の約束も果たすさ。ただし、舞浜と違ってお前は、先ず結果を出さねば動けぬのが現状よ」


「口約束ほど信憑の薄いものはありません。自分は」


(さい)、言葉は慎重に選べ。そも、その装甲はお前の価値を見定めるために、この私が大金をはたいて、くれてやったのだ。私の信頼には十分応えてくれたが、勘違いするな。それとこれとは、話が違うのだ」


 彩は言葉を遮られ一方的な主張をする金満に、拳を握る力が強くなっていく。


「いいか? この世は信頼が全てだ。お前は今、口約束が信憑の薄いものと言った。そんな言葉をお前が吐くのは百年速いわ。今回の件は前回と違う。全くの別物よ。一度墨をもらったからといって調子に乗るな若造」


 明らかに舞浜とは別格の扱いに、彩は小声ながらも「承知」と答えた。言い終えた金満は踵を返して舞浜に「すまなかったなぁ」と、人懐っこい声色を出しながらすり寄る。

 すると彩の後方から扉の開く音がして、彩と黒月が目を移した。寄って来たのは背広にも似た黒を基調として、所々に白色の線とポケットを付けた上役と思われる者だ。


「金満様。我々の方では用意が完了しました。貴方の一声が出れば、いつでも神無様を陥れる事ができますよ」


「結構。して成果は」


「我が界球に住む国民の税金の一部。額にしておおよそ二千万。神無様の政党口座に『秘書への賞与』という名目で移させました。国民の血税を自らの秘書方に、賞与として与える行為は、恐怖政治で世を収める神無様に対して、国民の多くが堪忍袋の尾が切れる火種になりましょう」


「……まだあるだろう?」


 上役は自信ありげにニヤリと笑った。


「金満様の……これまで財閥からの献金情報を我々と、総絡院の方と協力して神無様の私物口座の方に改ざんさせました。血税の私物化。財閥からの多額の献金受領。武力ではなく不祥事による追求には、さすがの神無様……一人の小娘では対応出来ますまい」


「良い。それは良い。さぁ、これで心置きなく準備ができた。後は動くだけよ。彩。舞浜よ。お前たちは地球に向かい輝夜の従者を陽動。追って黒月、従者の救助に向かう輝夜を捕らえよ。始末はこの私がやる」


 黒月と彩は金満の指示を聞くと、無言で扉の方へ向かい始め、舞浜は黒い袖に口元を隠し、静かに微笑みながら向かった。

 金満はすっかり舞浜に陶酔し、弾むように三人の後を追った。その道中、上役に向かい「お前の成果は私が保障しよう」と意気揚々に言い放ち、上役は満面の笑みを浮かべて四人を見送った。

 その声が彩に聞こえていないはずはなく、小さく舌打ちをしながら出口へと向かった。

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