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咲くは鉄の花

 超重の黒金が突き進む。

 地面を走り穿ち、軌道の尽くを削っていく。さながらそれは水の中の魚だ。

 『鉄花(てっか)』という名の天月人は、暗黒の地下深くまで掘り進むと、地上の獲物を見据えるように停止した。

 地上の方を見据える彼は狙いをつけると、殻の後部からブースターに似た噴射口を出すと衝撃波を生むほどの爆発を起こして猛進した。

 

 ※

 

 いくばくか怒りが治まった輝夜は再び正座で腰掛け、先ほどよりはまだ柔らかな、しかし依然として冷たい目を雛月に向けている。

 

 「あの……従者さん」

 

 「━━失礼しました、未だに名乗りもせず申し訳ありません。私の名前は、雛月(ひなつき)と申します。敬称は不要ですよ。貴方の名前は?」

 

 「龍吾。雪下 龍吾って名前だ。それで、雛月さ……雛月。これからどうするつもりなんだ? 輝夜は誠意を見せろって言ってるけど」

 

 「……本当はお守りする道中で、他の天月人が来たときにお見せするつもりでしたが。こうなってはどうすることも……」

 

 雛月にとっては、このような事態になるとは想定もしなかったようだ。それ故か、雛月は当惑に眉をひそめている。

 そこに輝夜が追い討ちと言わんばかりの一言を投げてくる。

 

 「念のため言っとくけど、言葉で信用してくれなんて口が滑っても言わないことね。口先だけなら園児だって言えることよ」

 

 雛月の面持ちが更に沈んでいく。その様子を見て、龍吾は雛月の方を見て首をかしげた。

 

 「あの、もう一つ聞いていいか? 雛月……が、輝夜と合流したとして、この日本のどこで守るつもりだったんだ? さっきの話を聞いてたけど、地球にも月の人間が来ているっていってたけど」

 

 龍吾が聞くと雛月の目が泳ぎ、口は一文字に塞がれて黙りこくってしまった。

 輝夜の言う通り、月の世界に帰ることは不可能だし、帰れても地球よりも狭い星の中では狙われる危険性は格段に上がる。

 それでなくても、現代の地球という世界に竹取物語に出てきた『輝夜』本人と、月の世界に住む人々というフィクションの産物でしかなかった存在が地球に来ているとなれば、この世の常識は根底から覆る。どんなに黙っていようが、ネットワーク技術が発達した現代では世界中に知れ渡るのは秒読みといっても過言ではない。

 そうなれば、狙ってくる相手にいずれ地球の人間も加わることは目に見えている。

 そんな四面楚歌待ったなしの世界で、どうやって彼女を守ろうとしたのかを聞かれた雛月が出した答えは、まさかの沈黙だった。

 こればかりは輝夜も大きく嘆息して、雛月へ蔑視(べっし)を容赦なく向ける。

 

 「貴女、本当に何をしに来たの?」

 

 「……一つ言い訳をさせて頂けるなら、輝夜様が脱獄したという一報が入った時点で、従者の私が為すべきことは決まっていたので……」

 

 「考えなしに来たところで荷物になる、ということくらい考えなかったの? 呆れてモノも言えないわ」

 

 雛月はとうとう言葉を失い、自分の不甲斐なさに肩を落としてうなだれてしまった。

 その姿に神々しさや威厳は微塵も感じられない。本当に月から来たのかと思わずにはいられないほどの人間臭さだ。

 

 「それと、もう一つ聞いていいか? さっきから輝夜が脱獄したって言っているけど、輝夜に何があったんだ?」

 

 龍吾の何気ない問いかけに、雛月は弾かれたように顔を上げて「それはいけません」と緊迫した面持ちで静止しようとした。

 しかし輝夜は特段動じることもなく、「いいのよ」と言って雛月をなだめて龍吾の方へ顔を向けた。

 

 「疑問に思うのは当然よ。だけどごめんなさい。今はそれを言えないわ。いつか必ず貴方には明かすけどね」


 「どうして今はダメなんだ」

 

 龍吾が聞くも、輝夜は「ごめんなさい」の一点張りで話すそぶりさえ見せない。

 しかし龍吾からすれば、これから住み着くであろう他人の素性も知らぬまま住まわせるのは抵抗がある。それは誰であろうと同じだ。

 ましてや『脱獄』という無視できない過去がある人物ならもってのほかだ。

 

 「待ってくれよ。俺はまだ輝夜も雛月も信用していない。大体月から来たっていうことだってまだ信じられていないのに、肝心なことを説明しないで信じてくれなんて━━」

 

 不意に龍吾の口が止まって、明後日の方向を見ていると卓上の湯呑みへと視線を向けた。輝夜と雛月の視線も湯呑みへと向けられる。

 見ると、湯呑みに注がれたお茶の水面が小刻みに震えている。

 地震。日本ではありふれたことだが、どうも様子がおかしい。

 それは直下型とも思えるような真下からの揺れなのだが、徐々に揺れが大きくなってきている。まるで、何かが迫るように。

 

 「え?」

 

 龍吾が声を出したまさにそのとき。

 轟音とともに床下を突き破って、巨大な黒金をまとう天月人『鉄花(てっか)』が飛び出した。

 龍吾の体が跳ね飛ばされると同時に黒金の殻が上下に展開し、宙に浮いた龍吾を収納していた細長い手で器用に掴み殻の中へしまうと、家の真向かいにある駐車場に落下の勢いを利用して再び地面へと潜っていった。

 ほんの一瞬の出来事に雛月は呆然として、輝夜は毅然と鉄花の逃げた先を見ている。

 我に帰った雛月は現状を理解すると、輝夜と外の方をおろおろとしながら目を配っていた。


 「た……大変……! 龍吾様がさらわれて! 輝夜様、急いで探しましょう。このままでは人間の彼が━━」

 

 「何を言っているの。今こそ貴女の誠意の見せどころでしょう」

 

 一言で言い切った輝夜に、雛月は驚きの目を向ける。輝夜は動じずに雛月を見据えている。

 

 「で、ですが今はそれどころでは……!」

 

 「私は言ったわよね。貴女を信用していないって。二人は無関係なのかもしれないけど、今の私には裏で手を組んでいるのではと思うわ。当然よね?」

 

 雛月は閉じた口の中で歯を食いしばっていた。

 言うまでもないが雛月と鉄花は面識はおろか、互いの存在さえ知らなかった。

 彼女は声を大にして否定したそうだが、今の雛月が置かれた立場では口頭で否定することは逆効果。むしろ、輝夜に同一視されてしまいかねない。

 すると輝夜は雛月の後方にある台所の曇りガラスの外で、ウサギのような耳飾りをつけた白い人影が立っているのが目に止まった。

 それ見たことかと、輝夜は鼻で笑う。

 

 「連れのお仲間が待っているわよ。計画を入念に立てなかったのかしら?」

 

 雛月が放心したように輝夜の方を見たあとに背後へ振り返った瞬間、なんの兆しもなく、あたかも映画などでシーンが切り替わったようにこつぜんと白い人影は姿を消した。

 

 「……あの……輝夜様。疑るのはごもっともですが、私には天月人の仲間なんて連れていける身ではございません」

 

 雛月の言い分を聞くと、輝夜はハッと息を飲んで仰天した。

 たった今まで、白いウサギの耳飾りを付けた人影が雛月の後方に立っていたというのに、雛月は最後まで気づかず、輝夜に至っては視認するまで気づかなかった。

 

 (新手か。さっきの鉄塊のような天月人は雛月に任せるとして、あの女は放っておくと厄介そうな気がするわ━━)

 

 「━━雛月、私に信じてもらいたいなら、今来た天月人を倒し、龍吾を助けて来なさい。倒せなくても、せめて龍吾一人は助けて来なさい。従者たるもの、それくらいは出来るわよね?」

 

 輝夜からの挑戦的な言葉に雛月は歯噛みする。しかし見方を変えれば、輝夜が雛月にの抱いている心証を覆せるまたとないチャンスでもある。

 雛月の目から迷いが消え、真っ直ぐな目で輝夜の方を見ると「出来ます」と言った。

 

 「輝夜様の従者として、その命は必ずや成し遂げて見せます」

 

 「……それなら、早く行きなさい。あぁその前に、この家を元に戻してからね」

 

 雛月は人差し指でクルクルと何かを描くと、爆撃を受けたように散乱した部屋がまるで逆再生の映像を見ているように元へと戻っていく。

 鉄花が突き破った床や天井、割れた食卓に皿といった物理的に破損した全てのものは、ものの十秒も経たない内に鉄花が来る前の状態へと戻った。

 家の修復を終えると雛月は片手で円を描き、鉄花の行き先を把握すると空に飛び上がって後を追いに行った。

 残された輝夜は一人静かに家の外へ出て、未だ人一人として通っていない道路へと目を向ける。

 先ほど見た白いウサギの耳飾りをつけた影の正体は、家からやや離れたところの交差点にポツンと立っていた。

 白いウサギのような耳飾りをつけた女は、薄い紅色が混じった白髪と、全身も白を基調とした衣装を身につけていてその場から動かない。

 暑さの影響か、はたまた光の加減かは定かではないが、女は輝夜の方を向いているのに顔はモヤがかかっているように見えにくい。

 

 「どこの誰か分からないけど、私にたてつくなら容赦しないわよ」

 

 輝夜の足が地面を蹴り、空を切りながらコンマ一秒経たずして女の目の前まで近づく━━はずだった。

 ところがそこで、おかしな事態が起きた。

 輝夜が近づくと、女は全く同じ速さで全く同じ距離を離すのだ。

 今しがた女が立っていたはずの場所には輝夜が立っていて、耳飾りの女は先ほどと同じ距離で別のところに立っている。

 構わずに続けて追うも、女の足は全く動いていないのにどんな速さで詰め寄ろうとしても全く距離は縮まらない。

 これ以上の追跡はただの徒労に終わると輝夜は予想して足を止め、おもむろに右手を上げて女の方を指そうとしたときだった。

 突如女が、おもむろに輝夜の方へと振り向いたのだ。

 その顔を見たとたん、輝夜の身体全体に凍えるような戦慄と衝撃が走った。

 女は、笑っていた。

 『ニンマリ』という表現がピタリと当てはまるその表情は、本心からの笑みなどではない。取って貼り付けたような上部だけの笑み。一切の感情が読み取れず、何を考えているのかも分からない。

 呆気に取られる輝夜は、唐突に自分の耳を押さえた。耳鳴りの甲高い音が耳の中でこだまする。

 だが、その音は徐々に耳鳴りとは言い難いほどの大音量となって輝夜の耳で暴れまわる。その大音量の前には、さすがの輝夜も強く耳を抑えこむほどだ。

 

 「……ちょこざいなマネを」

 

 輝夜が耳鳴りを堪えて白いウサギの耳飾りをつけた女に向かおうとしたとき、女の背後から黒い旭日が浮かび上がった。

 思わず足を止めたものの時すでに遅く、輝夜は旭日から放たれる黒い光に飲まれてしまった。

 

 ※

 

 空の色に混じって滑空する雛月は、地下を猛スピードで進む鉄花を追っていた。

 鉄花の向かう先には、用賀の街で一番大きな公園である(きぬた)公園がある。人がまだ多くないと言えど、公園内で激突すれば何が起こるか分からない。

 しかし今の雛月には、地下にいる相手を止める術がないという苦い現実があった。

 まもなく公園前の大きな交差点に差し掛かろうとしたとき、突如地下にいた鉄花が地上へ飛び出し、イルカが海面を飛び跳ねるように行き交っていた車をなぎ倒しながら公園へと入っていった。

 

 (なんてことを……!)

 

 クラクションが絶え間なく鳴り響き、突進をくらった四台の車は黒煙を上げている。

 ほんの一瞬の出来事とはいえ、正体不明の何かが人の目につき負傷者もでた。

 花月は公園の地下をどんどん進んでいく。

 雛月はほんの少しだけ考えたのち、雛月の片手に乳白色の光を灯すと現場一帯に落として弾けさせた。

 すると龍吾の家を修復したように破損した車が元の姿に戻り、花月が飛び出た穴も全てが元どおりになって一帯は何事もなかったようになった。

 横転した車内から、無傷ではい出てくる運転手。横転した車のもとに駆け寄る歩行者、一部の運転手が協力して助けあっているが、雛月の放った光のせいで誰もがどうしてこうなったのかを覚えていない。


「これでよし、と」


 雛月は花月の向かった先へと追跡を再開する。

 しかし雛月は、人間の記憶は消せても、ある一部のことを見逃していることに気づいてはいなかった。

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