玉響の吉夢
今回は字数多めです。予めご了承くださいm(_ _)m
兎の耳飾りを付けた女性、『神楽』は四人の驚きをよそに、微動だにしない笑みを向けている。
しばらくすると、我に帰った冥が軍帥に詰め寄った。
「軍帥、何故コイツを!? コイツは私たちの計画中に私たちを襲撃した者です! 神無の間者に違いありません! 早急に処すか追い出すべきです!!」
冥の必死の忠告は、軍帥の耳には届いても、あっさりとあしらわれてしまう。
「お前は何を言っている? 彼女は我々の路に光ヲ射す者。次に無駄口を叩いてミろ。お前を先に処してやル」
軍帥の言葉を聞いた冥は、踵を返して晶濟へと歩み寄り、当時の記録を出すように言った。
しかし晶濟は首を横に振りながら、これ以上の言葉を出させないようにする。その様子を神楽は横目で見やりつつ、貼り付いた笑みを浮かべたまま奥の部屋へと消えた。
「何故だ!? お前もあの時戦っただろう! その時の証拠の一つや二つ。お前なら出せるはずだ!」
「そんなこと分かっています! そんなことよりも落ち着いて周りを見てください」
冥が晶濟から周囲に目を回すと、皆一様に感情を無くしたように無表情で歩き、話し、作業をしていた。
周りの隊員の声には抑揚が感じられず、ホログラムに映されている月界の様子を監視している者も、瞬きの一つさえせずに無表情でキーを打っている。
仕事に熱心と言い繕っても、ここまで無機質な作業風景ではその場にいた全員が異様さを感じざるを得ない。
「こんな光景、おかしいと思いませんか? さっき冥さんが軍帥に詰め寄った時も、ここにいる全員の目がゆっくりと、二人へ向けられたのです。……私の勘ですが……ここで彼女の事をとやかく言うと……、何か恐ろしい事が起きそうな気がするのです……」
冥が晶濟から周りに目を向けると、振り向いて見ていた隊員が元の作業に戻り、部長室が隊員の歩く音とホログラムのキーを打つ電子音だけが響いた。
すると、先ほどまで発音のおかしかった軍帥が、我に返ったように冥たちに寄って来た。
「お前たち何をしている。任務はどうした?」
「本部から……緊急の帰還命令。……神楽とやらが参謀本部長になったという旨の連絡が出たので、戻った次第です」
「それはいい。標的は?」
「まだ仕留めていません」
その返答を聞いた軍帥は先の状態から打って変わって、今朝方に嫌と言うほど聞いた耳障りでヒステリー気味な声を上げた。
「何だと?! お前たちは一体今まで何をやっていたんだ!!」
「お言葉ですが! 我々は本部より命を受けてから、一時間も貰っていません。我々は輝夜の邪魔を阻止するための計画を立てて、その計画通りに事を進めていました。あと一歩というその矢先。緊急の帰還命令を貰っては、果たせる任務だって果たせません!」
「そんな事は言い訳にすぎん! 四人もいながら人間の! ただの一人も確保も出来んとはどういう事だ!? 貴様らは一体どれだけ我が軍を愚弄したいんだ!」
理不尽な主張に冥の眉間に深い谷が作られていき、口元が引きつって反抗の表情を露わにする。
そんな一触即発の雰囲気に、待ったをかけたのは八千慧だった。
八千慧は冥を後方に押し退けると、興奮気味な冥に代わって「申し訳ない」と先に謝罪の言葉を出した。
「ワシが輝夜の介入を阻止する計画さえ立てなければ、確保までに時間は掛からんかったじゃろう。現にワシらは確保の一歩手前まで行けた。全てはワシの責任よ」
頭を下げる八千慧を、下品な表情で見下す軍帥は「使えん奴め」と一蹴すると。
「お前らは一派の中で最悪の成果しか出さん。八千慧を今回貴様らの元に行かせたのも、全ては愚鈍な貴様らを変える為だ! それをこんな結果で返すことしか出来んとは……冥も、八千慧も! 貴様ら全員恥を知れ!」
癇癪を起こしながら部屋を後にした軍帥を、冥は殺意のこもった目で見届け、八千慧は軍帥が部屋から完全に出て行くまで頭を下げたままだった。
※
場は戻って地球。
息が未だ整わない瑞穂は、輝夜と雛月を見ながら、したり顔で見ていた。
「私たちが異世界の人間とは……。どういう事でしょうか?」
真実を言われてなお輝夜は取り乱すことなく、瑞穂に問いかける。
「とぼけないでよね。ネットとか見ていれば誰だって察するわよ。アンタたちはあの連中とグルなんでしょ!?」
「あの連中とは、どの連中を指すのですか? どの道私には、いかなる連中であっても一切無関係です」
瑞穂は部屋に響かんばかりの、耳障りな引き笑いをしながら、輝夜を見据えて雑言を吐いた。傍にいる雛月が瑞穂の一言一句を聞いて少しづつ表情が険しくなっていく。
「無関係?! 無関係なわけないでしょ! 鏡で自分を見てみろっての。アンタらが地球の人間ですなんて、誰が言えるよ!?」
「……お話が微妙にズレているのでもう一度言いますと、私はお母様の身に何が起きたのか未だ全く分からず、お母様の言う連中とはどういう者かも分かりません。仮にその連中を見たとして、私たちはその連中の事は一切存じません」
「んな訳ないでしょうが、バーカ! 本当は全部知っているくせに! 化粧会社の社長とか上手く誤魔化しているつもり!? あと気安く私をお母様なんて言うんじゃないわよ! 気色悪い異世界人が! 気色悪いから話しかけないで。あぁそれと、私たち家族をこれ以上アンタら異世界人の厄介事に、巻き込まないでよね」
瑞穂が乱暴に吐き捨てると、そのまま奥の居間に行ってテレビを点けて目もくれなくなった。
その様子に雛月は怒りで震えながら瑞穂を睨む。輝夜は雛月を奥の洗面所まで連れて行くと、小声ながらも雛月の怒りが爆発した。
「もう限界です! あんな無礼者、いくら龍吾様の親であれ、一つ注意をすべきです!」
「立場を弁えなさい雛月。私たちは龍吾とご両親の下で住まわせて貰っている身。ならばご両親に逆らうということは、それこそ私たちの方が無礼なのよ。それに、お母様からすれば私たちは月という異世界に住む人間に違いないのだから、何も間違っていない」
「ですが私たちを!」
雛月が言葉を言おうとした時、不意に雛月の表情が大きく歪んで左腕と胸骨の部分を押さえて座り込み、即座に回復に専念した。
それを見た輝夜は、オダマキが冥たちとの戦いが終わった事を察する。
━━時が経って午後の三時になると、瑞穂は電話をかけて数分した後、身支度をしながら外に出ようとした。
「どちらへ?」と輝夜が言うと、瑞穂は一瞥しただけで何も言わず音を立てて玄関を閉めて行き、電話で呼んだタクシーに乗り込んで家を後にした。
家からどんどん離れて行くタクシーを見ながら「いってらっしゃいませ」と言って、輝夜はそっと扉を閉めた。
※
学校の授業が終わった龍吾は、駅前の公衆電話に十円を入れると仕事先へと電話をかけた。
数回のコール音が鳴ると、主任の声が電話越しに龍吾の耳に入り話し始める。
「お疲れ様です。雪下龍吾です」
『あぁ、龍吾か。シフトのことか? それならこの前言った通り』
「それなんですが、来月からは週三でのシフトにしてもらえますか?」
『……えっ!? どうしていきなり!』
「そのー……今度の期末テストがちょっと……赤点近いから勉強に専念しなきゃならなくて」
主任は電話越しから「困る」だの「勘弁してくれ」だの言うが、学生の身であり、つい最近まで労基からのチェックが入っているほどの労働をしていた身である以上、シフトの変更は渋々ながら承諾された。
電話を切った龍吾は電車に揺られながら、借金のために働かなくても良いという開放感と、つい先日まで休み無しのバイト生活だった事が、嘘であるような夢見心地にあった。
用賀の駅に着き、昼間に勃発した騒動とは離れたところにある出入り口から出て一件の携帯ショップへと赴いた。
店内では、発売してさほど経っていないスマートフォンが新規契約・機種変更問わず機種代、零円で提供するキャンペーンの真っ最中だった。
輝夜たちによって金銭に余裕の出来た今だからというのもあるが、一番の理由は再開した両親との連絡がいつでも出来る、というが大きい。
龍吾に対応してくれたのは黒いセミロングの髪と、接客においての清潔さを維持する為に手間暇を惜しまない事を表す整った顔つきの、他者から見ても出来る大人の女性といった言葉が似合う女性スタッフだった。
担当の名前は『飯村』。
自己紹介も簡単に済ませて新規契約の内容、いま実施しているキャンペーンや特典など様々な内容を手短に。しかし内容は非常に分かりやすく説明した。
分からない事があれば丁寧に答え、契約書に執筆をテキパキと行う様は龍吾が思わず感心の目を向けるほどであった。
二十分ほどして契約は完了し、飯村の透き通るような挨拶と礼を背にして、龍吾は帰路についた。
━━その目の奥に深淵よりも深い暗黒の目を龍吾に向けたまま。飯村は店内へと戻って行った。
※
「━━母さんが天月人に襲われた!?」
帰るなり輝夜たちから告げられた事に、龍吾は持っていたバッグを足元に落として、食い入るように輝夜へ迫った。
「か、母さんは?! 母さんがいないけど、どうなったんだ!?」
「落ち着いて。お母様は無事よ。雛月の精靈で助けたわ。……その後、車に乗ってどこかに行ったけど」
「車!? ……まさか借金取りたちか!?」
「いいえ、白い車で自分から乗り込んで行ったわ。たくしぃ……だったかしら。多分それに乗ったのだと思うわ」
借金取りではないことが分かった龍吾は安堵の息を大きく吐く。それと同時にハッキリとした疑問が湧いて、龍吾は問いかける。
「だが、なんで俺じゃなかったんだ? 母さんを囮にしようとしたのか?」
「冥は月界で対象を確保する際に使う、特殊手錠を持っていた。囮ではなく、本気でお母様を捉えようとしたのよ」
「それで、その後どうなったんだ?」
「雛月の精靈が曰く、面食らった顔して急遽撤退したらしいわ。何故なのかは分からないけれどね。それで、先ほど雛月の精靈に調べさせたけど、今この一帯には冥のような刺客はいないとのことよ」
午後からの出勤と聞いても、ついこの前まで借金に追われていた身としては致し方ないことではある。
龍吾本人も学校上がりに最長で二十三時まで仕事をしていたこともあって、何ら不思議なことと思っていない。
龍吾が再び安堵しながら雛月の方を見ると、頬を膨らませてムスッとした雛月の姿があった。
「……雛月は何やってんだ?」
「あぁ、ちょっといざこざがあってね。でも、私たちはここに住まわせてもらっている身なのだから、いいかげん元に戻りなさい雛月」
「いざこざ? 母さんと何かあったのか?」
「プンです!」
頬を膨らませて怒り心頭な雛月は、輝夜たちに対する瑞穂からの冷遇を聞いて苦虫を噛んだように顔を歪ませた。
しかし何も知らない両親からの冷遇や疑惑の目が向かれるのは必然的なものではある。かといって輝夜たちばかり擁護しても、両親からの疑惑は晴れることはない。むしろ龍吾にすらあらぬ誤解を生みかねない。
その様子を見ながら輝夜は、月界を捨てて地球で生きる運命に龍吾と龍吾の家族をも巻き込む事になった罪悪感で憂鬱の影を顔に落とす。
「……龍吾……私たちのせいで貴方と、貴方のご家族まで巻き込む事になって……重ねてになるけど、本当に……ごめんなさい……」
しかし龍吾は、両親は一切面識が無いとは言えど、自分たちの借金地獄から救ってくれた上に、家族と再会できた事の方が大きかった。
何故なら、どちらとも普通の人生を送っていたら、絶対に叶わぬ望みだからだ。猛省している輝夜からの言葉を聞いた龍吾は、首をかきながら輝夜の方へと顔を向けた。
「俺は輝夜と出会った日のことは絶対に忘れることはねぇし、そこから今日に至るまでの事も決して見逃せない事だ」
龍吾の言葉を聞いて輝夜の顔に影が深くなっていく。そこに龍吾は「だけど」と言いながら話を続けた。
「お前と出会わなかったら、今も借金取りに追われているだろう。今までだったら絶対に叶わなかった願いを、お前が叶えてくれた事を考えたら、今の問題はそれこそ帳消しになったようなモンだ。輝夜、お前は俺に会った時、俺に助力すると言っただろ? その『助力』とやらを使わせてもらうぞ。輝夜は今までのツケも兼ねて月からの連中を倒す。俺はこれから先、二人を住まわせて飯とかも出すよ。行き先がない二人にはこれで平等じゃないか?」
輝夜の顔色が夜明けの空のように晴れていく。闇金という一生をかけても終わる事のない地獄は、もう過去のもの。月からの刺客は確かに脅威ではあるが、天月人との戦いはいつかは必ず終結する。
雛月には「俺が母さんに話してみる」と龍吾が言うと、雛月はふくれっ面で「むー」と言いながら話は終了した。
一段落ついた龍吾は学生バッグを居間に置くと、先ほど携帯電話会社で手に入れたスマートフォンを取り出した。
「それ、なぁに?」
「携帯だよ。地球ではスマホって言うんだが。月の世界ではもっと進歩してるんだろうが、地球ではコレが今の所最新のモデル……じゃなくて機種なんだよ」
箱の前面は魚のベタとも、靡いているドレスとも取れる画像を映した商品がプリントされている。
箱を開けると本体がいきなり置いてあり、その下には充電機、ケーブル、イヤホン。そして洒落っ気をこれでもかと詰め込んだ、必要最低限の事しか書かれていない説明書。
たった五つの内容に、龍吾はもとより輝夜と雛月も唖然としていた。
「……それ……商品ですよね? 簡素にも程がすぎませんか?」
「それ以上いけない。この会社は昔からこうなんだ」
ケーブルを充電器に挿して充電をしながら本体を起動させると、企業のマークが映り設定画面へと変わり、三人は口を揃えて感嘆の声を出した。
輝夜たちからすれば石器時代の技術にも等しい技術の産物だが、そんな石器時代にも等しい産物だからこそ見たことの無い物への好奇心が湧き上がる。
画面が切り替わる度に。自然言語処理機能のついたアプリケーションを試す度に。指紋認証が成功する度に、三人は画面へと釘付けとなっていく。
そうして設定を終えると、冒険心を掻き立てるようなメッセージと共にホーム画面へと切り替わる。
普段使うことはないアプリのボタンを押しては中身を見て感嘆し。地図で自分たちのいる家が表示されていることに驚き、天気を見ては明日、明後日の予定などを口にした。
中でも最初から収録されている音楽を適当に流すと、輝夜と雛月は今まで聞いたことのない音楽に雷で身体を打たれたような衝撃と共に言葉を失ない、しばらくの間スマホから流れるジャズに耳を傾けていた。
「……龍吾? これは何ていう音楽なの?」
「え? ジャズってジャンル……種類の音楽だけど」
「じゃ……ず。じゃずと言うのね。…………素敵だわ。こんな素敵な音楽、生まれて初めて聞いたわ」
「曲名は? 曲名は何と言うのですか? 誰がこの曲を作ったのですか?」
「えぇと……『チャーリー・ヘイデン』っていう方で、『Travels』って曲名だ。外国の人が作った曲だな」
龍吾の紹介を聞くと、二人は心地よく酔ったような笑みを浮かべながら、柔らかな音色に意識を乗せて聞いていた。
「外国の方が作ったのね。なんて綺麗な曲なのかしら。こんなの、月じゃ絶対に作れないわ」
「月では音楽が無いのか?」
「あるにはありますが……こちらで言うと雅楽みたいな音楽しかありません。私がここに来る前は、何が大衆の琴線に触れたのか、似たような曲調のものばかりが作られて、蔓延していました」
正月や祭事でよく流れる雅楽に似た音楽が、月では四六時中どこに行っても流れている。侘び寂びや優雅さ、めでたさを感じる前にノイローゼになってしまうだろう、ある種の地獄めいたものを龍吾は思い浮かべて苦笑する。
曲が終わり、余韻に浸かる二人を見て龍吾は二人を呼び寄せた。何事かと思い龍吾に寄ると、画面に三人が写っており、雛月が「もしかして写真の撮影ですか?」と尋ねた。
「そうだよ。さっきも言ったけど、借金地獄から俺たち家族を解放させてくれたし、もう会えないと思っていた両親にも再会できた。俺にとってはこんなに大きな事をしてくれたから、だから、その……今までの事を水に流す。って意味と、ありがとうって意味を込めて写真に残したいんだ」
それを聞いた輝夜は、静かに湧き上がる喜びに堪えられず、普段の妖艶さ、優雅さを出した表情はどこにも無く、代わりに子供のような、はにかむ笑顔が次第に浮き出てくる。
龍吾がスマートフォンを掲げ、三人が画面内に収まるとシャッター音と共に写真が一枚、スマートフォンに最初の一枚として保存された。
明るい笑顔の雛月。優しく笑う龍吾。どこか子どもじみた明るい笑顔の輝夜。
細かい調整はしていない。HD機能での撮影でもない、普通に撮った写真は、三人には大きすぎる価値がある。
※
換気扇から醤油と肉汁、油の混じった匂いが漏れている。
廊下を歩く男は、匂いに釣られるように玄関のドアを開けた。
ドアが開けられると、待ってたと言わんばかりに「おかえり!」と龍吾の晴れ晴れとした声が正樹にかけられた。
「……あぁ、ただいま、りょ……龍吾。……と、えぇと……」
「輝夜です。お帰りなさいませ、お父様」
輝夜が丁重に出迎え、合わせて龍吾は作った料理を居間へと運んでいった。
あるだけの材料をふんだんに使った、お世辞にも高級な料理とは言えないが、龍吾が腕によりをかけて作ったものである。
チンゲンサイと春雨のスープをメインに、小松菜のおひたし。卵かけ納豆の三品。
たったこれだけでも、龍吾は胸を張って正樹へ頑張ったと言わんばかりに笑顔を向けた。
「そうだ父さん。今日俺、スマホを買ったんだ! コレだよ!」
「……スマホ……そうか。それ……最新の機種だな?」
「そう! なんかキャンペーンやってたから契約しちゃった! でもこれでいつでも父さんと母さんに連絡できるよ。というわけで、先に父さんのメアドと電話番号教えてくれる?」
龍吾の屈託のない笑顔に反して、正樹は何か後ろめたさを隠しているような、しどろもどろな返答をして、互いに電話番号とメールアドレスを交換した。
交換が終わると、龍吾、輝夜、雛月、正樹の四人での食事が始まった。
「母さんは……今日いないのか?」
「お母様は午後からのご出勤でした。帰るお時間はお伝えしません」
「まぁ仕方ない事さ。今まで借金のためにあの手この手で働いて来たんだ。突然変えるのは難しいだろ。それより今日は父さんとだけでも一緒に食べよう!」
輝夜と雛月は両手を合わせて食事の挨拶をして食べ始め、龍吾と正樹も「いただきます」と言って食べ始めた。
食事中、龍吾は正樹に今日までの事や、バイトの時の珍騒動。学校での出来事を笑い話も含めて話していた。
━━竹取物語の作中では、輝夜が見つかった竹やぶから金銀財宝が出てきて、翁は裕福な身となった。
龍吾は、金銀財宝のような目に見える幸福はないが、借金地獄が終わった事。家族が再び戻った事という、目には見えなくても確かな幸福を手に入れた。
それが龍吾にとって、財宝よりも価値のある幸せだと証明するように、絶えず笑顔を正樹へと向けていた。
※
龍吾たちが家で食事をとっている時、ある喫茶店で瑞穂は窓の外へしきりに目を向けて誰かを探していた。
そうしてある人物を見つけた瑞穂は、猫をかぶっているという表現が似合うくらいの笑顔を向けて、駆け寄って行った。




