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水晶の夜風

 瑞穂が八千慧達に追われ、冥に遭遇する少し前にさかのぼる。

 輝夜は陽が空の(いただき)に上ろうとしている空を窓から見つめ、片や今の時間帯にテレビから放送している料理番組の映像が、調理台に置いてある五円玉に似た大きさと、薄さを持つ装置のレンズから映されていた。

 それを見よう見まねで、調理に挑んでいるのは雛月だった。

 真剣な面持ちで調理する雛月は、最初の包丁を握ってみじん切りをする所こそ苦労したものの、その後からは手慣れたように野菜や肉を切っていた。

 調理が終盤に差し掛かり、後は焼きあがる時間を待つだけとなった時、唐突に背後から輝夜が「雛月」と呼んだ。

 それに対して雛月は「ちょっと待って下さい」と言って調理を続行した。

 一摘まみの塩を振り掛け、ネギのタレとソースの香りが良い感じに絡んで部屋に満ちた時、輝夜がコンロの火を止めた。


「あえ? 何をするんですか輝夜様! もう少しで完成なんですから」


「それどころじゃないわ。貴女気づかない? さっきから外で警報が鳴りっぱなしもそうだけど、この近くに天月人の気配。魔力にも似た感覚があるのを」


 雛月は「えっ……」と言うと左右を見渡し、その気配を探ろうとするが、雛月の表情が一向に変わらない事から、本人は気づいていない事を輝夜は返事と捉えた。


「分からないなら精靈を使いなさい。多分……ここからそう離れていないわ」


 雛月は少し間を開けて、精靈、シラユリを出させると、輝夜と雛月の周囲が床の無い展望台にいるような外の景色に変わった。

 雛月は砧の公園の北東に竜巻が天に伸びている方に目を向け、輝夜は竜巻には目もくれず周囲を見渡していた。

 そうして輝夜は雛月を呼ぶと、輝夜の指差す方へと目を据えた。

 そこには疲労困憊の瑞穂が冥に行く手を遮られている最中であった。


「あ、あの人! あの無駄に大きな胸の人は!」


「いつぞやに闘った奴ね。えぇと……冥……だったかしら」


「あの時一緒にいた……風を操る女の子はいませんが、そんなことより、龍吾様のお母様が狙われているなら、助けに行かないと!」


 雛月がシラユリ能力を解除させ、周囲の景色が溶けるように消え、元の家内に戻ると現場に急行しようとした。

 すると「待ちなさい」と静かではあるが、圧の掛かった声色で、雛月の足を止めさせた。


「待てって……龍吾様のお母様ですよ! 助けに行かないと」


「冷静に考えなさい雛月。彼女は私たちを知っているのよ。ここで助けに行ってみなさい。私たちが彼女と同じ天月人である事が明かされて。きっとお母様や龍吾。私達を狙う理由も明かすでしょう。そうなったらどうなると思う?」


 輝夜の問いかけに、雛月は目線を下に落として少し考えた後、ハッと顔を上げて輝夜と目を合わせた。


「そうよ。私達がいる以上は冥に加えて、神無の勢力に狙われ続ける事になる。なれば必然的にご両親から出ていくように催促される。……龍吾は本望かもしれないけど。でも、私達がいなくなっても、冥側は龍吾達を狙い続ける。ひょっとしたら誰か、あるいは全員命を落とす事になる。せっかく一家が再開できたのに、また離散するような事になったら……龍吾が報われなさ過ぎるわ……」


「……で、でも今行かなかったら、お母様の命が!」


「だから貴女の精靈の出番よ」


「え? ですが、今いるのは『シラユリ』と『オダマキ』『ボタン』の三人だけです。シラユリは戦闘能力はお世辞にも高いとは言えません。ボタンは訓練はしていますが、未だに短時間でも、私の方が先に崩れてしまうほどの魔力を要します。オダマキは戦闘能力は高いですが」


「そのオダマキを使いなさい。貴女の命令を無視してでも、勝利を取ろうとした実績があるじゃない」


 雛月は苦々しい表情を浮かべるが、今この状況で冥達からは身元が判明出来ず、それでいて戦闘力のある精靈はオダマキくらいしかいない事を考え、雛月が頷いた。


「後、お母様が帰ったら、私たちは襲われた事を知らないという体で行くのよ。間違っても彼女たちの事を知っている様な発言はしないように」


 ※


 時は戻り、瑞穂の代わりに、目の前に立ち塞がるオダマキに、冥は標的を逃した事と、名も知らぬ第三者の乱入と見て、彼女に明確な敵意を向ける。


(新手! どこの者だ?! ……いや……コイツは)


 オダマキは、その見た目には似合わない速度でハンマーを振り上げ、薙ぎ払い、振り落とす。

 一挙一動が大振りながらも、空を切る音や引き起こされる風。力を込めた時に、腕の筋肉が隆起する様子などは、戦闘に慣れた冥に、ハンマーの威力がどれほどのものか、容易に想像できたらしく、大振りな攻撃であるにも関わらず、迂闊に攻めにいけない状況を作り出していた。

 回避に専念しながらも、耳に付けた通信機越しの八千慧に向かって自身の導き出した答えを言った。


「八千慧、コイツが例の神無の使いだな?」


『そんな訳あるか! 瑞穂を逃したヤツなんだから、輝夜か従者の使いだろう!』


「何!? ……だ、だが付近に輝夜やその従者がいる気配は感じられないぞ?」


『精靈は遠隔操作できる事を、知らんのか』


 八千慧の問いが通信機越しに冥の耳に入ると、ハンマーが空を切る音と冥が体を動かしている音だけが通信機に反映され、当の冥は無言になった。

 八千慧が冥の名を呼ぶと、通信機から「もう一度言ってくれ」と返って八千慧の身が軽く傾いた。


『このバカぁ! えぇい、どちらにせよ、脅威である事に変わり無い。攻撃を続けよ! ワシが後方から支援する!』


 角を走りながら曲がって来た八千慧は、既に弓を引き始めており、藍色に光る両目は残光を引きながら矢尻をオダマキの方へと向けた。

 三つ目の弦が、くの字になりながら放たれるその瞬間まで、今か今かと歯ぎしりを立てる。

 一方冥は、オダマキの攻撃のクセを覚えたか光の刃を出してオダマキへと向かう。

 構え直したハンマーを踏み台にして、オダマキの真上を通り過ぎ、大きく後方へと飛び越えた。

 片や地上では、冥が宙に飛んだ所を見計らい、力を溜めに溜めていた矢を放った。

 空気の壁を破りながらオダマキへと矢が向かう。

 矢が放たれた同じ瞬間、オダマキは持っていたハンマーを両手で持ちながら前方に突き出した。

 ハンマーに矢が当たると、耳を劈くほどに大きな低音と共に防御していたオダマキの足が地上から離れ、横断歩道を挟んだ向かい側の道路へと吹っ飛ばした。

 着地したオダマキの頭上が間髪入れず暗くなる。見上げると、先にハンマーを踏み台にして飛び超えた冥が、着ているロングコートをなびかせ、青い眼光を引きながら交差させた光の刃で切り裂こうとしていた。

 オダマキが吹っ飛ばされて停止した位置と、冥が攻撃する位置はほぼ寸分の狂いが無いもので。それはあたかも八千慧の攻撃の威力。それを相手が防御した時の飛距離を事前に計算し予測したような芸当だった。

 オダマキはハンマーから手を離し、ありったけの力を足に込めてその場から後退した。

 光の刃はオダマキの胸骨の部分を指の一関節分焼き切った。

 オダマキの目つきが一層険しくなり、焼き切られた部分を手で覆うと、有無を言わせず流れるような攻撃でオダマキを追い詰めていく。

 それをオダマキは目視で辛うじて避けている。

 一瞬でも集中を途切れば瞬く間にやられる事をオダマキは理解しているが、かつて対峙した輝夜はいざ知らず、傍で見ていた雛月や龍吾がそうだったように、オダマキも攻撃の度に目の前で踊る冥の爆乳で集中力が散漫となってしまった。

 その隙を冥は見逃さず、光の刃がオダマキの左腕を焼き切るが、オダマキは強引に右のブローを冥のみぞおちに食らわせ、互いの距離を取った。

 胸骨と左腕に指四本分の焼き跡が残り、焦げ跡から血が滴り落ちる。

 だがオダマキは、自分の負傷よりも冥の胸の方に目線を向ける。「あれは本物の胸なのか」と言いたげな、驚愕や困惑に加えて忌々しいとも思える複雑な表情を浮かべていた。

 一方八千慧は一連の流れを離れた所から見ていて、冥の戦闘に感心を抱いていた。


(抜けている所はあるが……成る程。あれが一派に属する理由か。ならば納得じゃ)


 八千慧は「さて」と小声で言いながら耳に付けた通信機を起動させ、赤いカプセル状の光を口元に出させた。


「風華? 聞こえるかの」


『八千慧さん! どうですか!? 順調でしょうか!?』


「おお。お主の働きが行を成したわ。じゃが、今こちらで新手が邪魔をしておる。合流し邪魔者を退かしたいのじゃが、出来るかの」


『了解です! 因みに相手はどんな方ですか?』


「精靈じゃ。主は恐らく輝夜の従者じゃろうな」


 八千慧の返答を聞くと『え“っ』と言ってしばらく無言となった。八千慧は疑問符を頭に浮かべながら、風華の名を呼ぶと「その精靈はどんな見た目ですか」と通信機越しから尋ねて来たので、見た通りの容姿をそのまま風華に伝えた。

 すると風華は弱々しい声色から急変し、『それなら大丈夫です!』と元気な声で返した。


(……こ奴らやっぱり何処か抜けておる……大丈夫なのか一派は……)


 八千慧の胸中に一派への不安を抱きつつ、残る晶濟に通信を切り替えて呼びかけるも、反応が一切無い。

 再度呼びかけると、くぐもった囁き声が耳に入り、通信が途絶された。


 ※


 冥と八千慧。二人と対峙するオダマキの戦闘を、道角からこっそりと一つの影が覗く。

 先ほど晶濟によって倒されたサラリーマンは目線の先で起きている、非現実的な光景を見て言葉を無くしていた。

 心ここに在らずのままで、耳につけていた携帯越しから、通話先の相手からの声が男の耳を通過して、ようやく彼は正気に戻った。


「……あの……()()()()にお付きの……二名様ですが」


 今もなお繰り広げられる現実からかけ離れた戦い。それは、アニメや映画の中でしか見たことのないものであるが故に、素の状態での話し方へ自然と変わっていった。


「……じ、自分は。……自分は……この目で見ている物が信じられない……。これは……撮影か何かか? こんなもの一度も」


「何をしているんですか?」


 男が反射的に振り向くよりも前に、男の肩に晶濟の柔らかな手が置かれた。

 華奢で、透き通るような白い肌の持ち主『晶濟』は、眼から淡い紅藤色の光を灯しながら、陶器然とした無表情で男を見ている。

 男の口が開かれるよりも前に手が置かれた所から身体が水晶となっていき、我が身に起きている異常に目玉が出てしまうくらいに見開きながら、男の全身は完全な水晶となった。

 晶濟が後方へ引っ張ると、男は粉微塵の水晶となって散った。

 道路の一角が細かな煌めきを出す中、晶濟は男の成れの果てを踏みつけながら八千慧と合流した。


 ※


 八千慧が晶濟の無返答に不安を抱いていると、上空から強いすきま風のような音が全員の耳に届いた。

 冥は曲がり角に身を隠し、オダマキはその音源の方へと振り向くと、ハンマーを持ったままのオダマキが軽々と吹き飛ばされ、立っていた場所の周りでは三段階に建物の窓が震え、外に出していた洗濯物、植木や看板。果ては駐車させている車でさえ元の位置から大きく吹き飛ばされた。

 そこへ風華が急降下を止めて、その場にフワリと停滞した。

 角から出て来た冥を見て、「只今戻りました!」と敬礼をしながら元気な声を送り、冥は

「よくやった」という意思を込めてか優しく微笑んだ。

 一方八千慧の背後から、晶濟の声が届き、慌てて振り返ると晶濟が何食わぬ顔で歩いて来た。


「お主、先はどうしたのだ? 通信が途切れたぞ?」


「ご心配をおかけしてすみません〜。ちょっとお邪魔虫を払ってきていました〜」


 八千慧は返事を聞くと、特にこれといったリアクションも無く「まあ良い」と言いながら、オダマキの方へと歩き始めた。

 吹き飛ばされたオダマキが態勢を整えると、前は晶濟と八千慧。後ろは冥と風華がオダマキの逃げ道を塞いだ。

 四人が各々の眼光を光らせると、オダマキも触発されたか眼が赤い光を灯した。

 血のように赤々しくなる光は眼から燃え上がる炎のように漏れ始め、激しい敵意と殺気を周囲に放つ。

 冥が一歩踏み込み、四人で仕留めようとした瞬間、冥達の耳に本部からの連絡が入った。


『こちら月宮(つきのみや)解放軍(かいほうぐん)本部。冥並びに本作戦に同行している者は直ちに帰還せよ。例外は認めない』


 その報告を耳にした四人が、驚きの表情を露わにする。


「な、何故ですか!? 今我々は」


『例外は認めないと言った。直ちに帰還せよ』


 冥の反論も虚しく本部からの一言であしらわれ、腑に落ちない冥や八千慧も、本部からの命となれば否応無く従わざるを得ず、四人はオダマキの周りから去って行った。

 突然の撤退にオダマキの眼光は元に戻り、周りに四人の気配が全くしない事を確認すると、本人も不思議そうな表情をしながら、その場から消えた。


 ※


 (せわ)しなく階段を登る音が聞こえたと思うと、玄関が勢いよく開かれ、なだれ込むように瑞穂が戻って来た。

 荒々しい息遣いの瑞穂に輝夜が冷静な口調で問いかけた。


「一体どうされたのですか、お母様?」


 呼吸を整えようとしている瑞穂は、輝夜の問いかけに答えない。

 しばらくして息遣いが元に戻り、再度輝夜が問いかけると瑞穂は輝夜と雛月を一瞥して口を開いた。


「アンタ達……。アンタ達が……そう……アンタ達が異世界の人間って奴ね!!」


 ※


 苔で覆われた人一人分ほどの大きさを持つ小さな山のようなそれは冥達が近づくと、黒光りする金属へと変わった。

 八つの足が中心のドームから少し展開し内部の三角型のドームを浮かせる。

 ドームは縦に伸びながら割れるように開き、四つの角を空に向けるような形へと変わった。

 冥達四人が乗り込むと、ライフル弾のような形に変形し、周囲にある草を靡かせながら透明になり、やがて白昼の空へ発射された。

 地球を後にし、ものの五分も掛からずに月宮(つきのみや)解放軍(かいほうぐん)本部のある月界へと到着した。

 人工的に作られた夜空の下では、月の世界で解放の象徴である青色の光が、軒を連ねる高層ビルから夜空へ向けて照らされている。

 その一角に到着した冥達は、他の隊員達の挨拶を無視して球体を切ったような形のビルへと入って行き、屋上の解放軍本部長室に入るや否や、冥は声を荒げた。


「軍帥! どういう事ですか! 我々の計画は後一歩だったというのに!」


 怒りが頂点に達している冥の後方では、三人が薄氷の上を踏まんばかりの表情で見守っていた。


「声を荒げルな、冥。命は後々でも再会でキる。さて、お前達に緊急で呼んダのは他でもない。我が解放軍に新たナ参謀本部長が決まっタ」


 所々で妙なアクセントのある発言をしているのは、今朝方冥達をヒステリー気味に叱責した長官にして軍帥その人だった。


 晶濟は後方から長官の妙な発声が、叱責の時には見られなかった事に違和感を感じていた。

 長官が冥に「下がれ」と言うと、奥の扉から新たな参謀本部長が出てきた。

 その姿がホログラムの青白い光に照らされて明確になった時、八千慧を除いた三人は青天の霹靂で驚きの表情を露わにせずにはいられなかった。


「新たに参謀本部長とナった『神楽(かぐら)』だ。我々の革命に光をもたらす希望の星だ」


 新たに参謀本部長となった、『神楽』は兎の耳飾りを付けて、貼り付いたような笑みを浮かべながら、冥達を見据えていた。

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