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混迷の虎

 月の世界において生徒達とその家族を乗せた船が出発した後、無人と化した学園内に全身を黒いマントで包んだ『クロユリ』という名の女性が、僅かな光で照らされた暗い廊下から外へと連絡をしていた。


「準備は良いわよ。私が出たら起爆し」


 その言葉を聞き終わる前に、学園が夜の世界で大爆発を起こした。

付近の木々が爆風でしなり、眠っていた鳥達は静寂を打ち砕くあまりの爆音に驚いて夜空へと飛び立って行く。

 赤い炎で燃え盛る学園の前で、一人の女性がワナワナと震えながら笑っていた。


「……あ"ー……やっぱ、たまんねぇなぁ。……二回もイっちまった……」


 目の前で未だに爆発が起きる学園に狂喜する青髪の女性の名は『アジサイ』。

 砲口が四つ付いた、ぶ厚い鉄の輪を両手に持ちながら狂ったような満面の笑みを浮かべている。その隣に先程学園内にいた黒いマントを着た金髪の女性がすうっと現れた。

「貴女ねぇ、まだ中に私がいたのに爆発させるなんて、少し笑えないわよ? 我慢を知りなさいな」


「我慢? 我慢だと? んなもんできるか。飢えた獣が餌を前に、待てなんて命令聞けるかよ」


「……もう良いわ。それより次の所を爆破しに行くわよ」


「待て。俺はまだこの景色を目に焼き付けてぇんだ」


「駄目。さぁ行くわよ」

 

 アジサイが言い終わる前に、クロユリが肩に手をかけると、二人は焼け落ちる学園の前から消えた。

 その後に異変に気付いた兵士達とそれを率いる、後頭部から二本の束ねた赤い髪が特徴の女性、『神刺(かんざし)』が、焼け落ちる学園を前にしながら耳にかけた装置を押した。

 女性の口元に、カプセルの形をしたオレンジ色の光が照射され、連絡を始めた。


「……神無様、対象の学園が爆発、炎上しています。これで三件目。やはり金満(かねみつ)の言う通り、我々の他に何者かが、暗躍していると思われます」


 玉座に座る神無は、燃え盛る学園が映し出されているスクリーンを見ながら、報じられた言葉にピクリと眉を歪ませた。肘掛けに置いた手の人差し指が、一定の間隔で鳴り続けている。

 それを見た男が余裕を醸し出す声で、神無に語りかけた。


「これで確定ですなぁ神無様。貴女以外の勢力が裏で何かを仕掛けている。兵を無駄に月界の治安維持に向かわせたのが、裏目と出ましたな」


 その言葉を聞いた神無は、左目を大きく見開いた。

 黄色い虹彩が光を放ちながら丸々と現れる。神無の内に秘めた野心を表す黒く光の無い瞳孔が、眼前の男を刺すように睨む。


「おぉ恐ろしい。ですが私めを恨んでも何も解決しませぬ。それはそうと、先に私めが述べた読みが当たったというのは事実ですので? 約束通りこの私めに『政軍指揮権』を渡しては貰えませんかな? 大体、神無様は政治も軍事もその身一つでこなしている。となれば、自ずと限界が来るのは当たり前のこと。その負担を私が負うことなのですから、悪いように取らないでください」


「……良いだろう。だが、この私が指揮をお前に渡す以上失敗したらどうなるかは知っているな。金満(かねみつ)


 金満と言う名の、いかにも成金と思える金箔をまぶした代官姿をした中年の後半程の外見の男は、金の扇子を口元に当てて静かに笑う。


「熟知も熟知。私めも長年この仕事をしている身ですから、指揮を執る責務の重さは骨身に染みておりますよ」


 神無は鼻で軽くあざ笑うと、玉座の前にホログラムを映し、片手で操作をし始めた。

 電子のキーを押すと、神無の目の前にB5サイズの紙を横にしたくらいの長さを持つ、ガラスでできた筒が出てきた。

 中身には、ゆっくりと動き続ける歯車に連動して動く、円筒によって構成された箱が左右に置かれ、先端で回るリングから中心部に光る青い光を一方は時計回りに。もう一方は反時計回りに灯し続けている。

 神無がそれを手に持つと、無造作に金満の方へと伸ばした。


「譲与の式は挙げないのですか?」


 金満の言葉に神無の冷たい視線が更に冷たくなる。

 警護に立っている兵士たちが、小刻みに震えている。


「……国民、企業、税の監視に審査。国議に各界球の首総者(しゅそうしゃ)との月界談義。これを聞いて私がそんな暇を作れると思うか」


「いや、これは失礼。過密多忙の日々にこのような些事に時間を割くのは、それこそ無礼というものですな。いやいや、失敬失敬」


「ならば行け。後、金満」


「はい、何でしょうか?」


「貴様の読みについては認めよう。しかしその言葉と態度は改めろ。この私に殺されたいなら別だがな」


「はい、かしこまりました。それでは」


 豪華に装飾された扉を閉めて、神無の間から出た。

 金満は三日月のように口を吊り上げ、金色の扇子で口元を隠しながらも、含み笑いしながら真っ赤な絨毯の上を歩いて行く。


(フン、やはり三月皇の頂点に座す者と言えど、しょせんは小娘同然。力でしか物を解決できぬ低脳……そういう者は手中で踊らせるのは容易いこと)


 口元の邪悪な笑みを浮かべながら、大理石でできた大広間に出ると、金満の背後に子供ほどの大きさの女性が雨霧の中から現れるように出て来た。

 金満は、待っていたと言わんばかりに天井を仰ぎながら、女性に語りかける。


「ご苦労だったなホオズキ。どれ、一つ褒美でもやろうか?」


「んな事より次の指令は何だ?」


「そう焦るな。たった今この私が神無に代わって、指揮を取る事となった。ほれ、政軍指揮権の認可物だ。実際に見たことはあるか? たった今、この私が政府軍の指揮者になった。これからどんどん忙しくなるぞ?」


 自慢げに見せる金満の表情とは真反対に、『ホオズキ』は冷めた表情で祝いの言葉を口にした。


「そりゃあ良かったな。出世……とは違うが、祝いに花でも贈ってやろうか?」


「悪いが私は花とか、食べ物なんかの贈り物には、興味が無いのでね。遠慮しておくよ」


 ホオズキと言う名の、赤い巫女服を着た女性は「そうかい」と言いながら、金満を追い抜かしてその場から姿を消した。

 広間には政法殿に属する政治家の手伝いが、せわしなく資料を運んだり、移動しながら連絡を取っていたりと、目の前の業務を終わらせることに必死になって働いている。


(皆、誰も気づくまい。今にこの私が三月皇の座に着くのは、最早秒読みという事を!)



 所変わって、数ある月界の片隅にある世界。

 濃い霧のかかった世界は三百六十度全て見渡しても森と、緑が生い茂った石柱が並び立つ自然のみがあふれる世界。

 そんな世界の一角で、幅はゆうに五十メートルを超え、落差に至っては百メートルを超える大滝の前には、樹齢は百か二百かあるいはそれ以上か巨木が二本、門の様に根を下ろし、そびえ立っている。

 大滝から流れる清流に、鍛え上げられた太い根が、未だ足りぬと言わんばかりにあちらこちらに張り巡らしている。

 その真ん中に胡坐(こざ)をかいている一人の影がある。

 そしてその前には幾人もの兵士達が、物言わぬ姿で倒れていた。

 そこへこの世界では似つかわしくない金満の姿と、後から姫カットの髪型をした無表情の女性、黒月がやって来た。


「おっほっほっほっ、凄いなコレは。いや、本当に凄い」


 胡坐をかく人影は背を向けながら全く動じない。

 渓谷から吹く風で彼女の頭に乗った笠から、目の前の滝の様に伸びる薄い藤色の髪がなびく。


「これでは小手調べにもならなかったな。それで? 言わずともこれはお前の力の氷山の一角……いやそれにも満たんだろう? まぁそれはどうでも良いわ。先ずはお前に話がある」


「……語るに及ばず」


「そう言うな。挨拶も無しで無礼ではあるが、時間が無いので早速話させてもらう。お前の力、ぜひとも私の方で買いたい! 無論お前の期待を損ねるような値には」


 金満が「力を買いたい」と言ったあたりで、その者は胡坐の姿勢からおもむろに立ち上がると、途端に視界から消えた。

 一方彼女が立ち上がると同時に傍にいた側近が金満の前にゆらりと出る。

 金満が突然視界から人物が消えた事に言葉を無くして目を丸くした瞬間、目の前にその者が現れた。

 彼女は修行によってボロボロになった濃い紺色の袈裟と袴を着ており、大小の傷が付いた巨大な金色の数珠を首から掛けている。

 そんな彼女の見下す目線は、見る者の心を畏怖させる眼差しだった。


「お前が何の目的で、どういう邪念を隠しているかなぞどうでも良い。私が悪戯に鍛え、金や名誉がいつか舞い込んで来ると思い、忍んで待っていると思っていたのか」


「……そ、そうか。言い方が悪かったな。で、では、金や名誉の為じゃ無いなら、何が目的で修行を?」


「答えてお前に何の得がある」


「いや、その……どうしても、どうしても聞きたいんだ! なぁ頼む。一個人の質問一つ聞いて答えたところで減るものでもあるまい?」


 笠で影が掛かった瞳が静かに白の光を放つ。

 金満は身の危険を察したか、無表情の側近の背後へと後退した。


「かつては力という果て無き(みね)を目指していた。……だが……近頃、私の心中で力では無い何かが私を呼び、求めている。今はその正体を知る為に幽鬼の如く彷徨(さまよ)い、そして考えている」


「……ほう。力では無い何か、か。……だがかつては力の(みね)を目指していた身。ならば私にはその何かが分かる気がするぞ」


「何だ」


「お前は渇いているのだ。己が全霊を込めた力を、命を賭すに相応しい相手を、死闘を渇望しているのだ。お前は今日までにどれだけの猛者を倒して来た? それだけお前にとって、取るに足らない相手ばかりだったのだ。それが積もり積もって命を賭す戦いに渇望し始めたのだよ」


 金満は舌先三寸で彼女を納得させようとしているが、彼の口調、声色、表情、動作、目の動き。

 全て彼女の為と繕って、本心は彼女の事など微塵も考えていないという事を見え透いているように、表情一つ変えなかった。

 無論、彼の見当は大きく外れている。しかし彼女は金満の説得が終わると笠を少し上げて、見下しながら口を開いた。


「……良いだろう……。私が求めていたのはそれかもしれぬ」


「おぉ、では」


「貴様の言う輝夜とやら。私が討とう」


「いやはや有難い有難い。ではそうと決まったら善は急げだ。早速用意をしよう。あぁ、遅れたが私の名は金満(かねみつ)。お前は何という名だ?」


「名は弓張(ゆみはり)と言う」


「弓張! では早速参ろうぞ!」


 金満は側近に手を叩いて、先に向かわせた小手調べの兵士達の処理を頼むと、意気揚々と地球行きの門場へと向かった。

 弓張はその後ろ姿を黙々と着いて行く。

 濃い霧が天を覆い、緑の囁きと風の音しかしない世界を、弓張は笠を上げて冷たい眼差しで見上げていた。


(……私は一体何を求めているのだ? 無双の武神になりたいと願ったことはもちろん、そもそも力の嶺へと歩み始めた事さえ、今では疑念しか浮かばない。私は……私は、一体何を求めているのだ?)

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