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雷雨は明けて

 場は戻って地球。

 事の経緯を話した月島の言葉に雷花は安堵と驚きの混ざった形容しがたい表情を浮かべていた。


「……じ、じゃあ、生徒達は皆んな……」


「そうさ。全員無事だ。だからもう戦う必要は無いんだよ」


 月島の言葉を聞いて心を縛っていた緊張が解かれたのか、雷花は糸の切れた人形の様にその場に崩れ落ちた。

 その後徐々に肩が震え始め、雨に濡れた草地に雫が落ち始めた。


「……そうか……良かった……。……皆んな無事で……本当に良かった……!」


 泣くのを堪えていた雷花だが、次第に嗚咽が大きくなり、やがて子供の様にわあわあと泣き始めた。

 血と土と痣だらけの顔が、涙で更にグシャグシャになる。そんな雷花を慰めながら月島は、輝夜達の方を見た。


「さて、貴女が輝夜さんですね。話は自分の言った通りです。そこに嘘偽りはありません」


「そうみたいね。でも生憎だけど私に寝返った連中なんか一人もいないわ。それに、寝返る連中なんかこっちから願い下げよ」


「……やはりそうですか。ですが、貴女が神無の刺客を倒している事は事実でしょう。……雷花は別として」


「その女がどうこうとかは関係無いわ。私に挑む者は例外無く相手をして、叩き潰すだけよ」


「それが良い意味で月界で話題となっています。先も言った通り今、月界は暴虐と独裁で多くの者が蝕まれ、明日とも分からぬ死の恐怖に震えて生かされています。ですが貴女は神無の送る刺客を倒して、奴を焦燥させている。奴を止められるのは貴女だけです。その為に自分は貴女にご助力をしたいのです」


 それを聞いた輝夜の表情は、今や夏の日差しが空いっぱいに広がっているのに反してどんどん影を落とし始めている。

 目つきもまるで月島を両断させると言わんばかりに鋭くなっていく。


「……貴方、今幾つかしら」


「じ、自分ですか? 自分は今年で(地球の歳で言うと)27になります」


「ならば貴方の親や兄姉、親族から聞いているはずだ。私の事についてな。知らないなんて言わせないぞ」


「それは……」


 月島は二の次の言葉が出ず黙り込んだ。

 月界において、知らない者はいない輝夜の過去と、未曾有の惨禍。

 どんな理由があっても、疎まれ、蔑まれ、恐れられ、誰一人として彼女を擁護する者はいなかった。

 そんな彼女を、今になって月界を救ってくれと懇願するとは手の平返しもいい話。そこへダメ押しと言わんばかりに輝夜のドスのきいた声が月島へと向けられる。


「お前らは私を嘲笑し、虫芥の如く毛嫌い、天月人の恥とさえ罵り、あまつさえ神無の独裁が分かるまで私を汚点の代表として信じて疑わなかった」


 辺り一帯に吹雪のように冷たく、鉄塊のように重い気配が漂い、背後にいる雛月と白百合でさえ震え上がるほどの殺気が張り詰める。


「神無の本心さえ見抜けず、綺麗事を並べた演説に乗せられた愚民そのものが今更助力だと? 救ってくれだと? ……調子に乗るなバカ野郎!」


 月島と雷花は圧倒的な気配と怒号に、震え縮こまった。

 特に雷花は、先の安堵の涙とは別の涙を流している。

 彼女にはもう魔力も電力も残っていないが、残っていたとしても、最早戦う気さえ起きなかった。

 鬼の形相の輝夜は、脅える二人に背を向け雛月の元へと戻った。


「帰るわよ」


「あ……は、はい」


 すると雷花の側で倒れていたオダマキが、輝夜の怒号か気配で目が覚め、ムクリと起き上がると、負傷した身を引きずる様に歩み始めた。

 道中、雷花の顔を横目で睨むと、輝夜の怒号で恐怖に震える雷花を、庇うように側にいた月島がオダマキの前に出た。

 オダマキは二人を見つめ、そのまま無言で雛月の元へと戻って行った。


(……オダマキ、貴女もよく頑張りましたね。貴女の意地と勝利への渇望。私も見習わなければなりませんね)


 フラフラと戻るオダマキに、雛月は感心を抱いているが距離が縮まった所である事に気づく。


(……ん? あれ? オダマキは私との意識の連結を絶っているのですよね……じゃあこのままだと……)


 覚束ない足取りのオダマキの姿が徐々に薄くなり始めて来ていた。

 そして雛月はギョッとした表情でオダマキを制止した。


「お、オダマキ! ちょっと待って! 先にし」


 雛月の言葉を無視して輝夜が帰路に着こうとすると、背後から水たまりに倒れる音と呻き声が聞こえ始めた。

 何だと思って振り返ると、満身創痍だったオダマキの状態が主人に反映され、痣と雷が走った跡に、幾つもの火傷で満たされた身体の雛月が草地で蠢いていた。


「……ぐあぁぁっ……オダマキ、何してる! ……ふざけるな!」


 草地で悶え蠢く雛月を、輝夜は「何やってんの」と呟きながら呆れて見ていた。

 その様子を見ていた白百合は、戸惑いながらもゆっくりと雛月の身へと同化し回復を始めた。

 そんな従者の姿に、張り詰めた空気と緊張が緩んだか、雷花は泣くのをやめて声を押し殺しながら笑い、月島も苦笑していた。


「わ、笑い事じゃ、ないですよ! ア"ッ!」


 晴れ渡った空に、呻き声と小さな笑い声が駆け巡る。

 ひとしきり笑い終えた後、月島は一呼吸おいて再度輝夜の方を見た。


「……輝夜さん、お願いです。少しだけで良いので、どうか話を聞いてもらえませんか」


「結構。二度も私に同じ事を言わせるな」


 月島は、やはりかと言わんばかりに困った表情になるが、それでもその表情は一瞬で、その後 すぐ後に迷いの無い目つきで輝夜の顔を見ながら話し始めた。


「自分も地球に降りた身。追われて愛与されるも時間の問題です。しかしそれは当然ながら自分達で対処します。ですが我々も神無の独裁を終わらせる為、ほんの僅かでも構いません。貴女に何か助力をさせてもらえませんでしょうか」


「無用。これは私の問題だ。お前達が出しゃばる事じゃない。それに手はもう足りてる」


「ですが!」


「これ以上その口を開くなら、二度と声を出せないようにするぞ」


 輝夜の目は冷たく、視線は槍の様に鋭く月島を射抜く。

 そんな状況下で未だ身体の傷が癒えぬ雛月が「んあ"ぁ"っ」と痛みに悶える声が時折会話の合間に入ってくるが、二人は意に介さず見つめ合い続ける。

 すると雛月が、悶えつつも輝夜の方へと横向きに身体を動かし、輝夜へと提案を出してきた。


「か、輝夜様……。お言葉を……っ! 挟ませてもらうと、あの雷げっ! ……雷花さんがこちらに来た時っ! 龍吾様の家が半壊してっ! しまいましたよねッ?! ……それのお詫びをして……ウ“ッ……もらったらどうでしょう? ……ガッ!」


「それぐらい貴女一人で直せるでしょ。あの二人の肩を持つと言うの」


「違いますよ。幾ら私でも……ううっ……残骸も何も残ってない消滅した物を、直す魔術は持っていません。なのでここは彼らを利用してみては! どうでしょう?」


 冷静な表情と声色をしているが、不定期に苦痛の表情と声に切り替わりながら、提案をする雛月の姿はなんともシュールなものだが、輝夜も言われてそういえばと雷花が来たときのことを思い出す。

 超帯電状態で落雷と共に降臨した彼女によって、龍吾の家は半分消滅した。直そうにも消滅した物を直すのが誰も出来ないとなった以上、帰る家がないのは輝夜や雛月よりも、何も知らない龍吾が悲惨で不憫である。

 それに龍吾にはどう説明をすれば良いかも問題である。落雷によってこんな風になった、と言っても苦しい。

 いくら自然の現象と言えど、大規模な火災が発生する暇もなく、家屋が原型を留めず半分も消滅するほどの巨大な落雷が起きたと言うには無理がある。とは言えど、目の前の二人に家を修復しろと言ったところで半日で直すのは到底不可能だ。


「おとなしく大家に連絡するしか無いわね。人災と言えば人災だけど、あの雷雨での落雷でこうなりました、と言っても向こうは信じざるを得ないでしょ」


「……結構、無茶な説明だと思いますが……」


「それに、あの二人に何が出来ると言うの? 雛月以上の魔術を持ってて、消滅した物を元に戻せる能力でもあるなら、そこだけは妥協してやっても良いけど、彼らにはそんなの無いでしょう」


 月島と雷花は苦虫を噛み潰したような表情になった。

 雷花の能力は全て攻撃系で、月島も消滅した物を直す能力も魔術も持っていない。

 詫びをする以前の問題で、二人に出来る事は、ただ事の顛末を見届けるしか無いという事だけだった。

 せめてもの思いで雷花は輝夜へと声をかけるが応えは非情だった。

「聞いてたならその通りよ。貴方達には詫びをするしない以前の事で、いてもただの案山子。分かったならさっさと消えなさい」


「お待ち下さい。ならばせめて、その家主の方にお詫びだけでもさせて下さい。家主の方がお帰りになられたときに、輝夜さんだけでどうご説明なさるおつもりですか?」


雷花の言葉に引っかかった輝夜は心底不機嫌そうに二人を見ると、誰の耳にも聞こえるようなため息を吐いて睨みつける。



 龍吾が口を半開きにしながら、目の前の光景を凝視している。

 月が夜空に輝く下で、龍吾の家は大勢の作業員によって『防音』と書かれた、グレーの仮囲いに覆われていた。


「……は? ……え、何これは」


 呆然とした龍吾のかたわらに輝夜と雛月。そしてその隣には、バツの悪そうな顔の月島と、しょんぼりした顔の雷花が立っていた。


「か、輝夜。これは」


「それもこれも全部雷花ってヤツの仕業なのよ」


 輝夜は何のためらいもなく、しょんぼりしている雷花を指差す。事実が事実である為に雷花は何も言えず、「本当にごめんなさい!」と深く頭を下げて謝っている。


「いや……誰だか知らんが……一体何があったんだ?」


 作業員が半壊した龍吾の家を翌日の工事に向けて準備をしている中で、雛月の口から龍吾が家を後にした後の出来事を全て話した。

 学校で災害警報の出るほどの落雷の正体。

 輝夜が敗北し、一度は死亡しかけたこと。

 雷花が輝夜と戦わざるを得なかった理由。

 半壊した家屋は大家には連絡済みであり、修復までの間は目と鼻の先にある『守谷荘』の二階に住むこと。

 家を半壊させた張本人とその連れである雷花と月島はお詫びとして、月からの刺客から龍吾を守ることになったこと。

 龍吾が仕事から帰ってくるまでの間に起きたことを大方話し終えたとき、龍吾は輝夜の方を見て安否を確認するように頭の先からつま先まで一瞥した。


「死にかけた……って……。今は、大丈夫なのか?」


「お陰様でね」


 小さく息を吐きながら、肩から重力が抜けたようにがくりと肩を落とした龍吾はしばらくの間右手をひたいに当ててうつむき、輝夜の方を向いた。


「そう、か。なら……良かったよ」


「……ねぇ、龍吾。その……昨日は貴方の気を悪くして悪かったわ。でも、一つだけ言わせて欲しいの」


「なんだ?」


「私は貴方と初めて出会ったとき、貴方を邪険に扱った。それは本当に申し訳なかったわ。だから私たちで出来る事があるなら、身を滅ぼす前に……言って欲しいの。あの時私が『助力する』と言ったのは嘘じゃないから……」


 龍吾は、親に叱られた子供が反省したような表情で輝夜が言った言葉に対し、より一層複雑な心境となってしまった。

 それは初めて出会ったときに、事情もロクに聞かずに突き放され、後に手のひらを返して助けに来たことによる、未だに輝夜に根深く残っている薄情さと身勝手さの憎悪。

 そして昨晩に、龍吾自身には非がないとは言えど、日本人の特有の気質で輝夜のイメージを根底から覆すほどの動揺を起こすほどに言い過ぎてしまったことへの後悔。

 授業中に起きた雷雨の中で、今は沈んだ面持ちの雷花と戦って一度死にかけたことを知り、その時に抱いた不安と心配が、もしかしたら現実となっていたかもしれないという恐怖。

 そんな三つの心境が渦巻き、もつれ合う中で龍吾は少しの間を空けて「分かった」と言った。

 しかし次の日も龍吾が帰って来るのは夜遅くだった。

 龍吾は「無理はしていない」と言いながら、次の日も帰って来るのは二十二時を過ぎた頃だった。

 次の日も、その次の日も。

月島 能力値 特 上 普 下 苦


腕力 下

走力 普

守備 普

察知力 下

持久力 上


能力名

初符 月光帯 特徴:帯に巻きついた者の魔力を奪う。吸収した魔力は自分の魔力へと変換されると同時に帯の強度も上げさせることが出来る。これにより攻撃や防御に回すことも可能。


弱点:力がある者なら人間の腕力でも引きちぎれる 人間には通用しない 魔力の無い状態だと帯の出せる範囲が狭まる事


終符 不明

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