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鉄石激突

「先生ーおはようございます!」


「先生ー! ━━組の━━が、ぼくをいじめるー!」


「先生、ここ分からないー」


「先生ー! 賞状! わたし賞状もらったー!」


 十人十色の生徒達が日々、喜怒哀楽を表す。その度に雷花は共に喜び、時に叱り、悲しみ、そして楽しんだ。

 それらの日々が彼女にとっては巨万の富や名声、神瞳(かみ)よりも価値がある代物だった。

 だがその生徒達に今、危機が迫っている。

 神無という邪悪の手が。



 雫の滴る草地が生い茂る公園の一角に、ぽっかりと草の下に隠れていた媚茶色の土が口を開け、周囲には雷が太い根を張っている様な跡が伸びていた。

 雨によって勢いこそ弱々しい物だが、周囲には火の手が上がっている。

 その中心に、雛月とオダマキが、うつむきながら立っていた。

 長い水色の髪が針のように鋭く周囲に展開し、身体が大きく痙攣を起こしている。

 所々から覗く柔肌には、真っ赤な電気の通った跡が無数に伸びていた。

 方やオダマキは歯を食いしばり、体制を維持しているが、雛月以上に肌の露出が多い彼女の身体には、倍の跡が生々しく刻まれていた。


「ゔんあぁ"あ"あぁあぁ"あ"ッ!!」


 雷花の怒りが混じった泣き声が、雛月へと向かう。

 その声に先に目を覚ましたのは、オダマキだった。

 カッと開かれた眼が、向かって来る雷花を見、本能のままに殴りつけようとする雷花の腕を掴んだ。

 すかさずもう片方の手で、オダマキを殴ろうとするが、それもオダマキは難なく捉える。

 そこに先程のお返しと言わんばかりに、雷花はオダマキの顔面目掛け、頭突きを食らわせた。

 頭突きを食らったオダマキの眼が、赤色に光り、怒りで剥き出しになった白い歯を食いしばりながら、雷花へと頭突きを仕返した。

 石頭と言うに相応しい、重い痛みが雷花の顔面に打つかり、涙が混じった鼻血が弧を描く。

 のけ反った雷花は、紺碧の眼を光らせると全ての声に濁音の付く叫び声を上げてオダマキを押し倒し、馬乗りの状態でオダマキを殴り始めた。

 泣きながら殴り続ける雷花に、負けじとオダマキも殴り返す。

 側から見れば子供と大人の大げんかだが、本人達は周囲の事なぞ一切気にせず、どちらかが倒れるまで殴り続けている。

 頬や鼻、口に目に額。

 殴れる所は容赦なく殴る。

 辺りに肉を叩く音と、時折果実を潰した音が、雨音をかき消すぐらいに鮮明に聞こえる。

 鼻血が散乱しようが、痣が出来ようが、二人は一向に手を緩めない。

「早く倒れろ」と言わんばかりに拳を上げた時、オダマキが雷花を蹴り上げ「きゃあ!」と声を出し仰向けに倒れた。

 そこに怒り狂ったオダマキが手にした土を雷花へ目がけ、思いきり投げつけた。

 濡れて固まった土とそこに根付いた草が顔を汚し、次にはオダマキの拳が雷花の左頬を園内に鳴り響くほど音高く殴った。

 口から血を吹き出しながら、拳の打たれた方へ顔を向く雷花の髪を、オダマキが掴むと、血と涙が混ざった雷花の拳が雄叫びと共に、オダマキの左頬を思い切り殴る。

 さすがのオダマキも、今まで食らったダメージが響いたか、オダマキと比べれば非力な雷花の拳でも、オダマキの足元はフラフラとなってしまった。

 一方で、雨に打たれてびしょ濡れとなっている輝夜の指が、ピクリと動いた。

 雨が少しづつ弱まっていく中で、顔中余すことなく痣やこぶ、切り傷に血だらけの二人は一歩も引かぬ目で互いを見つめていた。

 雷花の顔は血や切り傷、青いアザと土塗れで、今や眼鏡のレンズは粉々に砕け、フレームもグニャグニャになり、眼鏡『だった』と説明しなければ分からないほどにひしゃげた物を、鼻に乗せてオダマキを見、方やオダマキは雷花ほどでは無いが、鼻血と赤く腫れ上がった顔で、忌々しい相手を睨みつける。


「……ゔっ"……ゔぅっ! ……ど、どうしだぁ! 精靈"! ……ひっ"、ごんなものが?!」


 泣きながらも虚勢を張る雷花。

 怒りが殺意に切り替わり、拳に力が入るオダマキ。

 雨が次第に小雨へと変わり、見てるだけで心をざわつかせる黒色の雲は、霧が晴れる様に明るい灰色に変わり始めた。

 火花の弾ける音が雷花に鳴り始める。

 雷花の身体が再び雷になっていく。


(もうあんな奴と戦いたくない! 殴り合いであいつには勝てない。なら私の技で一瞬で終わらせてやる!)


 雷花の身体が真っ白へと変わり、オダマキは攻撃の瞬間を捉えようと、ハンマーを虚空から出現させて構えた。

 すると突然、雷花の身体が元に戻った。

 オダマキも雷花自身も、驚きで目を大きく見開いた。


「……えっ……? ……な、なんで……?」


 動揺する雷花を片目にオダマキは、もしやと思い輝夜の方へ顔を向けると、そこには完全に復活した輝夜が雷花を指差しながら立っていた。

 オダマキに遅れて、雷花も復活した輝夜を見て驚愕した。


「━━か……輝夜さん?! そんなまさか!? 貴女は確かに死んだはず!」


「そうよ。おかげで川を渡る舟に、乗るか乗らないかで悩んでたところだったわ。……私の判断が完全に間違ってた。貴女が現れた直後に、さっさと能力を封じとけば良かったわ。でもまぁ、おかげでいい勉強になったわ」


「死に損ないめ! ……いいですよ。まとめて相手をしてやります!」


「いいえ? 私はここで見ているわ」


「何? 怖気づきましたか!」


「そうじゃなくて、彼女がそれを許さないみたいよ?」


 輝夜はチョイチョイと人差し指を跳ねさせて、雷花の後ろを指す。

 雷花が見当のつかない顔でいると、背後から肩に手が強めに置かれグルリと回されると、オダマキの右拳が雷花の頬に飛んできた。

 頬と頬骨が悲鳴を上げ、雷花の顔を歪める。

 そのついでと言わんばかりに、もう片方の手で雷花を殴り、トドメに空を切り裂かんばかりのアッパーを食らわせた。

 途端、雷花の目から再び涙がこぼれながらも、ワナワナと震えながら額に青筋が浮き出て歯が砕けそうな程に食いしばりながらオダマキへ掴みかかった。


「こ……の……。この……クソ野郎が!」


 雷花は四肢を使って、あらん限りの攻撃をオダマキへとぶつけた。

 教師になって、否、恐らく彼女の人生で初めての、怒りが大爆発した。

 力まかせに、押しこむ様にオダマキへと攻撃するが、オダマキも当然やり返す。

 拳と蹴り。血と涙と雫が飛び交う一角。

 腹を殴られようが、顔を蹴られようが、一向に止まらない。

 その様子を、遠目で見ていた輝夜は感心しているが、横にいる白百合は度し難い目で見ていた。


「ちょっと貴女には理解できないかもしれないわね。……さて?」


 二人の乱闘中に輝夜は意識を未だに失っている雛月に歩み寄り、雛月の頬を叩いて起こさせた。


「ちょっとほら雛月、起きなさい。貴女の精靈が奮闘してるのにいつまで寝てる気?」


 輝夜の往復ビンタで目を覚ました雛月は、深い眠りから覚めた様に意識を取り戻した。


「……うー……ん? 輝夜様? あれ? 私は……」


「おはよう雛月。貴女の精靈でなんとか助かったけど、精靈が勝手に動いてるわよ」


 雛月が目を大きく開けてオダマキを見ると、復活した輝夜と雛月を無視して、雷花とオダマキが殴りあっていた。


「お、お……オダマキ! な、何やってるんですか! 戻りなさい!」


 だがやはりと言うべきか、オダマキは意識を取り戻した雛月の命令なぞ意に介さず雷花と戦っている。

 ボロボロになった身体で尚も戦う姿を見ている雛月は、何度も大声でオダマキを制止する様に命令をするが、言えば言うほど二人の動きが苛烈になっていく。


「あぁ……もうダメだ、あれは……」


「そういえば彼女、オダマキって言うの? 彼女あんなにやられてるのに、貴女の身には何も起きないわね」


「私との意識の連結を絶っているからです……。独断でやったのでしょうけど、なんで私を先に起こしてくれなかったんだろう……あ、そういえば彼女は元悪霊でしたね……」


 盛大なため息をついて、雛月は肩を落とした。

 その一方でオダマキと延々と殴り殴られ、蹴っては蹴られの勝負をしてる雷花の意識は、どんどん朦朧として来ていた。

 本能と根性だけで身体を動かす彼女にも、いよいよ限界が近づく。

 それを見切るようにオダマキの拳が、雷花の腹に重く突き刺さる。

 呼吸が整わずに、うずくまる雷花へ追い打ちの蹴り上げが直撃し、のけ反りながら二歩後退し倒れた。


「お終い、ね。」


 輝夜と雛月が見守る中、オダマキと雷花の戦いが終わった。

 オダマキの肩はせわしなく上下に動き、目の前に倒れた相手を静かな目でジッと見ていた。



 雷花の勤める学校の校庭に全生徒が集められていた。

 不安に怯える者、恐怖に泣く者。

 親の名を呼ぶ者。

 その生徒達の周りには鎧の兵士達。

 そして大剣を片手で担いで雷花の背後からやって来た神無が生徒達の前で止まり、雷花に無情な言葉を投げる。


「無様な姿だな雷花。お前も結局何の役にも立たなかった」


 生徒達がいよいよ恐怖にかられて助けを求めて泣きだした。


「先生! 先生助けて!」


 一人の生徒の声を皮切りに、周りの生徒も口々に雷花へと助けを求める。


「……やめろ……! やめろ! やめろッ!!」


「やめろ? お前は私との約束を違えた。本来ならお前の命で償う事だが、今回はそれは見逃してやる代わりに、それ以上の罰を与えよう」


 神無の大剣が生徒達に向けられ、切っ先から黒い光が放たれた。

 子供達とその悲鳴は光に飲まれ、やがて消えていき、生徒達の身体は炭となって崩れ落ちた。

 雷花の慟哭が、神無の笑い声をかき消すようにこだました。



 小雨が雷花の顔へ降り注ぐ。

 うっすらと眼を開けると、所々で青空が見えはじめている白い雲に覆われた空が彼女の眼に映り、ここが地球である事に気づくと、また涙がこぼれた。

 あれが夢で、そしてまだ彼女は地球にいる事を、その身で実感していた。

 恐ろしいほどリアルで、生々しく、悪夢なんて言葉が生ぬるく感じる程の夢。

 だが、彼女にとってあれは予知夢でもある。

 ここで負けを認めれば、あの夢は現実となり、そしてあの絶望をまた味わうのだ。

 その絶望を振り払う様に、彼女の頭部に付けられた碇の形をした飾りの中心が、くるくると回りはじめた。

オダマキ 能力値 特 上 普 下 苦


攻撃 特 (素手時は上)

走力 下

守備 上

察知力 上

持久力 普

知識 下

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