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雷の教師

※グロテスクな表現がありますので苦手な方はご注意下さい。

 通勤通学の足として使われる、一寸と隙間の無い窮屈ないつもの電車の中で、龍吾は輝夜に言った言葉に気を咎めていた。その後の沈んだ面持ちもまた、思い出すだけで龍吾の心中を締め付ける。


(ちょっと言い過ぎたかな……。輝夜があんな落ち込むとは予想外過ぎた。でもあれ以上突っ込まれるのも嫌だったからな。帰ったらどう対応すりゃ良いか……)


 輝夜が初めて刺客と戦った時に、彼女の過去に触れた時の本人の反応もそうだが、雛月も断言する位、輝夜の過去は思い出したく無い物なんだろう。


 (あれをダシに使ったのは……ちょっと酷かったか)


 龍吾の胸中に罪悪感がふつふつと湧く。

 サウナのような蒸し暑い車内で、龍吾はドアの上に表示された、車内映像を見た。今日の天気は、曇りのち雨。ところによっては、激しい雷雨となる事を、映像内のキャラクターが無音で予報をしていた。


(傘持って来てねえよ。学校出る時には止んでくれないかな)


 ほど無くして駅に着き、龍吾が混じった大量の人が車内から溢れるようにホームへと出て行った。



「あぁ、これは雨が降りますね」


 空気の湿った匂いと、白、黒、灰色が入り混じった清濁つかない雲を、窓際に腰掛けて眺めている雛月が言う。

「そうね」と何も映っていないテレビを、正座して頬杖をつきながら見てる輝夜は、遠く関係ない所を言う様な感情の籠もらない声で返す。

 夏の朝だと言うのに曇天のせいで部屋は薄暗く、それが加わって輝夜の顔は『落胆』と言う言葉がピタりと当てはまるくらいに真っ暗だ。

 それを振り向きながら見ていた雛月は、おもむろに立ち上がり輝夜の隣に座った。時期は夏ではあるが、春の陽差しめいた柔らかな顔で輝夜を励ました。


「輝夜様、きっと龍吾様の事です。帰って来たらまた一昨日までのように振舞ってくれますよ」


「じゃあ明日は、またこの気分を味わうのね」


「……そんな事ございません! だって……龍吾様だって、輝夜様の過去に安易に触れたらどうなるかぐらいは、ご理解しています。それが……たまたまお互い、過去について触れてしまったが故に口にしただけで、悪意なんて彼にはありませんよ」


「そうかしら」と溜息混じりに憂鬱な表情を何も映っていないテレビへと目線を向ける。

 憂鬱な表情の輝夜が画面に反射して輝夜の目に映る。

 すると一瞬の閃光が暗い室内をはっきり照らし、間髪入れず大きな雷鳴が轟く。

 外の風が先より少し強くなったかと思うと、砂つぶを流す音を立てて雨が降り始めた。

 外は雨で灰白色一色となり、窓に一円玉ほどの大きさの雨粒がブツブツと打つかっている。開いていた窓際の木枠があっという間に濡れ、雛月は慌てて窓を閉めた。

 その直後、またしても雷光と同時に雷鳴がした。


「これは近いですね」


 雛月が身を竦ませていると、間髪入れずにまた雷光と雷鼓が轟いた。

 だが妙にその間隔が短い。まるで銃を連続で発砲してるかのように絶えず雷が光り、鳴り続ける。

 ━━何かおかしい。

 いくら自然の現象と言えど、こんな絶え間なく鳴り続けるのは、そうそうあることではない。

 雛月が不審に思い、窓越しから外を見ようとした瞬間、輝夜の正面が爆音と共に爆ぜた。

 離れていたとは言えど、不意の衝撃波に雛月は細い悲鳴を上げて、その場で倒れ込んでしまう。

 一方で真正面にいた輝夜は、身にまとっている漆黒のドレスが輝夜を包み、事なきを得た。

 貝が口を開けるようにドレスが元に戻っていくと、「何だ一体」と言いたげな表情をしながら一切微動だにせず、その場に座っていた。

 目の前には家屋の半分が壊滅し、皿みたいに薄くへこんだ大地の真ん中で、雨霧に包まれた人影がポツンと立っていた。

 人影の周りでは稲光が走り、破裂音が不規則に鳴っている。

 やがてその人影の姿形が大雨の中にも関わらず鮮明となって現れた。

 限りなく白に近い黄色に輝く頭の両端に錨のような飾りを乗せ、紅く丈の短い衣服の上には白衣を着ており、スラっと伸びた脚は白スミレ色のタイツを着けてすらりと立っていた。

 縁の無い眼鏡越しに映る相手は輝夜ただ一人だけ。

 倒れていた雛月が爆発源へと目を向けると、家が半壊した事と新手の刺客が現れた事の二つの出来事に驚いていた。

 だがなおも輝夜は余裕を見せるようにゆっくりと立ち上がる。


「どこの誰かしら? 神無の手下? それとも別の手下?」


「……どちら、と問われれば神無の方です。そして、初めまして輝夜さん。雷花です。貴女の噂は(かね)てから知っていましたが、本人を目の前にするのは初めてです」


「礼節の正しい手下ね。手下十人十色と言えど、貴女のような手下は嫌いじゃないわ」


 輝夜の元へと歩み寄っていた雷花の眉がヒクと動くと、その場で止まった。

 踏まれた小さな水溜りが跳ね上がり、やがて他の雨粒と混じりながら元の場所へと戻る。雷花の周囲に鳴る破裂音が大きくなり、やがて鼓膜を震わせる重い電気の音へと変わった。


「……私を……あんな奴と同類のように語るな!」


 雷花の感情に呼応するように、身体から雷が足元に一筋放たれ、五円玉ほどの穴をぽっかりと開けた。

 それを見た輝夜は、諭すような眼で雷花を見始めた。


「……貴女、本心はこんな事したく無いのでしょう。なら止めときなさい。神無の傀儡となった所で、馬鹿を見るだけよ」


「知った風な口を聞くな! 今更おめおめと引き返せるほど、簡単な話じゃない!」


 雷花の語気が荒くなると、張り詰めた空気は、戦闘のそれへと姿を変えた。同時に雷花の掲げた右手が、雷の走る音と共に、身の丈二つほどの太さの雷を纏った。


「一瞬で終わらせる!」


 輝夜が雷花へと指先を動かそうとした瞬間、輝夜の目の前にはすでに雷花がいた。

 驚く暇も、対応する間も無く、掲げられた雷の右手が輝夜を思いっきり殴りつける。

 弾丸のように吹っ飛ばされた輝夜は、龍吾の部屋から猛烈な勢いで家を突き破り、正面にある駐車場に駐車してあるトラックにぶつかった。

 それでも勢いは衰えず、トラックごと柵を突き破り、柵越しに隣接した駐車場に停めてある、二台の車にぶつかった。

 トラックと二台の車が宙に浮き、ひっくり返る。

 鉄が落ちる音、ガラスの割れる音が混じって鳴る中、輝夜は五回ほど転がってようやく止まった。

 一方雛月は、輝夜が吹っ飛ばされた所で、何が起きたと言わんばかりに立ち尽くしていた。

 輝夜と雷花には、おおよそ五〜六メートルほどの距離があった。にも関わらず、瞬きもしていないのに、雷花は輝夜の目の前に移動した。そして今、輝夜を吹っ飛ばした雷花は忽然(こつぜん)と消えた。

 半壊し、大雨に打たれながらも所々で炎のくすぶる家から出るが、雨脚の強さで精々見える距離は三メートルほど。

 路面がくるぶしより下まで水が浸かっている中で、雛月は一秒も経たずにずぶ濡れとなりながらも、輝夜の元へと駆け寄る。

 かたや、ずぶ濡れの地面に倒れ込んだ輝夜は、覚束ない足でゆっくりと立ち上がり、忌々しげに血痰を吐き捨てた。

 視界に映る景色は豪雨で霞みがかっている。当然周囲を見渡しても、雷花はいない。

 見えないが雷花の気配を掴もうと、輝夜は全神経を集中させ、周囲を探すがその気配はあっさりと判明した。


 背後だった


 たった今まで感じなかった気配の主が、いつの間にか背後にいた。

 輝夜が振り向こうとした途端、後ろ首を掴まれ、そこを起点に全身に衝撃が走った。濡れた身体が感電を加速させ、輝夜は抵抗はおろか指先一つ動かす事も出来なかった。

 意識はあるのに身体は全く言う事を聞かず、力無く膝が崩れた。すると背後にいたはずの雷花が、目の前に一瞬で現れ、輝夜の胸倉を掴んだ。

 途端、輝夜の身体が重力を無視した速さで宙へと浮かぶ。

 顔を歪ませるほどの空気圧が輝夜を襲う。

 意識が途切れさせる暇も無く、輝夜の目が次第に赤くなる。

 同時に体の中に収めてある臓物が、徐々に上体へ昇ってきて、雷雨の雲のように輝夜の顔が、真っ白になっていく。先に真っ赤に染まった眼球が、水風船が破れる様にパシャリと破裂した。

 その直後、輝夜の口から臓物が出口を求めて、盛大に吐き出された。雷光が周囲で光り、雷鳴轟く雲の中に現れ、雷花がピタリと止まる。

 輝夜を掴む雷花の全身は、電気で出来た身体とも言える白い影となっていた。


(私の背中には子供達の命と、未来が掛かっている! それを守る為なら私は、規律も道徳も何もかも捨ててやる!)


 雷花のいる周りの雲から、雷光が激しく点滅し、やがて灰と黒の色だった雲は白一色へと染まった。



 一方、そんな苛烈な戦いが起こっているとはつゆ知らず、学校で授業を受けている龍吾は窓の外へと目を向けていた。

 龍吾の席は窓際で前から三列目で、外の雷雲はハッキリと見えている。

 他の生徒が教科書の文を読んでる最中、電気をつけている教室内が一秒という限りなく短い時間、真っ白になった。

 驚きの声と悲鳴が室内に上がる。その直後に爆発とも思える雷鳴が、室内に上がっていた声を掻き消すように鳴り響いた。


「うっわヤバいヤバいヤバい!」


「落ちた? 落ちた?!」


「うわっ怖えー!」


 ある者は半泣きし、ある者は興奮し、ある者は授業を放っぽり出し、スマートフォンを片手に窓際へと向かった。


「おーいおい、お前らー席に戻れー」


 白髪交じりの教師が手を叩きながら生徒を戻そうとすると、氷を削るような音が鳴ったその直後。一筋の光が地平線の彼方に落ち、音だけで学校が瓦解するくらいの爆音が、教室内に炸裂した。皆一様に耳を塞いでいたが、塞いだのは音が鳴った後。故に生徒も教師も全て耳鳴りを起こしていた。

 雷鳴が次第に小さくなっていき、室内に静寂が戻ってくる。静まり返った教室を元に戻したのは携帯から発せられた警戒情報受信の音だ。

 我に帰った生徒達が携帯に目を配るとそれを合図に緊張した空気が緩み、室内が生徒達の話し声で満たされた。


「いやー……今のは凄かったな。……でー、えっと。世田谷区の方で激しい雷雨と、落雷警報が出ているが、誰か世田谷に住んでるヤツはいないか?」


 教室内の生徒は龍吾を除いて誰も手を挙げず、手を挙げた龍吾も他にいないのかと周りを見渡すが、挙げているのは一人だけ。


「雪下だけか。まぁ時間も時間だし、帰る頃には止んでるとは思うが、帰る時には気をつけろよ?」


 龍吾が小さく頷くと、教師は「それじゃあ、さっきの所から読み直してくれ」と言いながら授業を再開した。

 窓の外は相変わらず豪雨で一向に止む気配が無い。

 窓に映る外の光景と、自分の顔を交互に見合わせながら、龍吾の心中は、ひどく重い不安に浸っていく。


(さっきの雷は世田谷に落ちたのか? 輝夜と雛月は大丈夫……だよな?)


 龍吾の脳裏と胸中に、不安の影がチラチラと顔を覗かせる。学校に行く間際に見せた、輝夜の寂しげな顔が、鮮明に浮かび上がる。

 そんなはずは無いと、自らに言い聞かせるも、言い聞かせれば言い聞かせるほど、不安の影は大きくなる。

 すると龍吾のシャープペンシルを持った右手が、勝手に動き出した。龍吾の筆跡とは明らかに別の字が、ノートに書かれていき、やがて『大丈夫』の三文字が書かれた。それは内に居るスミレが、龍吾の意思を察して書いてくれた一言だった。


(スミレ……お前)


 不安の影を消し去るような光が、龍吾の心に優しく射し込む。

 龍吾は目に光を取り戻し、雷雨の外から目を離し授業に集中し始めた。



 豪雨が降りしきる中で、細い灰色の煙が上がっていた。

 そこには真黒のドレスと、見分けが付かないほどに焦げ付いた身体の輝夜が、倒れている。頭からは多量の血と脳漿が散乱し、口からは腸とも胃とも区別出来ない、焦げた臓物が腹まで吐き出され、眼は空洞と化していた、

 その傍で黄金色に輝く髪を携え、雷を纏った白衣の教師が立っている。

 天を仰ぎ雷鳴に混じって、彼女は勝鬨(かちどき)を上げた。その様子を見ていた雛月が、顔を蒼褪めさせながら震え、叫んだ。


「輝夜様!」

雷花 能力値 特 上 普 下 苦

()内は帯電時の状態とする


腕力 苦(特)

走力 苦(特)

守備 下(上)

察知力 普

持久力 下

知識 上


初符 雷虎 


特徴:雷や電気を操れる。電気と同化したり蓄電・帯電や光の速さで移動が可能。

弱点:電気・雷の放出量は調整が困難。

帯電していないと本人の素の能力値となるので一気に形成が逆転する。 

本人が気づいていないと身体は電気化してても触れる。(但し対策を取っていないと感電する)


終符 雷極

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