胡乱
スミレ 能力値 特 上 普 下 苦
攻撃 普
走力 上
守備 普
察知力 上
持久力 特
知識 普
時計の針が昼休みの時間を示し、学校内は昼休みの時間に入ったものの、龍吾は職員室で黒縁の眼鏡をかけ、ハの字に曲がった眉を持つ中年の教師『橋下』と面を合わせて話していた。
当の龍吾は一刻も早く終わって欲しいと言いたげに、表情は忌々しげだ。
「━━なんで、分かってるのか? 高校は原則バイトは禁止なんだ。だと言うのにお前は毎日学校が終わったらすぐバイトに向かっている。成績だって、ほとんど平均点ギリギリばっかりじゃないか。バイトする暇があるなら勉強しろ。お前はまだ学生なんだぞ? それとも何か? 毎日バイトに行かなきゃならない理由でもあるのか?」
龍吾は答えない。否、答えられない。祖父から負わせられた借金を返済していることを明かそうものなら、目の前にいる橋下は容赦なく学校内に言いふらすということを、彼は学生生活で学んでいるからだ。
彼は贔屓にする学生にはとことん甘いが、一度下に見た学生には徹底的にいびる教師として悪名を轟かせている。そのくせ下手に抵抗しようものならヒステリックに喚き散らし、前後の繋がりがまるでない支離滅裂な言い分で言いくるめるものだから、校内で彼に歯向かうものはいない。
「あのな、答えないのはよくないぞお? 言わないなら親御さんにでも連絡して今のお前の━━」
(いつもの事だけどやっぱ駄目だわコイツ。自分の目先のことしか考えちゃいない。生徒の事情なんかクソ食らえってヤツか)
他人に言えない事情があるからこそ、龍吾はバイト生活を余儀なくさせられている。もし今ある借金が無かったら、彼だって他の人と同じ学生生活を謳歌していたはずだった。そんなことをお構いなしに愚痴を零す橋下は、龍吾に容赦なく見下した発言の数々を言ってくる。
そうしていると昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、橋下は鼻で笑いながら龍吾を残して職員室を後にした。
それに続いて龍吾も職員室を出たが、廊下では橋下に寄る生徒達に和かに対応していた。
(グレートティーチャーなんか、しょせん寓話だって、良く分かるな)
※
朝食兼昼食を食べ終えた冥と風華は、ようやく空いた電車に揺られながら奥多摩を目指していた。
窓の外はトンネルの中とあって、所々の電灯が照らす白色と灰色以外何も見えない。
「音がうるさーい。周り真っ暗ー。喉渇いたー。風華お茶ー」
「これで八杯目ですよ。無理してカレーを食べるからですよ」
「だって美味しかったんだもん。それよりお茶、お茶ー! もー早くしてよー」
風華は周りの目も気にせず、いい歳こいて駄々っ子のように振る舞う冥に、気だるそうに袋に詰まったお茶を差し出す。冥は蓋を開けて人目も気にせずガバガバと飲み始め、風華はそんな主の姿に辟易していた。
電車を降りては乗り換え、降りては乗り換え。目的地に向かう中、次第に都会の建物が窓外から少なくなっていき、都会ではあまり見られなかった緑が駅を跨ぐたびに多くなっていく。同じ東京とは思えぬ光景に、これまた別世界に紛れ込んだのかと、二人は窓外を呆然としながら見ていた。
そうして電車は終点の駅へと辿り着き、全車両の扉が一斉に開かれた。
冥と風華はホームから広がる光景に感嘆の息を漏らした。都会に満ちていた雑音は皆無に等しく、陽に照らされ青々とした緑が奥多摩の町と調和して二人の心に爽やかな風を届けていく。
二人は龍吾が奥多摩に向かうまでの間、飽きることなく奥多摩の緑を満喫していた。
※
六限目の終了を告げるチャイムが鳴り、終礼が終わると生徒達は部活の準備や帰宅する準備に取り掛かっていた。
龍吾も教室を後にして早歩きで廊下を歩いていると、背後から廊下に響く程の怒声が轟く。
「おい! 廊下を走るな!」
声の主だけで誰かは想像が付く。龍吾が振り向くと案の定というべきか橋下が龍吾を睨みつけていた。
周りにいる生徒は触らぬ神に、と言わんばかりに立ち去って行く。しかし龍吾はそもそもの話、走ってすらいない。だが橋下は周りの生徒にこれ見よがしに怒鳴りつけた。「走っていないんだけど」と表情に表すが、橋下はその表情を見るや否や激昂して龍吾に近づく。
「お前な、廊下を走るなと言ったのになんだその表情は!」
「……別の人かと思ったので」
「何ふざけたことを言っているんだ! 先生の言葉を何だと思ってる!」
目の前で勝手に発狂して喚き散らしている教師に、龍吾は只々うんざりするだけだった。
この教師の悪いところは、目を付けた生徒の弱みを握っては、さも自分が正しいことをしていると周りに見せつけるように声高に怒鳴りつけるところだ。先の龍吾の冤罪も然り。加えて、日常におけるストレスや気に沿わないことを生徒にぶつける。それが橋下なのだ。
右から左へと耳障りな怒声を流していると、不意に龍吾の背後から敵意を含んでいるような鋭い気配が通り過ぎた。
それは橋下も感じ取ったようで、絶えず支離滅裂な内容の怒声を上げていた口は突如止まりバツの悪そうな顔つきでブツブツと言葉を呟きながらその場を離れていく。
橋下を見送った龍吾は、まさかと思いつつ学校を後にする。
仕事先に向かう電車の中、先の橋下の件が釣針のように引っ掛かって離れなかった龍吾は、周りに人がいない事を確認しつつ自分の胸に手を当てる。
(スミレ? お前なのか? さっきのはお前がやったのか?)
問い掛けると誰もいない隣の席にスミレがひょっこりと出て来た。
綺麗に言えば凜として、本音を言えば無表情なスミレだが、橋下に出した龍吾本人ですら身震いを起こすような険しい表情は感じられない。
「そうか、やっぱりスミレだったか。……なんて言うか、その。ありがとうな」
小声ながら感謝を言われたスミレは「そんなことか」と言いたげに特段表情を崩すことなく、軽い会釈だけ済ませると龍吾の身体へと引っ込んで消えた。
やがて奥多摩に着くと見飽きるくらいに見て、乗った迎えのワゴン車に揺られて仕事先に向かう。
二階建構造のプレハブ小屋で出来た事務所に着き、いつものように勤怠カードを切って、細長いロッカーが並ぶ着替室で自分のロッカーを開け作業着に着替える。
時間がくれば主任から今日の仕事内容を各班に伝えられ、作業内容が伝え終わると皆各々の作業場所へと向かう。
龍吾の作業場はいつもと全く変わらない作業場所。黙々と指定箇所の木を切っては、指定された長さの丸太へと切って行く。
夏の陽が地平線の彼方に沈んで、辺りに夜の帳が下がり、まもなく作業終了の時間が迫って一日が終わると一息を吐いていたときだった。
不意に龍吾はその場に現れたスミレに胸ぐらを掴まれると、勢いよく引っ張られ前のめりに倒れた。と、同時に周りの木々が薙ぎ払われ、緑がざわめきながら倒れて行く。
突然の出来事に、龍吾は倒れたまま眼前の木々が倒れて行く光景を見ていた。そしてその次には聞き覚えのある声が龍吾の耳に届く。
「外したか。運の良い奴ね」
周りを見渡しながら振り返ると、そこには冥と風華が夜の帳に染まった森の中に悠然と立っていた。
「……お、お前ら、あのときの」
「また会ったわね人間。以前はしくじったけど、今回はそうはいかないわ」
「今日は貴方一人! 輝夜さんも従者さんもいません! 観念なさい!」
得意気に龍吾を指差す風華の言葉を皮切りに、冥は龍吾のいる周囲から起き上がるように黒い手を生えさせ、龍吾の退路を完全に塞ぐ。
以前見たときの比ではない能力の規模に、龍吾は周囲を呆然として見ていた。
「夜の世界で私から逃げることは不可能よ、人間」
「冥様の能力は、暗部があれば無尽蔵に能力を具現化させ、攻撃出来ます。そして今は夜! 何が言いたいか分かりますよね?」
引っ掻くような形をした手はいつでも龍吾を攻撃出来る態勢を取っていた。
いくらスミレがいると言っても、流石にこの量は無理がある。しかも闇があれば、仮に一つ倒しても無限に湧くと言う。
すなわち今の冥は、輝夜と戦った時以上に厄介な相手という事だ。
しかしそれに気づいた龍吾は緊張した表情から疑問の表情へと変わり、冥達を見た。
「さぁ! お覚悟です!」
「ちょっと待て」
「命乞いをするには遅いぞ!」
「そうじゃない。お前の能力は暗部……つまり暗闇があればどこからでも、いくらでもこの手を作れるって事だよな?」
「それが何だ」
「ならどうしてこの前は早朝に俺達に挑んだんだ? 今ぐらいの時間帯に襲えばあの森に行かずとも輝夜を追い詰められたはずだろ?」
途端冥と風華は気抜けした表情に変わり、周囲の手も沈むように小さくなって行く。
(……流石にそこまでバカな奴らではないだろう……)
「……違う! あれは輝夜の力量を見抜くためにわざと早朝に仕掛けたんだ!」
「そうですよ! 決して我々が無計画に突っ込んだ訳ではありませんよ!?」
憶測を立てる龍吾の心中を察してか否か、ハッと我に帰った冥と風華は龍吾に弁明をし始める。
だがその慌てふためきようと少ない時間で必死に考えたであろう弁明は、どう考えても以前の戦いはそこまで計画を立てていなかったことを露呈しているようなものだった。
「な、何だその哀れむような目は! 私達をバカにしてるのか!?」
「人間なのにここまで私たちを惑わすとは! やはりあの輝夜さんといるだけありますね!」
最早呆れ果てて逆に同情するほどの頭の弱さに、いつの間にか龍吾の表情には余裕さえ感じられる機械的な笑みを浮かべていた。
「く、くそッ! もう良い! せめてお前だけでも討つ! それでもう終いよ!」
「なぁ、ついでにもう一つ聞きたいんだけどよ」
「なんでそんな余裕なのよ! ここは緊張する場面でしょう!」
「それは話が終わってからでも出来るだろ。それより先ずは話を聞いてくれよ」
「……なんだ」
戦闘態勢をとっているのにちゃんと耳を貸すあたり、二人は良心的な存在なのでは。と心中に一縷の考えを浮かべ、友に話しかけるように龍吾は冥達に問い掛る。
「お前らは輝夜たちだけじゃなくて、俺も対象だと言ったよな?」
「分からない奴ね。そうじゃなきゃお前なんぞ眼中にないわ」
「それは神無ってヤツの命令で言われたんだろう? そこで聞きたいんだが、何で神無は俺を狙うようになったのか教えてくれよ」
その言葉を聞いて冥と風華は、雷を打たれたように顔色を変えた。
「何? 今お前なんて言った?」
「何で神無が俺を狙うようになったんだ? って」
「それじゃありません! その前の言葉です!」
「……神無から命令されたのか? ってのと、お前らは神無の刺客なんだろ? 月界では神無が国民の否応なく強制的に徴兵をしているって聞いたが」
それを聞くや否や、冥は風華に顔を向けるが、風華も困惑した表情で首を横に振っている。
側から見ても、明らかに先ほどのふざけた雰囲気とは異なる物を龍吾は感じ、冥達に声をかけようと口を開けた途端、冥は龍吾の方へ血相を変えて振り向いた。
「人間、今日のところは見逃しておいてやる。だが、今日のところは。だぞ!」
捨て台詞とも、何かを思い出したかのようにも捉えられる口調で、冥と風華は闇に包まれ龍吾の眼前から消えた。
山中に一人残された龍吾は「何だったんだ?」と呟きながら仕事場へと戻って行った。
※
奥多摩の工業工場が正面に見える山林の中腹に、緑と調和した工場の廃墟がある。その吹き抜けた一角に冥と風華が闇から姿を現わした。
冥達の眼下には工場の光が、夜の奥多摩で燦然と輝いている。
その光景を前に、冥は胸ポケットからコンパスほどの大きさの機械を取り出すと上半分を左に回した。
機械は冥の手から離れて宙に浮くと、内部の細かな機材が規則正しく定位置を動き回り、やがて『音声通話』と表示された画面が表示され、画面に向かって冥は話し始めた。
「本部、応答せよ。本部応答せよ。こちらは冥。本部応答せよ」
冥の応答に画面から中年より前ほどと思われる、かつての男性ではない別の男性の声が冥に応えた。
『こちらは本部。用件は?』
「今回の任務について確認だが。今回の任務は月宮解放軍のみのことだけでは無かったのか?』
『その通りだ。我々だけの任務だ』
「聞きたいのだが、先ほど対象の人間から『神無』の名前が出た。曰く、私たちが神無の元から派遣された刺客だと。しかしおかしい。月界で正式に動いているのは私たち解放軍のみだ。なのに神無は月界の方で徴兵をしているとのことだ。何故我々だけの任務に、神無が関わっているのだ? 少なくとも私たちはここに来るまでにそんな話は一度と聞いていない」
『……我々もその報告は初めて聞いた。知る由もない月界事情を人間が知っているとなるなら、輝夜か従者のどちらかが漏らしたのだろう』
「初めて聞いた」と言う割にはその口調や声色から、目が飛び出るほど驚いたとは誰も思えない。淡々とした回答ぶりには、頭の回りがさほど良くない冥ですら本部が何かしら隠しているのを見抜くのは容易かった。
「本部、一体そちらは何を隠している? 本部が我々軍員との間に胡乱の情報が生じては、作戦が上手く行く事は困難となる。真相は━━」
『言ったはずだ。我々もその事は初めて聞いたと。……それより捕捉対象の人間は確保ないし始末したのか』
「していない。何せ我々にとって予想外の展開が起きているものだから、確認の方が最優先と考えた次第だ」
『それは言い訳にすぎん。対象を確保して、その後聞いて我々に確認することだって出来ただろう』
「それは……確かにそうだが」
『もう良い。どちらにせよ対象はいないことに変わりはない。今回は目をつむるが次はない。そう肝に命じておけ。お前たちは先の一件で信用は落ちている。以上だ』
『音声通話』の画面が消え、本部との会話は終わった。
最初から最後まで動揺している口調ではなく、会話の節々で何かを隠していることは冥と風華は感じ取れていた。
そもそも今回の任務自体彼女たちに与えられたのは「輝夜と、輝夜と同棲している人間を確保ないし撃退せよ」と言われただけで、具体的理由や内容は一切語られなかった任務だった。
しかし今朝方風華が察した通り、組織の人間であっても深入りすることは出来ず、追求した所で本部から来るのは恐らく理詰めされた建前で、真の事情が一般の軍員に語られることはない。
納得も出来ず、本部への疑心に駆られようとも冥と風華に出来る事は任務の遂行しかない。冥はその無力さを歯噛みしながら。風華は冥の姿に憂苦しながら、廃墟の中でたたずんでいた。
作中のアリババ店は実在するお店です。自分はチーズとほうれん草カレー、ラムカレーを頼みましたが、どれもナンやご飯との相性が良く、食が進みます。カレー好きの方におすすめですよ!
*アリババ用賀店は、2017年2月10日17:28分にご許可をもらいました。ありがとうございます。
御住所
アリババ用賀店 東京都世田谷区用賀4丁目2-2




