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悪鬼の落とし子

 鴉から見様見真似で覚え、自分なりのやり方を混ぜた拳法を流れるように輝夜へとぶつけるが、輝夜の身にまとったドレスが盾のように変態して攻撃を全て防ぐ。

 単が攻撃をしている最中、割り込むように輝夜の蹴りが単の腹部を刺す。

 味わったことのない重く鋭い蹴り。ボールのように吹っ飛んだ単の臓物が押し上げられて、腹の底から口へと鉄味が一気に逆流してくる。

 這いずり呻きながらも前を見る単の目に、輝夜が平然と単の元に歩いて来る光景を見た。

 単が立ち上がって構えを取ろうとした瞬間、輝夜が突然目の前に現れ、不意を突かれた単は防御を忘れて輝夜の手刀を左肩に食らう。手刀が直撃した左肩は、左肺に届く一歩前までへこんだ。

 形容すら出来ない激痛の最中、今一度目の前に対峙する存在の強さと、自身の力の差に単は恐れを抱いた。


(……こ、こんなムチャクチャな力、能力じゃないならどうやって……出てるんだ?)


 単の体は見る見るうちに、血や痣だらけとなり、左肩に至っては大きくへこんでいる。

 構えを取ろうにも、へこんだ肩からの激痛が単を襲ってまともに構えられない。そうしてまた輝夜の拳がやって来る。

 単は右腕と右足を、盾のようにして攻撃を耐えようとしたが、それが裏目に出てしまう。

 彼女は防御なぞ、お構いなしにと攻撃をするが、その実、彼女が狙っていたのはその防御だった。

 攻撃を受け止めるはずの箇所へ輝夜の人外なる力が直撃する度に、受け止めた手足が絶叫する。防御が防御の意味を成さず、声にならない悲鳴が口から漏れ出していく。

 必死に叫びを堪える単に、追い打ちと言わんばかりに猛攻が襲いかかる。

 失神してしまいそうな痛みが来ても追撃で目を覚まし、また失神しそうな痛みが来てもその後の追撃で目を覚ます。繰り返される生き地獄。単はもう攻撃すらできず暴風雨に晒される像の如く、攻撃を食らうしか出来なかった。

 単が一方的な猛攻撃を受けている最中、吹っ飛ばされた鴉は這うように外へと出ていくと、輝夜に単身で立ち向かい、そして無残なまでに攻撃を受けている単を目撃した。


(……単……逃げなかったのか)


 

 やっとの思いで立ち上がる鴉の足は未だに足が笑っている。

 鴉は虚ろな視線で単と輝夜を見る。そこで彼の脳裏にある景色が重なる。

 燃え盛る収監所。

 絶え間なく響く怒号と悲鳴、絶叫、爆発音。

 かつての仲間がかつての仲間の裏切りによって処分されていく。そして彼自身にも、かつて使えた組織の者たちに打ちのめされる忌々しき光景。

(……俺の大切な相棒が、やられそうになっている。俺は何をしている?)


 単の眼は白目を剥いている。だがそれでも輝夜は攻撃を止めない。


(このまま逃げるか。どこかで隠れて、この嵐が過ぎ去るのを祈るか。それともいっそここで「参った」と命乞いをするか? ━━冗談じゃない!)


 鴉は笑う足を無理やり止めて立ち上がる。朦朧としていた意識は覚醒し、虚ろだった瞳には霞を払う光を帯び、血のように赤い目が煌々と輝く。


(そんな畜生の糞にも劣る生き方なんて、俺は絶対受け入れん! ここで立ち向かわずに、いつ立ち向かう! 俺の人生に、あんな汚点はもう二度と付けるものか!)


 鴉は止めを刺そうとする輝夜に駆け寄り、気づいた龍吾が輝夜へと叫ぶ。


「か、輝夜、後ろだ! さっきのヤツが!」


 断片的な言葉だが、それでも輝夜はその意味を理解した。そして振り向いた時には、鴉が拳で今まさに輝夜を殴りつけようとする瞬間だった。

 輝夜は別段動じることもなく、いたずらな笑みを浮かべて単を前に出す。

 すると鴉は殴りつけようと伸ばした右手で単を掴むと、左手に赤い小さな波動を生み出し輝夜へと叩きつけようとする。

 しかし輝夜は涼しい顔をして身体を後退させて避ける。と、同時に掴んでいた単を手放した。

 後退した輝夜と距離を置いた鴉と単。鴉は輝夜を見つつ、単を揺らして起こそうとしている。


「起きろ! 単!」


 鴉の声が届いたのか、単は虫の息と虚ろな視線で抱える鴉を見た。


「……からす?」


「よく頑張った、単」


「……やっ……と……分かったんだ。鴉……の、言葉……。言葉じゃ……なくて、心で!」


 鴉は懐から赤紫色の液体が入った試験管を取り出し、単の体に打ち込んだ。それを見た輝夜は怪訝に鴉へと言う。


「……覚醒即興(かくせいそっきょう)治療剤(ちりょうざい)? 酷いことをするわね貴方。虫の息だった子をまだ酷使させる気?」


 液体が全て単の体内に注入されると、鴉は試験管を半分に割って手に握り締めた。


「殺せる技は何も一つだけじゃないんだぜ。……終符(ついふ)怨爆除鬼おはじき


輝夜は鴉の能力を知らない。まさか握ったものが影響する能力の持ち主であるとは夢にも思わなかったが、見守っていた龍吾が鴉の能力を暴かせて、輝夜は今まさに開こうとしている手に警戒をする。

 鴉が手を開くと、半分に割れた試験管がまたしても山のようにあふれて━━来ない。

 握り締めた試験管は何の変化もなく、ただ鴉の掌で転がっているだけ。

 鴉はそれを親指に乗せて、それを弾いた。

 何の変わり映えもない、ただの割れた試験管。

 それが弧を描き、回転しながら輝夜に迫る。

 輝夜は彼が何の意味を込めて弾いたのか、全く訳が解らなかった。

 挑発。意識を向けさせること。虚仮威し。降参。様々な思考を巡らせながら割れた試験管を凝視していて、輝夜の目前に迫ったその時。

 何の前触れもなく、輝夜の目前にあった割れた試験管が大爆発を起こした。

 それは試験管の耐久が限界を超えて割れるものではなく、本物の爆弾が爆発したような大爆発だった。

 夕方の通りに轟く爆発音。

 防御が間に合わず、直に食らった為に爆炎の中から輝夜は倒れて出てきた。


「ば、爆発!?」


 見ていた龍吾と雛月も全く理解が回らず、雛月と共に輝夜の元に向かおうとする。しかし意識の戻った輝夜はその場で踏みとどまって、左手で止めるように二人に掌を出す。


「……そこを動かないで。動いたら貴方たちも巻き込まれるわ」


 爆発を目の前で食らったにも関わらず、輝夜はまだ生きている。

 それは彼らには予想済みだった。治療剤を打たれた単は、おぼつかない足取りながらも再び立ち上がって輝夜を見る。


「……やはりお前なら、爆発ていどじゃ簡単に倒れるとは思わないと分かってたよ。だからこそ僕も全力でお前を倒す! 終符(ついふ)! 蛇皇眼だおうがん!」


 単の瑠璃色の目が黄金色に変色し輝夜を見たとたん、輝夜は動きを止めた。否、動かなくなった。手脚はもちろん、指一本動かすことさえしない。動作というものを一切しなくなった。

 そこへ鴉はもう一つの割れた試験管を握りしめる。手を前方に放つように開くと、今度は試験管が大量に出て来た。

 それを単は吸い込み始める。輝夜は動くことも出来ず、目の前で大量の試験管が渦巻く光景を見ているだけだ。

 大量の試験管が目の前に来た時、その全てが輝夜を包むように大爆発を起こした。

輝夜の周囲が光に包まれ爆ぜた。

爆発の奔流に飲まれた輝夜は、先ほどから全くと言っていいほど動いていない。まるで糸で固定された人形のように。

 鴉は試験管が無くなった代わりに、手近にあった石を握りしめる。そしてまた、単の前方に投げると同時に手を開くと、手に握った物と全く同じ石が大量に溢れて出て来る。

 それを単は吸い込みながら、口元に石の渦を作り、噴出した。

 石が閃光を放ちながら輝夜に迫る。

 閑静な街中の一角で爆音が轟き、黒煙と火の手が上がる。輝夜は抵抗も防御も出来ず真正面から爆発に巻き込まれた。

 口から煙を出しながらも輝夜は、単によってなおも固定されている。その後方で龍吾と雛月は焦燥に駆られていた。

 このままでは輝夜が死ぬ。

 何とかしたいが、雛月は戦えるような状態ではない。龍吾では戦力としては論外だ。そんな最悪な状況のときほど、狙っているかのように最悪が重なってしまう。


「単、ここで決着をつける。全て吸い込め」


「分かったよ、鴉!」


 単が大きく息を吸い込むと、身体をまるで歌舞伎の連獅子のように動かし、広範囲の物を吸い込めるだけ吸い込み始める。

 周囲の物が根こそぎ吸い込まれていく中で、雛月はオダマキを再び召喚して吸い込まれるのを防いでいる。

 スミレが龍吾の手を強く掴んで単に吸い込まれまいと踏ん張るが、唯でさえ魔力が少ない雛月が精靈を出している時点で、魔力は秒で失われて行く。

 それは貧血を起こした人間から更に血を抜くような事である。

 スミレとオダマキの姿が徐々に薄くなり、消えかけていく。それに伴ってスミレが龍吾の手を握る感覚も少しづつ無くなってきている。

 

「龍、吾……様」


 霞んだ目、掠れた声で龍吾の名を呼んだのを最後に、雛月は糸が切れた人形のように崩れ落ち、同時にスミレとオダマキも消えてしまった。

 支えをなくした龍吾と雛月は単の驚異的な吸引力の前に吸い込まれるが、単の方へと吸い込まれる途中、木の枝にぶつかりわずかな時間だが引っ掛かることができた。

 龍吾は正面の太い枝を掴むと、吸い込まれていく雛月の長い髪を掴んだ。本人に意識があったら結構痛いであろうが、咄嗟とっさに掴める所が髪しかなかったから致し方ない。

 更に掴んだとは言えどその本数は決して多くない。少しでも力を緩めればあっという間に単に吸い込まれてしまう。

 すると、突如吸引が止まり、雛月は龍吾の真下にぶら下がる形となった。

 龍吾が単の方へと目を向けると、そこには単の体を見えなくさせるほどの石が渦巻いていた。

 龍吾は愕然としながらも、これから起こり得る事態を嫌でも察知し、雛月の髪を手繰り寄せる。雛月を龍吾の元に寄せると、次に輝夜の方を見た。

 あれだけの吸引を真正面から受けていたはずなのに、元いた場所から寸と動いていない。

 その光景を見て、龍吾は単の終符の効果を理解した。

 単の終符は、相手をその場で『固定させる』ということだと。

 どんな姿勢だろうと、地中に根を深く降ろした大木や、台座と一体化した像のように。相手をどんな不安定な姿勢でもその場に固定させる。それが単の終符なのだ。

 鴉の出した爆発の津波を受けても、単の強力な吸引を真正面から受けても、全く動かなかったのはそれが原因だった。

 そしてその場に固定されているということは、これから来る攻撃を嫌でも直に食らわなければならないということ。


「撃て、単」


 単の口元に渦巻く石の渦が引っ込み始める。龍吾は雛月を自分の正面へと動かした。

 その直後、鼓膜が破れるくらいの大爆音が周囲に轟き、それと同時に龍吾の背中に時折尖った痛みが走る。

 膨大な量の石と爆発が輝夜を襲う。無抵抗の輝夜が二つの嵐に飲まれ、全ての噴出が終わった後に残されたのは。

 身体の至る所に破片が突き刺さり、艶めいた黒髪は今や爆炎と石の津波で枯草のように乱れ縮れたものとなった凄惨な輝夜の姿だった。

 

「……そ、そんな……。か、輝夜」


 雛月を木に寝かせ、龍吾は輝夜の元に行くために木を降りた。

 龍吾の背中から鋭利な痛みが走るも、龍吾は輝夜の前に躍り出て単と鴉を阻む。

 だがその間にも鴉と単は輝夜の元へと歩み寄る。

 怯えながらも目の前に立ち塞がる龍吾を、鴉はどこか寂しげな目で見ていた。単も気づかないわけはないが、何を思っているのかは、聞かずとも理解していた。


「……そこをどきな、人間」


 低く、ドスが効いているながらもほのかな情を宿した鴉の声は、しかし恐怖が極限まで達した龍吾にはそんなことを悠長に聞き分ける状態ではない。

 震えもしなければ、歯を鳴らすことすらしない。ただじっと、呆然と見開いた目で龍吾は単と鴉を見続ける。


「そこをどきな、と言っているんだ。人間、命は粗末にするものじゃねぇ」


「い、イヤだ……。イヤだ」


 うわ言のように、龍吾は拒否を口から出した。

 声を出すのがやっと、と言う極限の状態。

 恐怖と絶望の中に飲まれながらも、龍吾はあらん限りの勇気を出して拒否の言葉を出す。


「そんな言葉を言われたら、力尽くでもどかさなきゃならねぇ。それでも良いのか?」


「イヤ、だっ……」


 瞬間、龍吾は背後から心臓を掴まれたような恐怖で言葉を失くした。

 それは鴉と単も同じだった。

 二人の目線の先では倒れている輝夜のドレスが黒い焔のように蠢いているため、驚きもひとしおであった。

 あまりに予想外のことに単と鴉は完全に不意を突かれ、本来ならば(かわ)せるはずの黒焔から放たれた二層の牙を生やした黒い触手に鴉と単は噛みつかれた。

 散々なほどに咀嚼(そしゃく)をした触手は、駄目押しと言わんばかりに口内ですり潰し、最後に大きく、そして力強く一噛みすると痰を吐くように吐き出して、輝夜のドレスへと戻った。

 二人の体はズタズタになっており、浅深入り混じった傷口から絶え間なく血が出ていた。

 すぐに立ち上がった鴉に対し、単は先ほどとは異なりぎこちなく立ち上がる。

 表情もどことなく険しさを感じる面持ちで、鴉は単の身を保たせている薬の効果の限界が近いことを悟った。


(治療剤の効果が切れ始めて来ているな。もうこれ以上長引かせたら、単が持たない)


 だからこそ早めに決着を付けねばならない。

 一刻の猶予も、一寸の余裕もない。

 

「単」


「まだ行けるか? って言いたいの? 行けるさ。行けるとも! 行かなくては!」


 息が荒くなりつつも、ついさっきまであれだけ脅えて、震えて、弱音を吐いていた単がウソのように、強気な発言をした。

 彼は成長した。

 それは鴉という相棒がいるから。輝夜が弱っているから、と言うのもあるかもしれないが、それを抜きにしても、彼は眼前の脅威に毅然きぜんと立ち向かっている。

 今すぐにでも感動に浸りたいのか、鴉の口元に柔らかな笑みが微かに浮かぶ。

 先に一緒に飛ばされた道路の破片を、握り締めて一歩を踏み出すと、それに合わせて単も、輝夜の元へと駆け出した。

鴉 能力値 特 上 普 下 苦


腕力 上

走力 普

防御力 上

察知力 特

持久力 上

知識 下


初符 握増 (あくまし) 


特徴:手で握った物を幾らでも増やすことが出来る


弱点:掌に収まらない物は増やせない

少しでも全体を包めなかったら増やす事は出来ない

無機物のみ増やせる。有機物は増やせない

   

終符 怨爆除鬼 (おはじき) 


特徴:手で握った物を質量、形、匂い等全てそのままに爆弾へと変える

爆破は自分の意志で爆破可能。

             

弱点:初符同様、手で握り切れない物は爆弾に変えられない

爆発に巻き込まれると自分も負傷する



言語解説 覚醒速攻治療剤


概要:即効性の高い覚醒剤とドーピングに近いが成分が混ざった薬品。どんなに重体で瀕死の状態でも短時間ならば打った後に、身体をめぐる痛覚を大幅に抑え、戦闘・激しい行動が可能となり、魔力も全回復することができる。

ただし地球側の覚醒剤やドーピングで見られるような、自身の精神・肉体強化の成分はほとんど無く、覚醒剤と銘打ってるものの依存症や多幸感といったものも皆無である。

使用される所は専ら戦場などがほとんどであり、日常生活で購入・使用することはできない。

が、鴉たちの様な裏社会で生きている・生きていた者は、条件こそあるものの、その条件さえクリアすればこの薬剤を手に入れることは可能である。


副作用:先述の通り効果は短時間のみ働き、時間をかけてじわじわと元の状態へと戻っていく。そこでは抑えていた痛覚がにじむように戻って来るので、投薬されたものはある種の生き地獄を見ることとなる。

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