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単の眼

 存在するはずのない、単の目の持ち主。

 ある人は嫌悪の眼差しで、ある人は恐怖の目で、ある人は好奇の目で僕を見てきた。

 人々は皆、口を揃えて僕をこう呼んだ。

「悪鬼の落とし子」「災厄の予兆」「(うつつ)を乱す者」と。

 日頃人権やら差別の撤廃を声高に叫んでいる人たちでさえ、僕の姿を見るや否や嫌悪の眼差しで見て忌避した。人目を気にせず、直球の暴言を言い散らしてきた日にはさすがの僕もあまりの酷さに笑ってしまうほどだった。

 名前を付ける前に両親は僕を捨て、あらゆる孤児院を転々とされた。

 ある孤児院では優しく受け入れてくれたと思ったら、寝込みの時に宗教関連の人たちに殺されそうになった。

 行く先もない僕は生きる事さえままならず、唯一手を差し伸べた見世物の飼主にすら、藁にもすがる思いで付いて行った。

 そこで僕は、この見た目を揶揄して「単」と言う名を与えられた。

 他の見世物の人にも、飼主にも毎日気味悪がられ、幾多の暴行、暴言を受けようとも、もうそこしか僕の生きる道はないと思って、ひたすらに耐える日々を過ごしていた。

 ━━ある日、客の一人が突然暴れ始めた。

 誰一人彼を止められず、館内が紙幣で舞っていたのを覚えている。

 僕は、僕の意思で彼に付いて行った。

 彼は「付いて来るな」と言ってきたけど、彼の言い方や声色。そして、僕の目を真っ直ぐに見据えて言ってきたとき、彼が嫌悪を催して言ってきているのではないということがすぐ分かった。

 彼の行く道は修羅の道。傷に流血の絶えない、決して報われない未来しかないからこそ、僕をその道に進ませまいと思って言ったのだ。

 そんな彼を僕はますます好きになり、そして尊敬するようになった。

 そうして僕は何度叱られても、強引ながら彼に着いて行き、共に行動をした。

 ━━いつからか周りからは『対の鴉』と呼ばれるようになった。


 ※


 龍吾は単の素顔、特に、目に釘付けになり呆然としていた。


「……一つ目……単眼症……? でも単眼症を患った人は長く生きられないはず」


「えぇ、そうですよ。ですけど極稀に、僕みたいに単眼症でも長生き出来るのもいるんですよ」


 単の目はつぶらな、雲一つない澄んだ瑠璃色の瞳だったが、そこから発せられるのは闘志と殺気。見据える視線が矢のように龍吾と雛月に突き刺さる。


「それより、僕の眼帯を取った。という事は、僕に気配や聴覚、嗅覚に加えて視覚も与えさせてくれる訳だ。もうさっきの小細工も通用しませんよ。僕が盲目の少年とでも思ってましたか?」


 そう言いながら単は眼帯から、万年筆を少し細くしたような太さの鉄芯を取り出し背後の鴉に放り投げた。

 それを見たスミレが剣を地面から引き抜きぬいて阻止しようとするが、柔軟な身体から繰り出される回し蹴りがスミレを阻む。

 そこから単はスミレを先に行かせまいと、拳と脚の猛攻を繰り出す。

 スミレも負けじと攻撃を躱しつつ剣撃を繰り出すが、紙一重の合間を縫って剣撃をかわす。

 鴉は攻撃の最中に単から投げられた鉄芯を一瞥すると片手で手に取って握り、大量の鉄芯が湧き出させる。

 地に落ちる鉄の音。

 それを聞いた単はスミレとの戦闘をしながら、徐々にその音源の方に後退する。

 攻撃の最中に鉄芯に近づいている事に気付いたスミレは、攻撃の手を僅かに緩めた。

 単は攻撃が僅かに緩んだ時を見計らってひるがえるように後退し、鴉の背後に着く。


「この鉄芯の山を吸い込んで、お前に攻撃をすると言いたいのか? 残念ながら外れだよ。この十字路でどうして戦っているのか、まだ分かってないみたいだな」


 すると単は鉄芯の山ではなく、雛月の方を向いて吸い込み始めた。

 力一杯龍吾が踏み止まろうとしても、あっという間に態勢が崩れて身体が浮き、単に吸い込まれそうになる。

 寸での所で雛月はオダマキを召喚させると、ハンマーを重りにしてオダマキが雛月の手を繋ぎ吸い込まれるのを防いだ。だが、オダマキのハンマーを以ってしても、単の方へ吸い込まれそうになっている。

 すると頭上から子どもの叫ぶ声が通り過ぎ、単の元に寄せられた。

 見ると戦いを観戦していたであろう小学生くらいの子どもが単の元に人質として捕らえられていた。

 その背後から親と思わしき女性が、子どもの名を叫ぶ。それを意に介さず、単は子どもを振り向かせ単の顔を見させた。

 一つ目の顔を見た子どもはやはりと言うべきか、この世に在らざる顔を見たために、脅えて泣き始めてしまう。


「人間、僕が怖いか? だったら助けを呼んでみなよ。あの人たちにさ」


  その光景を見て、雛月は憤慨のあまり思わず口が出てしまった。


「こ、子どもを盾にするなんて、鬼ですか、お前は!」


「……そうさ! 僕は……悪鬼の落とし子! 鬼が鬼らしいことをして何が悪い!」


 すると単は鴉の方に向かっていくスミレに、子どもを鴉の前に出るように押した。

 それを見たスミレは瞠若(どうじゃく)し、攻撃を止めその場で立ち止まってしまう。

 その一瞬に鴉はスミレの顎に掌底を突き上げ、流れる様に攻撃を続けて行く。

 スミレの身体へと烈火の如く止まらぬ手脚の連撃が、スミレの反撃を許さない。

 しかしスミレもやられてばかりではない。すぐに立て直すと攻撃の一つ一つを目視で避け、そこから反撃の一閃を拓く。

 しかし鴉は忍ばせていた釣針を引っ張って雛月を塀に、看板に、道路にと見境なく叩きつけて行く。

 一方的な攻撃の前に雛月の意識が乱されていき、スミレの姿が微かに薄くなり始めていく。

 一方の単は子どもを再び自分の元に戻すと鉄芯の山を吸い込み始め、あっという間に鉄芯の山が渦巻かせた。


「さぁ、従者。この子を使って僕が何をすると思う? 当ててみなよ。手掛かりはこの鉄芯の山。そう難しいことじゃない」


 割れた道路に倒れる雛月は震えて泣いている子どもを見ながら、スミレとオダマキをいつでも出動出来る状態にした。

 だが、単があの子どもを使って何をするのか。

 それを考えていると雛月の脳裏に最悪の予想が浮かび、思わず顔にその動揺が出てしまう。


「青ざめたな……? でもその二人で果たして助けられるかな」


 すると単は子どもの肩を引っ張ると、まるで合気のように子どもを回転させ、子どもの重さを無視して空高く放り投げた。

 彼の顔は子どもの方へ向けられた。

 

(……何てことを考えているのですか、彼は!)


 渦巻いていた鉄芯の山が、単の呼吸に合わせて弓の弦が引かれるように寄せられた。

 雛月は、瞬きの時の中で考える。

 オダマキの機動力では間に合わないし、スミレでは全てを防げないことを考えたとき、残された手が一つしか無い事に辿り着く。

 他の手段はない。

 自分が守ろうにも、そんな時間はもう無い。

 最後に残された手は唯一つ。


「出でよ! ボタン! あの子どもを護れ!」


 言うが早いか、ボタンは出現した次の瞬間には目にも止まらぬ速さで子どもの元へ移動する。

 たったそれだけで雛月には、目の前で爆破が起きたような衝撃と魔力の減少を痛感した。

 鉄芯の山、もとい鉄芯の弾丸が噴出された。

 狙う先には放り投げた子ども。

 ただの鉄芯とはいえ爆発の如き勢いで射出された鉄の弾丸は、子どもの皮膚を易々と破り、筋肉の繊維を穿つように突撃し、そして身体を突き破る。

 子どもの身体は無惨にも蜂の巣と化した。

 ━━はずだった。

 鉄芯が子どもの正に拳一つの距離に迫ったそのとき、ボタンが子どもを片手で捕らえ、もう片方の手に力を込めて一撃で薙ぎ払う。

 手を振った衝撃波だけで爆進してきた鉄の波を押し返し、舗装された道路に深々と突き刺さった。

 泣きじゃくっていた子どもは、目の前にいる凛とした表情のボタンの姿に、いつしか泣くのを忘れて見惚れていた。

 かくして子どもは想定されていた惨憺(さんたん)なる結末を回避した。

 だが雛月にはあまりにも膨大な反動が帰ってくる。

 雛月の身体が一瞬にして黒いヒビだらけとなった。

 先ほどまで艶をまとっていた肌の色も、今やくすんだ黒にまたしても染まってしまった。

 ボタンが子どもを連れて雛月の元に戻ってきたときには、ボタンは雛月の容態を察してその場から消えなければならないほどに、今の雛月は衰弱しきってしまった。

 子どもは力なく項垂れて座る雛月のそばを離れない。否、目前の脅威が未だ去っていないがために、恐怖のあまり動けないのだ。

 単は勝ちを確信してか、隠しようのない得意顔となっている。


(人間なんか無視して僕に精靈を向かわせてれば勝てたのに。馬鹿な奴だ。さぁ、もう終わりだ。止めの時間だよ!)

 

 単の後に続いて鴉が雛月に止めを刺そうと近づこうとした瞬間、突如鴉の肩を誰かが叩く。

 鴉が振り向くと、そこには紫色の双眸を向けている黒髪の女性。輝夜が右手を引きながら立っていた。

 鴉が気がついたときにはすでに時遅く、輝夜の右ストレートが鴉の頬を性格に捉え、銃声のような音を立てながら鴉が吹っ飛んでいった。 

 五軒先の工事現場へと吹っ飛んでいった鴉の姿に、単は何が起きたのか見当がつかず呆然としている。


「次はお前よ、坊主」


 圧のある声色が単に向けられる。

 戦意に満ちていた目がドンドン輝きを失い、蒼白な面持ちで声の主をゆっくりと振り返って見た。それを見て単は電流を流されたように震え上がった。

 何故輝夜がいるのか。それを問おうとする前に、単は物陰に隠れて様子を見守る一人の人間を見て瞬時に理解する。


龍吾(にんげん)……! お前か!)


 輝夜がどうして二人の元に来たのか。その内容はトリックとも呼べないような単純明快な理由だ。

 雛月とスミレが鴉と単と闘っている最中に、龍吾はその場をコッソリと離れて帰宅して輝夜を呼び寄せた。ただそれだけである。

 かくして形成は根底から逆転した。

 息も絶え絶えな雛月は振り絞るような声で輝夜を呼ぶが、相変わらず輝夜は生返事で返す。


「その様子、神霊(ボタン)を使ったのね。……もう少し訓練しておきなさい。貴女が出向く度に私が必ず始末をつけるなんて、従者失格よ」


 輝夜の愚痴に龍吾が咎めるが、「けれど」と言って輝夜は雛月を背にして単の前に立ち塞がる。


「それほどまでの相手だということは分かったわ。私の、地球で生きることを阻害するお前ら。覚悟はいいかしら?」


 燦爛と光る黄色く変色し、輝く眼。蛇の如き細い虹彩が揺らぐことなく単を見据える。

 そして彼は本能で理解する。否、思い知らされる。自分と輝夜の圧倒的で、絶望的なまでの力量の差を。


「あっ……うっ」


 完全に板挟みとなった単は鴉が残されてるにも関わらず、どんどん開いている道に後退して行く。

 そして恐怖に駆られて輝夜に背を向け、逃げ出そうとした時だった。

 逃げる先に、自分たちが戦っている事を知らずに、和気あいあいと道を歩く親子連れが、単の方へと歩いて来ていた。親子は会話の最中で、単には気づいていない。

 窮地(きゅうち)に立たされた単に、千載一遇の好機の手が差し伸べられる。

 子供を盾にされたときにスミレと雛月は多大な影響を出してでも子供を助けた。

 

(従者がそうだったんだ。輝夜だって僕と無関係な人間を天秤にかければ人間を優先する。あの子どもを人質にとって、一先ずここから逃げよう。その後で輝夜は闇討ちとかすればいい!)


 単が子供を吸い込もうとしたとき、単の脳裏に鴉の言葉と姿が不意に蘇り、単はハッと目を見開いた。


(どうしてその強気を輝夜に対しても出さない。自分より弱い奴には強気に出て踏ん()り返る事がそんなに愉悦か。自分がやられたことを真似して返すのがそんなに愉快か? そんな糞みたいな精神を持っている事が俺には我慢ならねぇ。だったら最初から、誰に対しても強気で征こうと、どうして思わない!)

 

 単は吸い込む事を止めてその場に立ち尽くす。

 輝夜は何事かと思い、単が見ている方を見る。その先には親子が歩いて来ており、それを見た輝夜は単が何をしようとしているのかを察し、侮蔑の眼差しで見始めた。


(お前は確かに強い。だがな、弱い奴に力を振るって悦に(ひた)るお前とその力は何の意味も、何の価値も、何の成長もない。むしろそれはお前という存在を退化させる力となる。そんな物は直ぐに捨てろ。そしてさっきまでのお前も今すぐ殺せ。お前を(おとしい)れるお前を、その手で殺すんだ)


 単が震えながら顔を下に向ける。鴉のかつての言葉が今の単に巣食う弱さを暴く。


(俺はお前の弱さ。人としての弱さに腹が立ったんだ。輝夜という存在には脅え縮こまって弱気になってたのに、人間達には豹変したように強気に出る。その弱さが俺を怒らせたんだ。その様は、まるでお前の飼主のようだった。そう言えばお前だって分かるよな、単?)


 単の拳が強く握られる。鴉の元にいながら、単はこんなにもゲスで卑怯なことをしようとしたのか、と自責する。そして自分はこんな程度の存在なのかと自問する。


(勇気を出せ単。勇気を得て成長しなければならないんだ。お前に眠る素質を、こんな糞みたいな連中で満足して、停滞させるな。俺の元に着いたのなら、高みを目指せ)


 今、自分は高みにいるのか。

 今、自分は海の如き底深い、鴉の様な器量の存在か。

 今、鴉が目の前にいたとしたら、自分は胸を張れる程の存在に成れたか。

 

(違う……僕は……! 僕は!)


 単は顔を上げて親子の方へと声を出す。


「おい、そこの人間ども!」


 単の声で親子は歩みを止めて、前方に目を向ける。


「ぼ……お、俺の顔を見ろ!」


 単は前髪をかき上げ、単の素顔を親子に見せる。するとその親子もまた、在るはずのない異形の顔に絶叫した。


「俺は……俺は悪鬼の落とし子! お前らがこっちに来るなら、娘もろとも八つ裂きにして……食ってやるぞ!」

 

 その言葉を恐れ、親子達は来た道を走って戻って行った。その親子が角を曲がって視界から消えるまで、単はずっと親子の方を見ていた。そして視界から消えた直後、輝夜の方へ振り向いた。


「……鴉が負けたなら、今度は僕の番だ。……こ、来い、鬼姫! お前の相手は! この僕だ!」


 『鬼姫』

 輝夜の逆鱗に触れる言葉を言われた輝夜だが、彼女は怒り狂うことも、不快な表情もださなかった。

 それは敵ながら感心をしたからかもしれなかった。たった今までゲスな存在だと思っていた相手が、輝夜には切っ掛けなぞ知る由もないが一気に高尚な存在へ変貌したからだ。


「……一人なのよ? 正気?」


「だから何だ! 僕はまだ戦えるぞ!」


 輝夜の心中は、清々しいほどに晴々としていた。小さくも勇敢な漢に対して彼女は敬意を払う。そうして輝夜の目が燃えるように光り輝く。

 それを見た単は、鬨の声を上げながら輝夜へと立ち向かった。

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