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遭遇

 ぽえむを後にして暴漢たちを葬った鴉と単は、どこへいくというアテもなく道を歩いていた。当初単は鴉が何かしらの手がかりを掴んでいるから歩みを進めているのだと思っていたが、程なくして単が真意を尋ねると何の情報も持っていないということを明かした。


「まあそう慌てるな。こういうときのための秘密道具だ」


 そういって懐から取り出したのは、野球ボールほどの大きさをした球場の機械だった。鴉がいうには地球へ赴く際に赤い巫女服を着た女からもらった通信装置であるとのこと。

 何故名も知らぬ者から通信装置を貰ったかと問われると、赤い巫女服を着た女も地球へと向かう天月人だったらしく地球へと向かう者同士で情報の共有をするために貰ったのだという。

 単にはどうも怪しい代物だという疑念を隠せずにいらなかったが、鴉は死ってか知らずか機械の上半分を半分ほど回して通信を開始した。

 装置は自力で浮かび上がって手前にホログラムを映し出す。一面真っ赤な背景に『通話専用』と書かれた画面越しから「着いたようだな」と、声色だけで非常に強気で粗暴な人物像を連想させる女性の声が二人に届いた。


「ああ、そっちは今どこにいる。もし近場なら合流してさっさと輝夜を倒すぞ」


「まあそう焦るな。俺たちはまだそっちに着いていねえんだ。だが、必要な情報は送れる。お前たちのいる場所から計算すると……。ああ、そこから少し離れているが、砧公園ってところにある美術館に輝夜はいるらしいな。まずは先にそこへ向かえよ」


 怪しさの塊である通信相手に単が尋ねようとしたところで鴉は通信を切った。


「鴉……今の人と話して何とも思わないの? 相手はまだ着いていないって言いながら地球の情報だけは送れるって、なんかおかしくない?」


「そうだな。しかし俺たちだけでは輝夜を見つけるのは難しい。ならここは、怪しくても従ってみるしかないだろう」


 今一つ腑に落ちない面持ちで鴉の後を着いていく単は、道中で神無の刺客が待ち伏せているのではと勘ぐった。

 しかしそんなことは全くなく、真夏の暑さが増して行く大通りを超え、公園を進んでようやく目的地である美術館に着く。

 館内は客の足音が響き、水の中にいる様に涼しい。鴉は一息つく間もなく、受付の女性に声を掛ける。


「おい、一つ聞きたいんだがここに背丈を覆うくらいに長い黒髪の女を見なかったか?」


 ただでさえ強面な鴉が問い詰める様子は、普通の人からすれば恐怖に震えてしまう。当然というべきか聞かれた受付スタッフは、恐怖に慄きうろたえた様子で力なく返す。


「く、黒髪……の女性、ですか? い、いえ……今日はそのような方は……と、当館には来ていません……」


「……本当に来ていないのか?」


「は、はい……来て……おりません……」


「隠しているわけじゃないな?」


 念押しに確認すればするほどスタッフの声は震え、体は目に見える震えを起こしていく。それを隠していると勘違いした鴉は更詰め寄るものの、これ以上行えば警察沙汰になると思った単に抑えられ、丁重なお礼を述べると二人は美術館を後にした。

 外の日陰で鴉はすぐに装置を取り出して相手へ通信をする。


「おい、居ないぞ。お前適当に言ったんじゃないだろうな」


『俺に言うなよ。歩いてる内に出たんだろ』


「だったら何故受付の奴が、来ていないなんて言うんだ?」


『お前の見た目が、危なっかしいからじゃねぇか? 悪いがお前みたいな奴が突然来て、輝夜たちが来たか、なんて急に尋ねられたら誰だって言葉に詰まるっての』


 小さく舌打ちする鴉の頭には、青筋が浮き出て来ていた。

 おろおろと鴉と通信装置を交互に見る単は鴉の状態を察知し、無理やり水晶玉を取って代わりに応対をする事にした。


「あ……あの、鴉の代わりに僕が応対します。今、輝夜たちはどこに居ますか?」


『ん? 鴉のツレか? ウブな声だなぁ。まぁ良いや、少し待ちな。……あぁ、分かった』


「分かったのは良いですけど、先に言わせて下さい。そこには僕たちが辿り着くときに、輝夜が居るっていうことですよね?」


『いいや? 輝夜はいねえ。だがな、輝夜と共に住んでいる人間がそこにいる。そばには姿を隠しているが従者がいる。そいつらを狙えば必然的に輝夜も姿を見せずにはいられねえはずだ』


「そんな人間一人どうやって探せと? 僕たちは輝夜のことは知っていても、同棲している人間のことなんか今初めて知ったんですよ?」


「まあ安心しな。すぐそばまで行けば誰なのかを教えてやるからよ。で、そいつらの場所なんだが……お前らが最初に通信したところの付近。つまり今きたところをもう一回戻ってくれ。手間だが、付近まで着いたならその人間の居場所を教えてやるよ。健闘を祈っているぜ、ってな」

 その言葉を最後に、鴉は装置を取り上げて拳の一撃で粉々に砕いた。


「行くぞ単……」


「う、うん」


 鴉は静かに言うが声色からは、夏の暑さと振り回されたことによる怒りで噴火間近であることが単にはひしひしと伝わってくる。

 戦々恐々としながらも、鴉たちは元来た場所に戻り公園を後にした。


 ※


 龍吾が足繁く利用している大型のスーパーは、定価よりも安くそこそこ物が良いために連日多くの客が利用している。

 龍吾にとっては見慣れたスーパーの光景も、しかし隣で透明になって着いてきている雛月にはまたとないような驚きの光景であった。

 彼女にとってまず一番驚いたのが、商品が現物で置いてあり覆いすらないということだ。加えて調味料や缶詰、お菓子や飲み物だけでも棚を丸々一列埋め尽くす量には、雛月が言葉を失うほどだった。

 価格の面でも彼女は驚いた。その店は他店に比べて定価よりも安く売るという独特な商法をとっていることもあるが、元値の額を見てそれでも安いと言うのは龍吾にとって新鮮な驚きだった。

 ならば月界はどういった店の感じなのかと聞くと、雛月の話をまとめるにそもそもスーパーやコンビニ、デパートのような形態の店が存在しないという。生きていく上での売買は全てネットワーク上で済むので、わざわざ店まで出向いて買うといったことは存在しないのだという。

 物価や税は日本のおおよそ三倍ほど高いというのも龍吾には驚きだった。生まれ育った国に留まらず星が違うというだけで、こうした違いが見られるというのは非常に興味深い。

 龍吾は雑貨や調味料を買い物カゴに入れると、三階へと向かった。そこには野菜や青果、肉に魚といった冷凍食品などが置いてあるフロアだが、ここにきて雛月は龍吾にしか見えないことをいいことに完全に童心へ帰って店内を見回った。


「本物の野菜に魚! 本物の肉! すごいです、私初めて見ました!」


「……言っとくけど必要なものしか買わないからな」


 龍吾の言葉に少しだけ残念そうに肩を下ろすが、それもほんのわずかな時間で済ませて雛月は店内を見て回る。

 菓子パンやスイーツ、惣菜にアイスなど月界では見れないものばかりで雛月の興奮は治らない。向こう二時間くらい置いてもなお熱は冷めることはないだろう。

 必要最低限のものだけを買い込んで店を後にした龍吾と雛月は、寄り道をすることなく帰路につこうとした。

 一方で鴉と単は大通りを超えて、先ほど来た道を歩いて戻っていた。

 向かう先は無量寺という場所。

 鴉は今度こそいなかったら流石に怒りそうな剣幕で道を歩いている。

 周りにいる人々は避けるように道を開けていく。単は単で振り回された鴉の心境を察しながら歩いていた。

 やがて買い物帰りの龍吾たちと、無量寺へと向かう鴉たちが鉢合わせになろうとしたとき、辺りに電流が走ったような音が響くと姿を隠していたはずの雛月が唐突に姿を現した。

 鴉と単は二人の姿を見て直ぐに確信に至った。「コイツが輝夜の従者であり、隣にいるのが通信相手が言っていた人間である」と。

 対する龍吾たちもまた、明らかに地球の人間では無い存在を目の当たりにして臨戦態勢になる。


「お前が輝夜の従者だな。ようやく見つけたぞ」


「龍吾様、急いで迂回してお逃げ下さい」


「残念だがそんな訳にはいかねえ」


 先に攻撃を仕掛けたのは鴉だった。

 雛月へ何かを投げるように腕を振り上げるが、透明度の高い『何か』の正体が周りと同化して雛月の目を狂わせる。

 ようやく正体を認識した時には雛月の腕に、その『何か』が引っ付いていた。

 引っ張られる直前にものを目視した瞬間、雛月の身体は鴉によって引っ張られ、凧のように振り回された挙句地面に叩きつけられた。

 鴉が片手で雛月を振り回している間、彼は付近にあった小石を握り締める。そして握った手が開いた途端、握り締めた石が滝のように大量に落ちてきた。

 それを見た単は、静かに息を吸い込み始める。

 落ちて来た石が、吸い寄せられるように単の口元に集まって行く。さながら稼働中の掃除機の中身のように渦巻いていた。

 淡く白い光に身を包み、負傷を免れていた雛月がスミレを向かわせる。

 狙うは眼帯を着けた少年。

 しかし精靈に気付いた鴉は片手でスミレと相手する。

 目にも止まらぬ斬撃を片手で捉えて受け流す。

 その間、単の口元に大量の石がまとまったとき、鴉はもう片方の手で雛月を引っ張り単の元に寄せる。


「やれ、単」


 まとまっていた石の集まりが勢いよく噴出される。

 手の平大の小さな石ころが怒涛の勢いで襲いかかる。

 それは正に石の嵐。淡い光に弾かれた石は明後日の方向に飛ばされてもなお、そのまま彼方に飛んで行くものもある。

 ある石は車に機関銃を撃ったようにいくつもめり込み、ある石は車窓を二枚とも貫通して奥の塀に刺さっている物もあった。

 どれも単が吐き出した石の嵐は周囲に甚大な被害を出した。しかし攻撃は止まない。


「次だ、単。奴に攻撃をさせるな」


 またしても鴉が片手で石を握り締めて、開くとまた大量の石が出る。そしてそれを単は吸い込み始める。もはや誰が説明せずとも、雛月は二人の能力を理解した。


(あの火傷の男は、手で握った物を無尽蔵に増やす能力。そして眼帯を着けた少年は、物を吸い込み、噴出する能力。物を生み出し、それを砲弾のように吐き出す力。この二人……相性が良過ぎる)


 雛月が動こうとした瞬間、そうはさせまいと鴉が何かを引っ張る。

 だが種が分かっている雛月は、引っ張るその先にある糸をスミレの剣で切断した。

 雛月に引っ掛かっていたのは、水晶のように透明な『釣針』だった。

 大きさは手の平に収まる程度だが、これが雛月の身を持ち上げるほどの強度を持ち、糸は人をいとも容易く振り回す。

 忌々しそうに釣針を地面に投げ捨て、雛月は再びスミレを単に向かわせる。

 だが既に、単の口元には石の塊が渦巻いていた。

 単に向かうスミレを、鴉が攻撃を流しながら回し蹴りをスミレに放つ。

 同時にもう一つの水晶の釣針を、雛月の足元に投げ付ける。

 針は雛月の下半身を覆う布地に引っ掛かり、それを引っ張ると雛月はまたしても姿勢を崩された。

 そこを狙ったように、単から石の嵐が再度噴出された。

 淡い光は石の嵐を全て弾き飛ばすも、その勢いの前ではバリアとしての効力を一気に削ぎ落とす。

 一撃で致命傷を負わせる技ではないが、それ故にじわじわと魔力が削られて行く。

 鴉の手から伸びる一筋の糸をスミレが見抜き、それを切ろうと向かうも単は噴出をぴたりと止めると、スミレの方を向いて残りの石を噴出して妨害する。

 その直前にスミレから単を守っていた鴉は、身体を回転させながら単の後方に移動して単の攻撃をかわす。

 そして攻撃をかわす最中、雛月を振り回しながら着地した瞬間に穴だらけの車に雛月を思い切り叩きつけた。

 車は大きくへこみ、原型は保っていない。

 車に叩きつけた次は、単に当たらないように周囲の障害物を利用してぶつけて行く。

 鴉の攻撃と単の攻撃は、まるで事前に打ち合わせをしていたかのように計算されている。

 鴉が攻撃する際に生じるわずかな隙を潰すように単の妨害が入り、単からの攻撃が始まるときは直前で鴉は攻撃を避け、終われば即座に攻め入ってくる。

 更に彼らは、戦闘術も一風変わったものだった。

 アウトローで荒々しい見た目からは想像もつかないが、鴉は正当な拳法にも似た攻撃をしてきて、そのどれもが熟練の動き方であることが遠くから見守る龍吾にすら分かるほどだ。

 能力に長け、武術にも長ける。互いが互いの能力に戦闘方法を熟知していなければ絶対に成せない戦い方は、文句のつけようのないほどに素晴らしいとさえ感じてしまう。

 しかしそんな感情を抱けば、瞬く間に鴉と単は二人の命を奪うだろう。何せ相手は死を覚悟して立ち向かっている猛者。龍吾たちの事情なんか路傍の石ほどの価値も感じていない。

 先に戦った冥と風華とは違った連携の良さに、雛月と龍吾はひしひしとその強さを実感していた。

 鴉の攻撃に雛月は成す術がなく右に左に上に下にと振り回され、その度に何かにぶつかる。そして息つく暇もなく次の攻撃に回される。

 スミレが攻撃をしようとすればそれを受け流され反撃される。

 だがスミレと雛月も戦闘にそこまで疎いわけではない。

 雛月の意思を感じたスミレは、片方の剣を単に向かって縦に投げる。

 その後に遅れながらも、投げた速さと同じ速度でスミレは単に突っ込んでいく。

 単は剣を避ける事も弾き返す事もなく、二本の指で難なく剣を捉えた。だが直後に来たスミレには対処出来ず、投げた剣を取り戻しながら二連続の剣撃を食らう。

 単の眼帯がスミレによって切られ、宙を舞う。

 剣が地に刺さって単の素顔を見たとき、スミレは目を見開き、雛月と龍吾は驚きの声を上げた。


「……そうなるな、とは思ってましたよ。普通の人からすればそういう反応をするでしょうね」


 単は落ちて来た眼帯を手に取り雛月と龍吾、スミレの方を見る。


「でも僕は、そんな反応を今まで数え切れないほどに見て来ましたよ」


 単の目がゆっくりと三人を見る。

 少年らしい丸みのあるつぶらな瞳の持ち主は、普通の人間と違って、彼の目が()()()()なかった。

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