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鴉が飛ぶ

 (からす)は店名の書かれた看板を見つつ、遅れてやって来た(ひとえ)と共に道を歩き始めた。

 外はいよいよ暑さを増していき、通りすがる人たちは飲み物を片手に歩いていたり、来ている服を脱いで薄着になり暑さを凌いでいる。

 その中で二人は暑さを微塵も感じさせない顔つきで歩いていた。


「変に静かだな、単」


「……分かってるくせに。嫌味はやめてよ鴉」


「何故戦う前から結果を持ってくる。お前一人で戦うならまだしも、俺と単。二人で戦うって言うのにどうしてそこまで脅える」


 単は鴉の方を見上げると内に秘めていたであろう言葉を吐きだし始めた。


「鴉、僕たちが神無に捕まったとき、周りの人たちを見たでしょ? あの人たち……僕たちと共通するところがあったよね……」


「あぁ、俺らと同じ穴のムジナどもだったな」


「だったな、って……。どうしてそんなに余裕でいられるのさ! あんな露骨な集め方、法に疎い僕だって分かる! あそこにいた人たちは犯罪者ももちろんいたけど、それ以上に貧乏な人たちとか、自社株を独占された人たちばかりじゃない!」


 単はもう間も無くで戦うであろう強大な存在に対しての不満や恐怖をぶちまけるように口に出し、鴉は単の逆上を黙って聞いている。


神無(アイツ)は社会的に邪魔で弱いヤツらを自分の作った独裁法で呼び集めて、死んでこいと言ったようなものだ! 逆らうわけがないってタカを括ってさ!」


 単の声は荒くなると同時に震え始め、自分の置かれた現実と嫌でも見える未来。そんな絶望の底に突き落とした神無への理不尽さに、今にも泣きそうな声になる。


「僕は死にたくない! 輝夜なんかと戦いたくもないし報酬もいらない! あんなヤツの為に命を落とすなんて僕は絶対にいやだ!」


 息を荒くしながら一通り言い終えた単に、鴉は哀愁漂う目を向けながら口を開いた。


「単、お前の言いたいことは分かった。それと俺に言いたいことを吐き出して、楽になれたならそれで良い。だが俺はさっきも言った通り、戦う前から諦めるのは御免だ。考えてみろ単。出会った瞬間に即死するような能力を持ってるならまだしも、輝夜にそんな能力はない。それだけでも可能性があるとは思わねえか」


「そんなのは……ん?」


 単が話そうとした時、前方の通りから十人ほどの男達が現れ、単を見るや指をさして仲間達に大声で呼びつける。


「あ、あいつだ! あの眼帯野郎がやったんだ!」


 単は眼帯を少しめくって涙をぬぐうと、声の主が先に自分に突っかかって来た連中の生き残りであることを理解する。


「……何だ。さっきの人か」


「お前よくも俺らのダチをやってくれたな、えぇ? こんな事してタダで済むと思ってんのか!」


 やや大柄な男三人が拳の関節を鳴らしながら頭一つ小さな単に、威嚇しながら迫る。

 対して単は、先ほどの弱気で震えた声から一変して堂々とした返答を返す。


「思うよ。それに先に突っかかって来たのはお前たちだ。何もしなければこっちも何もしなかったのに、変なことするからこうなったんだよ」


「テメェ、コラァ! ふざけてっとぶっ殺すぞ!」


「殺す? そんな度胸ない上に、一人では何も出来ないくせに」


 それを聞いた男達は、ますます声を荒げて脅迫や恫喝を浴びせる。背後に控える仲間達もつられて、一人の少年に向かって罵詈雑言の嵐を浴びせるが、そんな男たちを単はただ冷笑するだけだった。


「口数だけは達者で威勢が良いね。で? 次は何をするの? 僕たちあまり時間が無いから、出来るならそこどいて欲しいんだけど」


 それを聞いて遂に激昂した六人の男が襲いかかる。


「そうやって言葉に詰まると、すぐ力に頼る。鴉が出るまでもないね。僕一人で十分だよ」


 数で押し込もうとする男たち。単は恐れること無く前に進む。

 男の一人が殴り掛かる瞬間、男の拳に単は自分の拳を真正面からぶつけると、男の人差し指から薬指までがグシャグシャに潰れて歪んだ。

 痛みよりも変わり果てた自分の拳を呆然と見ている男の腹部に単は一撃を加える。

 無防備だった腹部に鋭く重い拳がめり込み、男がうずくまったところを延髄目掛け手刀を降ろし、男はその場に倒れて二度と動かなくなった。

 残る男には拳を払い除けて、顔に平手打ちを加え、怯んだそのスキに男の陰部に爪先蹴りが直撃する。

 陰部の激痛に前のめりになったところを、他の相手にやってきたように、延髄へ手刀が正確に振り下ろされる。

 そうしてまた一人やられていく。また一人、また一人。眼帯を着けて前が見えないはずの相手に、男たちの数は徐々に失われて行く。

 ある者は悶え苦しみ、ある者はピクリとも動かず、ある者は変わり果てた自分の拳や脚を見て泣き叫ぶ。そうして連れて来た仲間はほぼ全滅し、残ったのはたった二人だった。

 

「数を増やせば勝てるなんて甘い考え持っててこのザマ。蟻がいくら群れても所詮蟻なんだよ」


 二人は戦意を失いその場で立ち尽くすし、単は踵を返して鴉の元へと戻る。


「鴉、ゴメンね。時間取っちゃって。まったく、数で挑んだところで僕に敵うわけないのに。無謀だね、地球の人は」

 単の言葉に鴉は返答をしない。冷たい視線が単を真っ直ぐに見据える。


「……鴉? どうしたの?」


「単、お前輝夜一人にあれだけ脅えていたのに、人間が集ったときは脅えなかったな」


「だって人間だもん。それにたかが人間の、素人の喧嘩術なんか底が知れてるじゃない」


「そうだな。底が知れてるな」


 その言葉を言った直後、単の顔面を鴉が思い切り殴りつける。


「だがお前の底の浅さも十分知れたよ」


 鴉の一撃を食らって単は鼻血を出しながら倒れた。単は何故自分が殴られたのか分からず混乱しながら鴉を見る。


「な……何をするんだよ! 鴉!」


「何をするんだ? 何をするんだとは何を言っているんだ、単。お前、自分が何故殴られたのか分からねえか」


 単の相棒でもあり最も尊敬している鴉が突然殴りつけたことに理解が追いつかず、ますます混乱に陥ってしまい、うわ言のように「えっ?」や「なんで?」を繰り返し言っている。

 鴉は単に近づくと眼帯をめくって単の()を見た。


「本当に分からねぇって顔つきだな。だったら教えてやる」


 鴉は単の胸倉を掴んで無理矢理立ち上がらせる。


「俺はお前の、人としての弱さに腹が立ったんだ。輝夜という存在には脅え縮こまって弱気になってたのに、人間達には豹変して強気に出る。その弱さが俺を怒らせたんだ。そのザマはお前の()()そのものだ。そう言えばお前だって分かるよな? 単?」


 単の肩が一瞬跳ね上がり、次第にワナワナと震えて涙が眼帯から頬を伝って流れていく。


「どうしてその強気を輝夜に対しても出さない。自分より弱い奴には強気に出て踏ん反り返り、自分がやられたことを真似して返すのがそんなに愉快か。そんな糞みたいな精神を持っている事が、俺には我慢ならねえ。だったら最初から、誰に対しても強気で征こうとどうして思わない」


 淡々と鴉に叱られていることに加え思い出したくない過去を思い出してしまったことに、単は小さな嗚咽を出しながら眼帯越しに大粒の涙を流していた。


「お前は確かに強い。だがな、弱い奴に力を振るって悦に浸るお前とその力は何の意味もない。むしろそれは、お前という存在を退化させる。そんな物はすぐに捨てろ。そしてさっきまでのお前も今すぐ殺せ。お前を陥れるお前をその手で殺すんだ」


 蚊帳の外になっている男たちは鴉と単が揉めてる事を好機と捉え、懐からナイフを取り出してゆっくりと近づく。

 二人は鴉の背中に回り込んでじわじわと距離を詰め、いざ鴉を刺そうとしたとき、鴉の鋭い目が男たちを睨む。

 その眼差しは今まさに獲物を狙う猛禽の如く、冷たくて鋭利な眼差し。火傷痕の残る面構えも相まって人とは思えぬ威圧に圧倒され、二人の男は凍ったようにピクリとも動かない。

 その様子を見て鴉は単の胸倉をそっと手放しながら話を再開する。


「勇気を出せ単。勇気を得て成長しなければならないんだ。お前に眠る素質をこんな糞みたいな連中で満足して停滞させるな。俺と一緒にいるならもっと高みを目指せ。そして単、最後に一つ言っておく」


 すると鴉は二人に『何か』を両手で投げつける。

 二人は何もない空間から急激な力で引っ張られると、鴉の両手に作り出された十円玉程の大きさの赤い気の塊を顔に打つけられた。


「『殺す』と豪語した奴には一切の抜かりを無くせ。逆も同じだ。殺す殺すと口ばかりで行動しない、対岸から物を言う負け犬みたいな奴にだけはなるな。もし『殺す』と思ったなら、言われたなら」


 顔を押さえて悶え苦しむ二人。その顔面は異様な程に赤く、空気が抜けていく風船のような音が鳴り始めている。

 そして鴉が手を握り締めた時、二人の頭は木っ端みじんに爆ぜた。


「その時はお前も、相手にも。一切の容赦をなくせ。良いな?」


 頭部が無くなった男は力無く後方に倒れ、首という出口から大量の血が噴き出す。


「行くぞ、単。さっさと輝夜を探すぞ」


「……わ、分かったよ。鴉」


 罵詈雑言と喧騒の嵐はいつしか止み、セミの声が周囲に鳴り響く。

 その一角に屍の山の絵図が出来ていた。ほどなくして救急車の警笛の音がやって来たが、語る者は一人と居らず、セミの声が虚しく響くだけだった。



 冥たちとの戦いの後は、更なる襲撃のことも考慮して龍吾も輝夜も雛月も、誰一人として外へと出なかった。

 しかし、雛月の魔力を回復させるためにあるだけの食材を使い果たした龍吾は、初日こそ輝夜から貰った褒賞で出前を頼んだものの翌日の昼間には何を買うかと頭を悩ませていた。

 テレビを見ながら現代の地球での情報収集に努める傍ら、新たな仲間でありながら最終兵器であるボタンの制御に励む雛月が「出前だけでいいのでは?」と悪気なく言う。

 しかし龍吾は頑なに良しとしない。お金の面で不安があるのかと輝夜が聞くも、「そういうモンじゃない」と一蹴する。ならば一体何が龍吾をそこまで駆り立てるのかといえば、特段根拠のない自論だった。


「そりゃあ雛月であれ輝夜であれ、頼めば金を出してくれるんだろうよ。だけど、そこで甘えてばかりいると……何というか……人間として終わっちまうような感じがするんだ、俺は」


 その答えを聞いた二人は非常に不思議そうな面持ちとなった。安易に妥協をしないことを龍吾のような少年が心がけることは、月界では滅多に見かけないからだ。

 やがて買うものを決めた龍吾はサイフに必要最低限の金だけ納め、いざ買い物へと出かけようとした。そこへ輝夜が「待って龍吾」と呼んで引き止める。


「どこまで買い物に向かうのかしら? ここから遠い? それとも近い?」


「遠くはないが近くもないな。どうして聞くんだ」


「忘れたの? 貴方も狙われている身なのよ? 不用意に出歩けば、この前のバカ二人に出会さないとは断言できないから危険よ」


「だからといって買い物に行かないわけにはいかねえよ。それに買い物って言ったって、食材しか買わない訳じゃないからな。俺だって学生生活で使うものだってある」


 片手でアゴに触れながら、輝夜は非常に不思議そうな目で龍吾を見る。

 彼は今、いうなれば輝夜たちを家に居させている間、ほぼほぼ願いが叶うような状況下にある。働かずとも学ばずとも、金にも食事にも困窮しないような状況にあるにも関わらず龍吾はそれに甘えない。それが輝夜にも雛月にも不思議でならなかった。

 しかしどう言おうが龍吾は二言目に「いいんだ」と言って跳ね除ける。


「不思議に思うかもしれんがな、これが地球人ならではの考えなんだよ。それに必要じゃないときまで力に甘えるようじゃ、ありがたみも何も感じないだろ」


「では、私がご一緒します。輝夜様では天月人であれ地球人であれ、絶対に目立ちましょう。対して私なら、天月人に顔はそこまで知れ渡っていない……はずですし、輝夜様ほど目立つ顔立ちではありませんから」


 聞いて、龍吾は無意識に雛月を頭の先からつま先まで見渡す。

 確かに輝夜に比べれば美しさは控えめではあるが、かといって劣る要素はどこにもない。それどころか、彼女の謙遜が逆に他の女性への火種になりかねないほどに雛月は美少女だ。

 加えてファッション雑誌にでもそう載らないような、コスプレと言っても差し控えないドレス姿のまま外を出歩けば、輝夜以上に目を引くのは明らか。月界ならば問題はないかもしれないが、ここは地球であることを彼女は無意識に忘れていそうであった。


「分かっていると思うけど、その格好で付いてくるとは言わないよな?」


 雛月が自分の服を見ると案の定何の問題もないように首を傾げたが、輝夜から「ここは地球よ」と言われたことでハッと気がつく。

 龍吾に少しだけ待つように頼むと、雛月は自分の体に淡い桃色の柔らかな光を纏わせると、ドレス姿から一転し何故か和服の姿となった。柄は今のご時世には珍しく控えめで、決して地味というわけでもないが見るからに高級そうではある。


「どうしてその格好に?」


「日本の伝統技は和服と存じています。これなら怪しまれませんよ」


「……言っとくが今の日本だって和服を着ていれば目を引くぞ」


 雛月は心底意外そうに声を出して驚き、再度桃色の光を纏って着替え始める。次に着替えたのは何故か婦警の姿だった。

 一見すれば違和感はないが、よくよく考えてみれば違和感の塊であることに気づくことにそう時間はかからない。

 龍吾の買い物に婦警が付き添っているのもおかしな話だが、一番おかしいのは彼女の髪とネコのような丸い耳飾りだった。服装こそ日本のものに合わせているが、流れる清流のような水色の髪に、淡い青色の光を灯すネコ耳の飾りだけは絶対に変えないがためにどうしても浮いてしまう格好となるのだ。


「服装は後にして、髪の色とか変えられないのか? それとそのネコ耳みたいな飾りも取ったほうがいいぞ」


「髪の色はともかく、これは取れません。いえ……取れるには取れるのですが、これは……その〜……」


「理由があるにしても、それをどうにかしないと嫌でも他の人の目につくぞ」


 困惑する雛月は、最終的に姿を隠しながらついていくという形に収まって二人は家を後にした。

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