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夜風

 輝夜と雛月が出て行ってからほんの数分しか経っていないにも関わらず、室内の静寂を数年ぶりに味わったかのような錯覚に龍吾は捉われていた。

 落ち着きを取り戻しつつある龍吾の脳内が、特に留意すべき点を整えていく。

 輝夜がいなくなったことで、近いうちに来るであろう取り立て屋の報復をどう凌ぐか。

 輝夜がいなくなったことで、天月人から狙われることはなくなるのか。大きく取り上げればこの二つが、彼にとって大きな気がかりなことだ。

 急いで引き止めることも考えたが、それでも輝夜がどのような理由であれ億を超える人々を殺したという事実が付いて回る。彼女の気まぐれで、龍吾が今後振り回されないという保証もない。

 しかし龍吾はそこに一つの疑問を抱いていた。それは他ならぬ輝夜の行動や性格の面だ。

 龍吾にとって、輝夜の性格ではお世辞でも億を超える虐殺を行うほどのメンタリティを持っているとは思えないのだ。

 出会ってから時折見せる幼児のような行動。感情の波の激しさなどを見ていると、土台出来そうにないと龍吾には思えた。

 しかし逆を言えばそれほど感情の波が激しいからこそ、気分次第で億を超える虐殺が出来てしまうという仮説も成り立ってしまう。

 輝夜と出会ってからまだ二十四時間も経っていない。輝夜は一体何者なのか。脱獄の真意とは。あれやこれやと整理したはずの脳内が次第に乱れていく。


(ダメだ。一旦考えるのを止めよう。これ以上考えたら頭がイカれちまう)


 一息ついて龍吾が天井を眺めていると、ドアが激しく叩かれた。

 龍吾の肩が大きく跳ねる。輝夜が戻って来たのか。それとも入れ違いで取り立て屋が来たのか。ドアの向こうにいる誰かは、しかしノックの仕方や叩く音の強さをよく聞くとどちらでもないということを龍吾は感じ取った。

 龍吾は恐る恐るドアスコープを覗くと、金髪の頭頂部がスコープの下に丸々と置いてあった。

 ドアを開くとそこには体つきこそグラマーだが、明らかに十歳にも満たない少女『風華(ふうか)』が立っている。

 見た目や服装などから天月人なのは龍吾にも分かったが、龍吾の半分しかない身長やあどけない表情故に危機感はどうしても薄れてしまう。


「あなたが雪下 龍吾ですね。会って早々ですが、大人しくわたしの言うことを聞きなさい。そうすれば命だけは助けてあげますよ」


 風華が得意げに指を指して脅しにかかるものの、龍吾は全く恐れていない。

 彼女の見た目もそうだが、鉄花と対面したときの恐怖に比べれば風華のやることは恐怖よりも安堵を覚えてしまうほどだ。


「そうかそうか。それよりも君、アメでも食べるか?」


 戸棚から取り出したアメを風華へと差し出す。

 完全に風華を子供扱いしている龍吾だが、風華も風華でアメを見るや否や「いいんですか?」と目を輝かせて食いついた。


「ああ。一個と言わず袋ごと持ってっていいぞ」


 袋ごと手渡すと風華は任務のことなど完全に忘れているかのように喜び、龍吾はそのままドアを静かに閉めて鍵をかけた。


(アレは子供だ。近所にいる子供。ちょっとアニメチックなことをやりたい年頃なんだろうよ)


 居間に戻りながら無理やり自分自身を納得させようとしている龍吾だが、直後、背後のドアが音を立てて吹き飛んだ。

 振り返ると風華を起点に轟々と風を吹かせていて、風華も少し浮いている。


「バカにしないでくださいよ。わたしは本気なんですからね」


 青みがかった紫の瞳が光を放ちながら龍吾を見据える。

 ムスッとした表情に、アメを頬張っている口さえ見なければ龍吾にはもっと緊張感が生まれたことだろう。

 しかし風華の周りで渦巻く風は、徐々にだが強さを増している。ヘタに動けば吹き飛ばされかねない。


(勘弁してくれよ……)


 ※


 一方、新たな仲間となったボタンを迎えている輝夜と雛月にも刺客である冥が忍び寄って来ていた。厳密に言えば忍び寄るではなく、突っ込んで来ている、だが。

 気配に気づいた輝夜と雛月が目線を同じ方向へと向けると、世田谷ビジネススクエアの屋上から一直線に向かってくる冥の影が一つ。

 冥は境内へ滑り込むように着地すると、勢いを殺しつつ回転しながら体勢を整える。

 輝夜と同じ紫色の目が残光を残しながら輝夜を見据えているが、背後にあった灯籠に後頭部をぶつけると両手で押さえてうずくまってしまった。

 雛月は顔を逸らしているが肩が小刻みに揺れているし、喉の奥で押し殺しながらも笑いが漏れていた。

 輝夜はというと、先ほどとは違って笑うことすらせず、只々呆れている。


「どこの誰か分からないけど、貴女、それをやるためにわざわざ地球に来たの?」


 包み隠さない嫌味を堂々と言い切ったことで、雛月は押し殺していた笑いを堪えきれずにとうとう吹き出してしまった。

 それに逆上した冥は、片手で頭を抑えつつ輝夜と相見える。


「よ、余裕だな。さすが鬼姫と称されるだけある魂胆の持ち主だ」


 『鬼姫』

 その一言を聞いた途端、輝夜から呆れの表情が瞬時に消えた。

 周囲の空気が鋭利に張り詰め、所々で電気が走るような音が鳴る。

 鬼のような剣幕になっていく輝夜を雛月は面と向かって見ていないのに、戦意を失ってすっかり縮こまっている。

 対して冥は少し気圧されてはいるものの、その目から闘志が消えるどころか逆に煌々と輝いていた。


「だが、そういった油断が自分の足を引っ張るんだぞ」


 虚空に手をかざすと、ヴァジュラに似た武具が二つ現れた。冥が手に取ると左右から光の刃がスズメバチの羽音さながらに、警戒心を煽る音を立てて輝き、切っ先は輝夜に向けられる。


「私の名は『(めい)』。月宮(つきのみや)解放軍(かいほうぐん)第七隊隊長が一人。いざや推してまい━━」


 闘志をみなぎらせ今まさに輝夜へ向かおうとしたそのとき、突如姿を消していたボタンが雛月から飛び出て冥の前へと(おど)り出た。

 桜色の瞳が激しく煌めき、目から残光をほとばしらせながら見下ろしている。

 輝夜の比ではない剣幕で冥を睨むボタンは、雛月の精靈であるために言葉を発しない。発しないものの、何を伝えたいのかは全員が本能で理解できた。

 『ここで闘う気ではないだろうな?』という警告の意思だ。

 ボタンにとって唯一無二の主神が住う神社内で血潮の飛び交う争乱をすることは、(ボタン)に喧嘩を売ることと同義だ。

 ボタンの意思を察した冥は、出した光の刃を大人しくしまってバツの悪そうな顔をして輝夜を見る。


「ば、場所を変えるぞ……」


 トボトボと境内を出る冥を見送ると、ボタンは瞬時にその場から姿を消した。

 冥は二人に見えないようにこっそりと袖口に隠した通信機で風華へと通信をし始めた。 

(風華、聞こえるか? 予定変更だ。私が出向いた神社ではなく、裏手にある通りで合流するぞ)


(えっ? 何か問題が起きたのですか?)


(その通りだ。輝夜の従者、とんでもない精靈を味方につけている。正直輝夜なんか目じゃない感じが否めん)


(えっ……えっ……? それじゃあわたしたち、負けるために来たようなものじゃないですか?)


(そ、そんな弱音を吐いちゃダメだぞ。何か必ず突破口があるはず。人質はちゃんと捕らえているな? 捕らえたならそれも鍵となる。私の合図は分かっているな?)


(わ、分かっていますけど……ホントに大丈夫なんですか?)


(だ……大丈夫だ、大丈夫! 私に任せろ)


 思念で通話できる、月界では一般的な通信装置。それを使っているのは、二人に背を向けている冥なら誤魔化せると彼女は思っていた。

 しかし雛月には、冥の動作から通信機を使っていることをあっさりと見破った。加えて彼女は、冥が通信をしていることから他にも別の仲間がいることを自然と導き出す。

 冥の知らないところで、すでに計画の大半が破綻していることを、冥は知る(よし)もない。

 同じ天月人なのにどこか抜けた感じである冥を前に、輝夜と雛月は小さな声で思ったことを交わす。


「彼女、月宮解放軍の隊長とか言っていたけど、あんな間抜けでもなれるくらい人手が足りないの?」


「全てが全てとは思えませんが、人手が不足しているのは確かです。度のすぎた抗議活動や声明を頻繁に行うので、数年前から月界警備軍に目をつけられているのです。

 しかし……こうも間が抜けすぎていると、逆に演技か作戦の内なのではと思います」


 雛月は来たる戦いに備え密かにスミレを召喚させると、天然のトンネルを作り出している木々の間に忍ばせた。

 何食わぬ顔で冥の後をつける雛月は、冥という相手もさることながらまだ見ぬもう一人の相手を気にかけていた。


(通信先は分からなかったけれど、相手がもう一人いるのは間違いない。だけど、その相手はどこにいる? ……龍吾様は大丈夫でしょうか……)


 一行は用賀神社の裏を通り過ぎ、都立高校が前にそびえている放置された森へとたどり着いた。

 開発予定地ではあるものの、今は手がつけられていないのでありのままに自然が育っている。

 一度足を踏み入れれば鬱蒼と茂る木々が空を隠し、夏の陽は木漏れ日としてわずかに射し込むだけ。

 朝の早い時間だというのに、その森の中だけは暗闇がほとんど支配している。


「ここなら大丈夫だろう。……大丈夫だよな?」


「私に聞かないでくれる? 貴女、隊長格でしょう?」


「う、うるさい! とにもかくにも、これで邪魔は入らんだろう。月宮解放軍第七隊隊長、冥。改めて、推してまい━━」


「その前に一つ聞いていいかしら」


 冥のことをお構いなしに割って入る輝夜に、冥は完全にペースを乱されていた。そのくせ無視をすればいいのに冥も律儀に話を聞くものだから、余計に間抜けな印象が強くなっていく。


「貴女はさっき月宮解放軍の出だと言ったわね。月界は政府も、保守や改革の派閥関係なく、総出で私を狙っていると思っていいのかしら?」


「……何を聞くかと思えば、そんなことか。分かり切ったことを答えるほど私は甘くないぞ。さあ、話は終わりだ。月宮解放軍第七隊隊長、冥。推して参る!」


 改めてヴァジュラから光の刃を出させると、輝夜目がけて冥が突撃する。

 ひどく面倒臭そうな態度をとりながら輝夜が応戦しようとすると、輝夜と雛月は背後からの気配に感づいてその場から跳ねて避けた。

 直後に先ほど神社で見たような黒の凝縮が振り下ろされる。

 正体は地面の影から現れた腕の形をした闇だ。

 冥の能力。そう二人が理解した後に、冥は距離を詰めて輝夜へ矢継ぎ早の攻撃を流れるように始めた。

 二刀流の戦闘方法は先ほどの失態を微塵も感じさせない猛攻。しかもその攻撃は感情に駆られてのメチャクチャな攻め方ではなく、ちゃんとした型を持っている攻め方だ。

 輝夜は目視で刀筋を見極め避けているが、矢継ぎ早の攻撃は反撃の余地を与えさせないものだった。

 頭。足。胴。足。胴。頭。

 迷いなく、激流のように剣と格闘を織り交ぜた攻めに加え、忘れた頃に現れる闇の腕や刃が輝夜に一瞬の隙さえ与えない。

 が、それと同時に面と向かって対峙している輝夜の目に入る異物があった。

 冥の()だ。

 輝夜や雛月の胸も大層な大きさだが、彼女のはそれの更に一周り大きい。はち切れんばかりに実った爆乳が身動き一つする度に踊るように弾み、嫌でも輝夜の集中を乱していく。

 その一方で雛月はどうしているのかと言われれば、冥と輝夜の間に入らせないように冥の能力が阻んでいた。

 暗がりの中、全方位から矢継ぎ早に突如として現れる黒い腕に刃。

 輝夜が受けている猛攻と同じかそれ以上の攻めの嵐は、雛月の介入を一切許さない。

 自分の力と武器と能力。それらの長所と短所を熟知しているからこその攻め方は、それだけ彼女が戦闘に慣れた猛者であると否が応でも認めざるを得ない。

 そうこうしていると、雛月の方から悲鳴が上がった。死角から腕に掴まれたのだ。

 腕は瞬く間に黒い繭のように変わって雛月を包むと、そのまま黒炎を噴きながら爆発した。

 そこへ念押しといわんばかりに四方から腕の先が剣やハンマー状になった闇が現れ、雛月をめった打ちにする。

 冥はしたり顔で輝夜へと攻め続けようとしたが、直後に雛月の方から暗がりを一気に晴らすほどの光が爆ぜた。

 二人が目を向けると、そこには雛月と、神々しい光を放つボタンがいた。


「試させてもらいますよ。地球の、日本の地に住う神の力を」

冥 能力値 特 上 普 下 苦


腕力 普

走力 上

守備 上

察知力 普

持久力 上

知識 下


初符:暗獄


特徴:暗部から闇の手(形は簡単な物なら変更可能)で攻撃する。暗部さえあれば幾らでも闇の手を作り出せる。


弱点:光がある場所や朝などの時間帯では暗部がっても闇の手の持続と力が低くなる。

本人の意志と直結している。

暗部が無い所では発動出来ない。


終符 冥獄斧 


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