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牡丹

「輝夜が……億を超える人を殺した?」


 龍吾の耳に飛び込んできた衝撃の事実は、にわかには信じがたいものだった。

 しかし無理もない。億を超える犠牲者なぞ地球の近代歴史上では、人工調節者とすら言われたヒトラー、スターリン、毛沢東の三人が出した犠牲者の数を足してもなお届かない数字だ。

 嘘か真かはさておき、そんなことを聞けば誰だって自分の家に居座らせるのを拒みたくなるものではある。


「なんだってそんなことを」


「……報復のためよ。私を嘲笑(あざわら)った全てに対して、もう二度とそんなことができないようにね」


 真意を問いただそうと聞いた龍吾に、輝夜は誇らしげに、しかしどこかぎこちなく胸を張って輝夜は答えた。

 そんな不自然さも輝夜の口から出た答えを聞けばたちどころに掻き消える。目の前にいる存在と一つ屋根の下で居座らせるのは危険だと、彼の第六感が警鐘を鳴らす。


「じ、冗談じゃない。そんな虐殺者、家に置けるか」


 龍吾の傍らで気が気じゃないように輝夜を見ていた雛月が、たまりかねて龍吾へと迫った。鬼気迫る面持ちと傷だらけの見た目も相まって、有無を言わせない雰囲気だ。


「龍吾様、お待ち下さい。誤解にございます。輝夜様も、そのようなお言葉では悪印象しか持たれません」


 必死に弁明する雛月に言葉を失う龍吾。しかしどのような言い分であっても、焦燥に駆られた今の龍吾では聞く耳が持てなかった。


「待てるか。そんな奴となんか誰が住むかってんだ」


 言うと龍吾は、自分の家であるにも関わらずドアを開けて外に出てしまった。

 靴も履かずに飛び出した龍吾は、家の前にある道路に出たところでかすかな笑い声を耳にした。それを聞いて龍吾は冷静になり、立ち止まる。


「なんで俺が出ていくんだよ」


 踵を返して家へと戻ろうとすると、耳にしていた笑い声が次第に大きくなっていく。

 まさかと思いつつ自室の前まで行きそっとドアを開けると、ドアの方を指差してケラケラと子供のように笑う輝夜がいた。

 側にいる雛月を見ても、彼女はただ呆然としている。龍吾に気がついて目線を向ける雛月は、輝夜の従者なのに助けを求めているような弱々しい目つきだった。


「り、龍吾様……これは……どういう」


「俺に聞くな。俺だって知りたい」


 困惑する龍吾が目線を戻すと、いつの間にか輝夜は笑うのを止めている。

 笑い出す前の状態の輝夜と、今しがた目にした子供のように笑う輝夜の変貌ぶりは、あたかも電源をつけたかのような切り替わりの速さだ。


「ここは貴方の家じゃなくて?」


 意地の悪い蠱惑な笑みを浮かべる輝夜に、先ほどの子供のような面影はない。

 その様を見て、龍吾は我に返るとドアを全開にして二人に出ていくよう催促する。


「そうだよ、俺の家だよ。お前が出て行くんだよ。億を超える人間を殺した奴だなんてお断りだ」


 すると輝夜は、家に居させてもらう身であることを感じさせない不敵さを醸し出しながら龍吾に寄った。


「私は別に構わないけど。そうなると貴方の金貸したちからも。来ないとは思うけど天月人からも守れないわよ」


 龍吾の弱みを知っている輝夜からの一言で、龍吾の心はいともたやすく揺れ動く。

 しかし龍吾は心を奮い立たせて「いいさ」と言い切った。


「俺はお前の気まぐれでなんか、死にたくないんだよ。さあ、とっとと出ていってくれ」


 雛月が慌てて龍吾に弁明しようとするが、輝夜は不敵な笑みを崩さずに止める。「それは残念」と一言呟くと、輝夜は雛月を連れて出て行った。

 静寂の戻った室内で龍吾はため息を吐くと、何もない天井をしばらくボウッと見つめていた。


 ※


「どうしてあのようなことを? あれでは輝夜様の印象が悪くなるだけではないですか」


 憤慨する雛月を冷めた目で見る輝夜は、さもありなんという風に返す。


「私は事実を言っただけよ。それで彼がどう反応するかは彼次第。結果はこのような形だったけど。

 それに、ああは言っても彼が抱える事情から察するに、彼、否が応でも私たちに助けを求めるでしょうね」


「それはどういうことですか」


「そのうち分かるわ。それよりも雛月、貴女の興味をひくものがこの街にあるわ。ついて来なさい」


 体の傷がほとんど癒えてきた雛月は、今一つ()に落ちないように輝夜の後についていく。

 そうして二人がたどり着いたのは、閑静な住宅地にたたずむ用賀神社だった。

 歴史のある神社だが、神主の手入れが行き渡っていないからか寂れた印象が大きい。鳥居の一部は欠け、境内に続く階段は散らかっている。由緒のある神社とはいっても、これでは台無しもいいところだ。

 道ゆく人たちは見慣れた光景として、あるいはスマートフォンなどを歩きながらしているせいもあって誰も見向きもしない。

 しかし二人は違った。特に雛月に関しては、血も凍るような戦慄にかられて蒼白の顔となっている。

 その二人に見える光景とは、神社だけがドス黒い闇に包まれた異常極まる光景だった。

 黒に黒を重ねた真っ黒の空間からは、時々金色の光が雲間より射しこむ光のように漏れている。


「……輝夜様……このような存在をどうやって知られたんですか」


「さっき貴女が天月人と戦っていたときよ。コレ、貴女の戦力として扱えそうじゃない?」


「正気ですか? これはただの精靈の類ではありません。荒魂、つまりは神の位です。ヘタをすれば殺されかねませんよ?」


「でも堕ちた悪霊ではないから、話は通じるでしょう。雛月、これから私たちは嫌でも激戦の渦中へと落ちるのよ。貴女も私も、終符を使ってなお勝てない敵がきっと来る。その対策として、あの神霊を引き入れるのよ」


 雛月がドス黒い闇に包まれた神社を見る。

 二人に気づいたのか、闇の濃さが増して赤い雷がほとばしっている。聖域である神社なのに禍々しいそこへ行くとなれば、雛月が二の足を踏んでしまうのは必然的だ。

 心の中で(簡単に言わないで下さいよ)と、悪態をついた雛月は渋々境内へと入って行った。

 追って輝夜も境内へと入るが、充満した闇の中は一歩間違えれば四肢をもがれそうな圧で満たされている。憎悪というよりは憤慨した人を前にしたような空気だ。


「何が分かる? 雛月」


 気圧されることなくいたって普通に聞く輝夜に対し、神妙な面持ちを崩さない雛月はさながら心霊番組で出てくる霊能者のように分かったことを代弁する。━━もっとも、彼女たちが目にしているのは正真正銘の靈ではあるが。


「……結論から言いますと、この闇の正体はこの神社に住う主神ではありません。その下で忠誠を誓っている神によるものです」


 当初雛月が懸念していたことに反して闇を作っている荒魂は、雛月が荒魂と通じることが分かるや否や不満を当てるかのように真相を明かした。

 ここの荒魂がここまで禍々しくなったのは、時代の変化によって人々の神に対する信仰の姿勢が曲がってしまったからだった。

 こと、荒魂にとっては全てが霞んで見えるほど尊く見ている主神がおざなりにされることは自分の死よりも辛く、腹立たしいことだった。

 ところが主神の考えは違った。

 人間が進化をすれば神への見方が変わるのは必然であり、憤るだけ徒労なのだと主神は言う。

 加えていくら時が経とうと人間の神に対する根本的な姿勢は決して覆らないからこそ、自分たちは人々を見守ろうという荒魂の意思とはかすりもしないものだった。

 敬愛し、忠誠を誓う主神へ逆らうことは出来ない。しかし日に日に雑になる人々の信仰を前に憤りは積もるばかり。どうすることも出来ずにジレンマに落ち入り、とうとう荒魂となってしまったのが事の真相であった。

 そのくせ主神への忠誠は決して消えず荒魂となって荒ぶりながらも、主神と眷属が住う神社だけはしっかり守るという律儀な面だけは忘れていなかった。

 一方で主神はどうしたのかといえば、暴走気味な荒魂をただ見ているだけなのだという。怒って泣きじゃくる子を見る親のように。


「それで、主神の方はどうしたいと仰っているのかしら」


「この荒魂に、少し外を見させるべきとのことです。荒魂の方は、生まれてからずっとこの社を、ひいては主神の側から離れたことがないので、考えに限界が生まれてしまうそうです」


 すると輝夜の口角が、待っていたといわんばかりに釣り上がる。


「それなら好都合だわ。社会見学がてら、その溜まった鬱憤を天月人に晴らしてみましょうよ」


 雛月は輝夜に見えないように眉をしかめると、彼女なりの精靈転化術を始動させた。

 手のひらから青い光を灯すと、凝縮された闇が光へ吸い込まれていく。

 呻き声にも似た音を立てながら周りの闇が渦巻き、二人の周りだけ嵐が巻き起こる。

 体はあっという間にずぶ濡れになり、呻き声から咆哮のような風音に切り替わって辺りで轟いている。

 すると乱暴に吹き荒れていた嵐が瞬時に止んで、吸い込まれていった闇から一人の女性が現れた。

 白のショートヘアに元荒魂という事もあって、付け込む隙すら与えない凛々しい顔つき。躯体は仁王像にも似た、痩せ過ぎずひき締まった逞しい物だ。

 腰に引っ下げた月輪は荒魂の力を最小限に留める道具だが、それをかけてなお雛月に伝わる力の波動は尋常ではない。精靈へと転化させたとはいえ、実質的なそれは神の類だ。

 逆を言えば今この瞬間、輝夜と雛月は並ぶ者がいない強大な味方を得たということでもある。

 ところが輝夜は喜びに浸るよりも前に、精靈の予想外な姿を見て呆然としていた。


「荒魂って……女性だったのね」


「本来は性別なんてないのですが、話を聞いててこういう雰囲気を感じたので形を与えました。形がないと好感を持ちにくいじゃないですか。名前はそうですね。……ボタン。貴女の名前は今から『ボタン』ですよ」


(好感はさておいて、女性にさせた意味ってあるのかしら)


 いまいち腑に落ちなさそうに首を傾げている輝夜をよそに、ボタンは実体を得た体を見て特に動じる事もなくじっと両手を見つめていた。

 おもむろにボタンが本殿へ振り向くと、彼女は主神から何かを伝えられ、それに呼応するように深い一礼をして本殿を後にした。


「彼女は今何を?」


「しばらくの別れの挨拶です。荒魂と成る前から主神と居ましたからね。心寂しさもひとしおでしょう」

 

 そういう雛月の意思とは裏腹に、ボタンは寂しさを感じさせない勇ましい表情で雛月達を見渡す。


「ボタン、私は雛月。そしてこちらは輝夜様です。これからよろしくお願いしますね」


 二人が晴れ渡った境内で新たな仲間を迎えている最中、用賀にそびえる『世田谷ビジネススクエア』の屋上から一つの人影が見ていた。

 少しだけ薄い紫色のロングヘアーと、頭一つ分はあろうかというほどの爆乳を引っさげた女性の名は『(めい)』。

 冥は手元のホログラムを点けて、嬉々としながら通信する。


風華(ふうか)、聞こえるか? 私はこれから輝夜たちの方へゆく。風華も予定通り人間の方を頼むぞ」


 通信先の相手は龍吾宅の真上。晴れ渡った空の上に浮いていた。

 ヘッドドレスをつけた金髪の少女『風華(ふうか)』は、発育の良い見た目とは裏腹に未だ十にも満たない子供だ。


「承知しました、冥様! ちなみにですが、人間を人質にとったらどうしますか?」


『もちろん、輝夜との戦闘で使うのだ。抵抗するようなら少し痛めつけて大人しくさせるんだ。だがくれぐれも、命の危機に瀕するようなことはしないように』


 風華が元気に返事をすると、ハヤブサのように真下へと降下した。

 何も知らない龍吾の下に、幼い悪意が迫る。

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