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枯れた華

 朔が取ったログは、天源が記したものだった。

 

 【巫界(みよ)があのような行動をとったのは、妻の考えを愚直に捉えたからだった。

 思えば私が『巫界』という名をつけようとした時も、巫界を月神の象徴として立てようとしたときも、彼女は反対した。

 妻は。いや、月魄は、私の座もろとも自滅させようとする魂胆なのだろう。そうはさせない。ここまで来て台無しになぞさせてなるものか。汚れ仕事は常日頃から無意味な闘争を続けている白痴の集団、月宮(つきのみや)解放軍(かいほうぐん)にでも手回しをしておこう。

 奴らならば、尻尾を振りながら二回返事で、私の言うことを聞くだろう】

 

 朔は凍りついたように動かなくなり、青ざめていく。

 月界の最高権力者にして象徴ともあろう存在が、自身の計画と保身のために、あろうことか過激派たちの集う改革派集団。

 『月宮(つきのみや)解放軍(かいほうぐん)』に手を回したという事実が、そこに記されていたからだ。

 いかに最高権力者いえどこんなスキャンダルが表沙汰になれば、それこそ驚天動地の大事件になる。

 だが、そういった月神に関するスキャンダルは権力による封殺もあるだろうが、一切の報道はなかった。

 その代わりに、災禍が起きたことで天源は行方不明に。

 月魄は生存が確認されているが、表舞台には出られない状態である。という報道が世に広まり、月界の悲劇として語られているのが現状である。

 だが、このような実態を知ったからには月魄の安否を今すぐにでも確認したいのが朔の心境ではあるが、平静を戻させながら記録を確認していく。

 五人の公達の甲斐なく、誰一人として輝夜を妻にできなかった後、噂を聞きつけた帝が、輝夜と文通を始めた後の音声記録だった。

 

 『巫界、聞こえているか』

 

 唐突の出来事だったのだろうか、輝夜はすぐに返事をせず、服のすれる音と急いで移動する足音がしばらく続いた。

 少し息が上がった状態で、輝夜が答える。

 

 『一体何の用ですか。貴方は以前、勘当すると言ったはずです』

 

 『言っただけだ。実際にするかしないかは、私が決めることだ』

 

 『見苦しい屁理屈』

 

 『なんとでも言え、この親不孝者の、不出来な娘め。お前が地球で生きると言った、その真意なぞどうでもいい。

 お前がこれ以上の無礼を働くならば、その土地。いや、その国もろとも葬るのは容易いことだ』

 

 途端、輝夜の強気な声が途絶え、すぐさま『どういうことですか』と大声で聞き返してきた。

 

 『言った通りだ。私の、月神たる権威に泥を投げつけ、あまつさえ地球で生きるという開き直り。到底許される行いではない。

 そもそも、天月人の存在が地球で知られることは、下賤(げせん)なる地球の者に危険な知識を与え、脅威となるだけのことだ。そうなる前に、危険な因子を排除するだけのことだ』

 

 『極論にもほどがあります。この星の人たちは、まだ空を飛ぶことさえ夢物語として語るほどしか文明が発達していません。だいたい、私が月界の知識を一から十まで全て語れると思っているのですか?』

 

 『思っているともよ。そう仕組んだからには』

 

 朔と輝夜が生唾を飲む音が、同時に室内で鳴り響く。

 

 『今や月界は、お前の断罪を求める声で満ちている。お前が何を言ったところで、一蹴されるのは目に見えていることだ。

 今の私にできることは二つ。

 一つは、今言った通りお前もろともその国を浄化すること。

 もう一つは、お前が月界に帰り、国民の前で断罪させ頃合いを計って体良く諭してやることだ。後者を取るならば、その儀を経て勘当を許そう。それが嫌ならその国もろとも滅べ』

 

 あまりに無茶苦茶な言い分と選択肢だった。

 輝夜からすれば、冤罪を被せられ、どっちを取っても悲劇の結末となる二択を突きつけられたのである。

 追い討ちをかけるように、天源は『時間はない。今すぐ決めろ』と言って、まともに考える時間を与えなかった。

 遠くから響く虫の鳴き声が、不気味なくらいにハッキリと聞こえる。

 音声記録なので、輝夜の姿はないものの、この音声が記録されている時の輝夜の姿が、朔には容易に想像できた。

 数分を経て、輝夜のか細い声が聞こえた。

 

 『……分かりました。帰り……ます』

 

 『賢明な判断だ。こちらも準備はしておく。あぁ、一つ言っておくが、無意味な抵抗は考えないことだ。そうなれば、お前にとっての悲劇が増えるだけだぞ』

 

 そう言い終わると、天源は通話を切った。

 集音機からは、輝夜のすすり泣く声が時間を経つにつれて慟哭に変わるのをしっかりと記録していた。

 やがて、翁との別れの日。竹取物語のクライマックス。

 輝夜が天へと帰るその日の様子は、羽衣や後光をまとった天女や神仏が飛車を連れて降臨した。というのが広く地球で知られているものだ。

 が、朔はその当時の記録と、地球での物語の内容とのあまりの違いに、ひどく憐れむ目を向けた。

 

 (……なるほど。地球では僕たち天月人が神仏のたぐいとして見られていたのか。そうあって欲しかった、のだろう。だが現実は……)

 

 朔が目線を外して、月界の戦艦、空母出撃記録に目を向ける。

 

 【月界警備軍。戦艦・空母出撃記録。第八百八十九記。

 地球へ向け、空母五隻。戦艦九十五隻。総勢百隻出撃。月神 天源様を搭乗させ、非戦闘員含む兵員、総数五百人出動確認】

 

 つまるところ、竹取物語で語られている神仏のような神々しい存在が雲に乗って輝夜を迎えに来たという部分は、実際には空一面を無数の戦艦と空母で埋め尽くされた絶望的な光景が、あの日広がっていたのである。

 

 (物語には、輝夜さんが羽衣を着せられて、飛車に乗ったとあるが……。羽衣。恐らくこれは、記憶と判断を一時的に無くさせる香を出す古道具。

 そして飛車は、収監した人が暴れないように、強い鎮静剤を常時噴出させている、静謐監(せいひつかん)だな。当時でも化石に等しいものばかりだが、天月人の威厳を見せつけるためにはそういったものを引っ張りだしてきたのだろう)

 

 かくして、朔でさえ化石に等しいと思う物を引っ張りだしての大規模な出撃には、月界でも当然話題となった。

 後日政府から国民に説明されたのは、『輝夜の終符(ついふ)・ならびに暗符(あんふ)の発動阻止のため』と記録されていた。

 が、いかに輝夜が罪人として見られているとはいえ、輝夜の素性を知らない国民からは「天月人一人に対して度を越している」「税金の無駄」「過大評価」という声が少なくなかった。

 だが輝夜が月界に戻った後は、そんな批評は一時の些事として片付けられる。

 輝夜は四方八方大衆に囲まれ、月界が揺れんばかりの、罵詈雑言と非難中傷を一身に負いながらの懺悔を行った。

 頃合いを見計らった天源が国民を鎮めさせ、輝夜の口から再度の謝罪の言葉を出させて終幕とさせる茶番が、当時の記事には一面を飾っていた。

 これにて決着と思いきや、二年後の戦艦・空母の離発着コロニーで輝夜と思しき一人の少女が地球に向かった記録が残っている。

 それが世に広まるより前に、記録は途絶えていた。

 日付が変わるより前に、未曾有にして惨憺なる被害が出た輝夜の暴走が起きたからだ。

 月全体の街も多大な被害を被ったが、それ以上に月界を巡るネットワーク網と、エネルギーケーブルが焼き払われたことが大きかった。

 ほぼ全てがデジタル化している月界は、復旧が完了するまでに原始的な生活を余儀なくされた。

 完全復旧が告げられたのは朔に物心が芽生えて間もない頃であり、今の繁栄ぶりは歴史的にも浅いものだった。

 

 (そして今、脱獄を果たした輝夜さんは、再び地球へ自らの意思で行った。恐らく、神無が輝夜さんを狙うのは、自らが月神の座につくことが狙いだろう。奴がこのことを知らずに行動を起こしているとは到底思えない。

 ……だが、輝夜さんと一緒にいる人間は? 彼はそもそも輝夜さんと、どういった関係なんだ?)

 

 朔は輝夜が地球から去った後の記録を探し、展開させた。

 他の記録と比べて容量は非常に小さく、内容もシンプルにまとめられている。

 記録には輝夜が去った後、竹取の翁が住んでいた一帯は衰退の一途をたどり、現地の歴史にさえ名を残すことなく自然の中へと還っていった。という内容だった。

 月界から捉えた衛星写真には、寒空の下にゴーストタウンと化した町が広がっていた。

 翁のいる屋敷も至るところで塗装が剥がれ落ち、広々とした庭も雑草が生え散らかったものに変わり果てていた。

 

 (この時はまだ、竹取の翁夫婦は生きているはずだが実際はどうなんだ? 

 地球で語られている物語と、月界での記録には大きな隔たりがある。きっと何かしらの記録があるはずだ)

 

 朔が意気込んで探すものの、翁に関する記録は先に展開させた一つだけだった。青く光るリングに腕輪をかざして調べるも、検索結果には何も引っかからない。

 そうしているうちに終わりを告げるアラートが鳴って、朔は名残惜しそうにその場を離れた。

 一階に戻ると、警備員からボディチェックを受けつつラピスラズリの球体からも隈なく身体を調べられる。

 三にも四にも渡るチェックが済んで愛刀とトンビコートを羽織り、図書館のドアを開くと車寄せのところで朔を迎えに来ていた警護二人が、敵意をむき出しにして一人の女性を見ていた。

 後頭部から伸びる、二本に束ねた赤い髪が特徴の女性『神刺(かんざし)』がいた。

 神刺は神無の側近にして懐刀。心酔と言っても過言ではないほどの忠誠を誓う天月人だ。

 朔は驚きを押し殺し、冷静を保ちながら神刺に問いかけた。

 

 「どうして貴女がここに?」

 

 やや濃い桃色の鋭利な眼差しが、文字通り刺すように朔を見据える。

 闇を思わせる瞳には一切の光はなく、必要ならば誰であろうと手にかけることを厭わないというのを語らずとも表している。

 そんな眼を向けられてもなお、朔は動じる様子を見せないようにしている。

 神刺は淡々と答えた。

 

 「貴様が、特級機密情報を保管しているここに来たとの情報を、責任者たる者から貰ったからだ」

 

 受付にいたスーツの男であることに気づいた朔は「あの人め」と、心中で悪態をつくように表情を少し曇らせた。

  

 「真実を知って、神無様に叛逆を起こす気だろう。ならば貴様は、国家の安寧を脅かす存在。ここで処分させてもらう」

 

 「お言葉ですが、僕にそんな力はありませんよ。総隊長の身とはいえ、最終的な指揮権は神無様が持っている。

 もしに僕が、本当に叛逆を起こそうとしても、一捻りにされるのは貴女だって分かるはずだ」

 

 「どう言い繕っても、貴様が後の脅威となり得ることは明確だ。故に、法で裁く余地なぞ不要。ここで処分することとしよう」

 

 話を一向に聞かない神刺が、能力を発動しようとしたときだった。

 不意に風が強くなると同時に、神刺と朔、そして警護二人が同じ方向へと視線を向けた。

 宙に浮きながらやってきた女性を見て、朔は安堵の表情を。神刺は苛立ちの表情を浮かべながら、三月皇の一人『月詠(つくよみ)』を迎えた。

 

 「穏やかではありませんね、神刺。一体何が起きたのでしょうか?」

 

 天女という言葉がピッタリと当てはまる、全身を薄い羽衣で包み、慈母を思わせるような柔和な声と表情を月詠は神刺に向ける。

 神刺は聞こえるくらいの舌打ちをすると「貴様には関係ない」と、目をそらしながら答えた。

 

 「はて。神無を守る懐刀の一人が出向くほどの事態でありながら、この私には話すことではないと。少し私には理解し難いことですね。もう少し詳しく話して頂けませんか?」

 

 月詠の言葉に神刺は殺意のこもった眼差しを朔に向けると、未練がましそうにその場を去っていった。

 朔は月詠の下に寄ると顔を赤らめて感謝を伝え、それに対して月詠も愛でるような表情を朔に向けた。

 やり取りの蚊帳の外にいた警護に、朔は思い出したように仕事の顔つきに戻って、命令をだした。

 

 「お二人に緊急の命令をします。月魄様の安否を、直ちに確認してきて下さい。あまり大胆な動きを見せないように。帰りは僕だけで大丈夫です」

 

 警護二人は「御意」と一言言うと、風に乗ったように素早くその場を後にした。

 人工的に作られた天候プログラムによって、一帯に黒雲が空を覆いはじめる。

 湿気の匂いが濃さを増していくなか、朔は二人が向かった先を見据えていた。

 

 「雨が降りますよ、朔。心のみならず体も病んでしまっては、元も子もありません」

 

 朔の心中を見透かしたような言葉に朔は一言返事を返すと、車寄せに戻されていた車に月詠を招いて乗り込み図書館を後にした。

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