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暗然の月

 無数の天月絡繰(あまつきのからくり)が地球へ向かう一隻の他惑星調査船の後を着いていく。

 月界に甚大な被害と犠牲者を出した月宮解放軍の、偽善に満ちた革命と言う名の暴動は僅か一日も経たずに軍長であった赫皇の敗走によって幕を閉じた。

 しかし今もなお革命が続いていると思い込んでいる解放軍の残党が、あちこちで月界を荒らし回っている。

 その対応に追われる朔と彼の配下、そして臨時で集められた警備軍たちが月界を右往左往している中、地球へと向かう赫皇たちを月詠は黙って見つめていた。

 すると月詠の背後に音もなく一つの影が現れる。


「雪下 龍吾のことは分かったのですか?」


 月詠は振り向きもせず背後に現れた少女に問いただす。


「まだ報告は上がってきてないけど……十中八九貴女の予想通りでしょうね……」


「ならば何がなんでも輝夜と彼を守りなさい。いよいよ正念場。一つの不手際も失敗も許しませんからね」


「……そうね……貴女の描いた理想の世界はもう目の前だもの? 失敗なんか許されないわよねえ? それにしても可笑(おか)しくて笑いが止まらないでしょう。こんなにも予定通りに事が進んで、もう勝ったも同然なんだから」


 蠱惑に語る少女の口元は邪悪な笑みを浮かべていて、とても少女の表せるような笑みではない。

 しかし月詠は表情を崩すことなく宇宙そとを見つめたまま動かない。

 薄幸という言葉が当て嵌まる見た目の色白な少女の精靈『クロユリ』は、簡単な挨拶だけするとその場から消えた。


 (事が順調だからこそ笑ってはいけないのですよ。浮ついた時ほど、予想外は嬉々として襲って来るのですから)


 ※


 冬の澄み渡った青空の下、雪化粧を終えた霊峰富士山は今日も眼下に広がる日本の街を悠々と見下ろしていた。

 そこに空から一隻の船が着地した。

 今の時期は数限られた登山者しか登れないために人気は皆無。それ故に山頂に降り立った銀皇と赫皇のことを知るのは、富士の山以外に誰もいない。

 寒風吹き荒れる中で銀皇は涼しい顔をして火口付近へと近づく。何も知らない赫皇は訝しみながらその後を着いていく。


「お前はさっき不死の靈薬があると言ったな。実在していたのか。神逆器じんがっきをも超える禁忌と言われた靈薬が」


「ああ。本来なら天源が使うはずだったが、輝夜が盗んで阻止した幻の逸品。最も、完成品と呼べるものは後にも先にも輝夜が持ち去ったその一本だけだがな。そして何の因果か靈薬はこの山に捨てられ、一種の制御弁となってこの山に根付いた。ソイツが今、永久の眠りから覚めていよいよ人の身に飲まれるってわけだ」


「……一つ聞くが何故俺に飲ませる?」


「簡単なことさ。兄貴がこの星の永遠の支配者になるためさ。寿命、老い、病。俺ら天月人ですら未だ苦しめられている枷から解放され、外敵を気にすることなく地球を支配出来れば、月での汚名も返上出来るだろ?」


 舌先三寸で赫皇を揺さぶる銀皇。もちろん今言っていることは、虚実入り混じった赫皇を持ち上げるための方便に過ぎず、真実は彼だけしか知らない。

 そうとは知らずいとも簡単に乗せられた赫皇は、先の月界での失態をあっさりと記憶から除外し、まだ叶ってもいない赫皇が統治する地球の有様を妄想して上機嫌になっていた。


「そういえばさっき不死の靈薬が制御弁とお前は言ったな。それは一体何のことだ」


「言葉の通りさ。地球には各所に靈光泉を生み出すための核がある。で、周期的に核が共鳴して地球規模の天変地異を引き起こし靈光泉を補充するが、靈薬が投入されるとその周期を極端なまでに遅らせる効果を持つ。一ヶ所封じるだけでも大きな効果さ。それが無くなれば……まあ地球人には堪える環境にはなるだろうな」


 銀皇が説明をしていると、遅れてやってきた天月絡繰が続々と富士山頂に降り立つ。

 銀皇がホログラムを出して操作をすると、プログラムを与えられた数体の絡繰が火口へと降りて行った。

 口から放つ特殊なレーザーによって火口が開けられていき、地獄の釜戸が開かれると中から一個の小さな小瓶が出て来た。

 冷却されて赫皇の手にしたそれは、花を模したガラスの瓶で、中には透き通るような青い液体が入っていた。


「……これが……靈薬か。本当に飲んでも大丈夫なのか?」


「味は保証しねえがな。さ、とっとと飲んじまいな。輝夜がいつ気が付いて飛んで来るか分からねえからよ」


 赫皇はおもむろに開封をして口を近づける。

 匂いはなく、飲んでも赫皇の表情は何も変化がない。

 飲み終わっても痒みや痛みといった心身の変化はなく、目に見える変化もないために銀皇に不信の目を向ける。

 すると銀皇は唐突に光線銃を実体化させると、赫皇の頭を数初撃ち抜いた。

 天月人といえど即死は免れない凶弾を受けた赫皇は、しかし歯茎を見せて怒りに震えながら「何をしやがる」と怒鳴り声を上げた。


「おめでとう兄貴。アンタはこれで本物の不死者となった。後は、この世界にアンタの名を轟かせるだけだ。手始めに……靈光泉を少し頂くとするかね」


「……泉取針が無いのに出来るのか」


「天月絡繰に泉取針の機能がある。そりゃあ泉取針に比べれば採取量は劣るが、俺らが活動するにあたっては問題のない量だ」


 次なる役目をインプットされた天月絡繰が次々に山頂から世界各地に飛び立っていく。

 そしてそれに合わせるかのように、地平線の彼方で黒い光柱が空を赤く染め上げて天へと伸びた。


「……始まったか。さあ、狂宴の始まりだ。喚いて騒いで逃げ惑え」


 ※


 時は赫皇たちが来る前に遡る。

 一夜の情事を終えた輝夜は、昼前に龍吾より先に目覚めていた。

 雛月が部屋に入り、対面した際にも輝夜は臆気もなく開口一番に言い切った。


「雛月、私は昨日龍吾と契りを交わしたわ。焦る必要はないけれど、いつかは貴女も交わすことね」


 その言葉を聞くや否や雛月は徐々に顔を赤らめながらも、拙い返事を返す。

 何故雛月も契約を交わすことになるのかと問われれば、彼女が従者だからの一言に尽きる。

 従者を持つ天月人が婚約をした場合、否応なく従者も相手先に嫁ぐのが天月人の仕来りであり常識なのだ。

 無論従者は相手を選べない。なので好意すら抱けない相手に嫁ぐ悲劇ケースも多いものの、反面雛月のように好意を抱いている相手と結ばれる喜劇ケースもある。

 いつかは来ると思っていた日が唐突に訪れたことに雛月は終始悶々としており、特に龍吾が目覚めてからは側から見ても分かるほど落ち着きのない素振りを見せていた。

 その後龍吾たちはホテルのスタッフと客がいないことをいいことに、食堂のバイキングで腹を満たした。

 法に反した行いだが龍吾たちはもう表社会で生きていくことは出来ず、人里離れた辺境の地で余生を過ごしていく他に生きていく術はない。

 それでも彼らには希望があった。それは食事をしながら今後どうやって生きていくかを全員で話していたときだった。


「神無は倒して、もう月界から敵が来ることもない。だけど俺たちの居場所はどこにもない。これからどうするべきか……」


「問題ありませんよ、龍吾様。この後の段取りとしては鏡界(きょうかい)を作り出し、私たちはそこで生きていく予定です」


「鏡界? なんだそれ」


「要約すると私たちしか入れない秘密基地みたいなもので、一帯と瓜二つの世界を作り出し、拠点とする特殊な技術です。能力者でなければ入ることが出来ないので、誰にも私たちの存在を知ることはないでしょう」


「そんなことが出来るのか?」


「出来るのですよ。地球に来る前からこうなるかもしれないと予定は立てていたので。ただ、鏡界を作るにあたって一日ほどお時間はかかりますが」


「家一軒建てる時間と比べればなんてことはないわね。一日待てばもうあの戦闘狂のイカれた奴らや、他人と関わらなくて済む。最高じゃないの」


「……そうだな。色々あったが、ようやく……ようやく落ち着いて過ごせる日々が来るんだな」


 感慨に耽る龍吾を輝夜は優しく見守る。

 彼の言う通り、輝夜が地球に来てからは怒涛の如き日々の連続だった。

 月からは天月人、国内からは四季皇護隊から狙われ、戦い、勝ち抜くというおおよそ普通に生きていればまず味わえない非日常の数々を龍吾たちは踏破してきた。

 そして月日を経ていく中で芽生えた情は、いつしかポッカリと欠けたところを補い合うかけがえのない存在となった。

 奇しくも龍吾たちは全員親を失った身。敵しかいない日本国内、延いては地球全体で唯一心を許せる存在とこれからを過ごせるならば、それ以上の幸せはない。

 幸せに彩られた日々が目の前で燦然と輝いているように心弾ませていた龍吾だが、現実はそんな甘くない。

 不幸とは、いつだって幸せの絶頂にある時に限って唐突に訪れて、容赦なく人を絶望の底へ蹴落とすのだ。

 突然、何の前触れもなく輝夜が目を見開いて息を呑んだ。

 二人の目が輝夜に向けられるが、輝夜はワナワナと震えながら明後日の方を虚ろに見ている。


「輝夜? どうしたんだ、喉になんか詰まったか?」


 龍吾の声は輝夜に届いていない。

 それもそのはず、今の輝夜には『月影』が仕掛けた終符によって『月魄』が受けた仕打ちの数々がフラッシュバックのように脳内に映り込んでいるからだ。

 輝夜が引き起こした暗符の暴走で表舞台から姿を消した後『天源』の計らいによって月宮解放軍の前身である面々に囚われ、人質兼慰み者として赫皇たちに扱われた挙句、最期は身籠もってしまった我が子と共に自害したという事実が鮮明に輝夜の脳に映し出されていく。

 生きていると思っていた母が既に他界し、とうとう叶わなくなった再会の夢が音を立てて崩れ落ち、輝夜の心は余す所なくひび割れていく。

 敵の襲撃や、能力による幻影であるという考えを巡らせる余裕などあるはずもなく、絶望という大津波が容赦なく輝夜を呑み込む。


「……そんな……そんな……うそ……おかあ……さん……」


「おい、どうした輝夜! おい! 目を覚ませ! 雛月、輝夜に何が起きてる?!」


「……が、外部からの能力干渉だとは思いますが、辺りから魔力を全く感じられないのです! い、一体何が……!」


 雛月も輝夜本人ですら感知し得なかった未知の能力を前に雛月が動揺していると、輝夜のドレスが生理的に拒否反応を示すような奇怪な動きをしながら周りに黒煙を噴き出した。


「……こ、これは……暗符(あんふ)!? 龍吾様、お逃げ下さい!」


 事態をいち早く理解した雛月が龍吾に危機を促す。

 しかし龍吾は逃げるどころか血相を変えて輝夜を抑えようとした。

 戦慄(わなな)く輝夜が弾かれたように顔を向ける。


「……輝夜……」


 輝夜は何も言わずに龍吾を突き飛ばし、一目散に食堂の窓を突き破って地上へと落ちていった。

 瞬間、空気が震えんばかりの重低音が轟いた。

 空を一目で異常と分かる赤に染めさせ、短時間で大地を満たした黒煙の海を割って姿を現したのは天上の彼方にまで届きそうな一体の巨影だった。

 二度目の暗符を発動し異形の姿となった輝夜、もとい『暗然の月』は、一言で言えばドレスを着た顔のない長髪の女性の姿だ。

 頭には巨大な輪光の如き頭飾りを付けて天高く聳え立ち、遠目から見れば真下へスポットライトを放つ黒い光のように見える

 遠吠えにも似た侘しい重低音を上げると、足下から真っ黒の炎が世界へ放たれた。

 その炎は不思議なことに火元からゼロ距離に等しい距離にいる龍吾と雛月は元より、周りの森が即座に灰になるものではなく、冬の寒気で満ちていた世界が一転して真夏の酷暑にも似た暑気へ様変わりさせるという奇妙な性質の炎だった。

 しかしその規模は甚大だ。炎は瞬く間に関東一帯に広がるだけで収まらず、日本列島を起点に全世界へと広まっていく。

 滝のように汗を流しながら変わり果てた輝夜の姿を見上げる龍吾は、届かないと分かっていても輝夜の名を叫ぶ。もしかしたら声が届いて暗符が解除され、元に戻るかもという儚い期待を無理やり持たせて。

 だが輝夜はそんな淡い期待を一蹴するかのように大気が震えんばかりの重低音を上げながら、龍吾たちを気にも止めず歩き出した。


「輝夜、目を覚ませ! 目を覚ましてくれーーっ! 雛月……なあ雛月、何とか出来ないのか? どうやったら輝夜が元に戻るんだ!」


「……暗符は発動すると、それこそ輝夜様の能力で能力を強制的に使えなくさせたり、あるいは暗符という能力そのものを消しでもしない限り能力は止まりません。そもそも暗符は発動すると無尽蔵に魔力を生み出すので……それこそ……台風が過ぎ去るのを待つように、暗符が終わるのをただ待つくらいしか私たちには……」


 絶望的な回答が龍吾の心に濃過ぎる影を落とす。そして今まで輝夜が当たり前のように使っていた能力の恩恵が、どれほど強力であったかがしみじみとのし掛かる。


「……そうだ。用賀神社で仲間にした神様……そう、ボタンを呼んでくれ。彼女なら神様の力で元に戻せるはずだ。ボタン! ボタン聞こえているだろう? 出て来てくれ、お願いだ!」


 龍吾の声にボタンは応じて出て来てはくれた。

 しかしボタンは龍吾の方をジッと見たまま動かない。その表情には同情とも憐憫とも似た表情を浮かべている。


「ボタン……?」


 龍吾の願いも虚しくボタンはそのまま姿を消してしまった。

 動揺と焦りが怒りとなり、柄にもなく喚き立てる龍吾を雛月が懸命に抑える。当の雛月でさえも、ボタンの意図は分からない。

 そんな龍吾たちをよそに、輝夜はあてもなく歩く。

 炎の勢いは治らず、青き星が黒へと塗り替えられていくばかりでなく、黒炎の下では地球外からやって来た天月絡繰が世界各国を蹂躙していた。

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