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鶴瓶落としの赫い空

 暗い暗い地下通路を赫皇は一人進み、奥に侘しく佇むドアを荒々しく蹴破った。


「……断りもなく部屋に入るとは……随分立派になったな、小僧」


 座敷の奥で大名よろしく堂々と座る男は、これから自分の身に起こることなど露知らず臆面もなく言う。

 彼こそが、かつて月界を治めた月神の一人にして、輝夜の父であった『天源(てんげん)』その人である。

 元とはいえ月神を前にしても赫皇は威勢を崩さない。見ようによっては小馬鹿にしているようにも見える。


「結論から言おう。()()()()()必要なくなった」


 前置きもなく唐突に言われた一言に、それまで大名然としていた天源は一転して顔に焦りを浮かべ出した。


「……なんだと? どういう意味だ」


「言葉の通りだ。もうお前は必要ない。天月絡繰はお前からの情報とは異なる場所にあった。泉取針にいたっては未だに影も形も掴めていない。月神だった頃の貯蓄も無くなった今、我々もこれ以上お前を匿う余裕はないのだ」


 赫皇の周りに濃い紫色の粒子がにわかに湧き出す。

 命の危機を感じ取った天源は「私を殺すか」と啖呵を切り、幾ばくもない余命を懸命に伸ばそうとする。


「お前たち月宮解放軍をここまで成長させたのは誰だ? 困窮に喘ぎ、ならず者どもの溜まり場と白い目で見られていたこの組織を、ここまで拡大出来たのは誰のおかげだ? この私だろう!

 巫界の起こした一件の後、混乱に乗じて略奪や殺人に拉致拷問をしていた不祥事を、私が治める世の実現を条件にツテで全て帳消しにさせ、ここまで成長させてやった恩を仇で返す気か!」


 赫皇は鼻で笑いながら手をおもむろに掲げると、突如天源の右手が跡形もなく消え去った。

 行くはずの所に向かっていた命の血潮が盛大に噴き出し、遅れてやって来た身を抉るような激痛に叫ぶ天源を、赫皇は冷たくあざ笑う。


「そんな昔のことなんか、とっくに忘れたよ」


 薄情に切り捨てる赫皇。

 今更になって天源は自らが従わせるべき相手を間違えたと言わんばかりに悪態をつき始める。

 それでも天源は最後の命乞いにも似た説得をするも、すでに運命は決まって覆りようがない。 


「わ……私が返り咲いた暁には、お前たちを側近として雇うことを約束したのに……貴様らはそれすら無碍にする気か!」


「無用だ。そもそも月神の座に座すのはお前じゃない。この俺だ。お前は過去の栄光ばかり見ている夢見がちな老害そのもの。お前の時代はとうに終わり、これからは俺たち若者の時代だ。後進に道を譲らん老ぼれは……死ね」


 赫皇の手から非常に薄い茶色の球体が放たれ、先ほど天源の右手を吹き飛ばしたときのように天源の上半身は跡形もなく消え去った。

 断末魔の叫びも、抵抗すら出来ないまま、月神と崇め奉られていた天源は波乱に満ちた人生とは打って変わって、呆気なくこの世を去って逝った。

 これこそが、赫皇の持つ初符。名を『伽藍瞳(がらんどう)』。

 質量を無視して触れたものを消滅させる球体を作り出すという、凶悪無比な能力だ。

 赫皇はこの凶悪かつ強力な能力に酔いしれ、絶対的な自信を持って疑わない。

 天源の遺体を尻目に、赫皇は部屋を後にした。

 もぬけの殻となったかつての拠点を何の躊躇いもなく爆破処理させると、連絡用のホログラムを映し出した。


「銀皇、お前今どこにいる」


『俺か? 翠天基地だよ』


「何故だ? 何故お前が翠天基地にいる」


『調整だよ。政府側にはまだ政軍指揮権があるはずだ。このまま行ったところで天月絡繰を逆に乗っ取られて、俺たちを逆に攻撃させるのは目に見えている。だから指揮権を受け付けなくさせる調整をかけてんのさ』


「……ふむ、なるほどな。よし、俺もそっちに行く。それまでには調整は終わってるだろう? いや、終わっているようにしろ。俺が着いたら、いよいよ攻め時だ」


『え? ……おい、ちょっと待━━』


 聞く耳を持たずに切った赫皇は、浮き足立った足取りで翠天基地へと向かった。

 行く先々で暴走した正義を振りかざしながら強奪や破壊の限りを尽くす部下たちが、上機嫌に赫皇へ挨拶をする。その度に彼は自分の治める世の実現が近いことに胸を弾ませていた。

 心中では歌を歌いながら小躍りしたいほどの高揚感に満たされつつも、部下が見ている手前それを必死になって抑える。が、口元には深い深いえくぼが刻まれており、早くも彼は勝ちを確信しているかのようだった。

 そうして彼は翠天基地へと辿り着いた。

 先行していた突撃隊たちがあちこちに見張りをしている広大な収納スペースに納められた天月絡繰(あまつきのからくり)は、甲型を守るかのように大量の乙型が規律よく納められている。

 甲乙共に獅子を象った四足歩行の巨大メカは、乙型は甲型とは異なり外装に幾重もの重火器装備を装着していて見た目も機械らしい無骨さを前に出している。

 片や甲型は乙型よりも大きく全体的に筋骨隆々とした造形で、乙型のような金属的な見た目ではなくラバーやプラスチックに似た素材を使っており、外装もほとんどなく曲線の多い近未来的な見た目をしている。


「今調整が終わった。これで政軍指揮権を発動されても大丈夫だ。それで、月詠(つくよみ)たちのいる瑠璃國への侵攻の段取りだが……」


「調整は終わったのだろう? それならさっさと突撃するまでだ。奴らに一息つける暇を与えてはならん」


 銀皇は絶句した。よもやここまで短絡的な思考だったとは、と言わんばかりの侮蔑と呆れの目を赫皇に惜しみなく向ける。


「……待てよ。今ここで一気に戦力を投下するのは早計だ。相手は三月皇の月詠だぞ? 下の奴らが言うには神無を終始圧倒していたほどの実力だ」


「それは神無と月詠が一対一の戦いだったからだろう。多勢に無勢。これだけの戦力。ましてや天月絡繰甲型がある以上、月詠とてひとたまりもないのは火を見るよりも明らか。何をそんなに恐れているのだ銀皇」


「恐れるさ。考えてもみろ。月界警備軍が総出になっても敵わない神無を圧倒したんだぞ? しかも月詠はまだ生きている。奴は一般人と同じ感覚で見てはならねえ。根拠もねえのに出れば犬死にするだけだぞ」


「グダグダ言うな。お前は心配し過ぎだ。いいか、こういう時は速度が重要なのだ。月詠やつだって俺たちの襲撃と神無との応戦で疲弊しているに違いないのだから、ここを一気に叩けばそれで万事解決だ。何も難しい話ではないだろう」


 銀皇はもう反論する気すら失せていた。根拠が皆無の机上論を疑うことなく盲信する赫皇に、これ以上言っても無駄だというのもあるが。

 伏せた目の下で銀皇は早々に次の手を練り出す。それは勝ちの算段とは全く異なる悪意と私欲に満ちた色であった。


「……そうかい。だが一つだけ、これだけは絶対に外せねえことを言わせてくれ。甲型は殿(しんがり)に回せ」


「何故だ」


「切り札は最後に取っておくべきだからだ。なにせ甲型は一機で乙型の五千機分に相当する性能を持つ。……手始めに乙型の波状攻撃で一気に捲し立て、月詠とその周りの奴らの持久力を消費させる。そこで最後に甲型でトドメを刺す。それで良いだろう?」


 赫皇よりは整った内容でありながら、赫皇自身はやや不満げではあった。が、渋々といった感じに了承すると「じゃあ後は頼んだ」と言って、銀皇は踵を返して基地を去ろうとする。


「おい、どこへ行くつもりだ」


「他惑星離発着所。調整が済んだら攻め時なんだろ? なら俺の出番は終わりだ。それともいなきゃならん事でもあるのか?」


「……いや、ないな。ちなみに聞くが何のために?」


「後始末の準備さ」


 簡単に伝えて基地を後にした銀皇を見届けると、館内に響き渡るほどの声量を上げた。


「さあお前たち! いよいよ船出の時だ。()()()が望んだ世界の実現はまもなく叶う。この絡繰たちと共に、新時代を阻む最後の三月皇を討ちに行くぞ! 目標は瑠璃國! 狙いは月詠! 天月絡繰、起動せよ! 俺たちの脅威を、共に倒せ!」


 赫皇の言葉に兵士たちが沸き上がり、調整を受けた天月絡繰も呼応するように各々が吼える。

 基地から飛び立つ絡繰たち。地上を闊歩する甲型と解放軍。

 一向の目には正義という名の狂気が灯っている。誰も自分を疑わず、自分勝手な大義名分を盲信しながら、月詠たちのいる瑠璃國を目指すのであった。


 ※


「……そうですか……分かりました。では各自、避難漏れがいないか最後の確認をして、早急に引き上げて下さい」


 片手間に治療を行いながら通信を行なっている朔は、ホログラムを切ると背後で浮きながら佇む月詠へと顔を向けた。


「言った通りでしょう? 朔」


「はい。……しかし、本当にお一人で向かうつもりですか? 相手は解放軍だけでなく、奪取された天月絡繰甲乙型合わせて数千とのことです」


「大丈夫ですよ。そのために瑠璃國にいる方々を避難させたのです」


 柔和な面持ちで朔の頭を撫でた月詠は、瑠璃國と各月界を結ぶ往来用ゲートを見つめた。

 ゲートの先から徐々に迫り来る鬨の波。

 先陣を切る無数の天月絡繰乙型と、その後に続く解放軍が乗った軍用船。

 開けっ放しの門に何の疑いも持つことなく、解放軍は瑠璃國へ侵入した。


『朔様、全員の避難と撤退が完了しました。いつでも始めて大丈夫です』


 タイミングよく入った一報に月詠の身体がフワリと浮く。

 瑠璃國の空に浮かぶ白く儚い光。そこへ群がろうとする悪意の黒影。

 赫皇を乗せた主船を筆頭に無数の軍用船と天月絡繰が三月皇を討とうと吶喊しようとしたその時。

 最前線を突っ切っていた乙型の機影が徐々に失速して地上へと下ろされていった。

 天月絡繰だけではない。解放軍の船も着陸態勢に入ってもいないのに月詠へ近づけば近づくほど、船は強引に地上へと下ろされていく。フルパワーで浮力を上げようとしても、威勢の良いモーター音に反して船は芋虫のようにズルズルと地上を這うばかり。

 その無様をすずしい顔をして見下ろす月詠は、悠々としながら浮いている。

 そんな矛盾する光景から導き出されるのは、否応なしに一つだけ。


「……ま、まさか……これが月詠(アイツ)の能力なのか? これだけの広範囲に奴は能力を展開出来るのか!? えぇい、全軍、高圧縮光線砲を使え! この距離でも月詠は狙えるだろう!」


 赫皇の命令通りに地に伏した軍用船から次々とビームが放たれる。

 重力の影響を受けずに寸分の狂いなく月詠に向けられた光線は、しかし月詠の手前辺りまで来ると素麺のように引き伸ばされながら月詠の周りを回り出し、やがて霧散した。

 トリックは至って単純。月詠の周りに極大の重力が渦巻いているからである。

 そんな単純なトリックであっても、赫皇たちに恐焦が伝心する。

 銀皇の言う通りであった。そして今になって神無を一人で圧倒させた月詠の恐ろしさが解放軍を凍りつかせていく。

 その恐れに追い討ちをかけるように、船体の軋みが強さを増していく。

 早々に勝ち目がないと判断した赫皇は自身を能力で包み込むと、あろうことか船外へ逃げ出したのだ。


「か、赫皇様! どちらに行かれるのですか! 我々も連れて行って下さい! 赫皇様! 赫皇様ーっ!」


 部下の制止も聞かずに我先にと逃げる赫皇。

 悲痛な叫び声と共に機体は紙のように潰され、あちこちで鉄の棺桶が地面と不相応な同化を辿らされていく。


「蛇蝎! 蛇蝎応答しろ! 蛇蝎!」


 ゲートを逆戻りしていく途中で赫皇は蛇蝎へ通信を試みるも、すでに月界のネットワークが麻痺したことと、蛇蝎率いる隊は皆、凌辱の宴に盛り上がっているために気付かない。

 盛大な悪態をつきながら赫皇は侵攻してくる残りの天月絡繰へ後退を命じながら、銀皇のいる他惑星離発着コロニーへと向かった。


 ※


 兵士と天月絡繰を当初の半分ほどを失った赫皇は、銀皇に連絡をとって彼のいる他惑星離発着コロニーへ滑り込むように逃げて来ると、まず最初に聞かれたのは「月詠は?」という一言だった。


「……俺を馬鹿にしたいがためか」


「そんな理由のために聞くくらいなら最初からバカにしてる。で、月詠は? 生きてんのか、それとも負傷してんのか」


「……生きてるし負傷すらしていない」


「ああそりゃあマズい」


「そんなことはとっくに知ってる! 大体軍師たるお前が単独行動すること自体がおかしいことだ! お前が前線にいれば、少しは対抗出来たかもしれんのに!」


「いてもいなくても同じだ。俺は最初に言ったよな? 相手は神無を圧倒した月詠だと。それより、本当にマズいこと分かってるのか? ん……ああ……説明の手間が省けたな」


 銀皇が顎で指す先には、瑠璃國から出動した警備軍たちの乗る軍用船が燃え盛る月界へ拡がりつつあった。

 その中心には月詠がいる。

 相変わらず涼しい顔をして血の一滴も流さずに優雅に浮いている様を見れば、赫皇と共に向かった解放軍兵士たちは全滅したということが言わずとも察すれる。


『過激派組織。月宮解放軍長、赫皇。お前には暴動指導罪、内乱決起罪の他、元月神『天源』様の殺害容疑がかけられている。無駄な抵抗と逃走はやめて大人しく投降せよ』


 誰にも見られずに行った要人の殺害が早くも判明したこと、天月絡繰を用いても覆せない圧倒的な力の差を前に、赫皇は歯を食いしばりながら忌々しそうに警備軍の方を見据えている。


「銀皇……お前が漏らしたのか?」


「漏らしたら俺はとっくにヤツらに捕まってるだろ。落ち着きなよ兄貴。……とは言え、警備軍はどうにか出来ても、月詠が一緒じゃ勝ち目はないな。かと言って月界には逃げ場がない。んーこりゃあ、万事休すってヤツか?」


「呑気に言ってる場合か! どこか、どこかないのか逃げる場所は!」


「……あるぜ。地球って所が」


 赫皇が息を飲む。

 穢れた地に向かわざるを得ない不名誉が彼に抵抗を覚えさせるが、月界にいてもいつかは殺される。

 地球には輝夜がいるが、彼は彼女を脅威とは見ていなかった。

 神無と違い赫皇には神無には持ち合わせてなかった勝利の算段があるからだ。


「……よし、それならすぐに船を用意させろ。不愉快ながら状況が状況だ。地球に降り、態勢を整えて再戦といこう」


「ああついでに言うと着陸先は俺に任せて欲しい。なにせそこには今の月界ですら作ることが困難なある物があるからな」


「なんだ。何があるんだ」


「不死の靈薬(れいやく)だよ」

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