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彼女の名は

 真っ暗の部屋に地球を象った青いホログラムが浮かんだ。

 足まで髪を伸ばした女性がキーを入力してホログラムの中へ入っていくと、地球が電子の結晶となって霧散する。

 室内が回り始め、女性の足下が電子音と共に竹に包まれると地球へ勢いよく射出された。

 彼女はかつての地へと向かう。

 最愛の者と最高の日々を過ごし、望まぬ別れをした、あの地へ。


 ※


 時は二千十四年、夏の夕暮れ時。

 夕闇に暗くなっていく奥多摩の山奥で、指定された木々をチェーンソーで伐採する作業着姿の少年がいる。

 細すぎず太すぎない木が倒れると少年は防護マスクを外し、汗まみれの顔で息を吐いた。

 彼の名は、雪下ゆきもと 龍吾りゅうご

 都立高校に通う彼は、祖父が作った借金の連帯保証人の一人にさせられた。

 未成年なのに何故と言われれば、時の政権によって強行採決された法によって未成年でも連帯責任者と見なされたからである。

 彼とその家族は一家揃って取り立ての恐喝に追われている最中に、当の祖父は蒸発。行き詰まった一家は、全滅を恐れて離散することとなった。

 龍吾は在校しながら一人で生活をし、両親との再会を夢見て借金を返済している日々を送っている。

 そんな彼には夢がある。

 『家族とまた共に暮らすこと』だ。

 ついこの前まで当たり前にあった環境は、身内の不始末で脆くも崩れ去った。しかし借金が無くなってしまえば家族が取り立て屋の影に怯える必要も、こうして一家が離散をする必要もなくなる。

 裕福でなくていい。また家族揃って卓を囲み、かつてのように笑い合って毎日を過ごす。

 そんな淡い夢を抱きながら、いつ終わるとも分からない無限地獄の中で彼は今日も今日とて汗水流しながら働いている。

 

 ※

 

 陽が落ち始めて森が暗くなっていく。退勤の時間が迫り、片付けに入ろうと事務所に戻ろうとしたときだった。

 耳が吹き飛ぶくらいの爆音に、身体が浮かぶほどの衝撃が龍吾の背後から襲いかかって、龍吾は元いた場所から五メートルほど飛ばされた。


「……な、何だ? 爆発?」

 

 立ち上がって音のした場所へ恐る恐る向かうと、そこには異様な光景が広がっていた。

 十メートルほどの深さのクレーターがポッカリと開いていて、その中心には天高くそびえる一本の竹が立っていたのだ。

 竹の周りではほのかに白煙が立ち込めており、周囲の木々もななめに傾いている。先ほどの音と衝撃波の原因が、この竹だというのは明白である。

 だが普通の竹より、太さも高さも倍以上ある。本当にコレは竹なのかと思うように龍吾が仰いでいると、音に気づいた従業員たちと主任がやって来た。

 そして皆一様に、眼前に広がるクレーターに驚愕していた。


「な、何だこりゃ! 何が起きたんだ?!」


「……すげぇ……爆弾でも爆発したのか?」


「龍吾大丈夫か。お前の近くに何もないか?」


 主任含む数名の従業員は、龍吾の背後にそびえ立っている竹に誰一人として気がついていない。身の丈を遥かに超える竹を前にしているのにも関わらず。


「あ、あの……皆さん、俺の後ろにあるのが見えないんですか? この大きな竹ですよ」


 龍吾は真剣な表情で背後を指差したが、主任たちは予想に反して怪訝(けげん)な表情で返す。


「大きな竹? 何言ってるんだ龍吾。近くにいたから頭がやられちまったか?」


「俺は正常ですよ! ここにあるじゃないですか、こんな大きな竹が!」


「……そうか……龍吾、今日は疲れたろう。帰ってしっかり休んどけ。で、ここはちょっとヤバそうだ。おい、倉庫から立ち入り禁止の道具一式持って来い」


 全員の口調や表情を見ても、ウソを言っている風ではない。従業員たちが去ってすぐに、龍吾は先の衝撃で吹き飛んだチェーンソーを持って来て、竹に恐る恐る触った。

 微かな温もりが竹の中から指先を伝う。耳をすませば小さく鼓動が脈打っている。

 この中に何かがいる。それは一体何なのか。

 生物。宇宙人。機械。

 あれやこれやと憶測が湧くが、その度に手に持っているチェーンソーで切り、中を見たいという衝動に駆られていく。

 すると突然、竹が眩く光り始めると。


「……貴方には見えているのね」


 艶かしく妖しげな女性の声が中から響いた。


「だ、誰だ?」


「知りたかったら自分の手で確かめてみたらどう?」


 地球の、日本の言葉を話す異世界の存在。それが龍吾を誘うように語りかける。

 龍吾は意を決して、チェーンソーを動かし竹の側面を切り始めた。 

 ガラスにヒビが入るような音が響くと同時に切り跡が竹の周囲を走ると、竹は音を立てて龍吾がいる反対側に倒れた。

 そこで龍吾は息を止め、目を見張った。

 竹の中から、女性が出てきたからだ。


「……やっぱり居心地悪いわね、これ」


 一糸まとわぬ身体はアルビノに近い肌の色で、はちきれんばかりの乳房と明確にくびれた胴。そして見事までの曲線を描いた臀部。一切の無駄が無い完成された美が、夜の森の中で神々しく佇んでいる。

 龍吾は未だ現状を理解できず、口を開けっ放しにしていた。


(……な、なんだよこれ。女性? 竹の中から? ……か、かぐ……や姫?  そ、そんなバカな!)


 竹の中から美女が出てくる。それはあの竹取物語そのものだ。空想の物語であるはずのことが現実に、龍吾の目の前で起きている。


「……初めまして。貴方、よくこの竹が見えたわね」


 裸体の女性が、妖しく艶のある声で龍吾に語りかける。しかし、龍吾は呆然と立ちつくすばかりで何も返さない。


「龍吾、まだそこにいるのか? 今そっちで大きな音がしたぞ?」


 遠くから主任の声が響いて龍吾はようやく我に返るが、次に待っていたのはこの現状をどうするかという問題だった。

 他の人には見えなかった巨大な竹の中から、人が出てきたと素直に言っても信じてもらえる訳はない。かといって適当にごまかせば事態は更にややこしくなる。

 とっさのことに龍吾は瞬時に頭をフル回転させると帰宅許可を出された身であることを思い出し、全裸の女性にコートを着させて仕事場を去った。


 ※

 

 バス停の辺りは道路に点る電灯が等間隔で光っている以外、真っ暗な世界になっていた。

 グリースを塗ったようなショートヘアーと顔は夏の暑さも加わって汗と油にまみれながら、龍吾は荒々しく息を吐いている。

 半袖からはこれまでの肉体労働で培われた引き締まった両腕が、未だ呼吸の整わない龍吾の上半身が倒れてしまわないように膝を支えにして伸びている。

 その横で蠱惑な声が静かに届く。


「息が上がっているわよ? 大丈夫?」


「だ、誰のせいだと思ってんだ! 仕事もカード切らないで抜けちまったし! ……面倒になる前に早くバス来てくれ!」


 呑気な言葉を投げる女性の傍では、龍吾が呼吸と状況を必死に整理していた。


「そうだ。これ返すわ。暑いし」


 女性が龍吾の背中に、先ほど着せた衣類を乗せられた。

 息が少しづつ整っていく中で乗せられた物の感触を理解した瞬間、龍吾はその女性から慌てて背を向けた。


「ば、バカ野郎! お前それ脱いだら裸だろ!」


 龍吾が目の端をちらと向けると、いつのまにか黒いドレスに女性は身を包ませていた。


「今度は顔が真っ赤よ? 大丈夫?」


「……あれ? い、いつの間に服を?」


 龍吾が目を見開いているのをよそに、女性はバス停の周りを見渡しながら不思議そうに口を開いた。


「それにしても貴方、ずいぶん辺鄙(へんぴ)な所に住んでるのね」


「いや……俺はここに住んでいねえよ。ここはバイト先だ」


 すると、女性は小さく首をかしげて返した。


「ばいと? ……どういう意味?」


「はぁ? バイトの意味知らねぇのか? 働いている所だよ」


 「あぁ」と言いながら、女性は妖艶な笑みを浮かべた。

 龍吾がおかしな奴だと言わんばかりの表情を向けていると、奥多摩駅行きのバスがやって来た。

 すると女性はバスの方へ目を向けると笑みを消して、気の抜けたような表情になった。


「これ……これが地球の車? すごいわ……本当にこんな古風な物が動いている!」


「……何言ってんだ?」


 先ほどまでの大人びた雰囲気が消えて子供のようにはしゃぐ女性は、停車したバスの扉が開くと「乗りましょう」と、やや興奮気味に言って乗り込んだ。


「お、おい待て! 整理券! 整理券取れって!」


「整理券?」


 龍吾は乗車口に付けられている整理券の発券機から二枚の券を取って女性に渡すと、券を縦横に裏表と隈なく見てから詠嘆(えいたん)した。


「ほ、本物の……整理券! これが交通機関で使われる整理券というものなのね! 書物で見たことはあるけど、本物は初めて見たわ!」


 女性の感動を前に、龍吾は怪しさや気味の悪さを更に表情に出していくばかりだった。二人以外誰もいないバスの中では、ミラー越しからの運転手の目線が一層目立つ。

 これだけでも恥ずかしいというのに、女性は止まることを知らない。

 バスが奥多摩駅に向かうまでの間、彼女は窓の景色で度々感動の声を上げた。離れた席に座っている龍吾は、声が上がる度に辟易した。

 そして駅に着くと先の大人びた雰囲気は完全に消え、隠すことなく幼い子供のようにはしゃいでいる。

 人気が少ないとはいえ道ゆく人の冷たい視線が容赦なく龍吾と女性に向けられるが、女性は全く意に介さない。


「なぁアンタ。一体いつまで着いてくるんだ?」

 

 すると女性は我に帰って軽く咳払いをすると、さも当然のように。しかしほんの一瞬だけ表情を曇らせながら、()()()()()()()()()()()言い返した。

 

「私は貴方の元に行くのよ。だってここに来て初めて出会った人ですから。……というよりも、地球で月の人間と出会えたというのに少し無粋過ぎないかしら?」

 

 龍吾の顔から表情が消える。

 本当に気が狂った奴だと思った龍吾はゆっくりと後ずさり、少しでも距離を取ろうとするが女性は躊躇うことなく続ける。

 

 「……あぁ、そうだったわね。自己紹介もまだだから、変なやつだと思うわよね。では遅ればせながら。

 私の名前は輝夜かぐや。月の世界に住む天月人あまつきびとであり、月神()()()()()()()わ」

感想をどうかお願いします。今後の作品作りで参考にしたいので、ここが良かった、ここはこうした方が良い等でも大歓迎です。何卒宜しくお願い致します。

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