この世界で私は……
「え、えと……」
上手く言葉が、まとまらない。彼を惹き寄せるために言葉を投げかけないといけないのに。
だが私の心にはまだ、あの鋭利な刃物が抜けないまま刺さっていた。
足が動かない。ここの翔哉くんはまだなにもしてないのに、面と向かうだけでこんなにも……
「優ちゃん。しっかり」
聖依の一声で、我に返った。自分から未来を変えようとここに来ているのに、こんな状態じゃ意味がない。
気持ちはあの時のままでいい
「あ、ありがとう。でももう教室すぐだから大丈夫」
また自分が話し易い時に、直接声をかけよう。腕も痛いし、ここで立ち止っているのも体力的にキツい。
教室に戻って、プリントを教卓に置く。
「ありがとう、聖依」
「どういたしまして」
肩を回しながら聖依が言う。口には出さなかったが、そうとう堪えていたのかもしれない。
私への優しさってやつか。いや、昔から一緒にいるからこそ、どんな頼みも引き受けてくれているのだろう。
「そういえば、考えたの? どう話しかけるか」
あぁ、そういえばそうだった。
「それが、なんか全然思いつかなくってねぇ」
結局いい考えは出てこなかった。悩めば悩むほど思い浮かばない。
そんな私の顔を見て、聖依は呆れた表情をした。
「そんなんじゃ、どんどん時間経っちゃうよ? 顔も良いし誰かに取られるかもよ? 」
たしかに、ここで皆が皆私に協力してくれるとは限らない。
ここに来て自分の思うように出来ると思っていたが、案外動き辛いかもしれない。というか、未来のことを言及できない時点で当たり前なのかも。
新学期恒例の自己紹介や書類提出も終わり、気づけば帰りの時間になっていた。
実のところ、話しかける言葉は思いつかなかったが、タイミングなら今と決めていた。
「あの、さっきは手伝おうとしてくれてありがとう」
今日きっかけがあったのだから今日のことを話せばいい。
「いや、結局オレ手伝ってないしお礼なんていいよ」
ここから前に手伝ってくれたことでもと、口を開こうとしたところで、思わぬことを翔哉くんは続けた。
「っていうか君、1年のとき家庭科室前の廊下で会ったよね? あの時の聞いた名前と自己紹介のとき同じだったし」
これには私も驚きを隠せなかった。元いた時間では翔哉くんはこのことを覚えていなかったから。
「お、覚えててくれたんだ。だけどなんであの時私の名前聞いたの? 」
私は不思議でたまらなかった。すぐにでも理由を聞きたかった。
「なんでだろ。忘れちゃったけど、また君に会えるような気がしたからかな」
一瞬にして私の顔は赤く染まった。前はこんなこと言わなかったのに、覚えているだけでこんなに言葉が違ってくるとは。
翔哉くんも言った後で、恥ずかしくなったのか、すこし赤らめていた。
「ごめん、なんか変なこと言ったね。気にしないで」
いやすごい気にします。
「で、でも嬉しかった。も、もちろん覚えててくれたことだよ。うん」
結局私は本当に翔哉くんのことが好きなんだろう。振られてあんな事まで言われても尚、彼を惹き付けたいと思っている。
大丈夫、今度は必ず成功する。
「これから1年、よろしくね。押原さん」
「よろしく。翔哉くん」
桜も始業式に比べ咲くようになってきたこの頃。始業式からもう1週間が経ってしまった。
結局、翔哉くんとは挨拶を交わすくらいで、好きなタイプとか、得意な教科とかさえも聞けてない。
これじゃあ前と変わんないじゃないか
とりあえず他の人から情報集めてみるか。
そういえば、聖依は彼と隣の席だ。授業中でもなにか聞いていることが、あるかもしれない。
「なぁ聖依。翔哉くんの好きなタイプってどういうのかわかる? 」
若干呆れ顔をした聖依は立ち止まる。
「そういうのは自分で聞くとかしていかないといけないんじゃないの? 」
「いやぁ、聖依は席近いからなにかわかるかもって思って」
再び歩き始め、腕を組んで下を向く聖依。
「わたしが見る限りでは、授業中すんなり答えてる子とかかなぁ」
成る程、つまりは
「頭いい子ってこと? 」
「多分そうかなぁ。そういう子の席に行って話してるの見るし。まぁ勉強出来ることは大事なんだろうね」
勉強が出来る。これは確かにスペックとして必要なことかも。
頭いいのを明確に示すにはテストで結果を残すのが一番分かりやすいはず。
「聖依。中間テストっていつだっけ? 」
少し焦り口調で、噛みそうになる。
「え? テストなんてまだ1ヶ月先だよ? 」
1ヶ月もあればいい順位につける。それに私にとっては一度習ったことの復習にすぎないから結構あっさり取れそうだ。
今から頑張れば確実に……
「ていうか、優ちゃん。学期始めのテスト。出来てたっけ? 」
「うぅ……。それは」
この学校では学期始めに国数英のテストをする。もちろん私は撃沈。救われない点数だった。
私は小学生の頃から成績が良くなくて、唯一運動神経の良さだけが取り柄だった。
それは中学生になった今も変わらず健在で、定期テストがあれば補修も恒例行事となるほどに。
さっき「復習にすぎない」なんて言ったが、この2週間の授業内容、つまり2年の最初の単元さえ完全に忘れてしまっていた。
結局そう簡単には行かないというというわけか。
だがしかし、この状況を打破するのに方法が1つある。それは、
「聖依様。どうか私に救いの手を」
聖依は授業中、手を上げて答えることはそう無いが、答えはわかっているということくらい幼馴染みの私にはわかる。テストでも学年トップ10に入るほどの実力者なのだ。
「はいはい。とりあえず教室入ろ? 遅れたらマズいし」
1年の時からこんな空返事だけどいつも私を救ってくれる。
でも今回ばかりはなんだろう。聖依がお姉さんみたいで恥ずかしくなってくる。
なんだか、振られた日もそうだけど、ずっと聖依に助けられてばかりで本当に私は何もしていないような……
どうして聖依は、こんな私の側にいてくれるんだろう
「ちょ、優ちゃんホントに遅刻するから、動いて動いて! 」
ごめんと言いながら急ぎ足で教室へ向かう。
それでも、なにか聖依の助けになることがあるかどうか考えながら……




