過去の世界へ
大きなジャングルジムのある公園の柱時計。そこでいつも聖依と待ち合わせをしている。
今日もそこで聖依は待っていた。遠くからでもわかる。今日私が来ないんじゃないかと、辺りを見回しているのを。
聖依は私に気付くとすぐにこちらへ駆けてきた。
「優ちゃん、おはよー! 」
いつもの聖依の笑顔。いつも通りの挨拶で、さっきまでの表情を隠しているつもりだろうが、私にはバレバレだ。
「おはよう、聖依」
私の「おはよう」は、ほぼ毎日聖依が最初だ。2つ上の兄は部活の朝練で、家を早く出なくちゃいけないし、親も共働きで何時に家を出ているのかさえ曖昧だ。帰ってくる時間も分からないので、夕食は私が担当している。まぁ昨日はそのことでも救われたと思う。
私達の中学校は商店街とは反対側の急な坂の上にある。なぜそんなところにあるのかと言われるほどの場所にそびえ立っている。
一般生徒にとってはかなりキツい坂で、それだけで筋トレになるほどだ。その坂を野球部とかは何往復もしているらしいが。
私達もそろそろその坂に差し掛かろうとしているのだが、ここまで聖依は一言も喋りかけてこなかった。いつもと変わらない挨拶でいつもと変わらない登校を過ごすのだと思っていたが、聖依はなにか察しているのだろうか?
とりあえずなにか話題を振ろう。もう気まずい時間を過ごすわけにもいかない。
昨日のテレビの話でもしようとしたら、聖依のほうから口を開いた。
「2年生もあと1ヶ月かぁ。来年も私達、同じクラスだといいね! 」
クラス替え。いろいろあったが、結局このクラスは私にとって恵まれていたのかもしれない。聖依とも同じクラスとなり、2学期には転校してきた九条麗華とも仲良くなれた。彼女は容姿端麗で、何事にも積極的。聖依とはまた違う雰囲気で私の恋を応援してくれたのだ。他の仲間も味方してくれたし、私は一人で頑張ってきたわけじゃなかったんだと、改めて思う。
「そうだね。3年になっても、また遊びに行こうか」
はっきりと言っていなかったが、聖依はあと1ヶ月、辛くても耐えようって言ってくれてるのだろう。それくらい言葉にしても大丈夫なのに。
ならもう、残り1ヶ月、何事もなく終わろう。また3年生から新し生活をすればいい。この坂をあと30回くらい上り下りすればまた違う世界になる。そんな気がした。
気がした、だけだった。
始業式の日、馬鹿みたいに坂を上っていた私は、クラス替えの表を見たところでどん底へ突き落とされた。
この1ヶ月、気持ちを変えようとしていても彼がいることが怖かった。聖依達にもフォローされて耐え抜いたけど……
「クラス、分かれちゃったね」
ずっと支えてくれた聖依と離れるだけでなく麗華やほかの仲間までも違うクラスになってしまったのだ。
それなのに私のクラス名簿には「甲斐 翔哉」の名前が記されていた。
こんな状況であと1年も同じクラスで居なきゃいけないなんて……
決して翔哉くんが憎いとか嫌いというわけじゃない。ただ近くにいるとどうしようもない恐怖心に襲われる。
「優ちゃん! ちょっと、どこ行くの? 」
訳も分からず、走り出し、校門を抜け出した。私を呼び止める声さえも聞こえない。行く当てもなくただただ走り続けた。
行き着いた先はとある5階建のマンション。何も考えずにひたすら階段を上った。
最上階にたどり着いたところで辺りを見渡す。なんとなく人の気配がするのはここの住人は居るからだろう。
いずれにせよ、ここにいてもいつかは先生か誰かに見つかってしまう。
ふと屋上への階段に目をやると、扉が半開きなのが見えた。さっきのように衝動的に動くこともなく、ゆっくり歩き始める。
屋上への道は外階段特有の金属に鳴り響く鋭い足音だけが聞こえた。なぜ扉が開いていたのかなど、気に掛けずに。
4月の暖かい風が吹く屋上。ここならすぐ誰かが来ることもないだろう。
気持ちが落ち着いたらまた学校に戻ればいい。始業式の日からとんでもないことをしてしまったが、今の私にはそんなことどうでもよかった。
なんだろう、翔哉くんのことを未だに好きでいる私がいる。あんなこと言われたはずなのに。
「やり直せないかなぁ」
独り言が小さくこぼれた。もし1年前の4月からやり直せるなら是非ともこの状況を変えてみたい。
「やり直してみるかい?」
何処からともなく聞こえてくる声。耳からというより、直接心に伝わってきている感覚。
突然の出来事にこんがらがる。一体私になにが起こっているのだろう。
「一体誰なの? 」
私の問いかけに声はすぐ答えた。
「オレは時空神クロノス。どうやら1年前の4月から時間をやり直したいそうじゃないか。だったらそこまで連れてってやるよ」
私が心の中で思っていたことをそのまま言い出した。時間を遡るなんて現実離れにもほどがある話だが、実際私に話しかけてくる姿はどこにも見当たらないし、本人は神だとか言っている。
改めて本当に出来るかと問いかける。
「もちろん。だけど、少し気をつけることがある。1年間の出来事は同じように進むと思うけど、人の感情は全く同じようには進まない。そうじゃないと、君が思っている男の子の感情も変わらないだろ? 」
こんなことを淡々と話されては信じるしかないのかもしれない。私の全てを知っているかのように話すその神は続けてこう言った。
「でも感情が変わるのは君に関わる人間くらいだから、世界全てが変わるわけじゃない。そこら辺は特別気にかけなくてもいい。」
まったく何を言っているのかさっぱり分からないが、とりあえず2年生の4月からやり直せるのは確からしい。
ならもう、こんな思いをしない様に頑張ってみよう。
「どんな状況でもいい、私をもう1度やり直させて! 」
空高く言い放ち、時空神とやらの合図を待つ。二度とないチャンスを絶対無駄にはしたくない。絶対に。
「わかった。じゃあ目を瞑って……少し体が浮く感覚になると思うけど、怖がらなくていい。」
言われた通りに目を瞑る。その途端、地につく感覚が失われ、なにかに釣り上げられたようにふわふわと体が浮いていくのを感じた。
「さぁ、行こう」
合図とともに心地よい浮遊感から一転、高い場所から落下する感覚に襲われる。我慢ならずに目を開けようとしたところで、落下の衝撃を受けた。痛みこそ無かったものの、頭はまだくらくらしていた。
頭が正常を取り戻したところで辺りを見渡す。そこは見慣れた部屋の一角にあるベッドの上だった。さっきまでマンションの屋上にいたのが嘘のように、寝間着姿でぐっすり寝ていたかのような状態だった。
思い出したかのように慌ててデジタル時計を見ると、そこには去年の4月8日が表示されていた。いや、去年じゃない。今私がいるここが現在なんだ。
本当にもう一度やり直すことができる。
ここからまた、新しい私を始めることができる。
今度こそ絶対成功させてみせる……!




