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エクエス  作者: 伊燈秋良
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第08話 思いは繋いでいく




 ~4月22日 金曜日 15時42分 マウガン鎌倉本部本庁舎~




 相模湾に面して建てられたマウガン本庁舎――その地下深く。全面が白で覆い尽くされた100平方mル以上はあろう広大な空間が、天井に等間隔に設置されたLED蛍光灯で照らし出されていた。外界と完全隔離されたその場所で、部屋の上方、天井近くの一部の壁がガラス張りになっていた。ガラスの向こうでは白衣姿の男女が機材に向かって作業しているが、1人の小柄な男――大野口はインカムを装着して、ガラスの向こうを見下ろしていた。


「ではこれより、〝ゴリアテ試作機5号〟の起動実験を行う。皆、気合入れて行こう」


 大野口の落ち着いた声に反応して、周りの研究員も反応して返事をする。ほぼ同時に発せられた返事は部屋の空気を震わせた。それとは別の少年の声がインカムから出て男の鼓膜を震わせた。大野口は歯を見せる様に笑った。


「夜明~~、じゃあ何時も通り歩きから」

『――はい』

「操縦方法は何時も通りの神経接続、お前が身体を動かそうとすれば代わりに機体が動く奴だ。そして外界の認識はヘッドギアに装着された投影機による網膜投影、さっき思い通り動いてたし大丈夫だろ」


 インカムからの少年、夜明の返事と共に、操縦方法の説明をした大野口。眼下にある巨大な空間に立つ無機質な機人は歩き出した。小さく低く唸る様な駆動音と、それに続いて響く足音。ゆっくりと歩き進めると、試作機は徐々に手足の振りを大きくして疾走、部屋の隅へと一瞬に到着したゴリアテは身体を捻ると同時に方向転換、低い唸り声の様な駆動音と脚部が軋んで悲鳴を上げると同時に、横向きに飛び出して側転から連続バック転で部屋の中心にまで戻っていった。


「夜明、どうだ仕上がりは?」

『前よりも全然違います。思い通りに動く……というよりも自分自身の様です。けど、動き出しが一瞬固くて引っ掛かる感じがします。今までのものみたいに、手足が引っ張られる感じがするので気を抜くと転びそうです』

「瞬発性の向上か……関節部は小型軽量化の為にモーター駆動採用だけど、うーん……」

「局長、パワードスーツの人工筋肉はどうでしょうか?」

「3号でやって出力足りなかったろ? 柔軟性や瞬発力があっても、デカくなるとその分パワーが足りなくなるし、補おうとすれば雀の涙だけど重量は増えるし、何よりも容積が増えて収まらない」

「いえ、複合してみては如何でしょうか?」

「合わせるか……構造が複雑化すれば、戦闘時に故障起こす可能性はありうるかもしれないけど、良いとこ取り出来ればあるいは……」

『あの、自分は……』


 現時点で判明した欠点に対して意識を向ける研究員達に向けられたのは少年の声。大野口は相打ちを打つと同時に意識を切り替え、目の前で行われる試験の事を考えた。


「じゃ動きまくろうか。力の限り。仮想ファルマコ展開」

「了解、パイロットへの網膜投影、仮想ファルマコ出現します」


 女性研究員が機器を操作すると、試験場でゴリアテに乗る夜明の視界に、幾つのも光の塊が浮かび上がった。光は晴れると、そこから幾つもの大小形状様々な、白い無機質な外殻に覆われた異形の怪物ファルマコが何十匹も現れた。


「んじゃ、色々いるから避けて行こう」

『分かりました』


 大野口は指示を出すと、ゴリアテは何もない空間で走り出す。窓から離れた大野口は、近くの研究員の下へと向かった。席に着く研究員の前に置かれているモニターには、試験場では一人でシャドーするゴリアテだが、モニターには画面の限りを埋め尽くさんと言わんばかりの大量のファルマコが機械の巨人に襲い掛かっていた。


「動きにムラがありますね、局長」

「まだまだ子供だからなー。つい3ヶ月前まで素人で試作機制作に付き合わせて訓練とか参加させなかった時が結構多かったから無理ないな。……それもゴリアテ試作機が完成した今、他の隊員にも操縦を頼める様になるからデータは集まるし負担も減らせる。ようやく普通の新兵の扱いが出来る訳だ」


 普通の新兵――大野口のその言葉を聞いた研究員は顔をしかめた。そもそも夜明は軍人になりたくて志願したのではない。不幸にもイザナミと合体してしまったが為に巻き込まれてしまい、仕方なく兵士にならざるおえなかったのだ。


漫画等で、何かに出会い巻き込まれてしまうというのはよくある手法だが、よく考え、現実的に言えば有無を言わさず今後の行動させられる事がどれだけ苦痛で、させる事が非人道的な行為である事に他ならない。帰る場所と家族を失った少年に、今後の生活を利用して協力を強いらせているのが心苦しかったのだ。


「不服か?」

「あ、いえ……その……」

「言ってみな? 怒らないから」

「では……新兵といっても、そもそも彼は新兵にすらならなかった筈なのに……」

「まあ確かにそう言われたら言い返せないな。でもそれは夜明に限った事じゃない。ファルマコとの戦いで沢山の孤児や失業者が出た。どちらも飢え死ぬか危険を冒して生きるか死ぬか。特に児童レベルは自身で養えるのが出来なくて知識も無い。リーマンの安月給やバイトの時給を睨める位に低っい賃金で酷い扱いで仕事したりさせられてたりする。

 これが一部じゃなくて全世界で起きてるんだ。雲仙がマウガン離れて〝国際監察部隊〟なんて作って前線近くの町や軍とかにガサ入れしたりして少しは落ち着いてるけど焼き石に水で変化無しだ。……――だからさっさと終わらそう。この試験もそう、さっさと終わらさせて自由時間を与えてお茶や遊びに行かせよう。戦争もそう、得たいの知れない怪物への恐怖を終わらせよう」


 何処か悲しげな表情を浮かべる大野口を見た研究員は、それ以上何も言わなかった。今後の戦況を左右しかねない計画をしているとはいえど、それはつまり今までは何も出来ず無力だったという事。過去と現在を問い詰めても仕方がない。目指すは明日へと繋がる希望へと一刻も早く、確実に手に入れる事。目標の為ならば、未来の何かを確実に踏み躙る事に躊躇うつもりはない。


 故に早く終わらせよう、少しでもその苦痛から解き放たれる為に。だからそれ以上深く考えずに結論を出した男の哀愁に満ちた顔は、割り切っても尚も本音は悔しさがある事を無意識の内に表しているのかもしれない――研究職故か、観察力には炊けた研究員は瞬時に、直感的に悟ると目線を前へと切り替えた。モニターには機械人形と、そのパイロットに投影されている敵の映像。ファルマコの軍勢が繰り出す猛攻をコマ送りの様に避けて進んで行く。


「――? 局長、動きが」

「カクついてるな。鳥海ちゃん、そっちのモニターはどう?」


 大野口は、助手の女性、鳥海由紀(とりうみゆき)が目の前のモニターを見て答えた。


「――関節部モーターの回転の切り替えが、夜明君の思考伝達に追い付けてません。このままじゃ……」


 由紀が不安に駆られたその瞬間、ゴリアテの挙動が急に静止するとそのまま慣性に従って床へと向かって倒れ込んだ。


「試験中止、敵映像投影止めッ」


 大野口の声に反応して研究員達が急いで機材を操作する。モニターに映し出されていた怪物の群れは一瞬でいなくなった。大野口はインカムを手で押さえる。


「夜明聞こえるか? 大丈夫か?」

『ぁあ……はい、聞こえます……』

「どうしたんだ? 何を感じた?」

『えっと……走ろうとしたのに、急に脚が動かなくなって……』

「由紀ちゃん」

「はい。右脚膝関節部モーターのトルク角が基準値以上になってます。恐らく脱調したと思われます……」

「脱調……モーターのコイルに負荷が掛かり過ぎて制御が聞かなくなったか……。今日はこれで終わりにしよう。クレーン出して機体を引き上げてパイロットを出してあげて」

「分かりました」




 天井、壁、床が白一色で染め上げられた廊下。壁際に置かれた背もたれが無い腰掛けに、ウェットスーツの様なパイロットスーツを着る夜明が座っていた。前のめりに頭を下げて、純白の床に漆黒の影を落として塊の様になっていると、左側に誰かが立ち寄った。顔を上げると、少年の座高よりも少し高い位の身長の白衣を着た男、大野口が大きな白いマグカップを二つ両手に持って傍に立っていた。


「ご苦労様。ミルクティー飲むか?」

「頂きます」


 差し出されたマグカップを受け取って中身を確認した。中には薄い茶色の液体が入っており、一口飲んだ。紅茶の濃厚な香りと甘さが合わさったミルクの濃厚さが口内に行き渡り、身体に伸し掛る様に固まった何かが解き解れたのを感じた。


「紅茶の香りにはリラックス効果がある。一息付けたい時には持ってこいだ」

「そうなんですか……」

「……機体が壊れた事は、お前は何も悪くはないぞ。気に病む事はない。寧ろすべき事が分かって感謝してる位なんだからな?」

「そうですか……」


 大野口はフォローするも効果は無く、夜明は依然として自身は無力と言わんばかりに暗い顔を浮かべ続ける。他に何か言えるやり方はないものか――大野口は脳内で方法を模索しながらミルクティーを啜ると、口から話したマグカップに目線を向けてると、考えが過った。


「夜明。俺等技術開発研究局はさ、普段はコーヒー飲んでるんだよ。アメリカンのブレンドでブルーマウンテンに味が近くして安っすい奴。だけど今回高いミルクティー飲めてるのは、上層部から研究開発命令が出て資金が出た時だ。浮いた研究資金で買った」

「そんな事しちゃって良いんですか?」

「必要経費! 問題ない! そんでな、何でこんな事するかっていうと、別に悪さしてる訳じゃないんだ。必要で得だからしてるんだ」

「必要……得……?」

「あんま美味くない偽物コーヒー飲まされて仕事してるのに、その状態で余計負担増やされる事したってキツイだろ? だからモチベーション上げる為に上手くやりくりしてちょっと贅沢してるんだ。出来るんなら焼肉パーティーでもしたいさ。

 でもそんな費用までは流石に浮かせられないし水増しなんて以ての他。一応国民の税金だから。というかやった奴が過去にいて怒られてる。でもまあ、元から決められた予算内、ましてや茶葉代位は許して貰ってるんだよ。開発員に頑張って貰いたいから」

「頑張って貰いたい……」

「勿論俺等も横領紛いな事して終わってちゃあ面子無い訳で。国民の為、上層部の為、兵士の為、己の威信の為に張り切る訳だ。まあつまり、ご褒美あるから頑張るのさ。

人はさ、そんなもの。無償の愛ってのは言ってはみるも無いさ。神父修道女が慈悲を与えるのだって神がそう言ったから。恋人に優しいのはそれが自分の欲をぶつける相手だから。サービスマンが優しいのは金払ってくれる相手だから。募金活動だって誰かにそれがあなたに得になるっていうからしたりしてたりしてるもの。

それでも求めずに献身なのは、その献身する理由の発端を憎悪しているから。つまり〝気に食わないから否定する〟って事なんだよ。それが得になるのさ」

「――????」

「あー……分からないか。まあ分からないよな。つまりさ、相手と自分で、利益が出る様な事があるのなら、それを大切に、真摯に取り組め。それが人との一番の繋がりだからさ」

「繋がり……」

「お前はテストパイロットだ。その役目は何だ?」

「自分の役目は……ゴリアテの問題点を見付ける事です」

「俺の役目は何だと思う?」

「ゴリアテを作る事……そして良くする事です」

「その通り。俺達は互いにゴリアテの発展の為に頑張っている。ゴリアテで繋がってると言ってもいい。お互いの思いが、ゴリアテを通じて伝えあっているんだ。

 だから頑張ろう。俺にはお前が必要で、お前の頑張りで俺が得して、俺が必要であるゴリアテ制作を頑張る事で、皆が得をするからな。ウジウジ考えるよりも、もっと良い事、すべき事は沢山ある。もっと達観しろよ、夜明少年。ポジティブにならないと周りは見れないんだから」


 小柄な男はそう言って少年から離れて通路の奥へと歩いて行った。

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