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エクエス  作者: 伊燈秋良
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第07話 運命と真実を



 ~1月10日 土曜日 12:24 神奈川県 鎌倉 マウガン 医務室~




「――うん……」


 目が覚めた夜明は身体をこして辺りを見回した。そこは、壁、床、天井の辺り一面が白く、左側には自動扉の出入口。前方には液晶テレビ。自身が眠っていた場所は白いベッド。どこか見覚えのある内装と雰囲気に、そこが病院なのだと理解出来た。


身体を起こそうとすると右腕が重く、引っ張られた。視線を向けると、夜明の腕にしがみ付いた緑髪の少女が眠っていた。


「……ああ、そうか。あの後、ファルマコと戦って……」


 朧気ながらも記憶を掘り起こして1つ1つ確認した。現実味の無い出来事が続けて2度もデジャブの様に繰り返すも、現実に起こった事なのだとは未だに思えなかった。身体に残る気怠さで茫然と座り込む中、右腕を掴んで眠る少女に視線を向けた。


スヤスヤと小さな呼吸をして眠る少女。エメラルドに輝く煌びやかな、明らかに異質な緑髪に手を伸ばして指で撫でた。出入口の扉が音を立てて開かれる。


「お、起きたか。調子どうだ?」

「……三都……智貞……さん?」

「そうだ。自分の名前は分かるか?」

「あ……え……雲、……、雲井……ひ……し……き。よ、夜……き……夜明。雲井ッ、夜明ッ」

「長かったな、危なかったぞ色々と」

「平気です。ただ……――遠い国での出来事の様な気がして、フワフワしてて、寝惚けてる様な感じなんです」

「まあな。日本はファルマコ本拠地のアメリカに隣接しているけど、その間は地球の半分近くもある太平洋で距離があるからな。海超えしようにも距離と間にある4つの海上防衛ラインがあるから、本土には直接攻め込まれた事ないからな。

でもこの前の出来事は、最前線のアフリカ大陸とロシア国境とユーラシアの点々にある巣周辺じゃ日常茶飯事なんだぜ。他人事だで済ませられるといえばそうだけど、嘘になるな」

「三都さんは毎日あんな事してるんですか?」

「流石に巨人乱入は無いな。交代で前線出たり、最優先な所とか行ったりしてるな」


 あるにはあるんだ――そう思いつつ、夜明は何か匂いを感じた。匂いのするの方へと意識をハッキリさせていくと、そこには三都が立っており、両手に2つのトレイを持っていた。緑髪の少女も起き上がる。


「それは……?」

「うん? ああ、あれから結構時間経ったからな、飯だ」

「ありがとうございます……――ここ何処ですか?」

「マウガン本部の医務室……鎌倉だ」


 巨大な窓ガラスと面した廊下を歩く黒い制服を着た2人の男。シジン総隊の責任者であり司令官の徳多久雅(とくたひさまさ)と、シジン総隊前線指揮官の小斉本だった。


「一佐、何で俺まで?」

「お前にも知っていて貰いたいからな。予定は狂っちまったらしいが、やる事は変わらない。俺はな」

「俺はどうなんですか?」

「〝何時も通り〟のままさ……何時もじゃなくなったのもあるがな」


 そう言って徳多は立ち止まり、続いて小斉本も立ち止まる目の前にあったのは、会議室と書かれた部屋だった。扉を開いて入室すると、そこには広い空間の中心には円卓が置かれていれ。


そこには10人程のスーツ姿の男女が席に着いていた。小斉本は小声で徳多に話し掛けた。


「(一佐、この人達ってまさか……)」

「ん? そのまさかだ。目の前に座ってるのは防衛大臣を始めとした政治家先生にファルマコ研究部とマウガン上層部のお偉いさんだ。因みにそこに座ってるチビは俺の同期で技術研究開発部の大野口隼一(おおのぐちしゅんいち)


 空席に座る1人。しかしまだ2席には誰もいなかった。すると出入口から、スーツ姿の眼鏡を掛けた30代の女性が入って来た。それに続いて狐斑も入室して来る。


「ごめんなさーい」


女性は謝罪しながら入室して来た。続いて青い髪の青年も入る。


「遅せーぞ、千堂の姉さん。それと狐斑(こむら)の大将も。マウガン最高スポンサーと最高責任者は重役出勤な事で」

「ごめんごめん。ちょっとね。あ、あなたが小斉本君? よろしくー」

「こちらこそよろしくお願いします」

(あの青い髪の男はマウガン創設者の狐斑蓮冶(こむられんじ)……この人は千堂って……総理大臣の……)

「それじゃ、これより会議を始めましょう。狐斑さん、進行をお願いします」

「わっかりました~~。では、説明を行います。お手元の資料をお開きください……まず、先日の1月4日の2200(フタフタマルマル)時に、太平洋沖の日本海域の研究所がファルマコの襲撃に受けました。

死傷者は確認出来る範囲で200名を超えるとの事。また突然の襲撃だったので実験体1号と2号――通称〝イザナギ〟と〝イザナミ〟は運び出す事が出来なかったそうです。では徳多一佐、この前の機密奪還作戦の報告を」

「はっ。翌日の1月日の0242(マルフタヨンフタ)時、機密奪還の為作戦を開始しました。

研究所には発芽した(ツリー)を発見、直ちに破壊。イザナミは回収出来ましたが、イザナギのカプセルは既に持ち出された後でした。

後日、日本軍からの要請によりイザナミは北海道千歳基地へと輸送しましたが、ファルマコに千歳市を襲撃され、イザナミと民間人が融合しました」


 徳多の説明後、部屋の空気が変わった。無理もない、機関の機密を軍属でも何でもない民間人が接触したのだ。融合というのは夜明とイザナミと呼ばれる緑髪の少女からなる5mの巨人の事だろう、と小斉本は推測した。


「そして今回の会議の議題は、今後の活動方針、イザナミについて、そして民間人の処遇についてでいいです。その為にまずはイザナミについての説明をしたいと思います。大野口博士、説明よろしくお願いします」


 軽い口調での指示に、少年と見間違えてもおかしくはない小柄な男が返事して立ち上がった。


「分かりました。まずはイザナミの前に、ファルマコについて説明します。

 ファルマコは、丸山弘志が生み出した人工生物兵器で様々な形態に成ります。巣と呼ばれる樹の様な有機建造物から作り出され、サッカーボール位の種子を持ったファルマコを媒介に発芽、1週間経つと100m以上にも及ぶ巨大な樹になり、ファルマコを生産し始めます。

 ファルマコの特徴は、その生命力と言っても過言ではありません。生命体としては不完全な為に寿命は2週間と短いですが、その代わりにしぶとく、通常の生物よりも多い幹細胞からなる高い再生機能をもってすれば、脚1本無くなろうと翌日には再生します。寿命は縮みますけどね。

また外殻はチョバム・プレートの様に何層にも出来ている為に強度・対衝撃性――特に爆発に対する耐性が高く、ミサイルでは基本倒せません。そこで戦車や自走砲、艦艇の砲撃といった大質量による攻撃が微力ながらも唯一の有効打であります。

しかし大群で運動性が高いファルマコ相手では一点攻撃の砲弾では押し切られてしまい、コスト等の問題から経済的ではありませんでした。

 機動力のある歩兵の火力だけでは単体では倒せない為に、マウガンでの戦闘スタイルは常人では扱えない高火力の兵器と、それを運用する強化兵による多人数での機動戦が主流です。しかし近年ではファルマコの数や戦闘区域の拡大により、人間サイズでの火力不足が問題視されております。それに対して我らが技術研究開発部の提案したプラン、〝ゴリアテ・プロジェクト〟がこちらです」


 大野口が言った直後、部屋の照明が落とされて暗くなる。円卓の中央から仄かな光が照らし出されて、立体映像を映し出した。それは千歳で見た白い巨人だった。


「大型の〝人型機動兵器〟の製造です」

「なッ……!?」


 亮介は驚く。無理も無い。ただでさえ怪獣相手に武器で戦いを挑む機動戦自体がサイエンスフィクション映画さながらの出来事だというのに、更にファルマコと同等の大きさのロボットに乗り込んで戦いに挑むというのだから。


「2足歩行の利点は場所を選ばず動く事が出来、高い機動性を得られる事です。最終目標はファルマコの様な俊敏な機動性に戦車と同等、もしくはそれ以上の火力と強固さを目指しております。

 しかしこの計画には幾つもの問題点があります。その最たるものが〝開発する〟という行為そのものです。大型人型兵器の製造にあたり、素材の強度と重量、骨格の構造、動力、歩行時の衝撃対策等。そこでモデルケースを創り出し、それらの情報を元に機動兵器を開発する事にしました。その為に12年前、技術研究開発部では、破壊、回収した巣を解析して、人型ファルマコの開発を始めました」


 人型のファルマコの創造――それは軍がファルマコを生み出す、人類の敵、丸山ファルマコ創造という悪魔の所業を行ったというのだ――勝つ為に。


「しかし何度も試作を創りましたが、奇形や遺伝子疾患等の失敗が重なりました。そこで遺伝子異常等の問題を解決した結果、現在の様に通常は人間の姿からの変身機能という形で、10年前に受精卵を完成させ、その1年後に孵化しました。

また今回のイザナギ奪取の件を含めると、ファルマコは今後は従来よりも大型の個体が出現すると予想されています。そして既に、千歳では弱点である筈の頭部を切断しても再生・復活する個体が確認されました」

「はい、ありがとうございます。では次に今回の事態の原因を情報部の方から~」


 狐斑が言うと、スーツ姿の女性が資料を持って立ち上がった。


「まずここ数日、マウガンのコンピューターに外部からハッキングされた形跡はありません。ゴリアテ・プロジェクトは情報部の上層部、監察部の一部が存在を認知しております。その為、スパイの存在を予想し、情報部、監察部の人間の行動は洗い出しましたが、その中にはスパイと思しき存在は確認出来ませんでした。

他には研究所職員に内通者の可能性も予想できますが、行方不明者が多く、調査は難航しています。ファルマコ襲撃に関しては、防衛設備の索敵反応基準の以下の為に発見出来なかったと思われます」

「つまり分かってないって事ね」

「申し訳ございません」


 謝罪する女性に、千堂と狐斑はにこやかな顔で対応した。


「まあ過ぎた事は気にするだけ無駄よ無駄」

「そそ。これを機に次へ生かしましょう――さて、メインともいえる民間人について、それと千歳の現状についてもお願いします」

「分かりました。まずは千歳市はファルマコとの戦闘によって周辺は壊滅状態、封鎖しました。死者は500人以上であり、ファルマコの出現経路に関しては依然調査中です。

保護した民間人は雲井夜明15歳、千歳中学校の3年生です。住所は市内の児童養護施設です。しかし施設はファルマコによって壊されており、瓦礫の下から職員と他の孤児と思われる死体が発見されました。恐らく生存者はいないでしょう」

「天涯孤独か……」


 無力さを呪うかの様に徳多は呟いた。ファルマコとの戦いが始まって20年。アメリカとカナダの壊滅を始め、メキシコ、ブラジルといった南アメリカ大陸、ロシア国境周辺。アイルランド、アフリカ大陸、ユーラシア大陸の一部にまでファルマコは勢力を伸ばしていた。これにより約3億以上にも及ぶ孤児が続出した。これらの孤児は生きる為に犯罪に走る事もあれば、軍に入隊して少年兵として戦っているのが現状である。孤児院等で生活している子供は少ない。大野口が手を上げた。


「実はイザナミの身体検査をした結果、少年のDNAが体内から検出されました。恐らくはイザナミは巨大化の為に媒介として少年の遺伝子を必要としれるのかもしれまんせん。

最悪、もう彼としか巨大化出来ないのかもしれません。技術研究開発部としては、彼には今後共、機動兵器開発の為にも協力して貰いたいと思っています」


 それを聞いた狐斑は、顎に手を当てて露骨に悩んでいるという態度を取った。


「う~~ん……イザナミは最高機密と言っても過言ではないからねー。これが世間にバレれば、マウガンはファルマコを作ったという事実で世間からの批判も受けるし、最悪国際問題になりかねない。唯一の救いは夜明君が軍人じゃない事だ。

軍法会議からの死刑執行なんて文句は言えない。彼の処遇は口外の禁止で済めばそれで良いですが、計画への参加は、本人の意思を尊重したいと僕は思ってます」

「それがいいわね」

「ああ、構わん」


 皆、夜明の処遇に対して狐斑の賛成に賛同する。亮介は、何も知らない巻き込まれただけの夜明が無事に済む事に安心した。皆の意見が一緒なのに、それに反抗するかの様に、徳多と年が近い一人の男は手を上げた。


「何だい? 雲仙孝祐(うんぜんこうすけ)監察部長」

「――特別だからと言って平然と機密と関わらせる訳にはいきません。徹底した処置を検討すべきです」

「というと?」

「彼を正式にマウガンへ入隊させるのです。1月です、中卒者用の訓練施設へ入所手続きをして訓練させ、来年度からは軍人として雇用、職員寮とは別の住宅を用意して管理下に置いた上でゴリアテ・プロジェクトに協力して貰う、というのが私の提案です」

「ちょっと待て、いきなり話が飛び過ぎなんじゃないか? それじゃあモルモットじゃないか?」


 雲仙の提案に反論する徳多。幾ら機密保持の為にといえど、民間人への一方的な処遇の要求しているのだ。雲仙は淡々と話し続ける。


「秘匿された筈の研究所が襲撃されてマウガンの立場は危うくなり、更に国軍の利益に目が眩んだ利己的行動によって墓穴を掘り、そしてマウガンは人類共通の敵を創り出したという事実が明るみに出れば、人類同士の戦いが起こってもおかしくはない。

国民は情報のほぼ全てをマスメディアを通じて知る。そしてマスメディアの言い方1つでその情報は善悪を決められ、強い方へとまるで常識かの如く思い込む。疑わしき時点で対策するのが最善策です。それに彼は家も家族も無くなった。

丁度良いというのは不謹慎な言い方だが、軍に協力させる以上、遊び感覚ではやって欲しくないのです。今後の方針を決めるのならば尚更」


 それを聞いた徳多は口を閉ざした。雲仙の言う事は事実だ。だからこそ、『戦争だから』という謳い文句で強制させたくないのだ。何も知らない、家族を失った人間を追い込む行為を。


「まあまあ、落ち着いてくださいよ。それを決めるのは当の本人なんですから。ここで言い争うのは保護者でもない僕達にとっては野暮です。

今日は話すべき事は終わりました。それを踏まえた上で、今後を決めましょう。夜明君に関しては、本人に確認を取ります。それに関しては徳多一佐に一任しても良いかな?」

「了解です」

「情報部は引き続き千歳の調査を。種があって北海道を制圧されたらユーラシア大陸が完全に落ちるからね。皆さんもゆめゆめ忘れない様に。僕達は怪物を通して〝人間〟と戦争をしている事を。では解散」


 狐斑の一言を皮切りに、参加者は部屋を後にする。雲仙は席を立ち上がって歩く最中、徳多と目が合うもそのまま部屋を後にした。


「一佐……」

「お前は戻れ。俺は坊主の所、行って来る」


 徳多は部屋を後にした。部屋を出て廊下を歩き、エレベーターを乗り継いで。長い道のりを経て医務室に入った徳多は見たものは、ベッドの上であぐらを掻いた足の上に緑髪の少女を乗せて本を朗読する夜明がいた。


「どうなってるんだ? 三都」

「司令。見ての通りですよ、兄妹みたいな事を小1時間してますよ。それ以前にあの娘、速攻で食事5人前目の前で平らげたんですけど、成長期ですかあれ」

「そうだろうな……――坊主」


 呼ばれた夜明は視線を徳多に移した。朗読が中断されて少女は夜明に『あうあう』と言って再開を促すが、少女の頭を撫でて待たせた。


「はい、何ですか?」

「俺は徳多というものだ。初対面のお前に、いきなりこんな事言うのは駄目なのは分かってるんだけど、俺等も切羽詰まってるから言わせて貰う。お前とその娘イザナミの力が必要なんだ。その為にはお前にはマウガンに入隊して貰いたい。嫌ならそれでも構わない。普通の生活を送る為の手助けはしよう。

 だけど、もしその気があるならば、誰かの為に死んで良い覚悟で戦って生き残る意思があるなら、うちに来るか? 自信無いかもしれないけど、付けるやり方は教えてやる」

「……この子と一緒にいられるのなら」


 両者共に、数秒間目が合った。それは互いに示す様に。


「――……分かった。ようこそ、一時限りの守護神――マウガンへ」

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