第06話 異質なモノ達
~1月7日 水曜日 15:30 日本 北海道 千歳市~
状況悪化に怒りを表す三都のいる屋上とは対照的に、静寂に包まれる白雪の縦長リング。対峙するのは白い外殻で包まれた巨人と、唸り声を上げて睨み付けるクマ型ファルマコ。
(やっぱり……夢じゃなかった……本当だったんだ)
少女の力を借りて巨人となった夜明は自身の手を見詰めた。肌色の柔らかい手ではない、白く無機質な殻に包まれた強靭な手。周りを見渡せば、まるで建物から見下ろしたかの様に小さく遠い。しかし対峙する熊は依然として巨大だった。青い巨躯から成るその頭は、左右の目が縦に二つずつが並んでいた。口元から生える大きく鋭い牙は唾液で濡れて鈍く光っていた。
「怪物め……」
巨人は呟き、拳を構える。一呼吸して、ファルマコを睨み付けた。
(中身や見た目が違っても、大方は熊……だとしたら聴覚と嗅覚頼り。目は見えていない……けどファルマコは昆虫に近いって聞いた事がある。
そしたら逆に人よりも目が良いかもしれない。紫外線だって見えてるかもしれない。目が4つ、距離感はかなりハッキリわかってる筈だから下手に仕掛けられない)
巨人となった夜明はクマ型ファルマコの様子を伺っていた。熊の分類はネコ目クマ科。つまり大雑把にいえばとてつもなく巨大な猫なのだ。例に漏れず、熊は視力は弱く、それを補う様に聴覚と嗅覚は鋭い。逆に言えば音を立てず、匂いを嗅げなくすれば、それだけ戦いは有利になるという事だ。
(守られるだけは、もう……。狙うは――鼻ッ)
ファルマコは雄叫びを上げると、爆音と共に突進してして来た。
「早ッ――」
津波の如く巻き上がる雪とアスファルトの破片。地震の様な揺れを一帯に轟かせ、クマ型ファルマコは巨人の懐に飛び込んでそのまま背後の建物ごと突き進んだ。建物を貫き、更に貫き、突き進んで砕き、瓦解させて押し進む。
倒壊されて瓦礫の山と化すビル群の中、爆音が依然として周囲に木霊す中で咆哮を上げるファルマコ。その背後、瓦礫の轍の中で巨人は力なく横たわる。
「ガッ……くぅ……ッ!」
痛々しく、重々しく小鹿の様に震えながら身体を起こす巨人。背後の怪物は身体を向きを変えて再度攻撃を仕掛ける。
「おおおおおおッ!」
力の限りを四肢に込めて何とか立ち上がる巨人は身体を反転させて走り出す。瓦礫を踏み砕いて轍を走破する。対する熊型も弾丸の如く飛び出して、口を開いて飛び掛かる。眼前に迫るファルマコに巨人は右足を上げて前蹴りを鼻先にに叩き込んだ。
蹴りとの衝突で止まる巨体、巨人は脚を上げてそのまま青い巨躯を掲げ上げた。宙に舞う巨体の鼻先からは赤い鮮血が噴き出て飛び散る。
空に上がる巨体はそのまま背面から崩れた建物の上に落ちて粉塵と瓦礫を飛び散らせる。巨人も掲げた脚を下げるが、全速力で走る巨体を止めた衝撃と、一度は全身で浴びたその突進による影響で膝を付く。
全身の外殻の割れ目から染み出る様にに溢れて垂れる血液は瓦礫と雪で混ざる白黒の大地に点々と後を付けていく。――足元に影が差し込んだ。
「んなッ!?」
見上げた先にいたのは立ち上がるクマ型ファルマコ。巨獣はその右剛腕を巨人目掛けて振り下ろす。すかさず巨人は両腕を前に出してそれを受け止める。
「ガハッ!!!」
伸し掛かる衝撃が身体を突き抜け、周囲に広がり瓦礫と雪が吹き飛ばす。全体重を右前足に体重を掛けるクア型ファルマコ。その重撃を受け止めて踏ん張る巨人は、地に付く左膝と右足は沈み、腕の外殻がひび割れへこんでいってしまう。
「うう……おお――おおおおおオオオオオオァァァアアアアアアッッッ!!!!」
全身全霊の全身に込めて、腕を振り払い、そのまま一気に持ち上げた。しかし、巨躯故の重量が全身に伸し掛かる。大きく弓形に反れる背中と腰、両脚はつって一本の柱の様に成り果てた。
その重さに耐え切れず、折れる程に反れた外殻に包まれた白い身体は背中から倒れると同時に宙に浮いて地に落ちる。バックドロップの如くクマ型ファルマコの背面をコンクリートの瓦礫の上に叩き付けた後、その上にいる巨人はそのままマウントポジションを取って覆い被さる。
高々に掲げた右腕と伸ばした背筋を、全体重を掛けて上体を落とすと同時に、ファルマコの赤い鮮血がにじみ出てヒビ割れた鼻先に拳を叩き込んだ。大きく窪み、砕ける鼻から鮮血が溢れ出る。声を上げる獣。巨人は続けて左腕を掲げて再度鼻先に叩き込む。
今度は両手を組んで1つの塊にして再三打ち下ろす、何度も何度も何度も何度も。鮮血で赤く染まるその剛拳を、原型どころか砕けて無くなって鼻だったその場所にへと打ち続ける。
「ハッ、ハッ、ハッ! ハッ――ガッ」
満身創痍で力の限りを叩き込むその最中、クマ型ファルマコは鋭く尖った爪を立てた右前脚で巨人の腹を突き刺した。激痛と衝撃が身体を突き抜けて、白い外殻に包まれた胴体を抉り裂いて押し飛ばす。
肉片と鮮血、破片が雪上と建物の壁面にぶちまけられて赤く汚れる。巨人は傷口を左手で掴んで抑えるも、激痛で意識が朦朧してそこに横たわる。
クマ型ファルマコはゆっくりと立ち上がって四つ這いになると、大地を揺らして鳴り響かせながら巨人の元へと走って覆い被さった。ファルマコは巨人からマウントポジションを取って上から巨人に噛り付く。巨人は咄嗟に下顎を掴んで寸での所で受け止めた。
ファルマコは息を荒げ、唾液を垂れ流しながら鋭い牙を生やした口を近付ける。迫る牙に加えて、右前足が腹部に伸し掛かって肉を押し潰す。
「ゴフッ!! ――ア、アッ」
内臓が圧迫されて空気が口から押し出されて悶える巨人。胴体に掛かる極一点に掛かる圧力は身体を分断する様にのし掛かり、抉られた傷口からは鮮血が溢れて白雪へと浸透していく。
薄れゆく意識と感覚。血液と共に熱も漏れ出し、白い巨躯は段々と氷の如く冷たく固くなっていく。腕の力が段々と無くなり、息が外殻に掛かり、牙は目前にまで。
「――こっちだクマ公ッ!!!」
怒声と共に、突如、熊型ファルマコの右耳が爆発した。ファルマコは苦しみのあまり立ち上がって後退する。煙を上げた頭で振り向いた先にある建物の屋上には、末端から煙を上げる銃を構える青年、三都だった。
「夜明ィッ! 寝るなーーーー!!」
クマ型ファルマコは激昂し、三都の立つビルへと突撃した。根元を突き破られたビルは雪上へと倒壊するが、三都は倒壊と同時にジャンプして空へと飛び出す。そのまま身体を捻って背筋を伸ばして姿勢を整えると、銃口をファルマコに向けて構えた。
三都は引き金を引いて発砲。爆音と共に放たれた弾丸の反動で身体は大きく回転する。弾丸は左に振り返るファルマコの左耳を穿った。
穿たれた痛みで姿勢を崩すファルマコをよそ目に青年は着地し、ファルマコと向かい合うと同時にライフルを構えてすぐさま弾丸を撃ち放った。連射された弾丸が空から降る雪を貫いて、次々と巨熊の頭にと雨の如く着弾していく。
弾薬が切れると即座に弾倉を再装填。今度の弾丸は着弾した瞬間に爆発する。超重量の弾丸と爆発する弾丸〝榴弾〟により、ファルマコの顔は蜂の巣になって外殻が割れて黒く煤けてり、両目からは赤い液体が溢れていた。
「大丈夫かー!」
青年は雪を踏み散らかしながら巨人へと駆け寄ると、巨人は白い頭を横に向けて口を開いた。
「み……さ……」
「よーし生きてるなぁ……ほら、さっさと元の姿に戻れ。逃げるぞ」
「はぁ……はぁ、て、敵ぁ……」
「頭に弾薬ありったけ撃ち込んだ。けど殺しきれてない。俺1人じゃ火力不足で無理だから逃げるぞ」
三都はそう言って巨人の額をペシペシと何度も平手で強打して人間の姿になる様に促すも、巨人は虫の息で衰弱していた。
「えっと……どうやって戻るんですかね……」
「知らんがな!! 早く早く早く!!」
急かす三都と、今にも眠りそうな巨人こと夜明。向こう側には頭の所々が抉れて外殻が割れて、内部の肉を覗かせるファルマコが直立して佇んでいた。すると、外殻がめくれた頭部の露出した眉間の肉が風船の様に盛り上がり、瞼の様に開いた。新たな目が2人を捉える。
「再生しやがった! ブラックシェル6から各員!! 誰でもいいから早く助けに来てーーーー!!!!」
『――こちらブラックシェル1、もう着いた」
ノイズ交じりの通信がインカムに流れた。それと同時に目の前に立つクマ型ファルマコの膝裏から突如、鮮血が噴出した。その直後に膝裏が爆発してファルマコは後ろに倒れ、巨人の横を2つの影が通り過ぎた。智貞は振り返ると、そこには白と黒のコートを着た。両手に血で真っ赤に染まる双剣を持った2人の青年がいた。
「隊長達ッ!」
「避難し遅れた民間人を探しに行ったんじゃなかったのか? というか1人?」
黒いコートを着た青年、岳谷が話し掛けた。
「探しに行った民間人が機密と一緒で、気が付いたら巨人になってたんだから! 一人なのはファルマコいるから先走って、それで迷子になりました……」
「ったく……んで、この状況か。巨人は動かないようだな……」
「民間人なら無理に動かす訳にもいかない。まずは安全を第一に。君は他のファルマコが来ない様に付いてあげてくれ」
「了解です」
もう片方の白いコートを着た青年、小斉本の指示に返事を返す三都。青年二人は踵を返して飛び去って行った。向かう先には膝を付けながらも複数のマウガン戦闘員と交戦するクマ型ファルマコ。
四方からからの牽制射撃、死角からの剣による近接攻撃、榴弾と徹甲弾による攻撃。連携で周囲から注意を引くと同時に攻撃し、ファルマコの行動を制限する。
「亮介、早くしてくれ! 半端に頭を潰して再生してるから厚くなって叩き切れない!」
「分かった!」
「両サイドから切れ込みを入れるぞ」
そう言った岳谷に小斉本は頷いて返事を返すと、2人は同時に斜め横上に向かって跳躍する。一蹴りで5m以上跳躍、ビルの壁面を抉り割る程のパワーで蹴って真横を飛び、左右から同時にファルマコの上下の首の外殻の関節の隙間から肉を切り裂いた。
更に地上にいた隊員は首の深い切込み目掛けて集中砲火を浴びせる。徹甲弾の集中砲火が首を覆うと、ファルマコの巨大な頭は胴体から離れ、雪の上にとへ落ちて、胴体も力無く倒れた。
「敵の沈黙を確認。各員は周辺警戒と信号弾を撃ち上げて四式撃破の報告を。無線封鎖は引き続き続行――まだ戻れそうにないかい?」
「まだですー!」
「ここに留まる訳にもいかないし、機密と一体化した民間人の容体も心配――」
「隊長ッ!!」
女性隊員の声と同時に、僅かに明るい視界が暗くなる。小斉本は咄嗟に左へと飛び出した瞬間、さっきいた場所に何かが。目に映ったのは、断面を先程小斉本が立っていた場所に叩き付ける首無しの巨体だった。ファルマコは身体を起こすと、胸の外殻が割れ、首の断面と肉が膨張し出したのだ。
外殻の奥から出て来たのは長い口を持った肉食動物特有の頭。その顔には蓮の花托の様に幾つもの目が密集していたのだ。更に両腕の外殻が割れると同時に膨れ上がり、元の腕よりも太く、長くなった。明らかに熊ではない、完全な化物となって奇声の咆哮を上げた。
「集中砲火ッッ!!」
小斉本の命令によって、隊員達は間髪入れずに火器を怪物目掛けて発射する。四方八方からの弾丸はファルマコの肉へと突き刺さっていくが、怯むどころか気にも留めずに右剛腕を隊員目掛けて叩き付ける。雪とアスファルトの残骸が宙を舞い、衝撃が地面を揺らす。
ファルマコは更に建物へと腕を叩き込んで残骸の雨を降らした。隊員達を追い払ったファルマコは狂気に奮えるかの如く舌と唾液と奇声を撒き散らして倒れる巨人へと走り出す。
「こっち来んな!!」
三都はライフルを構えて引き金を引く。打ちつけ合う金属音が虚しく響き、弾切れを伝えた。
「装填してな――」
諦めを覚悟したその瞬間、瀕死状態だった巨人は突如起き上がり、右ストレートを顔面に叩き込む。巨人の切り裂かれた腹は赤く染まりながらも元通りになっていた。前方への一点に掛かる衝撃で、狂乱すファルマコの動きが止まった。
しかしファルマコは巨大な手で巨人を掴んで引き離し、遠方へと向けて投げ飛ばし、自身もその後を追い掛ける。巨人は何棟もの建物を突き破って着地。がれきの山へと埋もれるも、既に目の前には狂獣が襲い掛かる。巨人は巨大な瓦礫でガードして衝突を受け止めた。
巨人はファルマコと一度距離を取ると同時に、足場が不安定な瓦礫の山から離れた。ファルマコは巨大な右腕を振り被る。巨人は地面スレスレに屈んで回避、そのまま飛び出してファルマコの顎目掛けて右アッパーを繰り出した。
その直前、右肘にある穴から勢い良く爆炎が噴出して拳がロケットの様に加速した。拳が背中に届く程に振り上げられ、ファルマコの巨体も僅かに浮かび上がる。更に巨人は肩を回し、右ストレートの追撃を行う。
肘からの爆炎の加速によって放たれた一撃でファルマコは横転して倒れた。巨人はファルマコの頭に再度殴り掛かるも、ファルマコの左巨腕が巨人の身体を側面からぶつけてビルへと叩き付けた。叩き付けた腕を離し、その手で壁を掴んでファルマコは空いた腕を巨人がいるであろうビルの窪みに打ち込んだ。
引き抜いた手には巨人が握られていた。しかし巨人は右腕を引いて、ファルマコの頭目掛けて伸ばす。すると前腕の半分に亀裂が走り、爆発が生じると同時に腕は切り離されて弾丸の如く射出された。後部から爆炎を推進力として放つ拳は歪な頭に突き刺さって炸裂。頭の半分が吹き飛んだ怪物は苦しみ悶え、握力が緩む。
巨人は手から抜け出して地面へと降りた。先の無い前腕の断面から肉が盛り上がって伸びて行き、元の形になると表面は硬質化して砕け散るる。腕は元通りに戻った。再生した右拳でファルマコに殴り掛かる。更に左拳、右拳と連続攻撃を繰り返す。
右パンチを打ち込もうとした瞬間、ファルマコは剛腕で巨人を真上から攻撃。巨人は後ろに下がって回避。だが下がると同時に前方から迫るもう片方の手に反応が遅れる。迫る拳に両手を組んで受け止めるも、身体は殴り飛ばされた。
地面にバウンドしながら吹き飛ばされる巨人は地面を両手の指でひっかく様にして減速。止まった巨人は四つ這いになると四足歩行で虫の様に走り出した。ファルマコの目の前まで行くと、ファルマコは腕を伸ばして攻撃、巨人はジャンプしてビルに飛び付いて回避、そのまま背後に回り込む。
「はあああああああああああああッッッッ!!!!」
振り返るファルマコの口目掛けて左拳を打ち込んだ。それと同時に拳が爆発。怪物の頭を木端微塵に吹き飛ばす。更に再生した右拳を胸部へ目掛けて、肘の爆炎で加速された拳を放った。肘関節まで埋める程の一撃は、更に内部で爆発して胴体を穿ち、巨大な風穴を空けた。
絶命の悲鳴も素振りもなく、ファルマコは力無く倒れた。それに釣られるかの様に、両腕の無くなった巨人も倒れ込んだ。巨人の身体は、表面から塵の様に崩壊して空へと舞っていく。
「デジャブかよ……!」
呆れながら呟いた三都は横たわる巨人へと駆け寄って行った。
挿絵提供、フルさん。感謝です