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エクエス  作者: 伊燈秋良
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第04話 守護神は猟兵

「――ハッ、ハッ……」


 走る、走る、走る――。


「――ハッ、ハッ……!」

 ――走る、走る。木々の間を。

 ――走る、走る。茂みの中を。

 ――走る、走る。岩と岩の間を。

 ――走る、走る。血塗れでボロボロの死体の横を。

 ――走る、走る。息も切れ、腹が痛み、喉が焼けるその状態で。


 寒空の下、少年と大人の男性は走っていた。視界に映ったのは、少年の小さな手を引く大きな手だった。少年は視界を見上げると、男性の着る迷彩服から出ている所から、身体を骨の様なフレームで覆われていた事が見て取れた。


 男性の腕もそうだが、もっとも目に付いたのは男性の首に巻かれた蒼いマフラーだった。男性に手を引かれる事で、少年は何時もよりも速い速度で走る事が出来た――否、走らされていた。走る事を強いられた。


 草を掻き分け、岩を乗り越て。背負ってはくれない。共に無理にでも走るしかなかった。男性は片手に巨大な銃を構えていたからだ、すぐに撃つ事が出来る様に。彼の手を握る男性の腕の肩は、赤く染まっていた。


「はっは……くっそ、もう近くに……」


 男性は立ち止まると周囲を見渡す。少年も周りを見渡すも、見渡す限りは茂みの緑一色のみ。何が何だか状況を理解出来なかった。男性は振り返ってしゃがむと、背の低い少年と目線の高さを合わせる。


「良いか? 今から化け物達がやってくる。もう逃げ切れないんだ。――だけど君は絶対守る、絶対だ」

「はっ、はっ……ほんとぉ?」

「ああ。ここを真っ直ぐ行くんだ。そうすれば海に出る。海には仲間がいる筈だ、助けて貰うんだ……そうだ、これやるよ」


 そう言って男性は首に巻いたマフラーを解いて少年の首に巻いてくれた。冷え切った首から放たれる僅かな熱がマフラーの中で籠って首を温めた。更にマフラーの下の首から下げてた銀色のプレートが付いた首飾りを外すと、少年に手渡して握り締めさせた。


「仲間に会ったら、それを渡してくれ。選別にお守りのマフラーをあげよう。強化繊維とカシミアで作った十個限定の貴重品なんだから大切にしてくれよ~~?」


 笑顔で彼の頭をグリグリと撫でる男性の顔と声は活き活きとし、それでいて安心感を与えるものだった。そんな束の間、遠くから聞いた事もない奇声の咆哮と共に白い怪物が茂みの向こうから飛び出した。


 男性は銃を構えて集中砲火。怪物の頭を蜂の巣にして撃ち砕く。すると男性は少年の背中を押して、他の怪物達に銃弾を浴びせて注意を引いた。


「行け!」

「で、でも……」

「行くんだ! 早く! 走れッッッ!!!」


 死骸の方へと背中を押して逃げる様に促されるが、1人で逃げる事に戸惑う少年。だがそんな彼を、先程の笑顔が嘘と思える様な剣幕で走る様再度促した。


 少年は涙を流して走り出す。拳を握り締め、力の限り大きく腕を振って走った。茂みを突き破り、土を蹴った。力の限り。背後に獣の奇声、銃声、男性の咆哮と、今日からよく聞く、肉の潰れる音を、気にせずに、振り返らずに、ただ走った――。




 ◇




「…………夢――」


 夜明はそう思いながら目を覚ました。鮮明なまでの光景と感覚が現実の様に身体に残るも、今、目の前に映る自身の掲げた手とグレーの布の天井によって、あの光景が夢だったのだと理解出来た。倦怠感を覚えながらも重い身体を起こそうと両腕に力を入れた。


「――……ん?」


 左腕に重みを感じた夜明は視線を下すと、抱き枕の様に腕にしがみ付いて眠る、コートを着た緑髪の少女の姿がそこにあった。


「目が覚めたか?」


 背後から声に夜明は振り返る。テントの様になっているグレーの布の入り口部を押し退けて入って来たのは、迷彩服の上からコートを着た茶髪に緑色の瞳をした青年だった。


「こ、こんにちは……」

「はいこんにちは。大丈夫そうだな。俺は三都智貞(みとともさだ)。対ファルマコ殲滅機関〝マウガン〟所属の兵士だ。階級は三曹……伍長みたいなのものだな」

「雲井夜明……千歳中学校の3年生です」

「よるあき……キラキラか……?」

「――?」

「いや、何でもない、何でもないぞ」


 夜明は辺りを見渡した。周囲二メートル程の広さの薄暗いグレーのテント。空気は暖かい。


「ここは松高デパートですか……?」

「分かんね、初めて来たから。まあデパートだよな。その中。外でテントなんて張ったら風邪引くだろ」

「何故にテントですか?」

「ファルマコからばれない為。あいつ等は臭いとか見た目で人間襲うらしいけど、別で電磁波とかが見えるみたいで、それを辿ってもいるらしい。これは内部と外部の電磁波を遮る事が出来る素材で作られてて、主に戦域での休息を取る為にしようしているんだ」

「はあ……」

「それとこれ」


 そう言って三都は夜明の目の前に幾つかの衣類と袋に入った惣菜パンを手渡した。夜明は内1つ衣服の端を掴んで持ち上げた。小学生位の少女の体格に合った洋服や積雪地用ブーツだった。


「俺は外で見張ってるから、お前が着せてやれ、手早くな」

「自分が?」

「懐いてるみたいだからな、色男」


 そう言って三都は夜明の左腕にしがみ付く裸の少女を指差した。夜明も指差す先に視線を一瞬だけ向けた後、再度振り向くと青年はいなかった。


 正面を向いて夜明は茫然と座り込んだ。家族を失い、少女と出会い、怪物に襲われ、気が付けば助けられていた。寝惚けていたのあってか、状況を理解するのに少し時間が掛かった


 。空腹を感じた夜明はカレーパンを手に取って、塞がった左側に代わって袋の端を口で加えて袋を開くと、破かれた袋の中から、油と香辛料の香りが溢れ出る。


「――んっ」


 左側から声が聞こえた。見下ろすと緑髪の少女が目を覚ましていた。


「おはよう……」


 夜明は少女に声を掛ける。しかし少女の視線は夜明ではなく夜明の手にしたカレーパンだった。少女は「あうあう」と声を上げて物欲しそうにねだる。


「食べたいの?」

「食べ……いの……」


 少女の返した返事は少女の意思か、はたまた夜明の言葉のオウム返しなのか。夜明は気にも留めなかった。お腹を空かせている少女が食べ物を欲して、目の前に食べ物がある。パンはまだ幾つか残っていて、カレーパンを手に取ったのは偶然。渡さない理由はこれといってなかったので夜明はカレーパンを手渡した。


 夜明の左腕から手を離した少女はカレーパンを受け取って数瞬程じっと見た後、コンビニで食べたチョコレートの包みから学んだのか、袋の中のカレーパンを押し上げて食べ始めた。美味しそうに咀嚼する少女を見て、夜明も他のパンを手に取ろうと右手を伸ばした。


 不意に右腕に目を向けた。ブレザーとシャツは二の腕の半分から下が無くなっており、腕の素肌が露わになっていた。布の切り口はボロボロで荒らしいものだが、それは破ったものでも、鋏といった鋭利な刃物で切り裂いたものでもない。


 ジグザグながらも直線状に伸びる切り口は、折り目を入れた紙の両側を手で押さえてハの字に力を加えて切り破った華の様なものだった。しかもシャツとブレザーも共に揃って。


 力尽くでは不可能、刃物でも無理がある。切られた袖の布は一体何処なのか――記憶を辿った。ファルマコの襲撃、家族の亡骸、横たわる少女、ファルマコの強襲――。


「――あの時っ」


 夜明が思い出したのは、少女との出会いの後の出来事だった。コンビニでファルマコに襲われ、少女を建物に隠れさせてファルマコの気を引いていた時、ファルマコに腕に噛み付かれ、そのまま食い千切られた事を思い出す。


 しかもそれだけではない。小型のファルマコの鋭く尖った脚で身体を貫かれ、腕を食い千切ったファルマコにも身体を押し潰されてもいた。


 しかし今の夜明の身体は右腕はあり、シャツには穴が開いてその周辺に血の跡が付いているが身体には傷もなければ痛みもない。あるのは無くなった筈の右腕に、四肢に残る感覚だった。何かを殴った様な、蹴ったかの様な感覚。自身で見詰めるその両掌が、一瞬だけ赤く染まって見えた。


「……あれは……」

「――おーい、まだかー」


 テントの向こうで伝わるくぐもった声が夜明を呼び掛けた。直前で、三都が『手早くな』という言葉を思い出した。呼び掛けによって思考が切り替わった為か、血に濡れた手の光景は消えていた。


 気を取り直して夜明は少女を見る。そこにいたのはパンの袋を自分で破って食べていた。夜明の行動を見て覚えたのだろう。足元にはパンの袋。既にほぼ全てを食べ終えていた。


 夜明は三都が持って来た服を手に取って少女の方へと向いた。パンを食べ終えた緑髪の少女の興味はパンから服へ。夜明は服を少女に着せた。シャツを頭から通し、下着も履かせ、スカートも付けさせた。幾ら相手は少女、赤ん坊の如く物事をあまり理解出来ていないといえど女性。気恥ずかしい事この上ない。


 床に付く程の長髪が幸いにも少女の裸体を隠してくれたのがせめてもの救いであり、自身の良心も罪悪感に押し潰れずに済んだ。


 服を着せられた少女の格好は白いシャツに白黒のチェックのミニスカート。スカートには付属のサスペンダーが取り付かれており、ウエストとの差でずれ落ちるのを防いでくれた。その上から縁にファーが付いたフードのある厚手のベージュのコートを着させ、ブーツを履かせた。


「三都さん、用意が出来ました」

「おーう」


 夜明の呼び掛けに応じて智貞はテントの中へ入って右手に持ったグレーの布を夜明に手渡した。


「それ身体に巻いとけ。そしたらすぐ行くから」


 夜明は布を受け取って広げた。人一人包み込める程の大きさの物が二枚、それを自身と少女の身体を布で包んでテントを出ると、智貞はテントの端の機械を操作する。するとテントは萎んで大きな布となり、青年はそれを折り畳んでコート裏のポケットへと閉まった。そして別のポケットから折り畳まれた紙を取り出し開いた。


 三都の姿は、黒いコートを羽織り、手に身長を超える程巨大なライフルが握られていた。手足はよく見れば、ロボットの手足の様な無骨な装甲で一回り大きい。


 青年の足はアーマーで底上げされてるが、夜明よりも背は少し低かった。素の身長は、夜明よりも頭一つ分低いだろう。


 考えながら紙を見る青年。見てる面とは反対側の面の紙に夜明は視線を向けた。グレーの配色がされ、所々に白い線が幾つも走って網目状になっていた。――地図だった。千歳市の周辺地図。電磁波を発する機械によって位置を探知されない様にする為の配慮である。


「ここはここで――良し、行くぞ」


 手招きしながら三都は夜明を呼んでデパートを後にした。新雪を踏み締め、駆け足で進んで行く。


「あの……はっ、何処へ……」

「……ぁあ? 避難所に行くんだ。ここへ来る前にざっくり状況は聞かされた。恐らく奇襲して来たファルマコの数は300前後。市街地での戦闘は厳しいけど、まあ時間が経てば殲滅し切るだろうな。だからってここにずっといて良い訳じゃねーからな。俺はお前等のお守りね」


「はぁ……」

「あぁ~」


 夜明と少女の間の抜けた声。しかし青年は気にせず雪の上を踏み抜いて建物の壁沿いに進んで行く。夜明は少女の手を引いて足跡を辿って進んで行く。しんしんと雪は降り、3人に降り掛かる。音は無い、静寂に包まれて、先程のファルマコの襲撃が白昼夢の様に感じて来た夜明だった。


「あの……」

「ん、何?」

「この子の事、何か知ってますか?」

「何でそう思う?」

「〝髪の色〟……マウガンでファルマコと戦う人達は髪の色が変わっていると聞きました」


 人類とファルマコが生存競争を始めて20年。人類の武器である戦闘機や戦車は今も最前線で戦うも、ファルマコの圧倒的な数とスピードに圧倒されているのが現状だった。


 嘗て開戦された第三次世界大戦の直後に行われたファルマコとの戦争では、兵士・兵器共に不足していた。ハンデを持った開戦、それに加えて高価な機動兵器の損耗とそれを運用出来る人材の戦死が相次ぎ戦力は低下。そんな戦況の中、唯一戦果を挙げた軍があった。軍の所属は日本。戦闘スタイルは――〝白兵戦〟。


 手に銃火器に剣を持って敵と肉薄して撃破という、まるでアニメーションや漫画の様な戦いを行っていたのだという。


 それを可能としたのは、彼等〝兵士〟と〝武器〟にあった。〝武器〟は高周波によって毎秒2万回以上の振動数を持つ高周波振動剣は外殻を切り裂き、従来の火薬よりも上の爆発力と重い複合合金を合わせた弾丸、それを撃つ為に作られた強固で重い銃は常人では持ち上げる事すら出来ないが、その一撃は堅牢な戦車の装甲を撃ち貫く。


 そしてそれらの兵器を運用する〝兵士〟は投薬と特殊な超小型機械――ナノマシンを身体に投与して身体能力・反射神経・感覚器官の強化を行っている。これにより強化された兵士は身体能力は常人の約3倍以上、視力に至っては3.5にまで強化される。


 そこに強化カーボンセラミックのフレームと高分子繊維の人工筋肉で作られた〝パワードスーツ〟を装着する事で5倍近くにまで跳ね上がる。これにより一蹴りでビルの3階は楽々跳び超え、その気になれば壁を駆け上がって屋上へ行く、一トン以上ある自動車をひっくり返す事も可能とする。


 これ程の強化をする事で、常軌を逸した数々の兵器をやっと使う事が出来たのだ。


 だが、その強化兵の中には投薬とナノマシンが体質に合わず、投入後数時間は苦しむ者が少なからずおり、その大半が色素が変質して目や髪が赤・青・黄色・紫といった本来ありえない色へと変わる者がいる。


 カラーコンタクトや染髪以外で、目と髪が変わった色=マウガン関係者と言っても過言ではない。トラックのコンテナの中にいた緑色の髪の少女が、朧気ながらも見た少女の異常な身体能力を含めて、夜明にはただの染髪しただけの普通の少女とはどうしても思えなかった。


「――…………さあ?」

「嘘ですよね」

「そう言うな。教えて貰える事もあれば、貰えない事だってある。世の中理不尽さ。……言うも勇気、言わぬも勇気。聞くも勇気、聞かぬも勇気、だ。俺もお前もそこは変わらない。……まあつまり……察してくれると有難い」

「分かりました……」

「落ち込むな。まあ気になるなら言うのもありだけど、それでも言わない事がある。一言多いって奴だ……すまん、ここ何処だ?」

「ここは……この通りですね」


 道に迷った三都に地図を見せられた夜明は、通りに指を重ねて位置を示した。知っている筈の道なのに、何時もと違う状況で歩く道は、まるで見知らぬ異邦の地に流れ着いたかの様な感覚だった。

挿絵(By みてみん)


イラスト提供、ビタミンAさん。感謝です。

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